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その5.文房具フロアのいたずら

「との、今日の手伝い中止だって」

「うん? わかったけど」

 堀内は宣言どおり、外江が手伝いを申し出た日から連日彼と伊草を使い倒していた。仕切り屋として優秀な彼女のもと、効率よく進む手伝いを楽しく思っていたのでそれはいいのだけれども、しかし体育祭まで一週間を切り、いよいよ忙しいはずのこの時期にそれが中止とは。

「なんかあった?」

「使用権だかタイムテーブルだかで、有志の団体とぶつかったみたい? ハセ先が適当なこと言ったみたいでさー」

 普段、あまり自分の責任のないことには感情移入しない伊草が、珍しく眉をひそめ面倒くさそうな顔をしている。堀内やその仲間の事は気に入っていても、あくまで手伝いのつもりでいた外江としては、同じ立場だと思っていた伊草のその態度が意外だった。

 少し怪訝にうかがってくる外江に気づき、伊草はあきらめたように肩をすくめた。

「いや、……その有志の団体の代表が小池で。ギャル軍団によるダンスな。で、堀内と小池って1年の頃からものすげえ仲悪いの」

 外江よりも先に体育祭委員本部に行った伊草は、外面もなく罵りあう女子高生の姿に気力を削りとられ、それ以上火の粉がかからないうちにほうほうの体で逃げだしてきたそうだ。伊草には悪いが、笑ってしまう。

「笑うなよ。あー女こえー」

 帰ろうぜ、伊草にうながされ立ち上がると、伊草の携帯が鳴った。汚いものでもつかむようにつまみ、伊草はそれはそれはいやそうに相手を見る。

「出とけよ」

「ちくしょう」

 観念したように通話ボタンを押し、おう、と伊草は低く答えた。

――いぐっちゃん!? どこいんの、ちょっと体育祭本部来てよ。さっき来てたじゃん、なんで帰っちゃうの。

「……ちょっと落ち着けよ、小池。耳うっさい」

――だって委員のやつらがわかんないこと言うんだもん! いぐっちゃん頭いいんだから、なんとかしてよ! うちのクラスのことじゃん!

 電話の相手を堀内だと予想していたので、外江は驚いた。そして、堀内だったら伊草は電話をとったのだろうかと邪推する。ともあれ、小池の声は大きくわんわんと響き、会話の内容が外江にも聞こえた。

「なんとかもなにも、おまえからの話だけじゃなんとも言えねーから……怒んなばか。今度は俺にケンカふっかけんのか? おまえ、話し合いをするためにそこにいるんだろ。 落ち着けよ。……そうだよ。ほら、だからなめられるんだよ。今から行くから、おとなしく待ってろ。堀内に怒鳴んじゃねーぞ」

 伊草はその気になればとても面倒見のいい男だ。外江はわりあいぼうっとしているほうなので、そういうところで相性がいいのかもしれない。電話を切り、伊草はため息をついた。

「俺、こういうのに巻き込まれないおまえの性質はかなりうらやましい」

「似合ってるよ、小池のお守り」

「うるせえよ!」

 手を振ると、伊草は毒づきながらも走って行った。ここで走るようなやつだから小池も呼ぶんだろうな、ひとり納得して外江は帰途についた。


 思いがけず空いてしまった時間は、通常と同じはずなのになんとなく物足りないような気持ちにさせた。ひとりではそこまで寄り道をしないほうだけれども、途中の駅で降りて、この界隈でもっとも大きい本屋に行くことにした。

 我ながら暇人だなーと思いながら、新刊をひやかす。ここを寄り道先に選んだのは、そういえば彼女の持っていた本のカバーがここのものだったことを思い出したからだ。普段なら行かない文房具のフロアに足を伸ばしたとき、外江は一瞬目を疑った。あれは渡良辺?

 彼女は両手にレターセット持ち、にらみつけていた。どちらを買うか迷っているのだろう。そんな迷うんだ。どっちでもいいと思うけど。俺、そこまで見てないし。

 ふとレジ付近にある万引き防止のミラーが目に留まり、悪戯心を引っかいた。外江はそこらへんにあったノートを手に、レジまわりの商品をひやかしはじめた。不自然でないよう気を遣いながら、ミラーを盗み見ていると、渡良辺が商品棚から顔だけ出してこちらを見ていることに気づく。なんでそんな。おかしいだろ。吹きだしかける。顔がにやつくのをおさえるのに必死になる。買うレターセットはもう決まったんだろうか。

 渡良辺は困ったようにちらちらと顔を出すものの、一向にこちらに来る気配がなかった。これ以上うろつくのは外江自身も不自然だと思い、いったん渡良辺の視界から消えるよう移動する。それにしても、昼休みに黄色い声援を飛ばすぐらいなのだから、こんな機会なら喜んでこっちに近づいて来るかと思ったのに。それでもストーカーか、自分が恐れられている気がして複雑な気持ちになっていると、棚を越えた先からいらっしゃいませーとレジの店員の声がした。閑散としたフロアだ、外江はひょいっとレジへ向かった。

 店員に迎えられたのはやはり渡良辺だった。少し離れてうしろに並ぶ。気づいたのか、彼女は不自然なほどうつむいていた。こんなに近づいたのははじめてだ。結構小さいんだな。からだをちぢこめているせいだけじゃなくて。髪からのぞく耳が赤い気がした。スカートから伸びている足はあんなにまっしろなのに。てか、ジャージはいてやがる。5分丈に切ったジャージを渡良辺はスカートの下にはいていた。

「ありがとうざいましたー」

 袋を受け取るなり、渡良辺はそこから早足で逃げ出した。なんだその逃げ足は! いらっときて追いかけたくなったが、店員のお待たせしましたーの声に阻まれた。


「それが乙女ごころってやつなんじゃないのー」

 翌日、イチゴオレのパックを握りながらぐったりと伊草は答えた。朝からよくそんな甘いものが飲めるなと言ったら、甘いものの方がいいと答えられた。

「またまたすっげーどうでもよさそうですね、伊草さん」

「昨日まじで疲れた」

 伊草は小池団体の弁護人というか、代理人のような立ち回りをしたらしい。堀内もまともな交渉ができる、なじみのある相手ということで受け入れた。

「堀内はいいんだけどよ、筋通ってるし。でもギャルモンキーどもがなんかあるとぎゃいぎゃい言うわけ。いちいち悪いようにとって。申請遅れた時点でどう考えてもあいつらに落ち度があるのに、その自覚が皆無でさ。そこわきまえてたら、もうちょっとあっちだってなんとかしてやる気になるだろうに、堀内もまた煽られるから」

「小池達の団体は結局どうなったんだ?」

 空になっても握り潰して、しつこくイチゴオレを吸う。

「元凶のハセ先を目の前で追及して、堀内に引いてもらって教室の半分の使用許可をもらった。で、そのあとサル子達を怒鳴って堀内や委員への暴言を謝らせた」

「……勇者……!」

 伊草の勇姿を想像して、その痛快さ(と不憫さ)に外江は腹を抱えて机に突っ伏す。なんとでも言え、伊草はイチゴオレをゴミバコに投げつけた。がつっと音を立ててヘリに当たり、跳ね返って床に落ちる。

「はずれー、いぐっちゃん下手じゃね?」

 アクセントの独特な台詞は小池のものだった。ひょいと拾ってゴミとなったパックをしかるべき場所に捨てると、彼女はきひひっと歯を見せて笑った。

「昨日はありがとねーイチオーみんなもいぐっちゃんに感謝してたし、ほんと助かった」

「イチオーってなんだイチオーって、超感謝しろよ。サルの代わりに人間様と交渉してやったんだぞ」

「失礼すぎるんだけど! なんなの、ひとがせっかくお礼言ってんのに!」

「礼を言うならまずその呪いみたいな化粧を落とせ」

「え、意味わかんないー」

「なんなんだよそのスルースキル。もういいよ行けよ。おまえと関わるとろくなことがねえんだよ」

 しっしっと犬の子を追い払うように手を振る。サル扱いの次は犬扱いかあ、にやにやしていると、ぎろっと伊草ににらまれた。

「まあいいよ、はいこれ」

 ぽろぽろと机の上にチロルチョコを落とす。

「感謝の気持ちー。とのっちも食ってよ」

「なんで外江も込みなんだ」

「そこ突っ込むの? 心せまくない?」

「へえ、きなこ味なんかあるんだ」

「とのっちそれおすすめ、まじで。食って食って、今食って」

「あっち行けこのサル!」

 笑っちゃいけない、と思うだけ無駄だった。


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