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第三十八話 『テスタメント』 8. 再会

 


 深夜になっても、夕季は情報の整理で寝る間もなかった。

 切り換えなければならないことが多すぎる。

 正直なところ、桔平とあさみのことが気になって仕方がなかったのだが。

 綾音は、両親の知り合いでもある隣家の娘だった。海外出張の多い夕季の両親の頼みもあり、綾音の家が二人の面倒をみているというのだ。

 あさみは綾音の職場の先輩で、綾音を介して何度か夕季の家に出入りしているうちに、忍のことを気に入ったようだった。

 近々職場の同僚と結婚するのを機に退職することになっていて、その結婚相手をお披露目に来たという場面で、夕季と出くわしたのだ。

 その相手こそが真面目を絵に描いたような好青年、柊桔平だった。

 あさみの話によると、桔平は同じ高校の先輩である木場には頭が上がらず、先に結婚することで酒の席でも何かと嫌味を言われて困っているらしかった。

 桔平の前であさみはけらけらとよく笑い、時には意地悪をし、困ったようにそれに対応する桔平の様子はどこか嬉しそうにも見えた。

 帰りしな、桔平が夕季に笑いかけ、よかったらぜひ式を見に来てほしいと言ってきた。

 仕方ないことなのだが、それがよそよそしい感じで、何とはなしに淋しい感じがした。

 何かに気がつき、夕季が眉をひそめる。

 今自分がしていることは、この世界を受け入れるための情報整理であり、自らがこの世界への順応を目指しているような気になったからである。

 異国の地で家族四人が揃って写されたポートレートを手に取る。

 前列で並ぶ忍と夕季の後ろに両親の姿があった。

 写真でも両親の顔を見たのは初めてだったが、二人ともどこかしら夕季や忍に似ていた。

 父がまだ中学生とおぼしき夕季を後方から抱きかかえて笑う。

 何より信じがたかったのは、それを受ける夕季の顔も、嬉しそうに無邪気に笑っていたことだった。

 自分ですら知ることのない満たされた笑顔だった。

 身も心も疲れきり、ひとりでに瞼が下がっていく。

 緊張を解放した心のどこかで、否定できない気持ちがあることに夕季は気づき始めていた。

 穏やかな世界。

 自分のよく知る人間達とは違うが、悪い人達ではなく、中にはもとよりいい人間に見える者もいた。

 ぼんやりとした意識の中、しだいにこの世界もまんざらではないなどと考え出し、自然と深い眠りに落ちていった。


 二日目。

 どこか様子のおかしい夕季への違和感をぬぐえず、しだいに周囲が距離を置き始めていた。

 みずきや祥子は心配して何度も話しかけてきたが、昨日と比べても明らかに気を遣っている様子がうかがえ、よそよそしい感じがしたのである。

 隣のクラスが騒がしく、何気なく顔を向けると、若い女性教員が女子生徒らに囲まれているのが映った。

 なんとなくだが、その顔には見覚えがあった。

「おい、おまえ達、授業が始まるぞ」

 陵太郎が現れ、廊下でたむろしていた生徒達の頭を丸めた答案用紙でポンポンと叩いてまわる。

「いってえな」

 生意気な口をきいた光輔の頭をさらに数回ポンポンと叩き、陵太郎が意地悪そうに口もとをひきつらせた。

「本当に痛いのは授業が始まってからだ。なんだ、この答案用紙は。マルをつけるところが少なすぎて、俺の頭がパニックになったぞ」

「てめえの教え方が悪いのを人のせーにすんなって」

「てんめー!」

「こら、光輔!」

 その途端に光輔の顔が青ざめる。

 おそるおそる振り返った先にいたのは、目をつり上げて睨みつけてくるさっきの女性教諭だった。

「ねーちゃん……」

「ねーちゃんじゃない! 学校じゃ先生って呼ばなきゃ駄目でしょ!」

 足を肩幅程度に開き腕組みしながら威圧する彼女に、光輔が渋柿を含んだような顔で逃げ出す。

 するとその教師、穂村ひかるは一瞬で表情を切り換え、すまなさそうに陵太郎に頭を下げた。

「すみません、樹神先生」

 恐縮し何度もぺこぺこと謝罪するひかるに、陵太郎が焦ったように大げさに否定する。

「いや、いつものことですから。いつもの軽いおふざけですよ」

「いえ、けじめだけはつけさせないと」

「いや、ほんと、いいんですってば。彼はあんなのが普通なんですから」

「それじゃもっと困ります!」

「いやあ……」

 申し訳なさそうに繕いの笑みを浮かべるその表情は、どこか嬉しそうだった。

 夕季は、かつてを知る二人が、遮断されたはずの時をそのままの流れで経たかのような光景を目の当りにし、複雑な気持ちになっていた。

「学校じゃわざと悪ぶってこんなふうですが、近所の人の顔を見るとちゃんと頭を下げる子なんですよ。木の枝にひっかかった小さい子の紙飛行機を取ってあげたり、迷子になっていた子供のお母さんを一緒に探してあげていたら誘拐犯に間違えられたり」

「ほほう……」

「やめれ、ねーちゃん!」

「ねーちゃんはやめれ!」

 ひかるを見送りつつ、バタバタとなし崩し的に朝の学活へと流れ込む。

 でれんとした表情のまま教壇に立ち、はっとなって陵太郎が表情を引き締めた。

 揶揄する光輔をギロリと睨み倒し、笑顔とともにその日の時事ネタを持ち出してきた。

「そういえば完成したんだな。ニュース見たか」

 前列の生徒に話題をふり、その生徒が頷く。

 すると陵太郎は嬉しそうに笑いながら、先に補足して続けた。

「長かったな、前回からは。まあ、今度のはかなりの自信作らしいからな。期待できるみたいだぞ」

 夕季が周囲を見回す。

 その様子から察するに、知らないのは夕季一人だけみたいだった。

「どうしたの、ゆうぽん」

 後席からみずきがこそこそと囁く。

 真顔で振り返った夕季が、ありのままを吐露した。

「何の話」

「プログラムのことでしょ」

「プログラム……」思わず絶句する。「プログラムって」

「そんなことまで忘れちゃったんかいな。あのね……」

「篠原、私語はするな」

「は~い」

 夕季の中で得体の知れない何かが渦巻き始めていた。


 帰りの学活が終わり、生徒達を笑顔で見送っていた陵太郎の表情がやにわに変わる。

 目の前に夕季が立ったからだった。

 すぐにまた笑顔を構築し、陵太郎は涼しげなまなざしを夕季へと差し向けた。

「どうした。何か用か」

 かまえるように夕季が顎を引く。

 それを見て陵太郎はふっと笑ってみせた。

「もうすぐクリスマスだな。今年も篠原達とクリスマス・パーティーでもするのか。たまには俺もまぜてくれよな」

 あははと笑って、窓の外を眺める。

 ここ数日、夕季の様子がおかしいことはみずきらから聞いて陵太郎も知っていた。

 にじみ出るような人柄から、陵太郎が夕季を気遣っていることが伝わってくるようだった。

「……こだま先生」

 口ごもりながら夕季が言葉をしぼり出す。

「プログラムについて教えていただけませんか」

 ん、と振り返る陵太郎。

「どうした、急に。何のドッキリだ」

 ふざけているのだろうとまともに取り合おうとしない。

 みずきらも同じ反応だった。

 この世界でのそれは当たり前のことすぎて、夕季がたずねてもどうせからかっているに違いないと思われたためだった。

 陵太郎にしてもそれは同様だったのだが、真剣な表情の夕季にわずかに態度を改めたのだった。

「優等生のおまえの方がよく知っているんじゃないのか。それとも俺を試しているつもりなのか。まあいいだろう」

 夕季の反応を探りつつも、陵太郎が説明をし始める。

「プログラム。正式名称は異文明駆逐兵器やそのシステムの総称を示して言うのだったよな。世界史や社会の授業で習ったろ。異文明っていうのは俺達の祖先が追いやった蛮族のことを指していて、情けをかけられて見逃してもらったのに、我々のテリトリーを平気で侵そうとしてくるやっかいな連中だ。あんな奴ら、滅びてしかりだな」

「異文明駆逐兵器……」夕季がごくりと喉を鳴らす。まばたきもせずに陵太郎を注視し、更なる疑問を口にした。「その異文明って一つだけ……、……でしたっけ」

 陵太郎がおもしろそうににやりとする。

「いいや、過去幾多もの異文明がウイルスやカビのように繁殖し、そのことごとくを俺達人類が打ち滅ぼしてきたはずだ。そうじゃなかったか」

「……」

「プロジェクトによって作られた異文明駆逐兵器をナンバリングしたものが、俗にいうプログラムと呼ばれているものだ。神や天使の名前からコードネームを取ったりしてな。かつては世界各国でアイデアを出し合い、それぞれの国が主体となって競うように製造していたのだが、現在においてはほぼアメリカ、ロシア、日本の三国だけが実現にこぎつけているような状況だ。ここのところいい結果が出ていなかったが、今度のはすごいぞ。必勝確実だ。何せ、わが国の技術の結晶だからな。やっとあの異文明を全滅させられる。これで本当にこの世界も平和になるな。ん? そう言えば、おまえのご両親もその関係の仕事をしているんじゃなかったのか?」

「!」

「違ったか? 技術提携のために二人揃ってアメリカの方に行きっぱなしだって、確か前におまえから聞いたような」

「……」

「どうした、古閑」

「……いえ、別に」

「?」

「……」

「さてと」すっかり黙り込んでしまった夕季をおもしろそうに眺め、陵太郎が腰に手を当てる。「こんなところでどうだ。一般教養の範囲内でのことしか俺は知らないから、正確ではない個所もあるかもしれない。あとは穂村ひかる先生にでも確認してみてくれ。彼女は大学でその手の研究室に出入りしていたこともあるみたいだからな」

「ひかる、……先生」


 冬時の夕暮れは暗くなるのも早く、部活動を終えた生徒らにまじって教師達の何人かも早々に帰宅を始める。

 定時で切り上げる教師達の中に、穂村ひかるの姿もあった。

 ひかるはまだ新任一年目の新米教諭で、夕季の隣のクラスの副担任でもあった。

 明るく気さくな性格から生徒達からの人気も高く、その日も帰り際に多くの生徒達が友達のように挨拶を交わしてきていた。

 校門付近で待ちかまえる人物に気がつき、ひかるが足を止める。

 その人物、夕季を見つめ、ひかるは意味ありげに笑ってみせた。

「私を待っていたのかな」

 ずばり言い当てられ、夕季がドキッとする。

 その心境を見透かすように、ひかるは更に奇妙なことを切り出した。

「あなたはどこから来たの?」





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