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第三十八話 『テスタメント』 7. 何もかもが

 


 帰り道、夕季はみずきらとともに街へと繰り出していた。

 本音は早く家に帰っていろいろと探りたかったのだが、様子がおかしいと心配するみずきらの誘いを断れなかったのである。

 ウインドー・ショッピングを楽しむみずきと祥子のそばで、夕季が今日一日学校で過ごした情報を整理する。

 樹神陵太郎はクラスの担任で、全校一の問題児である穂村光輔には手を焼き、それを唯一押さえることができる夕季には全幅の信頼を寄せているということだった。

 陵太郎とはこの高校に入学した時に、初めて教師と生徒という立場で知り合っており、それ以前の認識は二人にはない。

 この世界の夕季も学年で主席を取るほどではないにしろ優等生で、中学生の頃から毎年のように学級委員をし、他の教師達からも頼りにされていたようだ。

 誰ともわけ隔てなく接することができ、明るく活発な性格で、時々からまわりはするが面倒見がよいというのが周囲から見た一般的な夕季像らしい。

 所属する剣道部では先輩に頼られ、一年生の頃から主力として活躍していた。

 性格的な面を比べれば、よその世界からやってきた自分とは対極的にあるのは明らかだった。

 そして何よりも不可思議なのは、メディアも含め、今日一日、メガルという言葉を一度も聞かなかったということ。

 元いた世界では到底ありえないことだった。

「見て見て、ゆうぽん」

 ふいにみずきに制服の肩を引っ張られ、電器店のウインドー前に連れていかれる夕季。

「!」

 展示用の大型液晶テレビの中では、見慣れた顔が華やかな衣装を着てステージに立っていた。

 その衝撃に硬直する夕季を置き去りにし、二人がミーハートークを重ねる。

「すごいよね。この人が去年までうちの学校にいたなんて、ほんと信じられへんよね」

「樹神先生の妹だって言われてもピンとこないし」

「先生とは全然似てないからね」

「歌、うまいしな」

「親が違うのかも。二人とも」

「二人ともかよ!」

「いいとこ全部持ってかれちゃった感じだよね。で、先生は残ったところをいっしょけんめいかき集めた感じ」

「ひでーよ、こいつ!」

 ん~、と腕組みをしつつもっともらしいことを述べたみずきに、おもしろそうに祥子が合いの手を入れた。

 そんなことなどまるで耳にも入らず、夕季の視線は煌びやかなスポットに照らされステージの中央で歌い上げる雅の姿に釘付けだった。

 夕季の知る雅とは違って、物静かな様子でしっとりとした曲を優しく歌い上げる。

「この『イージー・ワルツ』っていい曲だよね」

「デビュー曲なのにオワコンヒットヒットヒットチャート初登場九十六位だって」

「九十六位かよ!」

 みずきや祥子が興奮気味にがなり立てるのとは対照的に、雅の歌声はあくまでも優しく穏やかに、夕季の心を抱くように流れ続けていた。

「祥子、知ってる? ユサケイゴがみやびーにモーションかけてるって」

「げげー、あたし、あいつチャラいから嫌い」

「だよね。あいつってさ、みんな雰囲気にダマされちゃってるけど、ツラがまえはけっこうイマサンなんだよね」

「ツラがまえとか、ふつう女子高生は言わねえけどな」瞬きすら忘れ、茫然自失状態になっている夕季に気がついた。「どうしたの、ゆうぽん。ぼ~っとして」

「……。別に」慌てて夕季が口もとを引き締めた。「知ってる人の名前と同じだったから」

「どっち。ケイゴ?」

「……ん」

「やっぱチャラい」

「……ちゃ、らくは、ない……」

「ほんとに」

 みずきに詰められ、むぐ、と顎を引く夕季。

「……ちょっとだけ、チャラいかも」

「やっぱ!」

「まあ、ああいうキャラってのもあるんだろうけど、ハズしすぎだよな」

「イタチャラすぎにもほどがある」

「どこ狙ってんのか、意味不じゃん。笑いのセンスねーし」

「ゼロだよ、ゼロ! ね、ゆうぽん」

「……そうかも」

「ゆーぽん、前にケイゴみたいなお兄ちゃんがほしいとか言ってなかったっけ?」

 祥子にふいをつかれ、さらに、むぐっと顎を引く夕季。

「そういえばさ、祥子。前にもみなもんと噂になってたじゃん、あの人。すぐに別れちゃったけど」

「あ~、あれな~。なんか、どっちかってえと、ケイゴの方がハメられたって感じだったけどね~。どっちも嫌いだからいいけど」

「うちらと同年だっけ、みなもんって」

「て聞いた。でも三つくらいサバよんでそうな予感」

「ありそう。あの娘って、ほんと、女の子に人気ないよね」

「力もってそうな人にすぐ寄ってって、ガッツリ、コビ売るからね。話題になってる人のところは、とりあえずいきまくってるしさ。普段はファンとかにも塩ぱっぱって感じなのに」

「売れてない芸人の前とかだと、露骨に態度変わるよね」

「あれな~。偉そうでさ、見ててイラってするわ、もう!」

「ハンマ御殿でイジられてさ、ぷくっとほっぺふくらませて、椅子の上で体操座りするとかさ。自分じゃかわいいつもりなんだろうけど」

「ムカつくわ! うちのお母さんも、なんなのこの子は! ってイラっとしてた」

「ああいうの、男はかわいいって思うのかな」

「ダマされちゃうんだろうね。全部計算なのに」

「フンマンやるかたないって感じだよね」

「うん、そういうのおめえしか言わねえけどな」

「あ~! あたし、この人嫌い!」

「おおっ!」

 空気を読むことのないみずきの大声に反応し、夕季と祥子が顔を向ける。

 すぐ隣の画面では、どこか見覚えのある顔がワイドショーで記者会見を行っている様子が映し出されていた。

「自分じゃウケてると思ってんだろうけどさ、なんかうざいから、出てるとチャンネルかえちゃう」

「ま、出すぎだよね。実際、需要ないだろ」

「あたしもそう思う。誰得なんだろ」みずきもうんうんと頷いてみせる。「なんかドヤ顔でさ。はい、おもしろいこと言いましたからここで笑っていいですよ、って言われてるみたいでイヤ。笑いがわかってる人ならこういうのおもしろいでしょって押し付けられてる感じがする。続きはCMの後でってやつくらいウザい。CM観てる時、ずっとこの商品買うもんかって呪ってる。で、また同じこと最初から始めると、さっきのCM思い出してもっと呪いたくなってくる。これじゃスポンサー、イメージダウンじゃん」

「呪ってんじゃねえよ。イヤならかえちゃえばいいのに」

「続きが気になるじゃん。録画するのもなんか奴らの軍門に降ったみたいで負けたみたいな気になるし」

「後で調べればいいじゃん」

「あ、そっか! 天才だ!」

「天才じゃねえけどな」

 話の展開が転調続きで、夕季一人が置いてきぼり状態だった。

 常ならばこの二人に平然と追随しているのかと考え、ふいに妙な気持ちに見舞われる。

「監督だけやってればいいのにねえ。自分のことおもしろいと思ってるのかな」

「まわりの人、言いたくても文句言えないんだよ、きっと。怒らせると、仕事してくれなくなるから」

「グラサンとかヒゲとか似合ってないのに、カッコいいとか思ってるのかな」

「笑いのセンスねーし」

「ゼロだよ、ゼロ」

 惚けた表情で画面に見入っている夕季に気づき、みずきが首を傾げる。

「どうしたの」

 わけもなく劣等感のような感情を抱き始めた頃合いで、軌道修正をはかったみずきの声に、夕季の心がようやく追いついた。

「……別に」どこか腑に落ちないような歯切れの悪い返答だった。「知ってる人に似ていたから」

「知ってる人って、テレビで観てるからじゃないの。こんな変な感じの知り合いいたら逆にヤバいかも。親戚?」

「……」

 夕季がまたもや、むぐっと口をつぐむ。

 その疑問は番組のテロップによって解かれることとなった。

「メガリューオーとか、うちらが子供の時のアニメだよねえ。今さらリメイクって言われてもな~。昔はおもしろいとか思ったけど」

「でも観にいくんでしょ、みずぷー」

「いくけど!」硬直状態の夕季に笑いかけた。「ゆうぽんも凪野監督、嫌いだったよね。でも映画はまた観にいこうね」

 その時だった。

 ふと顔を向けた夕季と、画面の中の雅の視線が合致したのは。

 そして夕季の視線に気がついたように、雅がにこっと笑ったのである。

「!」

 単なる偶然にすぎないことはわかっていた。

 そもそもが録画した映像を流しているはずなのだから。

 だが自分にとって身近な存在である雅が、画面の中から夕季の姿に気づき、コンタクトをとったように思えて仕方がなかったのである。

 まるで違う世界から夕季を見つけ、信号を送ってきたかのように。

「……」

「……ゆうぽん?」

「……」

「ゆうぽんったら」

「……」ようやくその呼びかけに反応する。「あ、うん……」

「どうしたの、ぼうおおおうおお~! っとして」

「うん……」

「そんなんなってたか」

「なってたよ。ぼうおうおうおおおうおお~って」

「口ん中、まるみえだよ!」

「ぼうおうおうおおおお~ん!」

「おい、のどちん……」

「寄り道してないで早く帰れよ」

 またもや聞き覚えのある声に、夕季がはっとなって振り返る。

「あ、おまわりさん」

 嬉しそうにそう言ったみずきらに優しく微笑みかけたその警察官の顔を確認し、夕季は一瞬言葉を失った。

「……大沼、さん」

「ん?」

「……」

「何か言った?」

「……いえ。いつもごくろうさまです」

「ありがとう」

 硬直し続ける夕季に嬉しそうに笑いかけ、大沼は小さく敬礼をしてみせた。

 おもしろがってビシッと敬礼を返すみずきと祥子。

 立ち去って行く大沼の顔は、三人の存在を分け隔てなく受け入れていた。

「お、女子高生だ」

 軽率な男達の声が聞こえ、露骨にみずきらが顔をゆがめる。

 夕季だけは驚きに目を見張っていた。

 道の反対側からこちらをうかがうサラリーマンの集団は、いずれも夕季の見知った顔だった。

 かわいいぞ、三対三だ、などと浮き足立つ駒田と黒崎のそばで、いい加減にしとけ仕事中だぞ、と南沢がたしなめる。

 風体はやや違ってはいたが、三人の役割りは元いた世界とほぼ同じようだった。

「おまえ、来月二人目が産まれるんだろうが。いい加減に落ち着けよ」

 南沢に諭され、駒田が、いや~、と笑う。

 隣では黒崎が真面目な顔で上司からの電話に応対していた。


 心の整理のため、しばし周辺を探索した後に、複雑な面持ちと心境で夕季が家路につく。

 すっかり暗くなってしまった空を見上げれば、それは元いた世界となんら変わるものではなかった。

 疑念を抱きながらもどうしても否定できない気持ちがあった。

 友人達に囲まれている時、夕季は自分でも信じられないほど穏やかな気持ちになれていたのだ。

 それはかつていた世界でも得られなかったほどの安らぎでもあった。

 やや躊躇しながら家の門をくぐり、ドアノブに手をかけようとする。

 そこで思わぬ人物と鉢合わせになった。

「……綾さん」

 綾音が首を捻る。

 その理由を知る間もなく、さらなる驚きが畳み掛けてきた。

 忍に見送られて玄関から出てきたのは綾音だけでなく、別の人間達の姿もあったからだ。

 その様子から一目で二人が恋人同士だとわかるほどだった。

「あ、夕季、帰ってきたの」

 忍の声に綾音が振り返る。

「忍ちゃん。夕ちゃん、なんだか元気ないみたいだね」

「うん、今朝からちょっと変なの。怖い夢を見たみたいなんだけど」

「そうなの。こわい夢? 変なの」

「綾音さんもそう思う?」

「子供みたいだもの。いつもは元気の塊の夕ちゃんが」

 忍達の会話も耳に届かず、夕季の視線は目の前の仲むつまじい二人の姿にひたすら注目していた。

 そこでは、こぼれんばかりの笑顔の進藤あさみが、スーツを着た真面目そうな青年の顔を見つめていた。

「あ、夕季、こちら、進藤さんのフィアンセで柊さん」

「はじめまして。よろしく」

「……」

「夕季?」

「……」







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