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10/11

~その10~ 結婚式

 一臣さんの紋付き袴。かっこいい。うっとり。と、控室で一臣さんを眺めていると、一臣さんが私の方を向き、

「目が怖いぞ」

と言われてしまった。


 まただ。あ、でも、照れ隠しなのかも…。

「あ、あの、紋付き袴も似合っています」

 必死にそう言うと、一臣さんは片眉をあげ、

「俺は早く脱ぎたいけどな」

と、嫌そうな口調でそう言った。


 似合っているのに…。

「弥生は…」

 え?何?似合ってる?!

「う~~~ん、白いレッサーパンダ」

 ガクーーー。


「あ、そうか。パンダか?」

 もういいよ。可愛いとか綺麗とか、そんな言葉を期待した私がバカだった。

「披露宴は色打掛なんだろ?」

「はい」


「赤なんだろ?」

「はい」

「ふ~~ん」

 ふ~~ん?興味ないのかな、その言い方。


 ちょっと、がっかり。もう少し、興味持ってほしいのにな。

 

 

 ほんの少し落ち込みながらも、式が始まった。さっきは、一臣さんの言葉に傷ついたりしたけれど、式の間は隣に一臣さんがいてくれるから、安心できた。


 ドキドキ。

 ドキドキ。

 なんだか、だんだんと嬉しさがこみ上げてきた。


 私、今、大大大好きな一臣さんと結婚式を挙げているんだ!!!

 きゃ~~~~~~~~~~~~~。


 式の後半からは、嬉しくて舞い上がり、記憶があんまりない。


 そして、式が終わり、披露宴だ。色打掛を羽織り、会場に向かった。隣に並んでいる一臣さんが、ちらっと私を見て、

「ああ、やっぱりお前は赤が似合うな」

とぼそっと呟いた。


「え?」

「似合ってるって言ったんだ」

 うそ!そうなの?


 お世辞でも嬉しい!!赤いパンダとか言われるかと思ってた。


 そして…。披露宴会場の扉が開かれ、会場に入ると、ものすごい拍手喝采で出迎えられ、

「一臣様、素敵」

「一臣様、かっこいい」

という声と共に、

「弥生様、可愛い」

とか、

「弥生様、お人形さんみたい」

なんて、予期せぬ言葉が聞こえてきた。


 私が、人形?なんの?なんの人形!?


 ドキドキ。それにしても、会場大きい。いったい、何人の人が来ているんだろう。ああ、緊張で足が思うように動かない。

 なんとか、一臣さんの隣で、必死に足を動かした。そして、ようやく椅子に座りほっとすると、一臣さんの視線を感じた。


「大丈夫か?」

 そう小声で一臣さんが言ってる。

「はい」

 小声で私も返事をした。すると一臣さんは、にこりと微笑んでくれた。


 うわ。嬉しい。すっごく優しい表情をしてる。ああ、一気に気持ちが落ち着いた。

 一臣さんが、いつだって隣にいる。だから、安心できる。一臣さんの存在感ってなんて大きいんだろう。 


 披露宴は、一臣さんが言ったように、大勢の人のスピーチがほとんどだった。そして、何も食わず飲まずのまま、一臣さんと二人でお色直しのため会場をあとにした。


「ドキドキしました~~~」

 会場を出てから一臣さんにそう言うと、

「俺もだ」

と一臣さんが、顔はクールな表情のままそう答えた。


「でも、隣に一臣さんがいてくれたから、安心できました」

「ああ、俺もだ」

 にこり。一臣さんがまた優しく微笑んだ。

 嬉しい。一臣さんが、優しい!


「さっき、お人形さんみたいって言われちゃいました。お人形ってどんなお人形なんでしょう」

 そう一臣さんに言うと、

「それだけ、可愛いってことだろ」

と、淡々と答えられてしまった。


「可愛い…って、私が?」

「ああ。可愛いぞ」

 ひゃあ。真顔で言われた!照れる!!


「本当にお人形さんみたいに可愛らしい新婦様で…」

 介添えの人にもそう言われてしまい、私の顔はますます熱くなった。


「次は、ジョージ・クゼのデザインしたドレスだ。みんなも注目しているようだぞ」

 ドキン。

「そ、そうなんですか?」

「ああ。まあ、なんとかドレスが着れるくらいダイエットにも成功できたようだし、良かったな」


「はい。着れなかったらシャレになりませんから。一臣さん、小さ目のサイズでオーダーしちゃったし」

「ふん。まだ、着たのを見ていないから、楽しみにしているぞ。じゃあな」

 そう言うと、一臣さんは新郎の控室に入って行った。私も新婦の控室に入り、着物を脱ぎ、化粧や髪型を直してもらった。


 なんだか、魔法みたいだ。鏡の中の私は、私じゃないみたいで、変な感じだ。

 ヘアメイクの人が、あっという間に私を変身させ、私はウェディングドレスに身を包んだ。ブーケも持った私は、どこかのお姫様に見えた。


 そして、廊下に出ると、王子様が待っていた。


「う…わ…。一臣さん、王子様みたい」

「…やめろ。鳥肌が立ったぞ」

 あ。ものすごく嫌そうな顔をした。


「でも、本当に麗しくって」

「わかったから。それより、お前も変身させてもらえてよかったな。さすがプロ中のプロが集まっただけある」

「そうですよね。私、自分が自分じゃないみたいで」

「ああ、そうだな。弥生が弥生じゃないみたいだな」


「似合っていますか?」

「ああ。似合っているぞ」

 そう言って一臣さんは、私のすぐ隣に立つと、

「綺麗だ…。でも、俺はやっぱり、すっぴんが好きだぞ」

と耳元で囁いた。


 ドッキーン。今の、介添えさんに聞こえていたかも。わあ、恥ずかしい!


 すっと一臣さんが私の背中に腕を回した。そして、扉が開かれ、また盛大な拍手の中、私と一臣さんは会場の中に入った。


「わあ!可愛いドレス」

「あれ、ジョージ・クゼがデザインしたんでしょ」

「弥生様に似合っている」


 ゆっくりと会場内を一臣さんと歩くと、そんな声が聞こえてきた。するとまた一臣さんが、小声で、

「当たり前だ。弥生に似合うのを作ってもらったんだからな」

と、自慢げに呟いた。


 なんだか、一臣さん、嬉しそうに見えるんだけど…。気のせいかな。


 披露宴は滞りなく無事終わろうとしている。卯月お兄様の披露宴とは全く違う披露宴だった。

 友達を呼んでもいない、歌もない、ずっといろんなお偉いさんのスピーチだけ…。


 私も一臣さんも、ただひたすらにこやかさを保ち、スピーチを聞いていた。一臣さんが言っていたように、本当に椅子に座っているだけ…。


 いろんな人たちのスピーチが終わり、次は演奏会が始まった。汐里さんの演奏から始まり、他にも有名なバイオリニストや、ピアニスト、オペラ歌手の演奏や歌が披露された。

 

「それでは、ここで、緒方商事の子会社や、工場からの祝辞の映像が届いておりますのでご覧ください」

 会場内が暗くなり、大きなスクリーンに映像が映し出された。

「あ、大門さん…」

 スクリーンには、大門さんや、私がいた鉄工所のみんなが映し出され、

「弥生ちゃん!ご結婚おめでとう!お幸せに」

と、声をそろえてお祝いを言ってくれた。


「弥生ちゃんは、本当に明るくていい子です。弥生ちゃんがいれば、緒方商事は安泰です。あんないい子は他にいません。一臣様、どうぞ、弥生ちゃんを大事にしてあげてください」

 わあ!何を大門さんは言ってるんだ!恥ずかしい。


 でも、嬉しい。

 いけない。涙が出てきた。


 そのあとは、鶴見の工場長、それから、私が一臣さんと一緒に視察に行った工場のみんなからの映像が次々に映し出された。

「あの子は、うちの事務所をスーツが真っ黒になるって言うのに掃除をしてくれて…」

 ああ、ちょっと偏屈なおじいちゃんの工場長だ。


「私たちの工場に来て、洗い物を手伝ってくれたり、明るくて、可愛らしくて、素直で素晴らしい方です」

 ああ。女性のみんながとっても元気な工場の奥様だ。


 みんなが明るい笑顔で、お祝いのメッセージを言ってくれている。

 ダメだ。頑張って泣くのをこらえていたけど、これ以上は…。


 そして、秘書課のみんなからも、

「一臣様、弥生様、ご結婚おめでとうございます!」

というメッセージがあり、最後の最後には、なんとお屋敷のみんなからのメッセージの映像が流れた。


「一臣様!弥生様!ご結婚おめでとうございます!弥生様がお屋敷にこられてから、お屋敷は本当に明るくなりました。私たちはみんな、弥生様に仕えることを心から喜んでいます。これからも、ずっと弥生様と一臣様のために仕えていきます。どうぞ、これからもずうっとお幸せに!私たちはいつでも、お二人の味方ですし、お二人を応援しています」

 亜美ちゃんがそう言って、他のみんなが一同に、

「おめでとうございます」

と、笑顔で祝福してくれた。


 ボタボタボタ!涙が一気に流れ落ちてしまった。

「弥生…。化粧…」

 隣で一臣さんが私を見て、小声でそう言った。そして、くすっと笑い、

「良かったな。みんなが祝福してくれて」

と囁いた。


「はいっ。ひ~~っく」

 ああ、本格的に涙が止まらなくなってしまった。どうしよう。

 どうにか泣くのをこらえようとしても、ヒックヒックと止まらない…。


「では、最後に新郎の緒方一臣様よりお言葉を頂戴したいと思います」

 司会の人にそう言われ、一臣さんはマイクを手にして立ち上がった。

「本日は、わたくしたちの披露宴に来て下さりありがとうございました。多くの方から、祝福の言葉をいただき、皆様から祝福され、わたくしも弥生も本当に感謝しています」


 一気にそう言ってから、

「弥生も立って」

と、まだ涙でぐしゃぐしゃな私を椅子から立たせた。


「婚約パーティでも申し上げたように、緒方商事と上条グループは提携を結び、今後さらに発展を遂げるとわたくしは確信しています。それに、わたくしも弥生と結婚することで、今後さらに緒方財閥のために、全力で力を注いでいけると確信しています」

 一臣さんは一回私を見て、また前を向くと、

「皆様も、さきほどのビデオをご覧になっておわかりだと思いますが、弥生はいろいろな方たちから支持を受けています。最後に屋敷で働く従業員たちが、屋敷内が明るくなったと申していましたが、それは本当のことです」

と続けた。


 え?何を言い出したの?

「あまりの嬉しさに、弥生本人も今、涙が止まらない状態になっていますが…。でも、視察に出向いた工場や子会社の皆様からも、応援や祝福の言葉をいただきましたが、それもこれも弥生が明るく、彼らに心を開き接したからこそのことだと思っています」


 一臣さん?

「弥生の力は大きいです。実を言うとこのわたくしも、弥生にはいつも力づけられ、励まされ、元気をもらっています」

 じわ~~~。うわ、もっと涙が…。


「弥生との結婚は、わたくしにとっても、緒方財閥にとっても、とても大きなものです」

 し~~んと会場が静まり返っている。

「これからも、わたくしと弥生と力を合わせ、緒方財閥の発展に力を注いでいきますので、どうぞよろしくお願いします」


 一臣さんがお辞儀をした。私も慌ててお辞儀をした。それと同時に拍手が沸き起こり、

「おめでとうございます」

という声もあちこちから聞こえてきた。


 ブワワワ。涙が止まらない…。一臣さんがあんなスピーチを用意してくれているなんて。


 司会の人の挨拶で、披露宴は終わった。

 私のもとには、メイクさんが静かに駆け寄り、涙で落ちてしまった化粧を素早く直してくれた。


 そのあと、私と一臣さんは会場のドアの外に立ち、みんなをお見送りした。最後に会場から出てきたのは、私の家族のみんなだった。

「弥生、おめでとう」

 父、祖父、祖母、兄たち、その家族…。みんなが、一人ずつ私と一臣さんに挨拶をして、にこやかにその場を去って行った。


 お義父様とお義母様も、会場の外でみんなに挨拶をして、すべての人が去った後、私たちも控室に戻った。


「やれやれ、やっと終わった」

 そう言って椅子に腰かけたのは、お義父様だ。

「弥生さん、お疲れ様。少し休んで」

 お義母様もそう言うと、私を椅子に座らせ、その右隣に座った。私の左の椅子には一臣さんがドカッと腰かけた。


「疲れた~~~~~~~~~」

 一臣さんは、思い切りため息をつき、

「結婚式はもう2度とごめんだな」

と呟いた。


「当たり前だろ、一臣。今回限りで、もう2度とないから安心しろ」

 お義父様がそう言うと、一臣さんは眉を潜め、

「ああ、もちろんだ」

とクールに答えた。


「グス」

 私はまだ、鼻水をすすっていた。

「まだ泣いているのか?弥生」

「う、いいえ」


「本当にお前は…。嬉しくてもビービー泣くからなあ」

「ごめんなさい。みっともなかったですよね?」

「いいんじゃないか。そういう弥生をみんなが、応援したくなるんだろうから」

「ふふふ。ほんと、そうよね。あのビデオを見ていても感じたわ。弥生さんはみんなに好かれていて、応援されているって」


「そうだな。弥生ちゃんのそこが強みだ」

 お義母様とお義父様も、にこやかにそんなふうに言ってくれて、本当に嬉しい。


「兄貴、弥生、おめでとう」

 そこに、龍二さんと京子さんが現れた。

「ありがとうございます」

 私がそう言うと、京子さんは、

「弥生さん、ドレス似合っています。とても綺麗」

と褒めてくれた。


「ありがとう」

「次は龍二の番だ。覚悟しておけよ」

 一臣さんの言葉に、龍二さんは眉を潜め、その隣で京子さんは赤くなった。


「ここまで、大変な披露宴にはならないだろ?」

「どうだか。緒方財閥の人間と、大学病院関係の人間が集まるんだろうから、やっぱりどでかい披露宴になるんじゃないのか?」

「は~~。俺は、兄貴みたいなスピーチはできないからな。期待するなよ、親父」


「俺のスピーチなんて、たいしたもんじゃないだろ、あんなの。形式ばった表面だけのスピーチなんかしたくなかったから、簡単な文言にしたんだ。でもまあ、言いたいことはちゃんと言えたけどな」

「表面上の言葉じゃなかったんだ」

 龍二さんの言葉に一臣さんは、片眉をあげ、

「ああ。本心だ。弥生のことをみんなに受け入れてほしかったからな。それに、弥生がいたら、緒方財閥も変わるっていうのも事実のことだしな」

と、しれっとした顔で龍二さんに返した。


「そうだな。弥生ちゃんはそれだけの影響力がある。これからが楽しみだな、一臣」

「まあな」

 お義父様の言葉に、一臣さんはにやっと笑った。


「とりあえず、これでもう、弥生のことをあれこれ言ってくるやつはいなくなるだろ。ドレスもさすがジョージ・クゼだ。弥生の良さを引き出すものを作ってくれたし、色打掛も弥生にぴったりだった。誰も、俺の嫁に相応しくないとか、言えないくらいにな」

「ははは。そうだな。弥生ちゃん、今日は最高に可愛かったからなあ」


 え?ほんと?お義父様も一臣さんも、それ、お世辞じゃなくて本心?


「ああ。弥生は可愛い」

 そう言って一臣さんは、私を優しく見つめ、

「あとは…。さっさと跡継ぎを作るか。そうすりゃ、誰も文句は言わない」

と、突然そんなことを言いだした。


「え?」

「うん、うん。孫の顔も早く見たいし、早くに子供作れよ、一臣」

「そうね。男の子、頑張って作ってね、弥生さん」


 う、うわ~~~~~~~~~~~~。お義父様、お義母様の期待の目…。


 いきなり、プレッシャーが…。


「弥生なら、ぼこぼこ産めそうだしな?」

 ひょえ~~。一臣さんまで!


 結婚式という大きなイベントは無事終わった。でも、私には、跡継ぎを産むという大事な役割が残されているんだ。かなりのプレッシャーだ。


「な?弥生」

「が、頑張らさせていただきます…です」

 顔をこわばらせ、そう答えると、

「長男の嫁は大変だな」

と、龍二さんがぽつりと同情する口調でそう呟いた。

 

 ああ。まだまだ、私の試練は続く…のか?

 


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