~その7~ ダイエット始まる
夏のバカンスは本当に幸せだった。甘々のラブラブの3日間。それが、ずうっと続くものだと思っていた。
が………。
バカンスから帰ってくると、試練の毎日が待っていた。
「弥生。ウェディングドレスの寸法を測りに来るぞ」
「え?」
それはバカンスから一週間が過ぎた土曜日のこと。
「ジョージ・クゼが直々にやってくるからな」
「今日ですか!?」
「ああ」
「でも、まだ私、ダイエットも何もしていない」
「だよな。だから、サイズは一回り小さいものにしてもらう」
「え?!」
「ジョージ・クゼは直接お前に会って、ドレスのデザインを考えたいんだとさ。ちゃんとお前のイメージにあうものを作ってくれるらしいが、俺からは一つだけ注文をしてある」
「…ど、どんな注文ですか?」
「体の線にピッタリの、ちゃんとウエストのくびれがあるドレス」
どへ~~~~~~~~~~~~!
「そんなの着れるわけないじゃないですか!だいたい私、くびれなんてないです!」
「だから、結婚式までにくびれを作れ」
どへ~~~~~~!!!
「無理無理無理。ちょっと痩せるくらいなら、できるかもしれないけど」
「今、なんて言った?」
「え?」
一臣さんの顔、怖い。
「ちょっと痩せるくらいだと?」
「はい」
「阿呆!何がちょっとだ。思い切り痩せろ!ダイエットをしろ!いいか。緒方財閥の御曹司の結婚式なんだぞ。国内だけじゃなく海外でも注目を浴びるんだ。お前の花嫁姿も、海外のメディアも注目しているんだぞ。気合を入れろ!気合を!!」
ど、どうしちゃったの?こんなこと今迄言ったことなかったのに。お前が頑張るとろくなことにならないから、頑張るな。そのままでいいって、そう言っていたよね?
「ジムとエステに通え。食事はダイエット食をコック長に頼んである。これからは、外食はしないぞ。甘いものも控えろ。今迄みたいにバカ食いするな」
「あ、あの。どうしちゃったんですか?私が頑張ったらみょうちくりんになるんじゃないんですか?」
「それはお前が一人で頑張ったらの話だ。だけどな、よく考えてみろ。緒方財閥の力を持ってしたら、お前のことだっていくらでも変身させられるんだよ」
「は?」
「ジムでは超一流のトレーナー、エステも一流のエステシャンを準備する。緒方財閥の力で、お前を超一流の女にすることだってできるんだ」
超、一流?!
「無理です。無理無理!」
「無理じゃない」
「でも、一臣さん、このまんまの私でいいんじゃなかったんですか?」
「俺はいい。だが、世間がいいとは言わないだろ?」
え~~~~~~~~~~~~~~~~!!!
突然、なんでだか知らないけど、一臣さんの考えが一変し、私は試練の道を突き進まなくちゃならなくなった。もちろん、一臣さんのために綺麗になりたい。その気持ちは前からある。
でも、甘いものが食べられない。食事制限があるっていうのは、とってもきつい。貧しい時、衣食住で一番重きを置いていたのは食だった。
とはいえ、よく大家さんに分けてもらったりしていたから、そんなにお金はかけていない。お金をかけず、いかにして美味しいものを食べるか。そこに力を注いでいたくらい、食べることが好きだった。
そんな私が、ダイエット?!
そして、今迄はどこに行くのも一臣さんに引っ付いていられたのに、別行動をすることが多くなってしまった。
「じゃあ、弥生は4時からエステの予約が入っているから、もう帰っていいぞ」
「え。仕事は?」
「結婚式までお前の仕事は痩せることだ」
ガーーーン。
「あの…。とっても言いにくいことを言うようですが…」
「もし、痩せられなかったら、どうするんですか…とか、そんな質問か?」
「え」
なんで、わかったんだ。
「そんなことは許されない。ドレスも一回り小さくオーダーしたしな」
ぎゃひ~~~~~。鬼だ。
「わかりました。頑張ります」
「ああ、俺のことだと頑張れるんだろ?俺に惚れ直させるくらい頑張って見せろよ」
「惚れ直す?」
「………。まあ、これ以上惚れられるかどうかわかんないけどな」
え?
何それ。
もう私に飽きちゃったってこと?!
「どうした?暗い顔して」
真っ暗になって立ちすくんでいると、一臣さんが私を抱き寄せ聞いてきた。
「え…。だって。もう惚れられないって」
「ああ。今でも、ものすご~~~~~~~~~~く惚れているからな。これ以上惚れるなんて、考えられないほど惚れているからなあ」
ぼわっ!
顔、熱!そういう意味か。
「でも、私もものすご~~~~く惚れてますけど、きっとまだまだ一臣さんに惚れると思います」
「やめろ。寒気がするだろ」
またそういうことを言う…。
がっくりしながら一臣さんの顔を見た。すると、耳が赤くなり、口元がにやけていた。
え?え?え?!
もしかして、照れてる?
もしかして、照れ隠しだったの?
「車は等々力のを使え。今日はエステ、明日はジムだ。わかったな?」
「はい」
寂しいけど、夜は一緒にいられるんだもんね。
「あ、弥生。言ってなかったが、明日の朝早くに大阪に行かなきゃならないんだ。大阪の工場視察、龍二と行ってくる」
「え?」
「朝早いから、今夜のうちから大阪に行く」
「私も?」
「いや。お前はエステとジムがあるから、東京にいろ」
うそ。
「じゃあ、行って来い。俺はこれから、取引先の会社行ってくるから」
ガーーーン。ガーーーン。
今夜、一人ぼっち?
「おふくろも大阪に今いるし、夜、寂しかったら寮に行ってもいいぞ」
「…はい」
「1日だけだろ。そんなに暗くなるな」
ギュウっと一臣さんに抱きしめられた。
「はい…」
私も一臣さんを抱きしめた。
1日だけだって、寂しいよ…。と心の中で呟きながら。
一臣さんは、私がいなくても寝れるの?もう、一人でも眠れるようになったのかな。
エステに向かい、痩身とオイルマッサージをしてもらった。それからお屋敷に帰り、一人で夕飯を食べた。寂しかったけれど、亜美ちゃんやトモちゃんが時々話しかけてきてくれた。
「夜は、寮に行ってもいいって、一臣さんのお許しが出たんです」
「じゃあ、私たちの部屋に来てください!お菓子も揃えておきます」
「あ!それはいいです。私、ダイエット中だから」
亜美ちゃんの言葉にそう答えると、
「あ、そうですよね。ごめんなさい。食事もダイエット食ですもんね」
と、謝られた。
今夜からダイエット食。でも、さすがコック長。とっても美味しかった。ただ、ほんのちょっと物足りなさがあるけど。夜中にお腹が鳴りそうだ。
軽く自分の部屋でシャワーを浴び、パジャマを持って亜美ちゃんの部屋に行った。そして、12時までガールズトークに花が咲いた。亜美ちゃんは、コック見習いの人とお付き合いをしている。年下の彼だ。
「どっちから告白したんですか?」
「私から」
亜美ちゃんは真っ赤になりながらそう答えた。
「亜美ちゃん、積極的なんですよ。びっくりしちゃった~~」
と、トモちゃんがひやかすと、亜美ちゃんはますます顔を赤らめた。
お相手の人はとっても真面目な青年。東北から去年東京にやってきて、今年の4月からこのお屋敷に来た。話をしているうちに、亜美ちゃんが惚れ込んだらしい。彼のほうが2歳年下。
「まだまだ、結婚とか考えられる年齢じゃないんですけど。でも、一人前になったらお嫁さんに来てって言われたんです」
「きゃ~~~~~~~!素敵!」
いいなあ。プロポーズ。私はないもんなあ。だって、すでにフィアンセだったわけだし。告白ならあった。でも、そんな可愛らしい言葉じゃなかったなあ。
「羨ましいです!私にも出会いがないかなあ」
トモちゃんがうっとりと、宙を見つめた。
「トモちゃんの好みはどんな人?」
亜美ちゃんが聞いた。
「亜美ちゃんは?」
私が聞くと、
「誠実な優しい人」
と、顔を赤くして答えた。
「彼、誠実で優しいですもんね?」
トモちゃんがそう言うと、亜美ちゃんはテレながら、
「私のことはいいから、トモちゃんはどういう人がタイプ?」
と聞き返した。
「私は…。けっこう、面食いで。一臣様も一目見た時、素敵だなって思ったんですけど、だけど、性格が…。あ、ごめんなさい、弥生様」
「いいえ。性格に思い切り難ありっていうのは、私も知っているから」
そう言うと、トモちゃんは、
「でも、弥生様が来てからは、ぐっと丸くなられましたけど」
と、内緒話をするように声を潜めて言った。
「私、顔がよくって、性格は、穏やかな物静かな人がいいんです。私、おしゃべりだから、私の話をうんうんって聞いてくれるような」
「へえ、そうなんだ」
「でも、なかなかいないもんですよねえ。ここにいると出会いもないし」
「だけど、わかんないよ。まだ、トモちゃん10代じゃない」
「はい。頑張っちゃいます。ってことで、今度のお休みの日、コンパに行くんです」
「コンパ?」
「高校の時の友達に誘われて!」
「コンパなんて行ったことない」
私がぽつりとそう言うと、
「一緒に行きます?」
とトモちゃんが聞いてきた。
「ま、まさか!一臣さんに怒られちゃうよ」
「ですよね?えへ。冗談です」
「もう。びっくりした」
「だいたい、一臣様以上の男性なんていないでしょうしね?」
亜美ちゃんがウィンクをしながら私に言った。
「え?う、うん。いないかも」
照れながらそう言うと、
「もう、ラブラブ~~~!」
と、トモちゃんにひやかされた。
そのあとも、私たちはきゃっきゃとはしゃいでいた。
だから、一臣さんがいなくても、寂しくなかった。ただ、布団に入って寝る時になり、私を抱きしめてくれる腕がなくて、胸がキュンと苦しくなった。
ああ、一臣さんが恋しいよ~~~!
たった1日だけなのに。
翌朝、お屋敷に戻り、お屋敷のダイニングで朝食を食べた。朝もダイエット食だ。
それから、等々力さんの車でジムに行った。
「上条様、お待ちしていました」
出迎えてくれたのは、どうやら一流のトレーナーさんだ。そして、結婚式までに、4キロ減と、ウエストも6センチ細くします。お約束しますと、宣言されてしまった。
「えっと。もし、細くならない場合は…」
「細くなりますとも。そのために、ちゃんとプログラムも作りましたから」
「はあ」
ものすごい自信だ。でも、実際それを実行して痩せるのは私なんですけど。
いやいや。弱気になるな、弥生。一臣さんのためならたとえ、火の中、水の中、ダイエットの苦しみの中だって平気だよ。
「ただ、緒方様から、あまり筋肉隆々にさせるなと言われておりますので、ウエストを絞ることに、重きを置いたプログラムにさせていただきました」
「え?」
「武道をされているとか。武道で痩せるっていうのもいいかなと思ったんですけど、腕や脚に筋肉は付けてほしくないと…。あと、あまり頑張りすぎて、腹筋を割るようなことはするなとも、注意を受けております」
「そ、そうですか」
もう~~。絶対、触り心地が悪くなるからだ。まったく、注文が多い人だよなあ。
「では、早速、プログラムの説明をさせていただきますね」
トレーナーさんは、30代半ばくらいの男性。腕にも脚にも筋肉がついている筋肉マンだ。
もしかして、ボディビルダー?私は一臣さんくらいの筋肉がいいなあ。ここまで筋肉がついていると、ちょっと嫌かも。
って、私も実は注文が多い?だけど、一臣さんが一番だって思うんだもん。
一臣さんは違ったのかな。やっぱりこのくびれのないお腹、嫌だったのかな。もっと痩せてほしいって思っていたのかなあ。
ジムから戻り、11時近くに会社に行った。重役出勤と呼ばれるような時間だよね。とはいえ、緒方商事の重役さんたちは、朝早くに出勤するけど。一臣さん曰く、爺さんになると、どうしても早起きになるんだと言っていた。
一臣さんの部屋に行っても、一臣さんも樋口さんもいない。とぼとぼと14階の秘書課の部屋に行くと、
「あら、上条さん、今日はお休みなんじゃ?」
と、細川女史に言われてしまった。
「いいえ。すみません。こんな時間になってしまって」
「あら?一臣様から、上条さんは今日、ジムに行ってトレーニングをするから休みだと聞いていますけど?」
「え?」
休み?
「でも、午前中で終わったし」
そう言うと、細川女史は手帳を開き、
「午後から、ジムでエアロビクスと、水泳が入っているようですよ?」
と、言われてしまった。
「え?!」
「一臣様から聞いていませんか?」
「はい」
「でも、エアロビクス1時間。水泳1時間って…」
ガーーーン。
「わかりました。戻ります」
等々力さんは何も言っていなかったのになあ。
また、私はお屋敷に戻った。コック長がダイエット食を作ってくれて、それからジムに行き、エアロビクスと水泳をして、へとへとになってお屋敷に帰った。部屋に入ると、ぐったりして、一臣さんのベッドでグースカ寝てしまい、一臣さんが帰ってきたのにも気づけないでいた。
目が覚めた。すると、横に一臣さんの顔があった。
「目、覚めたか?いびきかいて寝ていたぞ」
「え?」
「よだれまで垂らして…」
「うそ!」
「よく寝てたなあ。さすがに疲れたのか?」
ガーーーン。一臣さんが帰ってきたら、「おかえりなさい、寂しかったです」と思い切り抱き着く予定だったのに。
ショックを受けていると、一臣さんの方からギュウっと抱きしめられた。
「弥生」
「はい」
嬉しい。一臣さんのぬくもりだ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「寂しかったか?」
「はいっ!寂しかったです」
「俺もだ。昨日一睡もしていない」
「寝れなかったんですか?」
一臣さんの顔を見た。そういえば、顔色あまりよくないかも。
「早くに飯食って、エッチして寝るぞ」
「は?」
エッチ?
「その体力は残っていないかも」
そう言うと、ブニッと鼻をつままれた。
「するものはする。これも、ダイエットのためだ」
「は?」
「いい運動になるんだから、するぞ」
また、暴君になってる~~~。
でも、一臣さんに抱き着きながら、一臣さんのぬくもりを感じて幸せに浸った。
やっぱり、一臣さんと一緒が一番いい。




