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その28.中間考査(1)

 なんでこんなことになったんだろう。

 脱いだコートを手に、私服姿の東条が玄関で微笑んでいる。

「こんにちは。今日はお招きありがとう」

 違和感は十分ながら、こうなったものはしようがないと持ち前の切り替えの早さを発揮し、外江は彼女に家の中を示した。

「どうぞ、あがって」

「お邪魔します」

 一礼し、東条は靴箱に背を向けるようにかがんで靴を脱ぐ。

「伊草達、2階の客室にいるから」

 うなずいたのを確認し、外江は階段を上り、すぐ手前の部屋へ案内する。

「よ、委員長」

「こんにちは、伊草君」

 東条は、ぽかんと見上げている渡良辺にも微笑んだ。鼻を軽くこすって、外江はまず渡良辺に東条を紹介した。

「渡良辺、うちのHR委員の東条ね。で、東条。こっちが渡良辺って言って」

 そこではたと止まり、渡良辺を見る。

「友達? って言ったほうがいいの?」

「その質問をこの場で聞いてる時点で色々と終わってるから」

 ものすごい目で睨まれ、ものすごい声で吐き捨てられた。

 外江は東条を見る。

「俺は彼女って言うのが妥当だと信じてるんだけど渡良辺にはなにやらの抵抗があるらしいとそういう関係です」

「なんでこの流れでそこまでぶっちゃけるの、どういう神経!?」

「でも俺、基本的に彼女くらいしか家に入れないと思うよ。女子でも簡単に家に上げるやつだとか思われるのもイヤだし、広まっても困るし」

 青いのか赤いのかわからないがとりあえず激昂していた渡良辺が、はっきりと赤くなった。東条が吹き出す。

「ごめ……ごめんなさいね、ちょっと……」

「ほら渡良辺、笑われちゃったじゃん」

「わたしのせいなの!?」

「堂々としてればいいんだよ、こういうのは」

「もーいいから座れ、おまえら」

 伊草のうんざりした声に、4人はようやく低いテーブルに会した。


 きっかけは伊草だった。ややこしくしたのは渡良辺で、さらにねじくれさせたのはまた伊草。

 金曜、テスト二日目が終わり、気になった問いを伊草に尋ねたとき、返ってきたのは答えでなく「今日泊まりに行く」という報告だった。

「え、まさか小池ん家に泊まんの? それはちょっとアレじゃ、てっ……!」

「ちがうから。おまえん家だから」

 鋭い裏拳を胸にたたきこまれ、咳き込む。肺とか狙う? 涙目で睨むが、伊草は気にも留めず自分の憂鬱にかかりきりだ。

「早く行こ。わんわんとかもう待ってるだろうし」

「え、なに、本気? ていうかもう確定なの?」

 伊草は当たり前のことを聞くなよとそういう目をよこすと、帰りの待ち合わせ場所である多目的ホールへ向かった。

 いつも通りに小池を送り届け、帰りの電車で外江は伊草に確認をする。

「おまえ一度戻る?」

「いや、そのまま行くわ」

「最初から決めてたわけ……まあいいや。昼どうする。うち、多分誰もいないしなんもないよ」

「まっさか、とのの手料理を頂こうだなんて、そったらずうずうしいこたぁ考えてませんでよ」

「手料理とか。ラーメンとかチャーハンくらいしか考えてなかったよ、ばか」

「あ、俺チャーハンうまいよ」

「おまえ作んの? 白飯あったかな」

「なんでひとん家で作んなきゃいけないんだよ。お客様だぞ、もてなせよ」

「じゃあ言うなよ!」

 家で伊草とクッキングなんてあほらしい。外食に決定する。

 金曜は3科目で、小池を送ってもまだ一時前。期間中に泊まりに来ると聞いて驚きはしたが、外江よりとかくナーバスになりがちな伊草があえて来るというものを断らなければならないほど、困ることもない。ファーストフードかラーメン屋か、家への途中にある店を考えていると、黙っていた渡良辺がそでを引いた。

「ねえ、なんの話?」

「伊草が今日うちに泊まりに来るんだ。あ、飯食いに行くけど渡良辺も行く?」

 ここで彼女は、外江が予想したどれともちがう顔をした。怪訝に、不満を浮かべたのだ。

「まだテスト中じゃない。ふたりで勉強するの?」

 渡良辺が妙な勢いで伊草に詰め寄った。月曜以降、まだ4科目が残っている。伊草は、少し押されながらごにょごにょと答える。

「まあ、教科書は持っていくけど」

「持ってくだけだよね? 友達と勉強なんて結局勉強にならないもん絶対そう」

「わんわんと俺を一緒にすんなよ」

「勉強なんてひとりでするほうが絶対効率いいでしょ」

 伊草は口をへの字にして、渡良辺を見下ろす。

「なーにが言いたい」

「ずるい」

「は?」

「ずるい!」

「いやちょっと渡良辺さん、なに言い出すんですか」

 思わず突っ込んだ外江をにらみつける。その姿勢は、からだをやや前傾に、両手をにぎり甲を上、腕はまっすぐ下に向けてつっぱらせる、ご機嫌のうるわしくないときの彼女のそれ。

「外江君、わたしには勉強しろしろ遊びに行くなって言うくせに」

「だって渡良辺って普段してないんだろ。テスト前に遊んでて間に合うの? 俺も伊草もそうかきこむ必要ないよ」

「なにそのとんでもなくいけすかない答え!?」

「昼は一緒に食べ行こ?」

 しかし渡良辺はくちびるをとがらせ、まったく不満そうに目を伏しがちにする。伊草を見ると、困った顔で口を閉ざすばかりで、どうも外江に任せるつもりらしい。

 伊草はなにか話したいことがあるから来るんだろう。渡良辺がいてはそれは難しいだろうし、それに伊草と渡良辺が一緒に外江の家に来て来ていったいなにをするのか。伊草が遊びに来るときは、たいていどちらも勝手なことをしている。まんがを読んだり、ゲームをしたり、気が向けば勉強の話をしたり学校の話をしたり。あのだらだらの空気に渡良辺はとてもなじまない、というかなじんでほしくないと言うか。

 伊草と渡良辺の間に立たされるかたちで、正直に言えば外江は困った。彼女らしくないとも思う。

 次の停車駅が呼ばれる。渡良辺の降りる駅だ。

「いっぺん降りっか」

 伊草は返事を待たず、すいと降りてしまう。判断に迷ったまま、外江も渡良辺とともに降りる。

「わんわんなんか言いたそうだし、聞いてやれば。俺待っとくから」

「伊草」

 自販機へと離れた伊草に、気遣わせてしまったと申し訳なく思いながら、渡良辺を見る。

「どうしたの?」

 渡良辺はすっかり沈んでいた。

「ごめんなさい……わたし、帰る」

「こら。そんなの渡良辺しか納得しないじゃん。どうしちゃった? 言えない?」

 指の背で頬に触れると、眉をひそめて口をとがらせて、外江から目をそらす。

「言わない言いたくない。どうせわたしばっかりだもん」

 よくわからないながら、それでも落ち込んで悲しい顔をされるよりは、すねて甘えてくれるほうがいい。外江は少し安心して、声をやや軽くする。

「すねてるっぽいのはわかったかも。ちがう?」

 尋ねながら彼女の反応をうかがう。できるなら手を触れていたかった。そのほうがわかることが多いから。外江は、自分はどうにも、すねていじけた彼女のご機嫌を直すのが好きらしいとこっそり苦笑した。一般的に見れば変わった趣味と言えるんじゃないだろうか。

 渡良辺は当てられたいのと、当てて欲しくないのと、そのはざまで揺れ動いている。

「わかったかも。当てていい?」

 先にしびれを切らしたのは外江のほうで、うきうきとそう口にすると、渡良辺はあわててぶんぶんぶんと首を振った。

「だめ、言わないで! そうです、すねたの、だってずるい!」

「言葉通りだったんですね」

 渡良辺は観念したらしく、開き直って不満を並べ立てた。

「外江君達ばっかり楽しそうでずるい。わたしには来週まで待てって言ったくせに」

「……そんなこと言ったっけ?」

「言ったよ!? 忘れちゃったの、ひどい!」

「いやいやいや、落ち着いて。そんな怒ること? また眉つりあがってるよ」

「だって、だって、わ、わたし楽しみにしてたのに忘れちゃうなんてっ……」

「ちょ、こんなとこで涙ぐまないのっ……、来週の土曜か日曜か、家に呼んだのはもちろん覚えてるよ、渡良辺のおそらく低空飛行だろうテスト結果を見せてもらうためにね?」

「それは余計」

「っていうか、俺、待てなんて言ってないじゃん。別にテスト中でもいいよって言ったのに、渡良辺が断ったんでしょ」

「あんなこと言われてじゃあ来週ね、なんて言えないでしょっ!」

 でもそこまで不満なんだったら、言えばよかったじゃないか、こっちは本当にかまわなかったんだから。――これを言ったら絶対に手がつけられなくなるな、と外江はくちを一瞬引きつらせた。えーと。どうする、こういうときは。つまり渡良辺は、会いたい、とか、わたしも入れて、とか、言えない子だっていう、ここが重要なんだな、うん。

「渡良辺サン」

「お説教は聞かない」

「……わがまま言うのはいいけど、俺の話を聞かないのはいやだな」

 一瞬、ちりっといらついて睨みつけると、渡良辺はばつが悪そうに上目でこちらを見た。

「だって聞いたらうなずかきゃいけないもん。どうせ外江君が正しいんだから」

「どんだけ。もー、自覚があるから厄介だよね。自覚がなくて厄介なとこもあるのに」

 思わずため息をつくと、渡良辺は傷ついた顔をした。しまったな、と思う。

「そんな厄介なんだったらもうほっとけばいいじゃない」

「ソレ、見捨てられ不安ってやつ? ほっとけないよって言って欲しい?」

 渡良辺は、さっと顔を赤らめた。

「もういいっ……」

「ほっとけないからさ。そういう言い方で試さないでよ。俺は渡良辺が好きだよ」

 声を詰まらせて、渡良辺はうつむいた。

「……外江君、今、怒ってた?」

「少しね」

「ごめんなさい」

「俺もごめん。渡良辺がそんっなに俺とのデートを楽しみにしていたとは思わなくて。それも伊草に妬くぐらい、にっ……」

「…………………」

「痛い痛い痛い!」

 腕の皮を小さくつかまれた。ハチにでも刺されたような痛みに思わず声を上げる。

「無表情で暴力振るうの、やめろよ……!」

「口で勝てないなら暴力に走るしかないでしょ」

「もー、話、超脱線してるし。さすが渡良辺様だよ。ともかく、今日はだめ。……テスト期間中に伊草がうちに来るのとか、まあなんていうか、あいつ的緊急事態のはずだからさ。俺だってそうじゃなかったら、渡良辺おいて伊草をとったりなんかしないよ?」

 渡良辺は、また気弱そうなまなざしを外江に送る。

「わたし今、友達とわたしどっちが大事なのって聞くような、イタイ子な気がするんだけど、やっぱりそう?」

「残念ながら否定はできないかもしれない」

「否定してよ!」

「否定したら、俺ものすごいバカ彼氏じゃない? 彼女にダダ甘の」

 眉を寄せ、むむむと唸る。

 できるだけやさしく、名前を呼んだ。

「あさっての日曜は? 伊草は明日帰るだろうし、うちに来る?」

 渡良辺は、少し外江を見つめたあと、苦笑した。

「ううん。来週まで我慢する。外江君はちゃんとベンキョーしないとね。頭の悪い王子様なんてガッカリだもん」

「これくらいで落としたりするつもり、ないけど。それより、またそういうこと言っといてあとで不満大爆発させたりしない?」

「しないよ!」

「ならいいけど。渡良辺はもうちょっと素直になればいいのに」

「いやだよ、頭の中そういうことでいっぱいみたいでバカっぽい」

「まるでそうじゃないみたいな口ぶり……あ、すみません暴力は許してください」

「外江君ってほんと、余計なこと言わずにはいられないよね!」

 それはまったくその通りだと思う。今も、本当はもっともっと意地悪を言って、ひょっとしてこんな場所じゃなかったら泣かせてしまってもいいと思っていた。自分どうなの自分、まあ、笑って別のこと言ってればそんなこと考えてるってバレないだろうし、いいか。

 そんな外江の思惑には気づきもせず、自分のことでいっぱいいっぱいの渡良辺は、また鷹揚に腕を組み、渡良辺様になる。

「まあ、しょうがないから、今日は伊草に譲ってやることにする」

「昼飯は?」

「帰って食べるよ。もうここ、うちの駅だしね」

「無理してない? 俺、わがまま言ってもらうほうがほっとするんだけど」

「でも、一緒に行くって言っても困っちゃうでしょ? わたしも別に伊草とふたりで外江君を囲んだって楽しくないし。……来週を楽しみにして、テスト勉強でもするよ。ちょっとだけね」

 照れくさそうに笑う。そう、怒ったりいじけたりした後に素直になった渡良辺をこんなにかわいく思うから、だから俺は渡良辺のご機嫌をとるのが好きなのかもしれないなと外江は思った。意地悪な気持ちを我慢した甲斐もある、目を細めて、頭をなでた。

「いいこ」

 一瞬ぽかんとしたあと、渡良辺の顔が首まで赤くなった。

「うややややっや、やめてよ、ばかっ」

「え?」

「帰る、もう帰るっ!」

「なに、なんなの一体」

 ばっと身をひるがえして逃げようとされたので、とりあえず腕をつかんで引き止める。そんな風に去られちゃとてもじゃないが気になるだろ、と首をひねっていると、伊草がなにやってんだと声をかけてきた。

「おまえらのやり取り、どうしようもなさすぎる……」

「く、クサ! 盗み聞きとか、最低、悪趣味、よくも恥ずかしげもなく外江君の友達面したもんね、このクサ、クサ!!」

「そこまで言われなきゃいけないのかよ!? 言うことあって近づいただけだっつの、そしてクサやめろや、何度言うんだっていう!」

「おまえら声でかいよ。伊草、なに? 一応こっち話ついたけど」

「外江君、なんでそんなに普通なの、照れたりおろおろしたりしてもいいと思う!」

「そんなことしても、伊草喜ぶだけじゃん」

 伊草は、忌々しげに肩をすくめてみせる。

「ほんとひどい扱い……せっかくこっちが気ぃ遣ってやったのに」

「はあ?」

「わんわんも、とのん家来たら」

「へ?」

 はあ、は渡良辺、へ、は外江。

「でも伊草おまえ、なんか話すことあったんじゃないの?」

「別にそれは夜でいーし。お泊りですもの、寝かさないわよ、みたいな」

「キモイキモイキモイキモイ」

「うらやましいだろ、わんわん。俺が外江の寝顔とか見ちゃうから。寝言とか聞いちゃうから」

「写メ、撮って」

「……はい?」

「今アドレス渡すから。外江君の寝顔、撮って送って」

「待て待て待て待て待て」

 財布からカード(以前外江ももらった、アドレスが載っているもの)を取り出した渡良辺を止める。

「だってわたしも見たい!」

「怒った顔で言うな、必死すぎるだろ!」

「第一、渡良辺と伊草がうちに来て、なにすんだよ」

 伊草は本当にやらかしそうで、このふたりのアドレス交換は止められるものならば止めたほうがいいんじゃないか、と思う。しかし外江への悪戯も嫌がらせも心から大好きなこの友人は、結局カードを受けとりつつ、外江の問いになぜかうなずいた。

「だからもうひとり女子を呼んでみた」

「は?」

「ダブルデートってやつ?」

「はあ?」

 そうして3人でファストフードでハンバーガーを食べたあと、外江家にやってきたのは東条だった。


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