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その33.中間考査(6)

 小池が学校を休んだ。出欠で小池の名が呼ばれなかったところを見ると、すでに担任に連絡がいっているらしい。朝のHRが終わり、担任が姿を消すや伊草は外江を睨みつけた。

「なんでああいうメールをよこした翌日に休んだりするわけ?」

「……ま、怒るなよ」

「怒らいでか。心配すんなとか言うならちゃんとしろっつーの、ああ、くそ。机蹴ってもいいですか」

「およしなさい」

 しかし結局苛立たしさに任せて机を蹴る。じゃあ聞くなと、外江は肩をすくめる。

「伊草、俺、メールしていい?」

「俺に許可求めないで下さい。……そうして」

 憮然としたまま、椅子にもたれて天井をあおぎ、両手を目にかぶせてふてくされる。苦笑しつつ、外江は携帯を出してメールを打ち始める。小池どうした? 心配してる。

「伊草君、外江君」

 ふたりの席の前に、東条がやってくる。

「今、聞いてきたの。小池ちゃん本人から、風邪を引いたって電話があったんだって」

「本人から?」

「ええ」

 本人が電話してきた、ということには一応の安堵を覚える。

「じゃあ、返事返ってくるかなあ。今メール打ったんだけど」

 送信を終えた携帯を見る。しかし、授業がはじまっても、小池から返信はなかった。


 昼休み、阿久津と3人で、早買いしておいたパンでだらだらと昼食をとる。伊草は不機嫌で、言葉少なだった。そしてその主な被害は、事情を知らず幸せそうにパンにかぶりつく阿久津にいく。

「あれ、俺のヤキソバパンどこだろ」

 ほらよ、伊草がソースのついたロールパンを渡す。

「は? は!? 信じらんねえ、ヤキソバだけ食いやがったの!?」

「パンも食って欲しいなら食ってやるが」

「ふざけろ、ぶぁっか! あそうだ伊草おまえ自分でもヤキソバパン買ってただろ、それよこせよ!」

「大変おいしく頂きました」

「それも食ったの!?」

 伊草はしれっとメロンオレを吸い上げる。当然の怒りになおも怒鳴りかかろうとした阿久津の肩を外江がぽんぽんとたたく。

「とのぉっ」

「俺のフレンチトーストやるから。な?」

「フレンチトーストも大好きだけどっ、ヤキソバパンっ、メインっ」

 涙目で訴えてくる。ちなみに外江のメインはカツサンドで、すでに食べ終えている。

「んじゃコンビニ行くか? なんか買ってやるから」

「とのー!」

 主食系のパンの売り切れは早い。こんな時間ではもう購買には売れ残りばかりだ。立ち上がって財布をポケットにねじこんだところで、携帯がメールの着信を報せた。

 送信者が小池と見るや、外江は急ぎメールを開く。渡良辺ちゃんに会いたい。

「渡良辺ぇ?」


「外江君!」

 昼休みも半ばを過ぎた頃、指定した裏門に渡良辺と東条がそろって駆けてきた。

「なんだ、仲良くなったの?」

「そんなわけないでしょ!」

 ぐわっと歯を剥く渡良辺に東条は傷ついた顔を見せる。

「渡良辺さん、そんなに強く否定することないじゃない」

「東条さんが食堂のテーブル、ひとりで占領してるから悪いんでしょ!?」

「ちょ……! ちょっと渡良辺さん、お願いだからっ!」

 顔を真っ赤にして、東条がわたわたと半端に手を伸ばす。ちらちらと外江と伊草を見ながら。

「食堂? なんなの?」

「聞いてよ外江君、今日久しぶりに小林とタケフジと食堂いったんだけど、このひと、混みまくりの食堂で4人テーブルをひとりで使ってんの」

「ちがうのよ、並んでいるうちにひとりがけの席が埋まってしまって!」

「で、このひとのとこ、だーれも相席しないの。うちらが注文して並んでる間も、ずーっと。席ないひといっぱいいるのにだよ」

「渡良辺さん、そういうこと、言わないでっ……」

「赤くなるなっ、卑怯者ー!」

「卑怯って、どうして!?」

 渡良辺の憤慨する理由が本当にわからない東条は悲壮に尋ね返す。が、渡良辺は絶対言ってやるものかとばかりに卑怯者とただ繰り返す。まあ赤くなっておろおろする東条はずいぶんとかわいいわな、と外江も珍しいものを眺める。

「それでうちら3人だし、しょーがなくこのひととお昼食べてたわけ」

 なるほどね、と納得したところで、ようやく驚いてあっけにとられている伊草に気づく。

「伊草?」

「わんわん、おまえすげーな」

「は? てかおまえって言うな」

「って、やべえ時間ないんだった」

「聞いてんの!?」

 聞いていない。伊草はわめきだす渡良辺を無視して、話を切り出す。

「今日、小池が休んでるんだけどさ」

「なんで!?」

 昨日なにかあったのかと、渡良辺が声を荒げる。

「わかんねえ。とのがメールしたんだけど、さっき返ってきたのが、『渡良辺ちゃんに会いたい』だったの」

「わたしに?」

 伊草がこくりとうなずく。

「つうわけで、わんわん、おまえ学校終わったら来てくんね?」

「ていうか、ふたりはなんでかばん持ってるの」

 目ざとく、渡良辺は外江と伊草の通学かばんを睨む。

「……まあ、どうせ6限、LHRですし」

「わたしもかばんとってくる」

「わんわんまで授業サボることないだろ」

「小池ちゃんが呼んでるのはわたしでしょ。すぐ行ってあげたいもん」

 言うや、校舎へと駆け出していく。

 外江と伊草が顔を見合わせていると、しばらく思案していたらしい東条が顔を上げる。

「わたしはあとから行くわ。それでね、伊草君外江君。ちょっと大変だと思うんだけど、今日行くときに小池ちゃんの最寄駅は使わないでくれる?」

「どういうこと?」

「もしかしたら犯人が見張ってるかもしれないから。やりたいことがあるの」

 言うなり、東条は携帯を取り出してどこかへ電話をかけ、歩いて行ってしまった。ふたりはもう一度、顔を見合わせた。


 ひとり、渡良辺は小池のアパートの階段を駆け上がる。一直線に小池の家のドアを目指し、チャイムを鳴らす。

 すぐに出てくるものと思った小池はなかなか姿を見せなかった。人の気配はするのに、思ったところで、このドアは渡良辺の家のものよりもずいぶんと薄いことに気づく。結局ドアは、唐突に開いた。

「渡良辺ちゃん!」

「あ、小池ちゃん、こんにっ……」

 ちは、は強引に腕を引っ張られたため間抜けて空気に消える。渡良辺を部屋に連れ込むや小池はドアを閉め、鍵をかけた。

「渡良辺ちゃん、渡良辺ちゃん」

 小池にぎゅうと抱きしめられ、渡良辺は目を白黒させる。どうしたの、と聞くには、小池が泣きやむのを待つほかなさそうだった。小池になにがあったのか想像すれば腹が立ったが、しかしそれはそれとして、小池ちゃんやっぱり胸大きいなあと渡良辺は複雑に眉をひそめた。


「渡良辺ちゃん、この時間ってことは、6限サボって来てくれたんだ。ごめんね」

 正確には5限からサボっているわけだが、東条の指示通り小池の最寄り駅ではなくもうひとつの駅を使ったらずいぶんと遠回りになってしまった。

 小池からゆうべの件を聞き、渡良辺は軽く見ていい事態ではなかったのだと危機感を覚える。けれどそのあと、こう思うのは今自分ひとりが小池の話を聞いているせいかもしれない、とも思った。頼られてみてわかる。友達にせまる危機の大きさを正確にはかるなんて自分にはできないし、とりあえずでやってみるには、そこにかかる責任はとてつもなく大きいものだった。腹立たしいが、筋違いだと断じた伊草の不安を今、渡良辺は味わう。なにをしても足りないような、なにをしても大げさのような。

「帰り、もう自転車でも帰れない、し、ていうかあいつ、自転車であたしのこと待ってたってこと?」

 ジャージ姿のまま、小池はひざをかかえて顔をうずめる。もういやだ、と小さなつぶやきを渡良辺の耳は拾った。かける言葉が見つからない。口に出せたのは必要なこと。

「小池ちゃん、外江君と伊草も来てるんだ。この近くのファミレスで待ってるの」

 ぱっと小池が顔を上げる。青ざめていた顔に赤みが差したことにほっとした瞬間、小池が立ち上がる。

「あ、あたし、着替えてくる」

「ふえっ?」

 その反応なの? そそくさと服を選び出す小池にあっけにとられる。渡良辺にかまわずスパパパッとジャージを脱ぎ出し、自分とはずいぶんな違いのそのプロポーションを見たところで渡良辺はくるりと背を向けた。

「えっと、じゃあ小池ちゃん、わたし、このことふたりに伝えておくね?」

「あ……うん」

 歯切れは悪いが了承にはちがいない。渡良辺は外江に電話をかけた。そして今度は外江に、東条にその話を伝えるよう言われ、渋々従う。といっても、本当はもう、そこまでいやなわけではないのだけれども。

 東条はいくつか質問をしてきたので、小池に確認しつつ答えると、そう、と少し沈黙した。それから、小池は制服に、渡良辺は小池の私服に着替えて次の電話を待つよう指示を出した。

「東条さん、どうするつもりなの?」

「犯人に接触しましょう。事態を長引かせたところで、こちらには一切得がないもの」

 聞いてみれば、つまりは小池を囮に犯人を捕まえよう、ということだった。そんなことして大丈夫なのかとあわてた渡良辺や外江や伊草の質問に、東条はすべて速やかに回答をつけた。もっとも時間がかかったことといえば、東条と小池の電話。小池はまだ及び腰で、でも、でも、と電話口で力なく言い返していたのだけれども、不意に思いがけず息を飲んだかと思うと、そのあとからは力強くうなずきはじめた。渡良辺には東条がなにを言ったのかわからなかったけれども、小池の目に浮かびはじめたのは怒りだった。


 そこからは、まるで一息だった。別の路線を使い、いつもの最寄り駅から制服の小池が家へ帰る。犯人は勤勉に姿を現し、小池をつけはじめた。狭い路地まで入ったところで、外江達を引き連れた東条が彼に声をかけた。

「こんにちは。少しお話をしませんか?」

 走って逃げようとしたところを、東条が足を蹴り飛ばして転ばせ、阻んだ。

 場所をファミレスに移し、通路側の席に彼を、そのとなりに東条の兄、向かい合って東条と伊草、そして外江。ふたりの慣れないスーツの慣れない変装も、堂々とした東条の兄、そしておとなびた私服の東条と並べば不思議となじんだ。

「あんた達、なんなんだ。警察か」

「いえ、個人です。東条由布子と申します」

 ぺこりと頭を下げる。警察だと言ってくれたほうがまだ正体がわかったのにと言わんばかりに、彼はさらに警戒をあらわにし、じりじりとファミレスのソファに背を逃がす。

「用件に入らせて頂きますね。小池葉澄さんへのつきまとい行為をやめて頂きたいんです」

 彼は答えない。異常にまばたきを繰り返し、口をもごもごと何度も噛み直す。

「先ほど申し上げましたが、わたしは警察ではありませんし、小池さんはまだ警察にこの被害を訴えていません。ここでやめて下されば、小池さんはこれまでのあなたの犯罪行為を不問にするとおっしゃっています。彼女はあなたを罰することではなく、平穏な生活を望んでいます」

「じゃあ、やめるよ」

 ぱっと、声のトーンを大きくして彼は答えた。

「やめるやめる。もう近づかない、関わんないよ」

 こくこく、何度もうなずいて言う。不快に伊草は表情を歪めた。外江もまた、ひどい不快をかきたてられていた。

 東条はうれしそうに微笑んでみせる。

「話のわかる方でよかった。それじゃ、なにか身分を証明できるものを出して頂けませんか?」

「ああ?」

「念のため、控えさせて頂くだけです。あなたがもしもまた同じことを繰り返したら、そのときは、警察に訴えさせて頂くということで」

 財布からさらに交通免許証を取り出して東条は男の前に置く。

「わたしの身分証明書もお見せします。必要なら控えをとってくださってかまいませんよ」

「……今は、持っていない」

「大丈夫ですよ、ご自宅まで戻られても。ご一緒させて頂きます。もしこれからご予定がおありなら、それが済むまで待つ準備もあります」

 男の呼吸が早まる。

「…………」

 男の目線が泳ぎだし、ちらちらと隣の東条の兄に走る。力んですくめられた肩はかすかに震えて、脂汗がにじんでいる。

「これは、きょ、脅迫、だ」

 東条は笑みを崩さない。

「あのメールはおかしかったわね。あなた、いざとなったら言い逃れるつもりだったんでしょう? 『携帯見ちゃった、かわいい写メだね』……あれなら誰にでも書けるし、携帯を盗んだ証拠にならないものね。実際、盗んでいないんでしょう? 家宅侵入もしていないし、学校に忍び込んでももちろんない」

 携帯を取り出し、転送したメールを画面に映し男に見せる。

「もし警察に訴えられたときに、軽微な被害っていうことで済ませようとしてたのよね? 小池ちゃん本人に危害は加えない。ただうしろを歩いていただけ。別に、小池ちゃんに恨みがあったりとか、小池ちゃんが好きでしょうがないとか、そういうことじゃないのよね。ただ、彼女がこわがればそれがおもしろかったんでしょう?」

 男はうつむいたまま、顔を上げない。

「誰でもよかったのよね? きっと他にも候補が色々いたんでしょう? それでも彼女を選んだのは、彼女の家のせいよね?」

 調べていくうちに、小池の家の内情を知る。

「女性3人だけの家。お母様は夜に仕事に出かけられて、妹さんはまだ幼い。あなたより弱い人間しかいないんだもの」

 微笑む声に、軽蔑。

「楽しかった? でも、小池さんはがんばって気にしないようにと努めていたから、そのうちつまらなくなってきたのよね? だから、あんなメール打っちゃったのよね? どう、当たってる? ちがうなら反論してくれてもいいのよ。別にわたし、あなたの真実も心のうちもまったく興味ないけれど」

 テーブルに細い指先を落とす。爪が、こつっと高い音を立てる。

「さっきも言ったけれど、わたし達は警察じゃないの。この意味がわかる? 警察は法のもとあなたを扱うけれど、わたし達はわたし達のルールで動く。あなたが法の外にいこうとするのなら、場所を同じくして応じるわ。そうね、たとえば、法が騒がない程度であなたにずっと恐怖心を与え続けるとか」

 あなたが小池さんにしたことよ。ささやくようなその言葉を聞き、外江はこの男のしていたことをようやく理解する。

「顔を上げなさい」

 びくりと震えて、男は命令に従う。

「法律の抜け穴でも気取ったつもりなんでしょうけど、どうせなら法律に守られない恐怖も知っておきなさい。身分証を。再犯しなければなにもしないわ」

 震えながら、のたのたと男は免許証を出した。東条は免許証番号を携帯に打ち込み、カードの全体像と、顔写真のアップを撮影する。

 東条はまた、微笑んだ。男をフルネームで呼ぶ。

「終わりました。お疲れ様」


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