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その29.中間考査(2)

「とのは、ストーカーとかついたことないの?」

「俺?」

 これって俺がお茶とか出すものなのかとぼんやり考えていたところで突然振られ、外江はとっさに自分を指した。

「ないなあ。知らない子が突然家に訪ねてきて告白とかなら」

「でたでた王子エピソード……てか、よく考えるとそれもびびんない? 相手、おまえの家調べてるってことじゃん」

「あー、そうなるね。でも別にびびるほどでも。複数でおしかけられたときには、ひとりずつにしてくれない? って言ったけど」

「それでいいんだ……?」

 首をひねる伊草。東条がこらえきれずという感じで口元に手をあて、再び小刻みに肩を揺らす。

「変かな」

「ううん。外江君って、本当におもしろいひとね」

「アリガトー」

「それじゃ、本題に入ろうと思うんだけど」

「本題?」

 まばたきをする渡良辺を見て、東条は話していないのかと伊草に視線を投げた。それをそらしつつ、伊草は頬をかく。

「あー、とさ。小池のことなんだけど、外江はもちろんとして、わんわんにも聞いておいてほしいことがあって。あいつストーカーのこと、他の誰にも話さないつもりらしくて」

「それはもちろん、いいけど。東条さんはえっと、どんなつながりでここに? あと、小池ちゃんまだ来てないのにはじめちゃうの?」

「いや、小池は呼んでないし」

 渡良辺は眉をひそめた。

「なんで? 小池ちゃんのいないところで小池ちゃんの話をするとか、わたし嫌だ」

 一気に不穏な気配を漂わせはじめる彼女の背に、外江は軽く手を添える。

「もう少し聞こ。伊草も東条も、小池のために、小池のこと考えて今話してるはずだし」

 少し不満そうに外江を見上げたものの、口を閉じる。

「フォローするふりしてさりげなくプレッシャー与えんの、やめろよな……」

「ぼそぼそ言うなよ伊草。聞こえないな」

 にっと笑う外江に伊草は不愉快を示してから、表情を少しばかり引き締めた。

「えーと。知ってると思うんだけど、小池にストーカーがついてることは確定っぽいのね。あいつのモーソーじゃなくて」

「火曜のメールの件だよね? 小池ちゃんが先に帰った日の」

「そうそう。わんわんがすっころんでおひざにバンソーコーの日」

「うるさい黙って先を話せ」

「いや、そんな器用なことできないし」

「そうだな、黙ってたら話せないな」

 渡良辺は外江に肘うちを喰らわせた。伊草には残念ながら届かない。

「まあそれで俺、チャリのことも含めてまず貝ちゃんに相談したの。で、親と警察に話しておけって言われたんだけど、小池のやつ、親はともかく警察は絶対にいやだって言ってさー」

 外江は、その小池の判断をどう思っていいのかわからなかった。携帯をのぞき見られた、帰り道をついてまわられる……並べるとこんなところだけれども、どこからが警察の介入すべき、それともさせるべきボーダーなのか。

「警察に話しておけって、こういうのってやっぱ、警察に任せたほうがいいの?」

「これはわたしの意見だけど、任せるというより、エスカレートしたときのための準備、って感じを考えてる。実際に起きている事実と、怖い思いをさせられているって事実を先に伝えておくほうが、いざ警察の力が必要だってときにスムーズにことが運ぶはずでしょう。もしそれでも動かないとしたら、わたし達は知っておくべきだしね。彼らには頼れないんだって」

 新聞やニュースで見るような、警察の怠慢や無能によって至った痛ましい事件を思い出す。そういった面だけを信じるつもりはないけれど、溢れる情報の多くが、警察というものは自分達ともストーカーともちがう立場にあり、絶対の味方ではないのだと伝えてくる。

「でもまあ、小池ちゃんの気持ちもあるし、まだ警察は置いておいてもいいかもしれない。犯人のしたことって、あとをつけるのと、迷惑メールを送ってきたことだけだし」

「携帯盗んだろ? 盗んだっつうか、勝手に見たっつうか」

「それなんだけど、わたし、犯人は小池ちゃんの携帯を盗んでいないと思ってるの」

「え?」

 一同、きょとんと目を見開く。

「触れてもいないんじゃないかなあ」

「どういうこと? 委員長、小池の携帯の指紋でも調べたの」

「そんなことしてないわ、まだ。あのメール、見ちゃった、かわいい写メだねってあったけど、なにかおかしいと思わない?」

 なにがおかしいのか、外江にはさっぱりわからない。おそらく伊草も渡良辺も。

「小池ちゃんを怯えさせるなら、なになにの写メが……とか、実際に見ないとわからない具体的な情報を入れたほうが効果が高いでしょ。それをぼかしてるあたりが、なんていうのかなあ……」

 あごに指を添え、少し言葉を探す。

「わたしね、あのメールを読んで、女子高生ならかわいい写メを撮ってるだろ、こう書けば怖がるだろうって思ってる、そんな印象を受けたの」

 印象。外江にとって相手は「ストーカー」だが、しかしどうも、相手は人間らしいのだと今思い当たった。

「正直、勘って言うしかないんだけど。この犯人からは、あんまり、でたらめな執着を感じないって言うか、どことなく普通のひとの理性や保身を感じる」

「その勘ってあてになるの?」

 突然ずばりと切りつける渡良辺に外江のほうが驚かされた。東条も驚いた顔をしたが、なぜかおもしろそうに笑う。

「もちろん、可能性を勘だけで絞って動いたりはしない。ただ、携帯を盗むのってかなり難しい。小池ちゃんはほとんど携帯を手放さないし、使う頻度から言っても手元からなくなったらすぐに気づくでしょう」

「うん」

「家に侵入するにしても、小池ちゃんが確実に携帯を手放していて、かつ隙のある時間なんて、深夜くらいよね。でも小池ちゃんのお母様は深夜のいつに帰宅されてもおかしくないし。学校で盗もうとしても、ロッカーがあるわ」

 体育や移動教室のときは、ひとりひとりに当てられた小さなロッカーに貴重品を閉まって、鍵だけを持っていく。

「学校関係者だったら可能かもしれないけど、その場合今度は尾行が難しくなる。小池ちゃんの帰る時間に一緒に帰らないと、最寄り駅から自宅までの尾行に間に合わないもの。もし可能な人物がいるとしたら、かなり絞り込めるでしょうね」

 どうすれば小池の携帯を盗めるか。外江は試しに自分で考えてみた。携帯はもしかしたら盗めるかもしれないが、やはりそのあとの尾行がずいぶんと難しい。自分達は制服を着ている。小池は帰宅部で帰りも早いし、悠長に着替えに時間をかけていればあっというまに見失ってしまいそうだ。

「あれだな。ひとひとりの行動をずっと見張るのって、難しいんだな」

 学校であれ職場であれ、たいていの人間は自分の時間を制限されながら生活している。

 東条が外江の言葉に深くうなずくのを見て、ふと気づく。

「ひょっとして、小池が中学生のときのストーカーと同じだって見てる?」

 彼女はまばたきをしてから感心したように笑った。

「ええ。一年半以上あいだが空いた理由は思いつかないけど、ちがう人間が同じ手口をやるより可能性は高いと思ってる。それにそのほうが、あのメールについて納得がいくのよ」

「なんで?」

「携帯を盗んだんじゃなくて、気長にゴミを抜き続けて番号を調べたんだと思うの。もちろん、なにか他の機会で知ったのかもしれないけどね」

 え、でもと伊草が口をはさむ。

「それ、明細とかだよな? どうやって番号特定したんだ。俺あいつと同じ機種だし家族サービスだけど、番号だけで個人名ないよ」

「高校生割引のかかっている番号でわかると思うわ」

 もし母親が複数機使用していたとしても、高校生の割引と小学生の割引で小池と妹の番号は区別がつくだろう。

「小池ちゃんに確かめたんだけど、明細はだいたい三ヶ月ごとに捨てていて、今月捨てるはずだったんですって」

「じゃあ、最近のはまだ捨ててない?」

「ええ」

 ゴミから抜いたと仮定するなら、ストーカーが小池に目をつけたのは少なくとも三ヶ月以上前ということになる。

「そうなると、校内の人間の可能性はかなり低くなるか」

 今度は、伊草がうなずいて返す。

「それに小池のやつ、あれで顔広いしな。一瞬とはいえストーカーの顔見てて、全然覚えがなかったって言ってるんだから、そこからも可能性は下がるだろ」

 外江はふと、そうならいいと思った。もしこの先犯人が見つかったとして、同校の生徒や関係者だったら、小池にとっての学校というスペースを著しく侵す。できれば、なんの関係もない第三者であってほしい。そこまで考えたところで、改めて警察をいやがった小池の気持ちに近づいた気がした。こんなかたちで目立つことは、彼女を傷つけるばかりなのではないか。伊草を見る。

 やっぱりこいつは、小池にとって一番いいかたちにしてやりたいんだな。珍しく外江の視線に気づかないまま、眉間のしわを消さない渡良辺に懸命に話しかけている。外江は正直これまで、自分達でなんとかしようとする姿勢に抵抗を覚えていた。でも、自分達までで解決できるのなら、それがきっと小池の望む最善だ。

「だからー、俺は基本、これに関わることの全部を外江に話しときたいし、小池にもなんかあって俺に連絡できないとき、外江に連絡するよう言っておきたいわけ」

「わかったってば。それさっきも言ったでしょ、一回言われればわかるよ」

「別に、とのと小池のあいだには、なーんもないからな? そりゃ小池はとののこと好きだけど、とのからはさっぱりなんの矢印も」

「そういうこと言う、普通!? あんた頭おかしいんじゃないの!」

「じゃーなんでそんなムスっとしてんだよ。俺、内側に不安抱えたままでコトにあたんの、やなんだよ」

 伊草はこれで、外江よりもはるかに繊細で、周りに気を遣う性質だが、そういった部分は彼の目指すスタイルとは外れているらしく、普段は周囲に興味などないと言った態度をとる。それなのに今、渡良辺の抗議顔に食い下がったのは、できる限り万全の姿勢を保ちたいからだ。伊草も不安なのだと外江は受け取る。

「っていうか、そんなこと考えてもなかった。そういうとこまで気ぃ回すとか、きもい」

「きもいとかさらっと言うなよ! おまえほんとひどいやつだな!」

「渡良辺、言いすぎ。気、回させてんの、渡良辺でしょ」

 口を挟んだ外江を見ず、伊草に言い返す。

「確かに不満はあるけど、小池ちゃんのことで協力しないつもりなんてないから。それでいいでしょ? それとも、あたしは常にニコニコしてないといけない?」

「まあ、俺は渡良辺の笑った顔もふてくされた顔も好きだから、表情は多彩な方がいいかもしれない」

 渡良辺が咳き込む。

「外江君!」

「渡良辺はなんか考えてて、それでその態度なんでしょ? でも、歩み寄ろうとする相手になんの窓口も開かないのって乱暴じゃない。そこまで伊草が嫌いならしょーがないけど、それならいっそ、そうとはっきり言ったほうが伊草としても動きやすいよ。それじゃ、小池のために動くって共通の目的にも支障きたす」

「いや、俺はそこまで心底嫌いですって言われる覚悟、なかったんですけど……」

「男なら腹ぁくくれ!」

「そりゃ他人事だよなおまえは!」

 東条は顔をうつむき、肩をふるわせている。

「さあ、渡良辺。どーんと」

「外江君は……」

 恨みがましいジト目を向けてくる。やや本気の怒りをにじませて。

「わたしが外江君の思い通りにばっかりさせられて喜んでるとか、間違っても勘違いしないでね」

「渡良辺が負けず嫌いなのはよく知ってる。あとでよく話し合おう」

「絶対いや。結局丸め込むつもりなの、見え見え」

「おまえらの会話って、いつもそんなギリギリなの……?」

 一歩か数十歩引いた顔で、伊草は恐ろしいと首を振る。

「ま、言うも言わないも、最後は渡良辺さん次第だけどね」

「言うよもう。言ってもしょうがないってか、わたしが言うことじゃないと思ってたから黙ってただけだし」

 伊草が小さく喉を鳴らす。渡良辺はそれに一瞥をくれてから、東条を見た。

「伊草と、あとこの東条さんが気に食わない」

 わーそらまた、確かに言ってもしょうがないことを。外江は余計なことをしたかと、一瞬自分の行為を後悔した。

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