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その34.中間考査(7)

「みんな大丈夫!?」

 小池の家に戻ると、小池と、遅れて渡良辺が飛び出してきた。話はとりあえず中に入ってから、と東条がいさめ、ひとり路上の車から見上げていた兄に手を振る。東条の兄は手を振り返し、去っていった。小池はあわてて頭を下げる。


 次第を話し終えると、小池はまだ緊張した面持ちで尋ねた。

「じゃあ、もう……大丈夫なの?」

「わたしはそう思ってる。保身が勝つような男だし、もし再犯するにしても小池ちゃん以外を狙うでしょうね」

「とことんセコい小物って感じ。胸くそのわりいヤツだったわ」

 伊草はうんざりした動作でシャツのボタンをふたつ外す。上着はすでに脱いでいるので、こうしていると制服とさほど変わらなかった。

「そうね。でも、だからわたしもこんな真似ができたのよ。ストーキングの動機が恋愛絡みとかだったら話はもっとややこしく続いただろうし、よかったなんていうと変だけど」

「……そっか」

 やっとほっとしたらしく、小池はほうっと息を吐いた。それから気づいたように顔を上げ、全員を見回す。

「あ、あの、みんなごめん、ありがとう」

「なんもしてねーよ。つかほんと、なんもしてない。話したのは委員長だけだし、威圧してたのは委員長のおにーさまだし」

「そだな。俺達、いる意味なかった」

 外江も苦笑する。渡良辺はそのとなりでじーっと外江のスーツ姿を見つめている。

「あら、あったわよ。ふたり対ひとりと、4人対ひとりってまったくちがうでしょ? 小池ちゃんのためにこんなに人が動くんだってところを見せたかったの。それに、今後の防衛として小池ちゃんの身近なひとに、彼の顔を知っていてほしかったし」

「それなら、あたしもそいつに会っておくべきじゃなかったの? ちゃんと顔、見たことないんだけど」

「それはお勧めしないわ。小池ちゃんには失礼だけど、彼は完全にあなたのことをなめてる。自分の与えた恐怖で支配できたと思ってるのよ。そんなあなたが同席していれば、彼は自分があの場でもっとも弱い人間だって認めなかったかもしれない」

 脅しが半端なことになっては、逆に彼を煽り、事態を悪化させたかもしれない。そうまで言われては小池に返せる言葉もなく、しゅんとうなだれる。

「でも、あの……委員長言ったじゃない。あたしが狙われ続ければ、そのうち、幹や母さんにまで被害が及ぶかも、って。あたしはやっぱり、あいつの顔知ってないといけないんじゃないかな」

 今日の作戦を聞いたとき、小池はまず気が進まなかった。おびえて無気力になっていたのもあるし、事態をかきまわすことをおそれていたこともある。友達を危険にさらすことも。けれどそれをふるいたたせたのは、「ストーカーの二次被害をもっとも受けやすいのは、その家族や友人だ」という東条の言葉だった。

 東条はうなずき、携帯を取り出した。

「犯人よ。直に見るのとは印象がちがうとは思うけど」

 撮影した免許証の画像を見せる。小池は少しおびえたように手をのばし、それからまじまじと見つめた。

「彼、外江君や伊草君の顔、覚えてなかったわね。小池ちゃんを送るときに見てるはずなんだけど。それくらいしてみせるかと思ったけど、いくつか過大評価してたかもしれない」

「え。そんじゃ、このスーツの変装とか、外江がわざわざ髪切ったのとか意味なかったってこと?」

 意外だったことに、スーツを着れば伊草のほうが相応の年に見えた。外江はやや幼く見え、髪の長さのせいかと言ったとたんに東条に美容院に放り込まれた。

「見るからに高校生じゃなんの圧力にもならないじゃない。大丈夫、短いのもよく似合ってるわよ、外江君」

 おかしそうに笑いながら、東条は外江にうなずいてみせる。

「別に、そろそろ切るつもりだったからいいんだけどね」

 まだ見つめてくる渡良辺のおでこを手のひらで押しのけると、不満そうにうなってくる。

「渡良辺さんも、おつかれさま。小池ちゃんをひとりにはできなかったし、きっと心強かったと思うわ」

「うん、渡良辺ちゃんがいてくれて、ほんとよかった」

「わたしも、小池ちゃんの出してくれたお菓子食べてただけなんだけど……」

「こんなときにお菓子食ってただぁ? さすがわんわん、ずぶといわあ」

「死ね伊草爆発しろ!」

「いぐっちゃんのばか! あたしがいっぱい出したんだよ、なんかしてないと落ち着かなかったから!」

 ふたりから怒鳴られ、伊草はこりずケッと悪態をつく。

「あ、あと委員長のお兄さんにもお礼を言わなきゃ」

「伝えておくわ。気にしないで、あのひと、まだわたしにいくつか借りがあるの」

 東条は座り直し、もう一度小池を見る。

「それじゃ、小池ちゃん。大丈夫だとは思うんだけど、しばらくは夜遅くに外を歩かないようにね。自転車もまだ使えるわよね? あとこの一件はきちんとご家族に話すこと。あんまりおびえさせたくはないけど、逆恨みでターゲットが家族にまで広がることもある。そのときお母様や妹さんが何も知らないんじゃ、彼女達自衛をすることもできないわ」

「……うん。わかった。そうだよね」

 神妙にうなずく。外江には、小池がようやく事態と向き合ったように見えた。

「なにかあったり、なにかあるかもしれないって思ったときはすぐに連絡してね。できるだけのことをするわ。この手のことは結構慣れてるの」

「慣れてるとかいう次元じゃないだろ! 委員長、免許証まで偽造してんだもんなあ。ほんとナニモノっていう」

 感心したらいいやら呆れたらいいやらわからないといった顔で笑いながら伊草が言うと、東条はじっと伊草を見返した。

「あれ?」

 おもむろに財布を取り出し、件の免許証をテーブルに置いた。

「これ、本物よ」

「へ? あ、原付?」

 首を振られる。免許証の免許区分には中型と記されている。東条が指差した先をたどると、そこには伊草になじみのない生年。

「わたし、みんなよりふたつ年上なの。今、19よ」

 全員が東条を見た。

「隠すつもりはなかったんだけど、言う必要もなくて。2年遅れて高校に入っただけだから、みんなが知る機会もなかったわよね」

「な、なんでっ? って、あ、聞いちゃいけなかったかなごめん!」

 あわてて小池が謝る。東条は小池に笑って返した。

「中学3年のとき、誘拐されたことがあるの。すぐに脱出できたのはよかったんだけど、逃げる途中に事故にあって、そのときの傷がちょっと大きくてね。1年半の休養が必要だったの」

「誘拐、って……、それってやっぱり、ストーカーの?」

「そんなところ」

 短くなった返事と添えられた苦笑が、これ以上は聞かないで欲しいと伝える。

「まあ、ともかくこれで一段落! みんな、おつかれさま」

 ぽん、と手をたたく。おつかれ、と口々に言い合い、まだ冷め切らない興奮を振り切るように帰り支度をはじめたところで小池があわてて立ち上がった。

「あああああれだ、今日ハンバーグだから!」

 きょとんとした面々が、小池を見上げる。

「みんな食べてって! お礼! 打ち上げ! そう、テストも終わったしめでたいし!」

「ばーか。おまえのかーさん、これから仕事で疲れて帰って来るんだろ。俺達が騒いでちゃ、休めないじゃん」

 通常、小池の母は朝眠り、夕方出かけるが、ここ数日はオーナーの補佐として店舗管理の交渉に関わっていたため、勤務帯が昼に変わっていた。小池が学校を自分で休めたのも、昼に母がいなかったからだ。

「一瞬でそういうとこまで気が回るとことか、ほんと伊草ってやらしいよね」

「なんで!? そこ俺褒められるとこじゃないの!?」

「母さん明日休みだから、それでちょっと豪華にしようって言ってたんだよ。大丈夫、みんないたほうが母さんも喜ぶから!」

 言うなり、ばたばたと冷蔵庫を開けはじめる。時計を見れば、そろそろ五時を回ったところ。渡良辺は携帯を取り出してメールを打ち始める。母親に連絡しているんだろう。同じく外江も携帯を取り出したところで、東条はすそをととのえつつ立ち上がる。

「わたしは帰らないと。小池ちゃん、ありがとう」

「ええ、そんな。おうち厳しいの?」

「そう、厳しいの。ばかみたいにね」

 コートを持ち、玄関へと歩こうとしたところで渡良辺が足を引っ掛けた。

「きゃああっ!?」

「ぎゃーっ!」

 東条が転び、小池に突っ込む。ふたりして転がり、足の高いキッチンテーブルにぶつかった。

「あ、小池ちゃんごめん!」

「なにやってんだよわんわん!?」

 外江も驚きつつ、ひと続きの台所と居間に5人も詰め込まれている現状では、手を貸すのはおろか移動することも難しい。

「東条! なんであんたはそう空気が読めないの!?」

「くっ、空気!?」

「それとも読んだからそうなの!? どっちにしたってあんたの考えなんて人付き合いに到底及んでないの、いいからぐだぐだ言わず残りなさいよ!」

 うわあ、暴言。しかし、渡良辺の性格にそろそろ慣れてきた外江は、見守ることを選ぶ。

「わんわん、委員長にだって事情があるだろ」

「うるさい伊草、おまえとは話してない! いい東条、このまま帰ったら絶交だからね!」

「絶交って、渡良辺さんそんな、ひどいじゃない! わたし今日は本当に用事が」

「本当にとか言うなばかっ! だからわたしはあんたなんか信用してないんだよキャンセルしろ!」

「横暴だわ!」

 困り果てたらしい東条は、珍しくおろおろとまわりを見回す。そして外江を見る。え、俺に助けを求めるの?

「東条、この卑怯者! こっちを見んかっ!」

「だって、あの、と、外江君っ!」

 この状況を投げられるのか。外江は頭をかく。渡良辺はすごい形相で圧力をかけてくる。渡良辺さん、それカレシに向ける顔じゃなくないか。

「東条、どうしてもキャンセルできない?」

「外江君っ」

「ごめん、俺、渡良辺に頭が上がらないからさー」

「異議あり! 外江君の大ウソつき!」

 せっかく味方したのにひどいじゃないか、と思いつつ、東条の表情を探る。押し切っていいか、それとも引くべきか。判断は難しかった。

「まあ、渡良辺も本気で困らせるつもりはないから。多分。もし都合つけられるならつけてほしいけど、だめならあとは任せて」

「外江君、なに勝手なこと言ってんの!?」

「渡良辺、こっち来なさい」

「やだっ」

「説教して欲しいの」

 渡良辺はぐぐるう、と女の子らしからぬ唸り声を上げつつ、しぶしぶ外江のもとに行く。東条は時計を見たあと、なんとかぎこちない笑みを作った。

「失礼して、電話をかけてくるね」

 ややもして戻ってくると、東条はそれじゃあよろしくお願いしますとみんなに頭を下げた。


 出かける瞬間まで大騒ぎして(結局扉の外からも騒ぎ声が聞こえてきた)、渡良辺、小池、伊草を見送ったあと、東条は外江に苦笑した。

「外江君にまで引き止められちゃね」

「いまさらだけど、予定、大丈夫だったの?」

「どうせ行きたくなかったし。怒るだろうけど怒らせておけばいいわ」

「やっぱ行かなきゃいけない用事だったのか」

 東条は外江を見上げ、首を振る。

「謝らないでね? 決めたのはわたしなんだし、うれしかったのも本当だから」

「謝りませんよ? 決めたのは東条ですから」

「……わたし、渡良辺さんがどうしていつも外江君に怒ってるのか、少しわかった気がするわ」

 憮然としてみせる東条に笑いながら、外江はソファに戻った。

 突然高校生4人追加ということで、夕食の買い出しに行くことになったはいいが、まだことの直後、関係者全員で外を歩くべきではないという東条の意見と、伊草と渡良辺の譲れない勝手な主張を突き合わせた結果、買い出しには小池、伊草、渡良辺が、家には外江と東条が残るというなんとも言えない組み合わせになった。

「渡良辺さんもこっちに残りたかったんでしょうけど」

「伊草と小池をふたりにするほうがいやだったとか」

 いいか東条、なんかへんなことしゃべったりしたら3枚におろすからね! 指を突きつけていた自分の彼女を思い出す。いったいなにを心配してるんだか。

「今回のこと、考えてたんだけどさ」

 つぶやくと、斜向かいに腰を下ろした東条が顔だけ向けてよこす。

「東条はつまり、犯人の関心がどう移るかってのを一番注意してたんだろ?」

「……ええ、そうよ」

「俺達にスーツとか着せてたのだって、確かに高校生に見えちゃ役に立たないってのもあるだろうけど、俺や伊草が顔を覚えられてあいつに狙われることのないように、だよな」

 渡良辺にしてもそうだ。渡良辺の役どころは小池宅での待機で、服などどうでもいいはずなのに、わざわざ着替えさせた。不測の事態で渡良辺が犯人とはちあわせたりするようなことになったとき、小池と同じ高校だと知られないようにという用心のためだったのではないだろうか。

「犯人から見たら、東条ばっかりなんだろうな。印象に残ってるの。名乗ったのも、身分証見せたのも東条だけだし」

 次点でも東条の兄だろう。彼が一番見た目に威圧感があった。

「まあ、なんていうか。東条、すごいなと思ったわけ。俺達まで守られてたんだってさ」

「……気に障ったなら、ごめんなさい」

 消え入るような声でうつむく東条にあわてる。

「どうして? 俺とか伊草が情けないって落ち込むようなとこじゃない?」

「あ、そうね、いえそうねってその、いやだ」

 なぜか東条まで慌てだし、彼女は顔を赤らめた。

「ごめんなさい。渡良辺さんのせいだわ。彼女のおかげで、すっかり調子が狂っちゃって」

「渡良辺?」

「今、渡良辺さんなら、わたしのこういうやり方を怒るなって思ったの。でも当たり前よね、こんなの、みんなのことを対等に見てないもの」

「対等じゃないだろ?」

 外江は首をひねった。

「対等じゃないよ。この件に関して東条は、見える世界が俺達とまったくちがうじゃん。それを俺達に合わせて、東条ができる最良のことをするなっていうのは、当初の目的からズレてるよ」

 もともとは、小池のいつもの日常を取り返したかったのだから。

「東条だって本当はわかってるんだろ。だから渡良辺に非難されるのがそんなに悲しくても、この方法をとったんだろ?」

 伊草や外江に、できることはなかった。というより、なにか目立つことをして犯人の注意を引くことを、東条が防いでいた。

「犯人を直接、怒鳴ったり殴ったりして脅したって、返り討ちにあったり、逆恨みされたりするかもしれないもんな。最初はぴんとこなかったけど、だんだんわかってきた。東条のやり方」

 不謹慎ではあるが、おもしろいと感じる気持ちがあった。自分達は犯人を知らない。だから東条は、行動から少しずつ要素をしぼっていき、そして彼の意識を一気に自分に引きつけた。さきほど東条が犯人にまくしたてた内容が、彼の心理にすべて合っていたとは外江は思っていないし、もちろん東条もそうだろう。それでも、必要だったのはきっと、犯人の領域に踏み込み、恐れさせることだったから、あれで十分だった。

「すごいな、東条。尊敬した」

「すごくなんかないわ。小さい頃から、ずーっと彼らのことを考え続けてきたんだもの。彼らに捧げざるを得なかった時間の代償がこんなのだなんて、誰もうらやましくないでしょう」

 自嘲に伏せられるまつげに、外江はうなずく。

「確かにうらやましい境遇じゃないな。ずーっと変なのに狙われ続けるとか」

「……自分で言っておいてなんだけど、今ちょっとむっとした。外江君のおだやかな境遇、わたしは妬んでもいいと思うんだけど」

「認められたら腹立つようなことなら言うなって。俺は運がよかったんだと思うよ。まわりに恵まれてた」

「そういうふうに、さらっと言ってしまえるところが外江君の強みなのかもしれないわね」

「小池を助けたのは東条だよ。かっこよかった」

 東条は目を丸くする。それから赤くなった頬をおさえ、眉をひそめる。

「こんなところ見られたら、わたし、渡良辺さんに絶交されちゃうと思うんだけど」

「渡良辺もそう思ってると思うよ。乱暴モノだけど、本当は公平なやつだから」

「……そう、かな?」

 急に素直になった視線に、外江のほうが驚く。

「東条、渡良辺のこと好きすぎない?」

「そうかも。わたし、外江君のライバルになりたい」

「なに言ってんの」

 笑った東条はふたつ年上には見えず、外江は苦笑した。


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