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その24.帰り道(4)

 翌日。学校が終わり、外江と伊草は、今日はまっすぐにクラスメイト達とともに下駄箱へ向かった。靴を履き替え、だらだらととりとめのない話をしつつ校門へ歩いている途中、伊草が足を止めた。

「俺、ちょっと戻るわ」

「忘れ物か?」

「そんなとこ」

「んじゃ俺も行くよ」

 同じくきびすを返した外江を、伊草は一瞬のあいだ見つめる。

「うん」

 なんだと問いかける前に、ひとりでうなずき下駄箱へ戻っていく。


 ひとのまばらになった昇降口で、伊草は靴を履き替えるでもなく、じろじろと下駄箱に目を走らせた。

「伊草、なにやってんだ?」

「ちょっくらおまえを見習ってみてる」

「はあ?」

「校内のがいいな。外江、上履きはいいから外靴脱いで持ってきて」

 そのままどこぞへと歩いていく。

「なんなんだよ」

 よくわからないままとりあえず従って追いかける。着いたのは下駄箱から右手に進み、さらに右折した廊下の突き当たり。Hのかたちに並ぶ校舎の、横棒に位置する下駄箱を、ななめから見ることのできる場所だった。

「坂口達の靴はないのに、小池の靴はあるんだ」

 坂口は、小池がつるんでいるギャル仲間のひとりだ。イメチェンをしたいまでも、小池は特に変わることもなく彼女達と仲良くしている。もっとも、髪型とメイクを変えたからといって小池からギャルくささが抜け切ったわけではないのだけれども。

「ひとりで、まだ学校に残ってるんだ?」

 伊草の昨日の言葉を、もちろん外江は忘れていない。それがなにを意味するかはわかった。昨日、通常よりずっと帰りが遅くなったのにも関わらず小池と出くわしたのは、ひとのいない時間を待っていたからなんだろう。

「先に聞いたってしらばっくれるだろうし、現場をおさえる」

「浮気現場、探偵、興信所?」

「指名手配、張り込み、刑事のがかっこいいな。とのもはらちゃんつけ回したときって、こんなだった?」

「…………」

 抗議しようとして、しかし言う通りなので憮然として黙り込むだけにした。それにつけてもはなはだ不名誉な言われよう。

「って、それじゃまさか、また17時半とかまで待つわけ? 俺の足すでに死にそうなんだけど」

 靴下ごしに廊下の冷たさが染み入ってくる。10月に入って、日の落ちる早さも、夕方以降の冷え込みも目に見えて冬らしくなった。去年に続いて夏の終わりも早く、カレンダーを一ヶ月ほどまちがえているような気がする。

「毛糸の靴下でも編めば?」

 かばんをごそごそやったかと思うと、取り出した紙袋を押しつけられた。のぞいてみると、毛糸と編み棒。

「……おまえ、編み物とか趣味なの?」

「ちがう。弟の。朝弁当とまちがえて持ってきた」

 弟ふたりのうち、片方が家庭的なことが好きだとは聞いていた。中学三年、母親よりも料理がうまく、家事の手際もいいそうだが、まさか編み物までやるとは。

「あ、編み物の本入ってる」

「ばかだぜ。好きな子に教えてって言われたから、こっそり練習するんだと」

 下駄箱から視線を外さないまま言う。それは、なんと答えればいいものか。とりあえず気の毒な気はした。

 携帯の時計を見ると、まだ16時。小池が17時半までかくれてるとしたら、あと一時間半? 外江は親指を動かし始めた。

「なにしてんの?」

「渡良辺呼んでみる」


「なんでこんなとこにいるの?」

 渡良辺は遠慮なく眉をひそめた。

「そして外江君、なにをしてるの?」

「渡良辺、毛糸ってどこにはじっこあんの?」

 やわらかいグレーの玉巻をくるくるとひっくりかえし、つんつんと適当に引っ張ってみるも、毛糸の端が見つからない。最初、ゆるく留められた紙の帯の下にあるかと見当をつけたのに、外しても他と同じ、綺麗に巻かれた毛糸の列があるだけ。

「はじっこって……中だよ」

「中?」

 手を伸ばし、毛糸を預かると、渡良辺は穴のように開いた面に指を突っ込んだ。少しのかたまりを取り出し、ほぐす。

「あ、ほんとだすごい。渡良辺、編み物得意?」

「わたしが知ってるのはここまでデス。ちっちゃいころ、編み棒に憧れてお母さんに教えてもらったけど、全然向いてなかった」

「納得」

「なんで? なにが納得!?」

「で、まずは作り目を作るんだったな。えーと」

 外江は床に広げた本をのぞきこむ。

「まさか、はじっこわかんなくてわたしを呼んだの」

「ちがうよ、また今日も17時半まで暇だから」

「暇だから呼んだの!?」

「うん。やばいなんなのこの図。意味わからん。渡良辺わかる?」

「ええ? ……んと、ていうか、最初は編み棒2本そろえるんじゃ? 絵はそうなってるけど」

「ほんとだ」

 そのまま編み物に夢中になっていくふたりを、伊草は半目で見下ろした。


 進むにつれてだんだん綺麗になっていく編み目に、渡良辺はまたも眉をひそめていた。外江はコツをつかんだのか黙々と編み棒を動かしていく。綺麗な指だなあ、じゃなくて、どうしてこんなことまでこなせるのこのひと。そう疑問に思ってから、この集中力のせいだろうか、と思い当たる。わたしは、相当好きなものにしかこんなに集中できないんだけど。

「来た」

「ん」

 外江は手をとめて立ち上がり、伊草と同じ方を見た。渡良辺も真似をしてみる。その先には、靴を履き替える小池の姿。

「小池さんを待ってたの? ……これ、待ち伏せ?」

 三度、眉をひそめる。ただし今度は、強い抵抗を覚えて。

 小池の動きは早く、小走りに昇降口を出て行く。

「あ、乗られたら追いつけないじゃねーか。走るぞ」

 伊草が駆け出す。外江は紙袋に毛糸を投げ込み、それを追った。よくわからないまま渡良辺も追うが、上靴のままだった彼女は足止めを食らう。

 小池は、自転車置き場を抜け、裏門に行かず用具置き場の裏へ入っていった。追いついた外江達が踏み込むのをためらっていると、すぐに自転車を引いて出てくる。そして、ふたりを見てひどく驚く。

「いぐっちゃん、とのっち」

「おまえなにしてんの? 昨日なんて言ったよ」

 伊草の口調に、外江はひやりとする。もともと女子にも怒り声を出すやつだけれども、いつもならうまい具合に厳しさが抜かれていて、相手を萎縮させたりその場を白けさせたりするものではない。けれど、今伊草ははっきりと苛立ち、怒っていた。彼がここまで怒っていたことに、外江ははじめて気がついた。

「昨日あんなこと言って見逃してもらったのに、今日もしゃあしゃあとチャリ通。俺の顔なんだと思ってんの。つぶしたって全然かまわないわけ? なにこだわってんの?」

 小池は昨日の貝沼に対するときのように、口とまなざしを強張らせている。

「これでもまだ言えないとか言う?」

「……いぐっちゃんが、勝手にやっただけじゃん」

 小池は伊草から目をそらしたまま、かろうじて言い返した。わざわざ伊草の逆鱗に触れるような言い草をただ気まずく聞く。

「はあ、そう。勝手にやったし恩着せてるよ。でもおまえ、あんときあのままひとりでどうする気だったの。うちのチャリ通指導の厳しさ知ってんだろ。貝ちゃんは呼ぶよ。おまえんち、親呼ばれて平気な家じゃねえだろうが!」

 止めなければ、そう思うも、伊草の前で小池をかばうことを外江はためらった。それは伊草にしたくなかった。怒りに任せた声をつづけざまにたたきつけられて、小池のくちびるがあやうく震える。

 渡良辺のサブバックが伊草の頭に直撃する。


「った……」

「小池さんから離れろ、ばか! 頭冷やせ! どっか行け消えろ!」

「渡良辺!?」

 罵倒は最後になるにつれてどんどんひどくなっている。伊草はあっけにとられて(もとい外江と小池も)、眉を吊り上げた渡良辺を見る。頭をおさえてはいるが、バッグの落ちた時の音から察するに衝撃はそれほどでもなかったらしい。精神的な衝撃はともかく。

「言えないのなんて、言えないから言えないんでしょ! それを正論ぶって責めてあんた何様だ、勘違いすんな!」

「かっ……」

 伊草の顔がさっと赤くそまる。外江は血の気が引く。なんでこんなにぽんぽん、さほど面識のない彼氏の友人に怒鳴れるんだ?

「じゃあなにが正論なんだよ。言えない事情があるから校則違反だけどチャリ使ってます、で誰がどう納得してくれんの? そんなゴネ得通るならみんなやってるっつうの。事情も知らないくせに目先だけかばわないでくれる」

「そんな話してない。正論ぶって責めるなって言ったの」

「何言ってんのか全然わかんないんだけど。ごまかしてんの」

「男の怒鳴り声がこわくない女の子なんていない」

 伊草は、ひるんだように口を閉じる。

「あんたこそなにしたいのよ。泣かせたいの?」

「そんなわけねえだろ。あほか」

「そうだよね、あたしには、小池さんに頼ってもらえなくてすねてるみたいに見えるもん。なに、好きなの?」

「渡良辺!」

 外江は渡良辺の肩を強くつかんだ。しかし渡良辺はその手を振り払う。

「だからってそんなやり方絶対許さないけどね。力になりたいんだったらそう言えば? ならせてあげないこともない」

 びりりと緊張した空気が、一瞬止まる。

「わ、渡良辺? なにその何様な発言?」

 思わず突っ込む。が、外江には答えず渡良辺は横柄なまなざしを伊草に向ける。

「あんた、小池さんとどういう関係なの」

 まったく関係ないことだけれども、この時一瞬、外江の脳裏に渡良辺姉の姿が浮かんだ。

「……クラスメイトだけど」

 伊草は、なんとも言えない顔で答える。

「わたしと小池さんは友達だから、わたしの勝ちでしょ」

 真顔で言い放つ。

 ? 外江と伊草の表情に浮かぶ。

 小池が小さく吹き出した。


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