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第三十八話 『テスタメント』 1. 異世界忌憚

 


 目覚めた時、その顔を覗き込んでいる者がいることにはっとなり、夕季が飛び起きた。

 驚いて退いたそれらの顔を、まじまじと眺める。

 まだ十歳にも満たない少年と少女だった。

 どこか見覚えがある顔にも見えたが、どうしても思い出せなかった。

 きょろきょろと周囲を見回すと、それがまるで身に覚えのない場所だと気づく。

 まるでジャングルのような、森のような、木々が生い茂った草原。

 陽射しの眩しさに手をかざすまで、今が十二月だということを忘れるほど陽気は穏やかだった。

 そのせいでもう一つ大事な見落としをしていたことにようやく気がついた。

「!」

 衣服の類を一切身につけておらず、一瞬のうちに夕季が赤面モードへと突入する。

 再び辺りをせわしく見回した時、逃げていったはずの少年達が大きな木の陰から覗き見しているのがわかった。

 横座りの姿勢で胸を隠し、夕季が少年らを睨みつける。

 暖かな陽射しではあったが、風もあり、さすがに未着衣では肌寒かった。

「へっくちん!」

 ぶるっと震える。

 顔を上げると、二人がすぐそばまで近づいていた。

 思わず警戒を強め、威嚇するように夕季が低くかまえる。

 が、そんな夕季を表情もなく眺め、少女の方が薄手の毛布のようなものを差し出してきたのだった。

 おそるおそる手を伸ばし夕季がそれを受け取ると、少女は嬉しそうに笑って、少年の背中に隠れていった。

 戸惑いながら毛布と二人を見比べる夕季。

 それを少女はちらちらと眺めながら、楽しそうに見守っていた。

 まだ警戒を続けながらも夕季が毛布を身体に巻く。

 すると今度は少年が両手一杯の果実を差し出してきた。

「ありがとう……」

 顎を引いてかまえつつ夕季が礼を告げると、少年がにっこりと笑ってみせた。

「よかった。死んじゃってたのかと思った」

「!」

 夕季の目が点になる。

 勝手に言葉が通じないものだと思い込んでいたからだった。

 余計に頭が混乱し続け、状況をうまく整理できない。

 このような場所が現在の日本には存在しないことはわかっていたし、何より少年達の格好が現実離れしたものであることを知っていたからだった。

 顔立ちは日本人に見えなくもない。しかし肌の色が褐色がかっており、どこかの原住民に近い種族のようにも見えた。

 しかし、身に纏う衣服は未開の部族というよりは、光輔から借りたファンタジー・ゲームに出てくる人々のそれに近かった。

 夕季の知識が誤っていなければ、それは過去の歴史のどこにも存在しえない形の民族に違いなかった。

 一言で言えば、現代人の知性とスタイリッシュさを兼ね揃えた、紀元前のヨーロッパのどこかといったところか。

 それを古代ローマやギリシャなどに当てはめるには、彼らはあまりにもスマートで現代的すぎたのである。

 何もかもが、光輔から借りたゲームの中に出てくるような、ファンタジー・ワールドの舞台そのものだったのだから。

 その上で、その世界の登場人物をすべて肌の色を強調した日本人に当てはめれば、もっともそのイメージに近づきそうな気もした。

「あなた達は……」

 情報の氾濫でパンクしかけながらも、夕季が少年達から有力なヒントを引き出そうとする。

 今にもモンスターが飛び出しそうな山肌をぼんやり眺めていると、少年がまた奇妙なことを口にした。

「僕達はメガルの村の人間だよ。お姉ちゃんを見つけて、この谷にやってきたんだ」

「メガルの村……」何がなんだかわからない。「私を見つけて?」

 夕季の疑問に、顔を見合わせた二人が得意満面で頷く。

「お姉ちゃんが倒れているのが、向こうの森から見えたからさ。よかった、無事で」

「……」少しずつ状況を把握し始める。ここがどこであれ、あの時得体の知れない光に取り込まれ、見覚えのないどこかへと飛ばされたのは確かなようだった。あとはここが突拍子もない場所でないことを祈るだけだった。

「行こうよ、僕達の村へ」

 少年らが両側から夕季の手を引いていこうとする。

 抵抗する間もなく、夕季は更なる衝撃を少年の口から聞くこととなった。

「お姉ちゃんは伝説の救世主様なんだよね」

「!」

 それは今自分がいる場所が現実世界とはかけ離れたものであると理解するに充分すぎる問いかけだった。


 少年らに村に連れていかれ、夕季が彼らの歓待を受ける。

 さすがに救世主だなんだと騒ぎ立てる少年の声に耳を傾ける者はいなかったが、記憶を失い迷い込んだよその部族の人間だとされ歓迎された。

 村はやはりイメージどおりのたたずまいだったが、それは異世界そのものと言うより、古代ローマや中世ヨーロッパ、はては開拓時代のアメリカ等、様々な文化が混在しており、少年らのように軽装の格好をした者もあれば、コート状の衣服を纏ったり、中には鎧のようなものを着込む者すら見てとれた。

 和洋折衷、現代過去の混在は、まさにファンタジー・ワールドそのものだった。

 ただし夕季の知る文化の変遷からは導き出せない偏りが多々見受けられた。

 食事の仕度にガスバーナーのようなものを用いるかと思えば、村を守備する衛兵達は古代の戦闘士そのものだったりもしたからである。

 そのわけを詮索する余裕すらなく、今の夕季は自分の置かれた状況を整理することで大忙しだった。

 幸いにして彼らが友好的であり、余計な詮索もされなかったのが、夕季の心に余裕をもたらしていた。

 疑問点は多いものの、客人の立ち位置から眺める限りは、そこは穏やかで居心地のいい場所であった。

「?」

 物陰から様子をうかがっている先の少女に気づき、夕季がにっこりと笑いかける。

 小さく頷くと、少女はすぐに嬉しそうにやってきた。

 夕季の隣にちょこんと座り、何度も嬉しそうに夕季の顔をちらちらと確認する。

「名前は」

 夕季がたずねる。

 しかし少女は何も答えようとはせず、ただにこにこと夕季の顔を眺めるだけだった。

「カノルだよ」

 少年の声がして、夕季が振り返る。

 少年は少女と一度笑い合ってから、少女の隣に座り、また夕季の方へと顔を向けた。

「カノルは話せないんだ。耳も聞こえない」

「……」

 複雑そうな表情の夕季ににっこりと笑いかけ、少年は夕季がたずねることを躊躇したその続きを勝手に話し始めた。

「目の前でお父さんやお母さんが殺されてから、ずっとそうなんだ」

 夕季が苦しそうに顔をゆがめる。

 だがそのわけを聞いておかなければいけないような気がしていた。

「誰に殺されたの」

「異文明の奴らに」

「!」カッと目を見開く。「異文明って」

「よくわからない。でも長老達がそう言ってたから。目的はわからないけど、あいつらは僕達を殺すためにやってくるんだ」

「……今でも」

「うん。ずっとこないこともあれば続けてくることもある。でもあいつらは、僕達を皆殺しにするまで何度でもやってくるんだ。ずっと前は数え切れないくらいの国や村があって、たくさんの仲間達がいたらしいんだけど、あいつらのせいでばらばらになって、今じゃこの村にいるのも二百人くらいだけになっちゃった。お父さん達は、奴らから村を守るウォリアーだったんだけど、僕達を守るために死んじゃったんだ。リョトウがリーダーになったウォリアーも三十人くらいしかいなくなった。聞いた話だと、他の村もみんな同じだって言ってた」

「大丈夫なの」

「今はね。奴らがこれない場所に僕達が引っ越してきたから。奴らのほとんどは空が飛べないんだ。だからまわりが崖だらけで、空の上からは見えないこの場所に新しい村を作ったんだよ。ここにきてからずっと何も起こってないけど、そろそろ奴らが現れるんじゃないかって、みんな言ってる」

「どうやってここまでやってきたの」

「飛翔車だよ」

「飛翔車?」

「みんなが乗れるくらい大きな車。鳥みたいな羽がついていて、空も飛べるんだ。でもここに着いたら壊れちゃったから、二度と飛べないんだって。ちょうどお姉ちゃんがいたところと同じくらいの場所。だから他の村の人達が助けにきてくれたのかなって思って、カノルと二人で見にいったんだ」

 少しずつ状況を理解し始めていた。

「空を飛べない異文明の相手が、どうして現れるってわかるの」

 もっともな疑問を夕季が口にする。

 少年はカノルの頭を撫で、また夕季ににっこりと笑いかけた。

「全部が飛べないわけじゃなくて、飛んでくるのもいるんだ。そいつがこの前、谷の上をうろうろ飛んでた。慌てて隠れたから見つかってないと思うけど。何をしたって無駄なんだ。今までもいろいろ抵抗してきたけど、一度は成功してもあいつらは必ずそれを乗り越えてくる。今度は空を飛べるようになってくるって、みんな噂してる」

 夕季がしばし考えにふける。

 結論を導き出すにはまだまだ材料が足りなかった。

「君の名前は」

「イヨリ。お姉ちゃんは」

「ユウキ。そう呼んでくれればいい」

「うん」

 イヨリが嬉しそうに笑った。

「イヨリ、さっきのことだけど」

「何」

「伝説の救世主って。私のことを。あれはどういう意味なの」

「ああ」イヨリが、なあんだと言わんばかりに微笑む。「昔からの言い伝えだよ。お爺ちゃんから聞いたんだけど。僕達の力じゃ、結局どうしたって異文明の奴らにはかなわないんだって。種類が違いすぎて、どうがんばったっていつかは負ける。でも、よその世界からきた人なら勝てるかもしれないって、お爺ちゃんは言ってた。他の人達は笑って相手にしてくれないけど。お姉ちゃん、よその世界からきたんでしょ」

「!」夕季が目を見開き、ぐっと顎を引く。驚きに声が出なかった。「……どうして」

「ここにいる人達とは違うから」

「違う……。違うって、どう違うの」

「う~ん、うまくは言えないけど……」ふいにイヨリが難しそうな顔になる。「なんとなくだけど、お姉ちゃんは楽しそうに見えたから」

 笑顔とともにはじき出した答えは、到底夕季を納得させるようなものではなかった。

 それに付け加え、イヨリが照れたように笑いかける。

「ここの人達は、みんな死ぬことだけを考えている。どんなに頑張っても、いつかは異文明に殺されることを知っているから。死にたくないから、逃げるためにだけ戦ってる。今日が終わって、明日がくるのを怖がっているんだ。でもお姉ちゃんは違う。生きようとしている。逃げるためじゃなくて、今日が終わっても、明日も何かをしようとしているように見えた。生きるために戦おうとしているように見えた。ここの人達みたいに、明日がくることを怖がっていない。だから……」

「違うよ、イヨリ。誰もそんなふうには考えてはいない。みんな必死なだけだよ。死にたくないのは当たり前だから。怖くて余裕がなくて、生き延びることだけで精一杯で、ただその日を過ごすことですら一生懸命努力しなければならない。でも、それが本当に生きるってことだと私は思う。私は何も知らないから、イヨリにはそういうふうに見えただけ。本当は、あなた達に助けてもらわなかったら何もできない、ただの臆病者だよ。助けてくれてありがとう、イヨリ、カノル」

「……」

「がっかりした?」

「……そういうわけじゃないけど……」

 腑に落ちない様子のイヨリを眺め、夕季が小さく笑いかける。

「ここにいる人達は、誰もが生きることの大切さを知っている。私なんかよりもずっと。あなたもね、イヨリ。さっきみたいに感じるのは、きっとイヨリの心が誰よりも強くそれを望んでいるからだと、私は思う」

「でも……」

「もしもっとここにいられるのなら、私もあなた達と一緒に戦う。もっとがっかりさせることになるのかもしれないけれど、少しでもここのみんなの役に立ちたいから。逃げないことがあなた達の力になるというのならそうする。約束する」

 そう言い、熱くイヨリ達を見つめる夕季。

 そのまなざしを正面から受け止め、イヨリも嬉しそうに笑った。

 ふとカノルの視線に気がつき、夕季がそれをたぐる。

 視線の先には、夕季が首からぶら下げるペンダントがあった。

 夕季が気を失っていた時に握り締めていた唯一の所持品、雅から受け取ったガイアストーンだった。

 陽の光を受け緑色に輝く綺麗な石を、カノルがもの欲しそうに眺める。

 夕季が口を開くより先に、事情を察したイヨリがカノルをたしなめた。

「駄目だぞ、カノル」

 その意味を知ったカノルが悲しそうに目線を落とし、すかさず夕季がフォローにかかった。

「ごめんね。これはあげられないの。大切な人にもらったものだから」

 申し訳なさそうに夕季がカノルの顔を見つめる。

 その真意が伝わったのか、カノルは同じ表情のまま、夕季へと抱きついていった。

「こら、カノル」

 イヨリを穏やかなまなざしで制し、夕季がカノルを抱きしめる。

 実の妹を抱くように、優しげにいとおしげに包み込んだ。

 その時だった。

 胸のストーンが眩いばかりの光に包まれたのは。

「わあ」

 驚きに目を見開く二人とは対照的に、夕季は驚愕の表情を抑えることができなかった。






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