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第三十八話 『テスタメント』 4. 悪夢

 


「水杜、さん……」

 呼びかけに、ぎょっと目を剥く茜。

 それでも、半信半疑ながら、茜は夕季へと一歩近づいた。

「……夕季なの」

 その問いかけに夕季が頷く。

 茜の表情はいまだ疑念に満ちたものであったが、少なくとも夕季であることの可能性を認めてくれたことにかわりはなかった。

「まさかとは思ったけれど、本当に夕季だったなんて……」

「信じてくれるの、水杜さん」

 気を取り直し、茜が表情もなく夕季を見下ろす。

「もちろん、信じる。見た目はまるでかわってしまったけれど、あなたのことならなんでもわかる。むしろあなたの方が、私を本当に信じていいのか迷っているんじゃないの」

「……水杜さん」

「水杜さん、か……」

「……」

「私が今ここで何をしているのか、知りたいんでしょう? 私はあなたのかわりに呼ばれたの。あなたがいなくなって、あなたのかわりのジュピターの搭乗者として。あなたは助からなかったと聞かされていたから。私も、他の人達も」

「!」

「さぞかしショックでしょうね。まだ生きているのに勝手に死んだことにされて、その上搭乗権まで取り上げられて。いつかまた取り返せると思っているのかもしれないけれど、それは無理なの。あなたにはもう、感応力と呼べるものがなくなってしまったから」

「……」

 たたみかける衝撃に言葉も出ない夕季。

 ケガとともに感応力まで失ったとすれば、ここですべきことは何も残されてはいない。

 だがまだ親しい人間達を守るために、別の形で尽力することならば可能だと考えた。

 そのささやかな希望を、またもや茜が打ち砕く。

「あなたはもう、ここには必要のない人間になってしまった。いえ、もう人間と言ってしまってもいいのかさえわからない。あなたがすべきことは、この世界には何もないから」

 辛らつな物言いの茜に釘付けとなる夕季の視線。

「教えて、水杜さん。私は、どうなってしまったの……」

 腹立ちより疑惑が勝り、それを茜にたずねずにはおれなかった。

 茜の悲しみとも哀れみとも知れぬまなざしを受けてしまっては。

「何度も言わせないで。あなたはすでに、死んでしまった人間なの」

「でも私はこうしてここに……」

「包帯がほどけかけているよ。自分で見てみるといい」

 茜に言われるがまま頭部の包帯を解き、建物のガラス窓で確認する。

 それは陽の反射と汚れであまり鮮明ではなかったものの、現状を知るには充分な光景だった。

「!」

 それまでのあらゆるものを凌駕する衝撃に心を失い、ただ立ちつくすのみの夕季。

「これが……、私……」

 ガラス窓に映ったその形状はとても頭部と呼べるようなものではなく、銀色の卵と形容する方が的確だった。凹凸のない縦長の仮面をかぶっているような状態で、口や鼻はもちろんのこと、景色が見えているはずの目さえもどこにあるのかわからない。

「驚いた? 私もなんて言ったらいいのか、正直わからないの。それが、私が知る本当の夕季でないとしても」

「……どういうこと」

 夕季にたずねられ、茜が重い口を開く。

 そこから流れ出たものは、重苦しさと哀れみに満ち満ちたものだった。

「例のプログラムに接触したあの時に、あなたは死んでしまったの。もっと詳しく言うのなら、肉体と心の消滅を迎えたってところかしら。でもジュピターの中にはあなたがそれまでコンタクトし続けた意識がバックアップされていた。私にも、本当にこの言い方が適当かどうかわからない。だけれども、ジュピターの中にあなたの心にリンクし続けた部分が残っていたのは事実。それをもとにして、あなたの人格をからくり人形の中に立ち上げたのよ。わかりやすく言うのなら、今のあなたは、古閑夕季の人格だけをインストールされた、ただのコピーロボットにすぎない。アンドロイドであって、サイボーグではない大きな違いは、今のあなたには人間であった時の生身の部分が何一つ残っていないということ。感情や思考を制御する部分までもが、本来のあなたのものとは別のものなのだから」

「……」

「あれから一年近くが経っている。何度も失敗して、ようやく成功にまでこぎつけたみたいね。前からそういう噂が流れてはいたけれど、本当にそんなことができるなんて私も信じていなかった」

「……何故」

 夕季の直視を受け、茜が苦しげに目を細める。その言葉の隙間に見え隠れするわずかな希望に気づいてしまったからだ。

「あなたを死なせたくなかった人達がいるからじゃないの。あなたの死を受け入れられず、その存在を抹消できなかった人達がいたから。それも確かにあるけど、そんな膨大な費用をかけてまであなたを再生するもっとふさわしい理由がある。それはあなたのコピーを搭乗者に仕立てて、ドラグ・カイザーのレプリカを起動させることよ。感応力があるのかどうかもわからないのに。それ自体はずっと前から進められていた計画だけれど、ここにきて何はばかることなく、好きなように実験をすることが可能となった。何て言っても、あなたはこの世界にもう存在しない人なのだから」

「……」

「きっと今までも、ここにいる今のあなたにたどり着くまでに、何度もトライアンドエラーを繰り返してきたはずよ。かつてのあなたのかけらをもとに、身体まで再生しているという噂もある。それが成功すれば当然あなたの人格が移植されて、より元の人間体に近い複製品が完成する。でもその感情は、おそらくは今ここにいるあなたのものではないはずよ。不要な記憶を消去すること自体は造作もないけれど、そんなことをしなくても人格はいくらでもコピーできるから。それって本当にあなたなのかしらね。そうして完成したまっさらなあなたは、あなたであっても本当のあなたとは別人なんじゃないの。そんな、人間を一から創り上げるような行為が許されていいのかしらね」

「……」

「そして心も身体もあなたそのもののコピーは安易に簡単に、何人も造られていく。そして、簡単に壊されていく。殺されるのではなく、ただ失敗作として感情もなく処分されていくの。残しておく価値がなければ、アンドロイドのあなた達も、クローンのあなた達も、等しく。まるで悪夢のような話ね。私だったら耐えられそうにない」

「……」

「今はまだ成功例があなただけだから貴重なサンプルなのでしょうけれど、それが工業製品のようにありふれたものになってしまえば、おのずと考えもかわってくる。少なくとも、今のあなたから感応力が認められなければ、実験体としての価値しか彼らは見出さないはずよ。これから山のように造られる、あなた達も含めて」

 言葉もない夕季に、茜が目線だけを差し向ける。

「あなたがいなくなってから、ここも昔とは随分かわってしまったみたいね。言いがかりのような責任をなすりつけられ、失脚した人間も何人もいる。もともと私はあなたのリザーバーとしてこの界隈に待機していたから、引き継ぎにもそれほど苦労はなかった。でも霧崎礼也と穂村光輔のリザーブは簡単には見つからなかったの。結局桐生さん達を呼び戻すことになったのだけれど、彼らに功績を求める方が無理な話よ。所詮は本来のリザーブが見つかるまでのつなぎね」

「……光輔達ならさっき見た。まだここに……」

「いるだけよ。ただいるだけ」

「!」

「あなたがいなくなってから、何故かあの二人の感応力もほとんど消滅と言っていいほど低下して、お払い箱になったの。何も期待しない方がいいわよ。理由はわからないけれど、彼らはあなたにいい感情はもっていないから」

「ケイゴさんは。綾さんも」

「何も期待しない方がいいって言ったばかりでしょ」

「……」

 悪夢のような現実を突きつけられ、言葉を失い下を向く夕季。手の中のストーンをじっと見つめ、その名前を口にした。

「みやちゃん……、樹神雅は今……」

「彼女のかわりに、今ここには三雲杏那がいる。それでわかるよね」

 いちるの希望すら打ち砕いた茜の宣告を受け、夕季の思考回路のすべてが停止に至る。

 その様子を茜は哀れみ以外の感情で示すことができなかった。

「さっきあなたを探している職員を見かけたわ。あの様子だと、何百人もこの近くに集まりだしている。すでに彼らはあなたの位置を特定しているでしょうね。準備したコントローラーであなたの起動も容易に止められるはず。そしたらまた、あなたは私達の知らないところへ連れて行かれる。もう二度と会うこともないでしょうね。あなたはどうしたいの。おとなしく捕まる? それとも……」

「お願いがあるの」

 想定外の夕季のリアクションに、茜が眉を寄せる。

 表情のない機械の塊であるがゆえ、その心の内までは読み取れなかったが、その口調に聞き覚えがあり茜はクールダウンした。

 姿形は違えど、自分が知る古閑夕季が目の前にいた。

「お姉ちゃんに会いたい。お願い、茜さん……」









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