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その6.君とカメラと体育祭

「との、なんで話さないの?」

 体育祭が快晴の中はじまった。開会式のパフォーマンスが終了し、第一競技への進行にあわただしい中、外江と伊草は自分達の椅子に座り優雅にそのさまを眺めていた。準備には携わったが、当日は競技に参加するだけだ。

 伊草の質問を瞬時に理解できなかった外江は、目で尋ねる。

「はらちゃんに興味できたなら、話せばいいじゃん。なんでなんにもしないの。手紙は読んでるんだろ?」

 初夏の日差しと加速をはじめた生徒達の熱気の中で、ジャージが暑い。かといって指定体操服のハーフパンツも頂けない。

「とか言われても、別に渡良辺と話したいって思ってないし。あーもーやっぱジャージ切ろ」

「あ?」

「伊草、ハサミ持ってない?」

「持ってるわけねえだろ」

 じゃあいいや誰かーとまわりに声をかけて外江はハサミをゲットした。母親がうるさそうなので控えていたけれど、これ以上我慢するのも暑さの前ではばからしい。高校生の夏はこのあとももう一度来る。

「渡良辺も俺と話したいとは思ってないんじゃないかなー」

 どれくらい切るか、びよっと伸ばして、膝より少し下あたりにマジックで適当にあたりをつけた。じょきじょき切る。ちょっと楽しい。

「おまえそれ本気で言ってんの?」

 手を止め、理解できない生物を見るように顔を崩した伊草に眉をひそめて返す。

「えー」

「えーじゃなくて。それなんか変な意地? 痴話ゲンカしたやつの台詞みたく聞こえる」

「痴話ゲンカぁ?」

「おまえがもらってんのってラブレターなんじゃないの」

「どうだろ」

 切り終えたジャージを履き、具合を確かめる。それから伊草に聞くと、いんじゃね、と適当に答えられた。じゃあいいか、足首を出すだけで涼しさは格段に変わった。

「どうだろって」

「俺、気づいたんだけど」

「なんだよ」

 椅子の背もたれに手をかけ、外江はおおまじめな顔で伊草に顔を近づけた。やっぱこいつ男前だな、腹立つなーと伊草は思った。

「渡良辺って、一度も俺に反応を求めたことがないんだ」

「なんかその言い方えろいな」

 ぽろっとこぼれた台詞に外江は伊草の椅子をがっと蹴った。

「そんな話してないから。ばかなこというと俺もおまえの大好きな話題持ってくるよ?」

「ほんっとすみません」

 イケメンすごむとこわーい、さらにまぜかえそうかと思ったが、小池の話題を本気で出されたくない伊草はおとなしく謝った。

「反応……って、そうか。そういや、おまえって渡良辺はらに返事をしたことないんじゃん」

「そう。俺手紙結局全部読んだけど、渡良辺は手紙の中で一回も返事や反応を催促したことがない。それに、こないだ文房具屋で会ったって言ったろ? おまえが勇者やってたとき」

 うるせえと言いたかったが、触れたくないので顔だけで抗議する。

「俺にきゃーきゃー言ってんだから近づいてくるかと思ったんだけど、逃げたんだぞ」

「ああ、との、だから怒ってんの」

「怒ってないよ。なんでだよ」

「怒ってないの?」

 伊草にからかう様子はない。根の素直な外江は、そうなのだろうかと自分の気持ちを探った。

「……まあ、ちょっとむかついたかも。だってひと見て避けて挙句逃げるとか、普通に失礼だろそれ」

 おまえのしたことも意地悪でやらしーと思うけど……とは伊草は飲み込む。

「そうねー、じゃああれかね、憧れすぎてなんにもできません、みたいなやつ。尊敬する芸能人に会ったらしゃべれなくなっちゃうーて」

「うん。なら、もーそれでいいかなって」

 あっさりとうなずいた外江に今度あせるのは伊草。なんだその気の抜きっぷり。

「なんでそうなんの、ちょっとお待ちなさいよ外江君」

「考えたんだけど、渡良辺は実際に俺に近づかれても困るだけな気がする。俺も渡良辺を好きとかじゃないし、もし本当に渡良辺が俺を好きなんだとして、半端に近づくだけ傷つけない?」

「う……ん」

「渡良辺は多分、手紙書くの楽しいんだよ。レターセット選ぶのも。遊び……とか言ったらひどいけど、でもまあ、楽しいんだったらそれでいいんじゃないかな。俺も手紙読むの楽しいし、楽しくなくなったら読まないで捨てればいいし。イママデドオリーのナルヨウニナルーで」

 伊草は、えー、と言うだけで精一杯だった。この枯れ木王子め。


 花形競技、100M走が始まる。外江は第二グループだ。

「お、プリンス出るぞプリンス」

「足なげー」

「プリンスって速いの?」

「はい、俺陸部だけど、少なくとも俺より速いです」

「おまえいいやつだな……友達になろうぜ」

「叫ぶ? 叫んどく?」

「外江くーん!」

「プリンスー!」

 いやはや本当に人気者でいらっしゃる、伊草は苦笑しながら外江を見守る。すらっとしたスタイルで、一緒に走る生徒と笑顔で会話している外江はなんともプリンスだ。第一グループの疾走なんて誰も見ていやしない。

 写真でもとったらまじで売れそうだよな、そう思っていると、広報係がどう考えても執拗に外江を撮っていることに気づき、失笑。また外江のスルーが完璧すぎるのもすごい。他にも主に女生徒が外江を撮ろうと、デジカメ携帯、おのおののカメラを手に場所を奪い合っている。

 そういや、「はらちゃん」もこれに参加してるんか? 思いつき、伊草は席を立った。外江のかっこいー姿は、伊草には見逃してもいい程度のものではある。100M走はトラックを使わず、トラックの中にまっすぐに引かれたレーンを使う。やはりひとが集まっているのはゴール付近。見つかったらおもしろいなー程度の気持ちで見ていると、そのうち目当てのおかっぱを見つけた。お、ほんとにいた。

 渡良辺はらは場所をとりはぐれたようで、伊草に気づかず、使いきりカメラを手に生徒達のうしろでうろうろしていた。ここが無理ならスタートの方か、中盤でもいいのに、伊草がそう思った矢先スタートの空砲が響いて歓声がふくれあがった。あー、はじまっちゃった。

 少しでも見たいと思ったのか、渡良辺は人ごみを遠回りに走った。が、おそらく彼女には外江の姿はろくに見えずに終わった。プリンスすげー、かっこいー、そんな声からして外江は外さずに上位をとったようだ。しょんぼりと肩を落とす姿があわれで、そしておかしかった。

「はらちゃん」

「えっ!?」

 近づいて、ぽんぽんと肩をたたくと、渡良辺はこっちが驚くほど驚いた。カメラが落っこちる。

「ごめんごめん」

 拾って渡すと、渡良辺はごめんなさいと言った。実際に話したことはなかったので、これがチャンスとばかりに伊草はまじまじと彼女を見てみる。へー、こんな顔と声してるんだ、意外と美人系なんだな、ちっちゃいけど。っていうか俺、こういう普通の子のほうが好きなのに、なんであんな小汚い小池なんか……いや関係ないないない。

「伊草君」

「あ、俺のこと知ってるんだ?」

 渡良辺はこくりとうなずいた。

「外江の写真、撮れた?」

 さっと顔を赤らめ、うつむいてしまう。うおーなんだこりゃかわいい。かわいい生物だ。小池withギャルモンキーズVS女帝堀内とその側近にもまれていた伊草にはちょっとした癒しだった。

「撮ってやろっか?」

「え?」

 期待に目を輝かせる。それから、でも、と渡良辺は困ったように眉尻を下げた。

「でも、あの……外江君には知られたくないから、いいよ」

「あいつには言わないよ。あいつがモテるのは知ってるでしょ、誰が写真欲しがってるからとか言わなくたって撮らせてくれるからへーき」

 普段の彼から7割増の愛想笑顔。

「……それじゃあ、お願いしてもいい?」

 もちろん。絶対に言わないよ、伊草は渡良辺からカメラを受け取った。


「ほら、との。笑って笑って」

「は?」

 ふたたび席に戻ってきた外江を、伊草はカメラをかまえて迎えた。

「なにやってんの、伊草」

「はらちゃんにおまえの写真とってって頼まれたから」

 怪訝な顔を一気に険しくする。

「そんなこわい顔じゃなくて。にこっと。スマイリースマイルよ、王子! 女優になるのよ!」

「どっちだよ」

「いい突っ込みだ」

「おい、渡良辺になんか言ったの? あんまふざけてんなよ、伊草」

「いやあああ、王子こわいかっこいいしびれる」

 いよいよいらついた外江は伊草からカメラを奪おうと手を伸ばす。直前でフラッシュがたかれ、目をやかれて顔を背けた。

「伊草!」

「外江、おまえこそあんまとぼけたことばっか言ってんなよ。会わなくていいなんて話あるわけないだろ」

「おまえが決めることじゃないよ」

「俺ははらちゃんを応援するの。お生憎様ー」

「おもしろがってるんだろ……!」

 もちろんだ。小池関連の仕返しとばかりに、伊草は素敵な笑顔を浮かべた。


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