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~その4~ キスマークが!

 翌日、けだるい朝を迎えた。でも、一臣さんは元気だった。

「起きろ、弥生。朝飯食うんだろ?」

 そう一臣さんは言いながら、私の鼻をつまんだ。

「はひ」


「俺も食うから一緒に一階に行くぞ」

「え?一臣さんが朝ご飯食べるなんて、珍しい…」

「ここの朝飯は美味いんだ。バターロールもジャムも手作り。コーヒーも絶品だ」

「そうなんですか!?」

 私は思い切りベッドから起き上がった。


「飯となると、元気になるな…」

「……えへ」

 ハッ!そうだった。思い出した。私、今日頑張るんだった。


 一臣さんが、バスローブ姿で、のんびりと新聞を読んでいるうちに、私はバスルームで髪をセットし、化粧をし始めた。

 この別荘も、ホテルみたいに各部屋にバスルームがついている。ただし、ユニットバスだ。


「…やっぱり、頬紅はもうちょっと赤く…。アイシャドーは青。マスカラも今日はしてみちゃおうかな」

 最後に、口紅をばっちり塗った時に、

「遅いぞ、弥生。便秘か?」

と、一臣さんがバスルームのドアをノックしてきた。


「化粧していたんです!」

 そう言いながら私はドアを開けた。すると、一臣さんが、ぎょっとした顔をして、

「なんだ、それ…」

と、聞いてきた。


「え?」

「また、みょうちくりんに戻っているぞ。どうした?何があった?」

「…昨日、美里さんが綺麗にお化粧していたから、私ももうちょっと頑張ろうかと」

「だから、お前は頑張るなって言っているだろ?ろくなことにならないんだから」

 グサリ。


「ほら、さっさと化粧を落とせ。どうせ、あとでプールに入るんだし、すっぴんでいいぞ」

「そんなわけには」

「いいって。お前はすっぴんが一番可愛いんだから。ここではすっぴんでいろ」

 複雑。褒められているのかなあ。なんか、化粧してもどうにもならないって、諦められている気もするんだけど。


「あ、一応、日焼け止めくらいは塗っておけ。昨日のテニスですでに、鼻の頭焼けたみたいだけどな」

「一臣さん、焼けてないですね」

「しっかり日焼け止め塗ったからな」

 知らなかった!もう~~。自分だけちゃっかり!


 私は仕方なく、化粧を落とした。そして、一臣さんから日焼け止めをもらい、それを顔に塗った。

「体は水着になってから、俺が塗ってやる」

「水着…」

 いきなり、憂鬱になってきた。ビキニなんて買っちゃったけど、絶対に似合っていない。きっと、美里さんは水着姿もばっちりなんだろうな。


 そして、バスルームから出て、そうだ!前に買ったワンピースを着ようと、それを手にした。すると、

「おい。それだと太ももが触れない。昨日のキュロット履けよ」

と一臣さんに言われてしまった。

「じゃあ、これはいつ着たらいいんですか?一臣さんに、避暑地用にと買ってもらったワンピースなんですけど」


「そいつは、午後、町をぶらつく時だ」

「…町?」

「午後は車で軽井沢まで行こうと思っている」

「軽井沢?」


 うわ~~~。軽井沢に一臣さんとデート!

「あ。それも、美里さんたちと一緒にですか?」

「まさか。二人でデートするぞ。樋口や等々力とも別行動だ」

 やった~~~!


 一臣さんと、デート~~~~!!!


 私は浮かれながら、一臣さんの腕に引っ付いてダイニングに行った。ダイニングにはすでに、皆が揃っていた。

「おはようございます。すみませんでした。遅くなって」

 ダイニングにいる上田さん夫婦、樋口さん、等々力さんは、「おはようございます」と私たちに挨拶をしてくれた。


 戸倉さんは、「おっす」と軽く挨拶をし、美里さんは一臣さんの方だけを見て、「おはようございます」と微笑んだ。

 今日の美里さんは、可愛らしいワンピースだ。化粧もちゃんとして、またアクセサリーまで完璧だ。


 それに比べて私は、すっぴんだ。まあ、一臣さんがそうしろと言ったからいいんだけど…。


 全員がテーブルに着くと、お料理が運ばれてきた。それにバターロールとジャム、オレンジジュース。

 昨日も飲んで思ったけど、オレンジジュースも美味しかった。お料理が美味しいと、テンションが上がっちゃうってもんだ。


「弥生さんって、お化粧しないんですか?」

 突然、私の顔を見て美里さんが聞いてきた。

「します。仕事に行く時にはしています」

 私がそう答えると、

「今は、手を抜いている…とか?」

と美里さんは、ほんわりと笑いながら聞いてきた。


 それ、何か深い意味でもある質問なのかな。

「こいつは、すっぴんが一番なんだ」

 私が、なんて答えていいかわからずにいると、一臣さんが答えてしまった。

「一番って?」

 美里さんは首を傾げ、一臣さんを見た。


「一番可愛いんだ。だから、化粧なんかしないで、すっぴんでいろと俺がそう朝言ったんだ」

「すっぴんが一番?一臣って、まさかと思うけど、相当弥生ちゃんに惚れ込んでる?」

「……」

 一臣さんの片眉があがった。そして、

「悪いか?」

と、戸倉さんに低い声で言い返した。


「ははは。聞いたか?美里。惚れ込んでいるんだってさ」

 わざとらしく戸倉さんは笑った。その横で美里さんは引きつりながら笑うと、

「なんだか、信じられません。そんな一臣様。一人の女性に本気になるなんて…」

と、そう言って、おどけて見せた。

 

すると、

「俺も信じられない。まさか、誰かに本気で惚れるなんてな」

と一臣さんは、顔の表情も変えず、淡々とそう答えた。


 朝食が済み、みんな水着に着替えにいったん部屋に戻った。

「はあ」

 鞄の中からビキニを取り出し、思い切り私はため息を吐いた。


「なんだよ」

「ビキニ…、着るのやめたくなって」

「いいぞ。あの二人が帰ったら、素っ裸で泳いでも」

「ま、まさか!!!」


「夜にどうだ?等々力や樋口も、部屋から出ないようにさせて、二人で裸で泳ぐってのは」

「しません!」

 もう~~~~~~~~。なんだってこうも、スケベなんだ。


「着替えてきます」

 ブルーな気分になりながら、バスルームに行って水着に着替えた。ビキニ姿を鏡に映したくなくて、着替え終わってすぐにTシャツを上から着た。そして、バスルームを出ると、

「なんで、Tシャツ着てるんだよ」

と、一臣さんに文句を言われた。


「一臣さんだって、パーカー羽織っているじゃないですか」

「ああ。水着姿でいたら、弥生がまた俺の裸に釘付けになるからな」

「は?」

「じっと見られると、怖いからなあ…」


 どういうこと?

「わ、私、ストーカーじゃ…」

 私が最後まで言い終わる前に、一臣さんがキスをして言葉を遮った。それも、熱いキス…。


「冗談だ。お前に見られるのが嫌ってわけじゃない」

「……」

 もう、腰砕けた。一臣さんが腰を支えてくれているからどうにか立っていられるけど。ところで、なんて今言ったんだ?


「弥生が嫌だろ?俺の裸、他の女に見られるの…」

「え?あ。美里さんにってことですか?」

「そうだ」

「…嫌です」


「だろ?」

 本当にそういう配慮?

「本当ですか?私から見られるのが嫌なんじゃなくって?」

「お前に見られるのは嫌じゃないぞ。でも、できればベッドの中でがいいな」


 またスケベになってる。それも、なんだってそういう発言の時、私の耳元で囁くの?そのたび私はドキドキしているのに。


 顔を赤らめながら一臣さんと一階に行き、リビングから庭に出た。もうすでに、戸倉さんは水着姿でデッキチェアーに座り、寛いでいた。

「だから、何だってお前はそう、人の別荘で寛いでいるんだ」

「いいじゃん。それよか、なんか飲み物でも持って来させて」

「お前な~~~」


 すごいなあ。一臣さんにこの態度。

 

 その時、タイミングよく上田さんのご主人が現れた。

「一臣様、何かお飲み物でもお持ちしましょうか?」

「ああ。じゃあ俺はアイスコーヒー。弥生はジュースか?そうだ。リンゴジュースもうまいぞ」

「じゃあ、リンゴジュースで!」

 わあい。楽しみ!


「それと戸倉には水でいい」

 え。水?

「って、おい!俺にもフルーティーな飲み物をよこせよ」

「んなもんないっ。水でいい、水で!」

 あ~あ。一臣さんを怒らせちゃった。


「はい、かしこまりました」

 え?上田さん、本気にした?まさかね。

 …と思っていると、数分後、本当に戸倉さんにはミネラルウォーターを持ってきた。それも、ペットボトルで。

「一臣が水でいいなんて言うから!」

「贅沢言うな」

「贅沢~~?緒方財閥のぼんぼんが何を言ってるんだよ。大学時代も、派手に遊んでいただろ?」


「ガキだったからな」

「はあ?今だって、緒方商事の次期副社長だろ?贅沢し放題じゃないかよ」

「しないよ」

「え?」


「もう、アホなことはしない」

「そんなに緒方財閥って苦しいわけ?そんなことないよな。上条グループとだって提携結んだんだろ?」

「ああ。だけど、あまり贅沢していると、弥生に怒られるからな」

「え?」


 びっくりした顔で、戸倉さんが私を見た。

「え、私、怒ったことなんて…」

 あったっけ?


「そう言えば、中学卒業と同時に家追い出されるんだっけ。まさかと思うけど、貧しい生活していたとか…じゃないよな?」

「いいや。弥生も弥生の兄たちも、そりゃ、貧しい生活をしていたようだぞ。弥生なんて、何件もバイトをかけもちしたらしいし」

「マジで?!俺、バイトなんかしたことない」


 ボンボン発言だ。一臣さんと一緒にもしかすると、遊びまくっていたのかも…。


「お待たせしました」

 戸倉さんがそれまで一臣さんに向かって、喋りまくっていたのに、美里さんが現れたらいきなり静かになった。それも、美里さんを一瞬凝視し、黙り込んでしまった。


 でも、わかる。私も一瞬、美里さんに釘付けになった。引き締まった体、小麦色の肌、長い手足、でも、胸はしっかりとある。ナイスボディな体に、男の人なら釘付けになるのも頷ける。


 だからきっと、一臣さんも…。とドキドキハラハラしながら、一臣さんのほうを見ると、まったく美里さんのことを見ることもなく、

「弥生、そろそろ泳ぐぞ」

とデッキチェアーから立ち上がった。


「え?わ、私はまだいいです。リンゴジュース飲んでいたいし」

「なんだよ。しょうがねえな。じゃあ、戸倉、競争するか?」

「私と競争しましょうよ、一臣様」


 ビキニ姿で、美里さんが一臣さんに近寄った。一臣さんはそんな美里さんを片眉あげてじろっと見ると、

「お前、泳ぐの速いの?」

とクールにそう聞いた。


「速いですよ」

「ふん。じゃあ、一回だけ勝負してやってもいいぞ」

 そう言うと、一臣さんは羽織っていたパーカーのファスナーを開けた。ああ。引き締まった胸やお腹、やっぱり素敵だよなあ…と、うっとりとすると、美里さんまでが一臣さんの胸を見て、うっとりとしているのが視界に入った。


 やばい。一臣さんがパーカーを脱ぎ、プールに入って行く姿を、ずっと美里さんが目で追ってる。

「おい。美里、何をぼけっと突っ立っているんだよ」

「え?あ、はい」

 美里さんはそう一臣さんに言われ、慌ててプールに入った。


「じゃあ、競争ですよ」

 二人は同時に泳ぎだした。それもクロールで。

 わ~~~。私、クロールの息継ぎができないから、平泳ぎしかできないんだよ。だから、あんなに綺麗にクロールで泳げるなんて、尊敬しちゃう。


 それも、一臣さんの泳ぎを初めて見たけど、本当に上手だし速い。あっという間に美里さんを引き離し、ゴールしちゃった。

「遅い!てんで話にもならない」

 うわ。一臣さんって、誰に対してもきついなあ。


「一臣様、速すぎます」

 やっとゴールした美里さんが顔をあげてそう言った。それも、はあはあと苦しそうだ。もしや、全力で泳いでいたのかな。それに比べて一臣さんは、まったく息切れもしていない。まだまだ、余裕なのかもしれない。


「よし!次は俺と勝負だ、一臣。お前にクロールじゃかなわないから、平泳ぎだ。いいな?」

 そう言って、美里さんと交代で、プールに戸倉さんが入った。そして、また同時にスタートをして、やっぱりあっという間に一臣さんはゴールした。


 なんだって、水しぶきもあげず、あんなに綺麗に泳げるんだ。

「遅い。平泳ぎなら、自信があったんじゃいのか?戸倉」

「お前、すっげえ、むかつく!なんだってそう、なんでもできるんだよ」

「そりゃ、子供の頃からプロのコーチ陣に鍛えられたから」


「またか。お前の子供時代ってのは、どんななんだ」

 戸倉さんはそう言いながら、プールからあがった。その後ろから一臣さんもプールからあがり、デッキチェアーに向かって歩きながら、

「あれこれ、いろんなものを詰め込まれた。まあ、勉強は嫌だったが、スポーツは好きだったからな。水泳も楽しかったぞ」

と、しれっとした顔でそう言って、タオルで顔を拭いた。


 は~~~~~~。濡れた髪、濡れた体。お風呂でも見ているとはいえ、やっぱり麗しい。

 ぼけらっと、眺めていると、

「おい。俺の体ばっかり見てないで、お前も泳げ。とっととTシャツ脱げよ」

と一臣さんは私の真ん前に立ち、私のTシャツを脱がそうとしてきた。


「自分で脱げます!」

 そう言っているのに、勝手に裾を持って脱がそうとする。そして、Tシャツを脱がされた瞬間、

「あ!」

という、戸倉さんの声が聞こえてきた。


 何?まさか、私の体があまりにも寸胴で、びっくりしたとか?


 美里さんまでが私の胸元を凝視している…けど。貧弱な胸でびっくりしている…とか?


「そ、それって、やっぱり、一臣の…?」

「え?」

 それ?一臣のって?

「一臣がつけたんだよな。そのキスマーク。昨日の夜に…とか?」


「キス…マーク?」

 はっ!!まさか!!!


 慌てて胸元を見た。すると、しっかりとビキニの上あたりにキスマークがついていた。

「ひゃあ!!」

 手でキスマークを隠した。でも、もう遅い。見られちゃった。

「こ、こ、これ。い、い、いつ…?いったい、いつ?!」

 覚えがないんだけど?!


「なんだ~。キスマークじゃなくて、虫刺されか何かじゃないんですか?」

 それまで怖い顔をしていた美里さんが、ほっとした顔をして聞いてきた。

「え?」

 虫刺され?


「悪い、弥生。今日ビキニを着るってことをすっかり忘れて、キスマークつけちまった。でも、いいよな?」

「え?」

「気にするな。ほら、泳ぐぞ」

「虫刺されですよね?」


 一臣さんの言葉に、美里さんが必死な顔をして確認しようとしてきた。でも、一臣さんは、面倒くさいなあっていう例の顔をして、

「キスマークだ。俺がつけた。それが?」

と聞き返した。


「だけど、弥生さん、なんだか覚えがないような素振り…」

「覚えがないのか?弥生。ああ、そっか。もう意識どっかに飛んでいたか」

「え?」

「昨日は弥生も、感じまくっていたからなあ」


「ぎゃあ!!!!」

 ムギュ!私は慌てて一臣さんの口を両手で押さえた。

「な、な、なんつうことを言うんですか?」

 そのあと、小声でそう言ったつもりだったけど、けっこう大きな声が出てしまった。


「あははははは!こりゃ傑作だ。一臣って、淡白でクールだって聞いたけど、弥生ちゃんの前じゃ違うんだな」

 後ろから、戸倉さんの声が聞こえた。振り返る勇気がない。もう、どんな顔をしていいかもわからない。

「なんだよ、弥生。別にいいだろ?隠さなくても」

 一臣さんは、私の手を払いのけ、またしれっとした顔をしてそう言った。


「だ、だ、だ、ダメです。ばらさないでください」

 もう、泣きそう。


「そ、それも全部、演技…ですよね?」

「は?」

 美里さんの震える声が聞こえ、思わず私は振り返ってしまった。すると、美里さんは明らかに作り笑いをして、微かに震えていた。


「演技?何で俺がこんな演技をしないとならないんだ」

「私を諦めさせて、戸倉さんとくっつけるため」

 また震える声で美里さんがそう言った。


「それに、誰の前でも、仲いいふりをしているって聞きました…」

「仮面フィアンセってのは単なる噂だ。俺と弥生は本当に仲がいいんだ。なんなら、ここで、キスマークつけた再現でもしてみせようか?」


 はあ?!

「ななな、何を言っているんですか?一臣さん!」

「弥生、じっとしていろ」

 ぎゃあ!両肩掴まれた。そして一臣さんが、私の胸元に顔を近づけてきた。


 ちょっと!人前で何をしようとしているの~~~~~!!!!!

 


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