~その5~ 弥生がいい
「一臣さん、やめてください」
じたばたと抵抗をしていると、
「やめてあげてください。弥生さんが嫌がっています」
と、一臣さんの腕を掴んで、美里さんが言った。
「は?」
「本当にもう、やめてください。弥生さんを見ていたらわかります。お二人の関係がそんなじゃないってことも」
「…そんなじゃないって、どういう関係に見えるってことだ?」
「まだ、本当は弥生さんに手も出していないんですよね?だって、弥生さん、あまりにも…、子供っぽいって言うか、そういうことしていなさそうって言うか」
「処女に見えるってことか?」
「え?あ、はい」
一臣さんはようやく私の肩を掴んでいた手を離して、美里さんのほうを向いた。それから偉そうに腕を組み、
「まあな。でも、うぶに見えるこいつも夜になると変化するんだ。ベッドの上では女に変わるんだよ」
と堂々と言い放った。
どっわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!
「なななな、なんだってそういうことを、一臣さんは言うんですか?!」
信じられない~~~~~~~~~~。
いくら、美里さんに一臣さんのことを諦めさせようとしているとはいえ、そんなことばらさなくたっていいじゃないよ~~~!
「へえ、うぶそうに見えて、大胆なのか。へ~~」
ああ、デッキチェアーにふんぞり返りながら、戸倉さんがにやついている。
「だったら、弥生さんも男遊びを平気でしていたってことですか?」
え?今、なんて美里さん言った?
「弥生が男と遊んでいる?んなわけないだろ。大学時代から俺一筋だったし、処女だったし」
げ。また、ばらしてる!
「男と付き合ったこともなければ、キスの経験すらなかったんだ。それを、俺が変えたんだよ」
ぎゃあ。ぎゃあ。もう、口開かないで!
「毎晩ベッドで俺が…」
「一臣さん!もう、黙って!」
また、私は一臣さんの口を両手でふさいだ。それも後ろから。
「んぐ!」
あ。やばい。今のは苦しかったかも。慌てて手を離すと、一臣さんは咳き込んでしまった。
「ごめんなさい」
「あほ!鼻まで一緒にふさぐな。窒息するかと思っただろ!」
「ご、ごめんなさい。でも、一臣さんが変なこと言い出すから」
「変じゃないだろ?事実だし」
「事実だとしても、ばらさないでください!」
ああ、もう。穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。
「ほらな!美里、事実だって弥生ちゃんも認めただろ?美里に勝ち目はないんだよ。とっとと一臣のことは諦めなよ」
デッキチェアーから立ち上がり、美里さんの方に歩いてきながら戸倉さんは、諭すようにそう言った。でも、美里さんは、
「わからない。どうして弥生さんがいいのかわからない」
と、首を横に思い切り振り、顔を真っ赤にしてそのまま走り去ってしまった。
「おい!美里!」
そのあとを、戸倉さんが追いかけた。
「あ、あの。どうしたらいいんでしょう、こういう時って」
おろおろとしていると、一臣さんは平然とした顔をして、
「ほっときゃいいんだよ。戸倉が追いかけて行ったしな」
と、突き放すようにそう言った。
「でも…」
「それより、泳ぐぞ。お前一回もまだ泳いでいないよな」
今、そんな状況では…。
「来いよ。一緒に泳いでやるから」
私の腕を掴み、一臣さんはプールまでズンズンと歩いて行った。だけど、一緒に泳いでやるって言われても、いったい、どうやって?
「私、クロールできません」
「そうか」
「はい。息継ぎが苦手で」
「そうか」
「えっと。だから、平泳ぎしかできません。でも、顔を水につけるのも苦手で」
「カエル泳ぎなら得意そうに見えたのにな。あ、なんだったら、犬かきなんかどうだ?」
え?
「ああ。お前がしたら、狸かき…になるな」
どうして?!もう~~~~。なんですぐに、そういうこと言ってからかうのかなあ。はははって笑っているし。
そして、一緒にプールに入ると、
「俺に掴まってろ」
と強引に言われた。だから、一臣さんの肩に掴まってみた。
すると、一臣さんは、スイ~~~ッと平泳ぎで軽く泳ぎだしてしまった。
「うわ」
「ちゃんと掴まってろよ」
「はい」
スイ~~~ッ。スイ~~~~ッ。
なんで、私が掴まっていても泳げるの?重くないの?なぜ、浮くの?
で…。何でプールのど真ん中で止まったの?
「ほら。自分で立て」
「え?はい」
私は一臣さんの肩から手を離し、足を延ばした。
が…。
「あれ?あれれれ?」
足が床に届かない?!
「か、か、か、一臣さん!!」
必死で一臣さんに、手を伸ばした。
「お、溺れる!!!」
バシャバシャと両手を伸ばし、やっとこ一臣さんの肩に掴まると、
「あはは!何その必死な顔!」
と、思い切り笑われた。
酷い。わざと足のつかないところまで連れてきて、離れるなんて。
「おい。怒ったのか?ほっぺた、膨れてるけど」
「怒ってます。酷いです、一臣さん」
「そうか?じゃあ、俺から離れるか?」
そう言って一臣さんは、掴まっている私の手を離そうとした。
「ダメです。離さないでください!」
「ははは」
もう~~。必死なのに笑っているし。
グイ。
私の背中に腕を回して、いきなり熱いキスをしてきた!
うわ。いくら、人がいないって言っても、こんなプールの中でこんな熱いキス…。
「はう…」
「スイッチ入ったのか?じゃあ、ここでするか?」
耳元で一臣さんが囁いた。
「しないです!もう~~~~。ずっと一臣さんスケベになってる」
「ははは。いいだろ?弥生と楽しむために別荘に来たんだ。二人の時間を楽しんだっていいだろ?」
「おい。俺らが帰ってからそういうことはしてくれよな。いくらなんでも、目の毒だ」
え?今の声って、戸倉さん?
グルッと振り返った。すると、プールサイドに戸倉さんと美里さんが立っていた。
「あ、あ、あれ?なんで、ここに」
どこかに走り去っていかなかったっけ。
「美里、連れ戻したんだ。もう、俺らは退散するから、二人でエッチなバカンスをどうぞ楽しんでくれ。行くぞ、美里」
「……」
うそ。美里さんにも今の見られてた?どこから?キスから?
うぎゃあ~~。
「見られてたのか。まあ、いっか」
また出た。一臣さんの「まあ、いっか」。
「これで、美里も諦めがついただろ」
「……」
「あとは二人きりの時間が持てるな」
一臣さんがそう私の耳元で囁いた時、プールサイドに人影があるのを感じ、私も一臣さんも同時にそっちを見てみた。
あ。まだ、美里さん、いたんだ。
「一臣様、もう帰ります。でも、最後に話があるんです。いいですか?」
「話?俺はないぞ」
「お願いです。最後にどうしても」
「……仕方ねえな。じゃあ、今プールから出るから」
一臣さんは私の背中に腕を回したまま、また泳ぎだした。そして、プールから上がると、
「弥生、ちょっとデッキチェアーで休んでろ。すぐに戻ってくるから」
とタオルで体を軽く拭くとサンダルを履き、美里さんと庭の方に行ってしまった。
庭の奥。そのまた奥。木がうっそうと生えているところに行っちゃった。
い、嫌だなあ。一臣さん、パーカーも羽織っていなかったし。美里さんだってビキニのままだし。あのスタイル抜群さで迫られたら、スケベな一臣さんも、その気になったりしない?
ドキドキバクバク。すっごく心配になってきた。
そっと、見に行ってみようかな。気づかれないように。だって、ここでじっと何もしないで待っているのなんて無理だよ。
そうっと二人が行った方に、オーラを隠しながら行ってみた。すると、木のうっそうと生えている向こう側に、小屋らしきものが見えた。あ、その中に二人で入って行っちゃった!!
何ここ。倉庫?それにしては大きい。
この中に二人きりになっちゃうの?嫌だよ。
ドキドキバクバク。物音を立てないように、ドアの方に近寄った。あ、ドア、開いてる。そこから何気に中が見える。
ここ、もしかして挌技場?
「一臣様、一度でいいんです。抱いてください!」
え?!
ぎゃあ!ビキニ姿の美里さんが、上半身裸の一臣さんに抱き着いてる!!!
やめて!!
と、中に飛び込んで行きたい。でも、足がすくんで動かないし声も出ない。
「おい。離れろ。うっとおしい」
え?
うわ。一臣さんのものすごく怒っている顔が見えた。それに声も、冷たい声だ。
「どうしてですか?私を見てください。弥生さんよりも胸だってあるし、全然スタイルも負けていないし。女としての魅力だってあると思います。私のどこが劣っているんですか?」
「はあ?」
グッサリ。確かに劣っていない。勝っていると思う…。でも、一臣さん、ものすごく呆れた声を出した。
「今迄はずっと、一臣様って遊んでいる女としか付き合わなかったんですよね。でも、今は違うんですよね?」
「ああ。フィアンセがいるからな。他の女とは、一切手を切った」
「それ、義務でですか?」
「違う。さっきも言ったろ?弥生に惚れたって」
「どこを?わかりません。どこが魅力あるんですか?」
「はあ?何が言いたい」
「結婚できないことは百も承知です。でも、私、それでもいいって、それでも一臣様に抱かれてもいいってそう思って」
「理解できん。好きでもない女を、なんで俺が抱かなきゃならないんだ」
「だけど、今迄は…」
「ああ。今迄は、好きでもない女と付き合っていた。あほなことをしてきたって、今さらながらそう思う」
「じゃあ、今はできないってことですか?」
「そうだ。惚れた女しか抱きたいとも思わない」
「それって、弥生さん」
「ああ。理由なんかない。どこが好きとかそんなのもない。スタイルだの容姿だの、女らしさだの、そんなのどうでもいい」
どうでも、いい?なんか、微妙…。
「弥生に惚れている。だから、弥生がいい。それだけだ」
ドキン。
嬉しい。そう言ってくれて、ものすごくほっとした。
私はまた、物音を立てないようにプールサイドに戻った。そして、ドスンとデッキチェアーに腰掛けた。
一臣さんのことを信じないで、つけていったりして悪かったな。なんか、自分が最低なことをしたみたいで、落ち込んできた。
とそこへ、一臣さんが戻ってきた。その後ろから、暗い顔をして美里さんも。
「美里。俺なんか思っていたって、報われるわけがないんだから、もっと他の奴に目を向けろよ。それも、ちゃんとお前のこと大事に思ってくれる奴…」
「それ、戸倉君?」
「態度でかいし、たまにむかつくやつだけど、美里のことは本気なんだろ。大学時代からな」
「………」
美里さんは無言だった。そして、そのままリビングに上がって行った。
「弥生?」
「え?」
「なんか、すげえ暗くなっているけど。まさか、俺と美里が何かあるかと心配していたのか?」
ギクリ。
「い、いいえ」
「何もあるわけないだろ。アホだな」
むぎゅっと鼻をつままれた。
「はひ」
ごめんなさい。疑ったりして。一臣さんは本当にこんなに想ってくれているのに。
ギュ。一臣さんを抱きしめた。さっき、ちょっとだけでも、美里さんもこの肌、触ったんだよね。
あ。嫌だな、私。嫉妬してるなんて。
「ああ。やっぱり、弥生がいいな」
「え?」
「弥生の肌の感触も、抱き心地も…。一番いいな」
そうか。さっき、美里さんに抱きしめられていたもんね。それと比べているんだ。
ギュウ。
一臣さんを私でいっぱいにして、美里さんが抱き着いた記憶を消したくて、力いっぱい抱きしめた。やっぱり、他の女性に触れてほしくないよ。
「一臣さん」
「なんだ?」
「今夜は、一臣さんの胸に私がキスマークつけていいですか?」
「今夜と言わず、今すぐでもいいぞ」
「……」
私はそのまま一臣さんの胸にキスをした。それも強く。
しばらくキスをしてから唇を離した。一臣さんの胸元に、赤い跡が残った。
「やばいな」
「え?」
「押し倒しそうだ」
「ダメです。こんなところで。誰が見ているかもわからないのに」
「でももう、その気になった」
「ダメ。ダメダメダメ。上田さんだっているし、等々力さんや樋口さんも」
そう言ってなんとか一臣さんの体から離れようとした。
「嫌だ。ここで抱きたい」
うぎゃあ。なんだってこの人は…。ああ、もう!首筋キスしてきた。
「か、一臣さん、ダメですってば」
そう言っても、離してくれない。これは、いつものやばいパターン…。いつもこのまま、強引にスイッチ入れられちゃうんだ。でも、こんなところでダメだってば!
なんとか抵抗を試みていると、そこに突然、ガチャリとリビングのドアが開いた音がした。
「あ、お邪魔でしたか?」
樋口さんだ。樋口さんがいったん顔を出したが、冷静にそう言ってまたリビングに戻ろうと後ろを向いた。
「ひ、樋口さん、邪魔じゃないんです。泳ぐんですよね?!」
「ええ。等々力さんも少しだけ泳ぐそうです。そのあと、軽井沢に行くようですが」
樋口さんは、リビングに入らずにまたこっちを向いてくれた。助かった。
「大丈夫です。私と一臣さん、さっき泳いだし、どうぞ、どうぞ!」
私はなんとか一臣さんから離れ、Tシャツを手にしてさっさとリビングにあがった。ちょうどそこに、等々力さんも水着姿でやってきていた。
「弥生様、ひと泳ぎしたら軽井沢に行く準備をしますので」
「はい。ゆっくり泳いでください」
私はそう等々力さんに言うと、そそくさと2階に駆けのぼった。その後ろから、
「ちっ。邪魔しやがって」
と言いながら一臣さんがついてきた。
ああ。間一髪。あそこで、樋口さんが現れなかったら危なかったよ~。ぎりぎりセーフだった。半分くらい、私もスイッチが入りかけていたし。
バタン。二人で部屋に入った。一臣さんは、ものすごくふてくされた顔で、部屋の中へと入って行った。私はその後ろからタタタッと駆け寄り、一臣さんの背中に抱き着いた。
「なんだよ、弥生」
「ここでだったら、いいです」
「何がだ?」
「襲ってもいいです」
「…じゃあ、弥生が襲って来いよ」
「いいんですか?」
「ああ」
グイ。背中に抱き着いていた手を離し、一臣さんの腕を引っ張った。そしてベッドの前まで一臣さんを引き連れ、そのまま一臣さんの胸に抱き着きベッドに押し倒した。
「あ、あはははは!本当に弥生が襲ってきた」
あれれ?笑われた。ふてくされていたと思ったのに。
「弥生…」
「はい?」
「ビキニ姿、可愛いからな」
ドキン。
「襲ってくるのも、そこまでだ。俺が襲う」
「へ?」
「ビキニ、脱がしたかったんだよ」
また出た。スケベ発言。
一臣さんは、にやっと笑った後、すぐに熱い視線を私に向けた。そして、背中で結んであった私のビキニの紐をするっとほどいた。
それから、ゆっくりとビキニのブラを外し、
「やっぱり、お前、可愛いよな」
と、そう言って上半身を起こし私の胸にキスをした。
ドキドキ。ウズウズ。
ああ、もう。午前中から私たちは何をしているんだ。って、誘ってしまったのは私か…。
自分でも、いきなり大胆になっている自分に、戸惑うくらいだよ。