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第三十八話 『テスタメント』 2. 襲撃

 


 夕季は一人、谷の奥深くまでやってきていた。

 自身が気を失い倒れていた、例の場所である。

 そこに行けば何かがあると睨んでいた。

 一糸纏わぬ姿で倒れていたとイヨリはそう言った。

 夕季のそばには空竜王はおろか、着用していたスーツすらなかったのである。

 そこに引っかかるものがあった。

 もしこの世界に存在しえないもののことごとくが弾かれ、夕季の身体だけが受け入れられたのだとすれば、身に着けていたものすべてが消滅していたと考えるのが妥当である。

 立ちつくし、握り締めた拳をじっと見つめる。

 ゆるやかに開いたその手のひらには、雅から託された緑色の石が陽の光を受け煌いていた。

「……」

 いまだ信じがたいことではあるものの、ここが異世界であり夕季が異邦人であるのなら、竜王の存在が鍵になると睨んでいた。

 元の世界に帰る方法がまるでわからない。それは現実世界において、あるとも知れぬ霊界や地獄へ行き来することにも等しいのだから。

 何ら特殊な能力を持たないごく普通の人間には到底無理なことだろう。ましてやそこが異次元である可能性もある。地球かどうかもわからない世界なのだ。

 辿り着いた答えが、もし元の世界に戻る方法があるとするなら、イレギュラーな存在である自分がこの世界の理を壊すことしかないというものだった。

 そしてそれは、この世界の住人にとって破滅をもたらす可能性をも含む。

 できることならば、そういった事態は避けたいと夕季は考えていた。

 ほんの数日の滞在ではあったが、村の人間達に愛着が生まれつつあった。

 彼らはみなよそ者の夕季に対しても親切で、懐が深く、心根も穏やかで温かかった。

 子供達も夕季によくなつき、いつしか信頼関係のようなものまで生まれていた。

 事実そこでの生活は意外なほど好ましく、はたして彼らを見捨てて自分だけが元の世界に帰ってしまうことが本当に正しいのかと、自問自答を繰り返さずにはおれなかったほどなのである。

 雑念にまみれながらも夕季が竜王を探してあてのない探索を続ける。

 しかし探せども探せども、痕跡一つ見つけられなかった。

 いつしか谷のもっとも深い場所へと到達していた。

 そこに巨大なシルエットを見つけ、夕季が目を見開く。

 それは垂直離着陸も可能な大型輸送機の残骸だった。

 現実世界のものとは異なるが、同じような形のものを夕季も何度かは目にしたことがあった。

 つながらない何かが、ひび割れをともないながら重なりかけていた。

「見てしまったね」

 背後からのその声に夕季が振り返る。

 そこには長老の姿があった。

 そしてもう一人、ウォリアー達のリーダー、リョトウの姿も。

「これは……」

 言葉も出せずに長老の顔を見続けるだけの夕季。

 その心情を察するように、長老は夕季に向けて語り始めた。

「文明の痕跡だ。かつては我々にもこんな巨大なものを作り出す力があった」

「……あなた達が作ったんじゃないんですか」

 夕季の質問に長老がかぶりを振る。

「我々が生まれる何千年も昔に、我々の祖先によって作られたものだ。彼らは文明に取り憑かれ、そして滅ぼされた。先人達はその過ちに気づいて文明を捨てたのだが、時すでに遅かったのだ。我々が導いてしまった異文明が、我々自身を滅ぼそうと向かってきたからだ。まるで復讐せんとばかりに。我々はこれだけを掘り起こして修復し、なんとか動かせるところにまでこぎつけた。次に奴らが追ってきたら、これに乗ってここから逃げ出すために」

「……」音を立てて崩れ去る本質の中に、一つの仮定が生まれようとしていた。「導いてしまったというのは、どういうことですか」

「言葉どおりだ。我らの祖先が彼らを誘ってしまった。それ以上でも以下でもない」

「それは彼らを目覚めさせた先人達が、何らかの理由でその逆鱗に触れてしまったということですか。たとえば、極めて身勝手な理由で、彼らを利用しようとした報いで」

 答えは返らない。

 それでも夕季は、更なる真理の種を彼らに突きつけなければならなかった。

「もしそれが私達の知っている文明と同じものなら、私は過去からここへやってきたことになる。何千年も前の世界から。……私が乗ってきたものはどこにあるんですか」

 長老は背中を向けたまま、その問いかけに反応すらしなかった。

 そのかわりにリョトウが一歩前に出る。

「それには答えられない」

 夕季とリョトウが向かい合う。

 筋骨隆々のリョトウは、やはり夕季の知る誰かに似ているようだった。

 しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。

「あれは私のものです。返してほしい」

「それはできない」

「どうして。あれがあれば異文明の敵とも戦えるかもしれない。私は救世主なんかじゃない。でも、みんなを助けることができるかもしれない」

 決して引くことのない夕季の強きまなざし。

 それを受けてなお、リョトウの心は引きさがることがなかった。

「駄目なものは駄目なのだ。もし君があれをもう一度手もとに置きたいと願うのならば、我々は君を殺さなければならない」

「!」

 カッと目を見開く。

 リョトウが何を言っているのか、まるで理解できなかった。

 だがそれが嘘や脅しであるとは、夕季には思えなかった。

 その時だった。

 夕季のペンダントが、また光を放ち出したのは。

 じりと後退するもの音に気づき、夕季が顔を向ける。

 そこに見たのは、リョトウの憎悪にまみれた表情だった。

「!」

 それだけで夕季は、その本質のほぼすべてを理解してしまったようだった。

「リョトウ、大変だ!」

 一人のウォリアーが息を切らせて駆け寄ってくる。

「どうした、カイム」

「奴らが、奴らがきた!」


 リョトウとともに夕季も急いで村へと引き返す。

 来るなという忠告も、夕季には無駄だった。

 イヨリやカノルのことが心配だった。

 村へと辿り着いた夕季らの視界に入ったのは、まさにこの世の地獄とも呼ぶべき凄惨な光景だった。

 逃げ惑うだけの女子供を追いかけ、影のような人がたが襲いかかる。

 イヨリが言ったとおり、彼らの背中にはいびつな翼があり、その黒きシルエットはまさしく夕季の知る悪魔そのものと言えた。

「くそっ!」

 ウォリアーの一人が、手も足も出ずに影に貫かれ絶命する。

 夕季とそれほど歳の違わない、まだ顔にあどけなさを残す少年だった。

 その盾と剣を拾い上げ、飛び込んで来た一体を夕季が串刺しにした。

 腕にのしかかるような重さを気にかける余裕もなく、夕季が辺りを見回す。

 そこにイヨリの姿を見つけた。

 カノルを背中に隠し、大人用の剣を振り回して懸命の抵抗を続けるイヨリ。

「イヨリ!」

 空気を切り裂くような夕季の叫び声もむなしく、イヨリの身体が夕季の眼前で影の刃に貫かれていく。

 声なき絶叫を張り上げ、カノルがその身体に覆い被さった。

「カノル、逃げて!」

 カノル達の前で、まるで鉄の塊のような盾を捨て去り、それだけでも十分な重さの剣を両手でかまえる夕季。

 夕季の選択したスタイルは、ひたすら守りしのぎ隙をうかがう仲間達のそれとは、まるで異なるものだった。

 過度の負担に筋肉が悲鳴をあげつつも、夕季の振り上げた剣が、飛びかかる影の胴体を真っ二つに切り裂く。

 すぐさま剣を放り出し、夕季はイヨリの身体を抱きかかえた。

「イヨリ、しっかりして! イヨリ!」

 夕季の顔を確認し、イヨリが眠そうな瞼をこじ開けた。

「……カノルは。カノルは無事なの……」

 夕季が眉を寄せてイヨリを見つめる。

「カノルは無事だよ。さっき村の人が連れて行ったから、心配しないで」

 夕季がそう言うと、イヨリがほっとしたように笑った。

「お姉ちゃん、強いね。やっぱり、救世主様だったんだよね」

「……。違……」

「ずっと祈っていたんだ。来てくれるといいなって。僕の願いがかなった……」

 満足そうに笑いかけ、イヨリが口を閉ざす。

 眠るように下りた瞼は、その後二度と開くことはなかった。

「イヨリ! イヨリ!」

 イヨリを抱きしめ、夕季が絶叫する。

 その背後から暗黒の集団が囲いつつあった。

 突如として響き渡る轟音に夕季が顔を向ける。

 空を黒く染め、先に谷の奥で見た大型輸送機が村へと進入してくるのを確認した。

 夕季をかすめるように近づいた輸送機の翼が、影の集団を切り裂いていく。

 村の中央に到着した輸送機の窓から、リョトウを呼びにきたウォリアーが顔をのぞかせた。

「早く、早く乗れ、みんな!」

 彼の声に引き寄せられるように、残った村人達が大型輸送機目がけて走り出す。

 リョトウは村人達が機体に乗り込めるよう、最後尾で影達を引きつけていた。

「早く乗れ! ぐあっ!」

 リョトウの背中を影が貫く。

 差し出された手を振り払い、リョトウはみなを押し出した。

「行け! 早く!」

「しかし、リョトウ!」

「俺のことはかまうな! みんな早く逃げるんだ!」

 それをリョトウは最後まで口にすることができなかった。

 影達の刃が一斉にリョトウの身体を貫いたからだった。

 声もなく倒れるリョトウの勇姿を涙で振り払い、大型輸送機が村の広場から離陸し始める。

 が、それが飛び立つことはなかった。

 四方八方から飛びかかった無数の影達が、機体を取り囲んだからである。

 視界を奪われ、村の建造物の中に激突していく巨大な機影。

 片方の翼を地面にめり込ませて停止した機体から、影達に襲われた村人達の悲鳴が聞こえてきた。

 何もできずにそれを見守っていた夕季が、イヨリの亡き骸を地に伏せて立ち上がった。

 どれだけの村人が残っているのかわからなかった。

 それでも夕季は戦わなければいけないと思った。

 死んでいったイヨリ達のため、そして自分自身の誇りのために。

 巨大な剣を両手で持ち、夕季が輸送機へと近づいていく。

 そこで夕季は見た。

 輸送機の後部ハッチから転がり出た、空竜王を。

 すかさず走り寄り、影の攻撃を間一髪でしのぎながら空竜王に乗り込む。

 無事起動することを確認するや、空竜王を大地に立たせる夕季。

 それから要したアクションは振り払う一撃のみだった。

 降りかかる影達をまとめて切り裂き、夕季が空竜王のハッチを跳ね上げた。

 コクピットから地獄絵図を見下ろし、やり場のない憤りを夕季が吐き出す。

 その時だった。

 コクピット目がけて、石つぶてが投げられたのは。

 影の残党かと夕季が辺りを見回す。

 そこで夕季が見たものは、信じがたい光景だった。

 カノルが敵意剥き出しの形相で、夕季に石を放っていたのだ。

 親のかたきを睨みつけるような険しい表情で、声なき絶叫をつぶてとともにぶちあてる。

 わけもわからず、夕季はただ困惑するだけだった。






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