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 兄上様。


 ぱたぱたとお転婆ぶりを発揮して、この国の王位継承者が駆けてくる。この国の王位は常に女性だった。男児は騎士となり、国を守る勇士となる。彼はその騎士を率いる将軍となる未来が待っている。


 しかし、彼女と彼の約束はどんな時も『彼女を守る』というものだった。彼はその約束を騎士儀礼にのっとり宣誓し、彼女も又、その若い騎士に幸運と武運の象徴である白い百合を贈った。そして交わした接吻はあまりにも幼かったが、秘めた感情の中で根づいた気持ちは、確かに本物だった。


 兄上様。


 つい今し方、同盟国の姫君との婚儀を拒絶した彼に彼女はぷぅっ、とむくれた表情をする。幼い嫉妬だ。何度も断ったと説明しても彼女の気持ちは晴れないのは、その姫が絶世の美人として名高いからに他ならない。


 彼は近くに兵士が誰もいない事を確認して、抱きしめた。

 約束。


 国が滅んでも守る。

 約束。


 滅んでも。

 約束。


 彼女の小さな体の温もりが、体に染み込むのを感じた。

 

 

 

 







 

 目を開ける。そこに見慣れた顔がいて、彼は驚く。


「おはよう」


 と聡一はのんびりとした声で、彼の体を撫でた。白い毛が、ふわっと飛んだ。


「これは……」


 と声に出して、人間の言語が口から飛び出て驚く。聡一もまた目を丸くしたが、たいして気にはしていないようだった。彼はむくっと起き上がる。背伸びをする。萌の部屋じゃない? と窓から焼け落ちた家を見て、聡一を見る。


「萌の心配なら無用さ、大丈夫。生きているよ」


 と聡一は本に目を落としながら


「家があんな状態だから、一家で押し掛けているよ」


 彼はくすっと笑った。あの家族らしい、と言うか。たくましい、と言うか。それを許容する聡一の両親もまた変わり者と言うか、心が広いというか。その点は聡一も苦笑しながら、認めた。


「萌なら今、買い物に行ってるよ。そのうち、帰ってくるけど?」


「……それはいいとして、骸はどうした?」


「さぁ」


 と肩をすくめる。


「俺が見たのはアイツが灰になって消えたぐらいだからね」


「────何で、骸が消えて俺がいる! 何で俺だけ生きている! 本来ならアイツの力が消えて、俺も消えるはずだ。時間のルールを無視した俺が、ここに居ていいはずはないんだ!」


 突然の咆哮に聡一は驚くが、すぐに優しい目で彼を抱き上げた。


「萌が見ていた過去の記憶を俺も夢で見た。大変だったじゃないか、ここらへんで楽になってもいいだろ?」


「楽になるとかそういうも問題じゃ────」


「萌に何度も言った事なんだけどね、必要の無い存在ってのは無いんだよ」


 優しく撫でる。


「ここに存在すれば、それは意味がある」


 彼は小さく笑った。その目から少し涙が流れた。小さな雫。しかしその重たさを知る事は聡一にはできない。


「萌は俺の事は?」


「知らないはずだ、夢だと思っているから」


 と彼を降ろす。


「あの後、すぐ眠りに落ちてしまってね」


「そうか」


 彼は聡一の膝の上に乗った。小さなため息。

 聡一は言葉をかけない。


 言葉が必要無い時もある。無言で全て通じていた。言葉にするには、彼の歩いてきた時間は膨大すぎて、言葉にするには聡一の生きた時間は短すぎた。


 本をめくる音。


 静寂。

 

 そしてそれを破る、萌の元気な声と階段を駆け上がってくる音。やかましいくらいだ。


 聡一と彼────ルルは、目を丸くして、そして笑った。


「聡一! ただいまっ!」


 と入るなり、聡一の膝から飛び降りたルルを踏みつぶす。悲鳴とも絶叫ともとれない声をルルはあげ、萌は慌てる。ルルは悶絶し、聡一は苦笑し、萌はルルが起きた事を喜び、ぎゅっと抱きしめた。


 ゆっくりと一つ一つ、言葉をルルに伝える。ルルが目を覚ましたら、一番最初に言おうとした事を。


「お兄ちゃん、お帰り」


 ルルは目を点にし、そして聡一を睨んだ。聡一は声を殺して笑っている。忌々しげに鼻を鳴らそうとしたが、かわりに出たのは、照れの混じった、たった一言だった。


「ただいま」


 









 そして100万回一緒の物語は最後の平凡な時代で幕を開けた。


 

このお話はこれにて完結です。有難う御座いました。10年ぐらい前に書いていたお話でどうかな? と思ったのですが、現在くまくるのさんと行っているリレー小説で、主人公の一人(オカザキサイドの少年)が演劇脚本を書いているシーンがあるのですが、その脚本の内容にしようと、画策していての掲載でした。


ちなみにこの作品はホームページ運営時代のものでして。アクセスカウンタのキリ番獲得者へ向けたリクエストという趣旨でできた作品でした。


リクエストをくれた「えも」さんという方に愛をこめて「萌」というキャラができたのですが、えもさん元気かな? とここで呟いてみる。


白猫ルルの時を巡る冒険はあと3作程あったりするのですが、まぁ折を見てという所で。


何はともあれ、ここまで拙い拙作をお読み頂けました事、感謝を。有難う御座いました。

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