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その21.帰り道(1)

 ぱたん。伊草は携帯をたたんだ。片手だけの、勢いを利用したその行為は少し乱暴で、持ち主のかすかな苛立ちかあせりかを表したような音を立てた。

「どしたの伊草。なんか待ってんの?」

 ボーリング場、伊草達打ち上げメンバーは2レーンを占めており、背中合わせの席だった阿久津が体をひねってのぞきこんできた。

「とのが合流するってメール寄越したくせに遅いからさ」

「迷子でも心配してんの? とのなら大丈夫だろ。伊草って実は世話焼きだよな」

「おまえは世話焼かれるのうまいよな」

「うるせーよ! やり返すなよやられとけよ!」

 阿久津にからかわれるようじゃ終わりだっつーの。げらげらと笑うと、阿久津は必死で憎まれ口をたたくものの、伊草に動揺が見られないため負け惜しみに収まる。そうこうしているうちに阿久津の番が回ってきたらしく、悔しそうに捨て台詞を残して去っていった。

 もう一度、携帯を開く。ランダム表示のバカ画像の一枚がしらっと映っている。伊草は、どのメニューを選ぶでもなくそれを見つめていた。


「印象変わったなー、一瞬わかんなかった」

「へっへへーギャル卒業なんです、小池これから知性派女子高生、目標は東条委員長なのでございますわあ」

「しかししゃべりに知性がいまいち」

「とのっちひっど!」

 軽くたたいたところで、外江のわきに隠れて小池を見ていた渡良辺ににこりと笑った。

「ども、こんにちはー渡良辺ちゃん!」

「えっ?」

 紹介される前に名を呼ばれ、渡良辺はぴくっと肩を揺らし、せわしなく目をしばたかせた。

「うわ、ラヴィ! やだかわいい!? やっぱとのっち悪だわー」

「ラヴィってなに。なんで疑問形。俺なんの容疑……」

 なぜ自分の名前が知られているのか、渡良辺が目を白黒させているあいだに、小池は自身を指差して怒涛の勢いで自己紹介を始めた。

「はじめましてーあたくし名前を小池といいまして、とのっちのクラスメイトしてます、好物イチジク趣味ダンス、部活も委員会もやってないけど、イベント時には友達とのダンスグループで参加してたりします! 最新情報としまして、本日めでたく脱ギャル、黒髪すっきりきれい系メイクにて清楚なイメチェンを果たした新生小池として、よろしくよろしくおねがいします!」

 よくもまあ口がまわる。たいしたもんだと外江は感心した。

「で、ねね、渡良辺ちゃんってやっぱとのっちの彼女さんなの? お化け屋敷来てたよね」

「ぎゃああああああああ」

 それか! 渡良辺は自分の耳をグーの手で覆い、奇声を上げた。

 渡良辺が外江と付き合っている事を自分の友人以外誰も知らないと思い込んでいたのは都合のいい願望だった。お化け屋敷の件が、あの後も人の口にのぼらなかったのは、外江と伊草の根回し、そして目撃者であるクラスメイト達の心ある判断のおかげに他ならない。阿久津曰く、まじっぽすぎて言いふらせませんでした。また2Eは、お化け屋敷でやりすぎないようにと企画段階から再三に渡って注意を受けており、東条も知らぬふりを決め込んだ。渡良辺本人がどう受け止めているとしても、限界を見せている相手をさらに追い詰めるなど、学校の文化祭という場所で認められる行為ではない。しかしそれはともかく。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「え、なんで渡良辺ちゃんが謝るの!?」

 穴があったら入りたい。自分のあの醜態をばっちりと目撃した相手に出会い、さらにその他の目撃者の存在を意識して渡良辺はいたたまれなさと自己嫌悪に襲われる。

「えーと、まあ小池は悪くないので、気にしないで……」

「そうだよっ、外江君が悪いんだよ!」

「はい、俺が悪いです。その節はほんとご迷惑をおかけいたしました」

 深々と謝られても、小池としては戸惑いつつ愛想笑いを浮かべるしかできない。

「そういや小池、お祭委員の打ち上げ行ってなかったんだな」

 小池はなんともいえない表情を作った。

「俺これから行くんだけど、一緒に行く?」

「えー、とのっち彼女おいて打ち上げとか行っちゃっていいワケ?」

「彼女じゃないよっ!」

「渡良辺ちゃん、彼女じゃないの?」

「ややこしいから黙っててくれる、渡良辺サン」

 どういうつもりかはしらないが、渡良辺が反射的に往生際の悪さを見せることは知っている。腹立ちも込めて小さな頭をてっぺんからおさえつけると憤慨したらしく外江の手を外そうとやっきになる。

「やだこのカップル、いちゃついてる! と言いつつ、若干くーちゃんを思い出しております、わたくし小池」

「遠くないかも」

「くーちゃんってなに、まさかあのなつかしの借金のCMのわんこ!? てか侮辱されたのだけはわかるよ!」

 ぷるぷるのチワワではなく、阿久津のことを差したわけだが、リーチやらなにやらで反抗が徒労に終わっている渡良辺を見て小池はけらけらと笑い声を上げた。

「渡良辺ちゃん、かわいー! くーちゃんと並べたらマジやばそう」

「で、小池どーすんの?」

 再度の質問をしたところで、先ほどは答えを濁されたのだと気づく。答えたくなかったんだろうか。伊草を避けているからか。

「やー、あたし今日は帰らないとなんだよね。晩御飯作んないとー」

「晩御飯?」

 繰り返したのは、外江からやっと逃れた渡良辺だ。小池はまたにっこりと笑い、渡良辺の頭をなでなでした。

「渡良辺ちゃんも来る? ハンバーグにしよっかなと思ってさ」

 渡良辺は驚いたようにまばたきをし、それからもじもじとうつむいた。頬がほんのり赤らんでいる。え、なにその反応?

「いきなりそんな、悪いからいいです……」

「そっか、残念。うちはいつでも歓迎なんだけどなー、じゃ、また今度来て! とのっち連れてきてもいいよ!」

「俺がおまけなんだ!?」

 なかなかどうして、あまりされたことのない扱い。いや母親にはよくされているんだけれども。外江の両親は仲がよく、こと母親は息子を邪魔者にする。

「でも、ハンバーグ好きだよ。小池さん、誘ってくれてありがと」

 照れたようにはにかむ。小池が目を見開き、驚いたように外江を見てくる。

「絶対とのっちが悪!」

「意味わからないから!」

「うあー持って帰りたい……ってもう五時じゃん。しょうがない、帰るかー」

 なごりおしそうに渡良辺をなでる。渡良辺はされるがままで、というかいやそうなそぶりをまったく見せない。

「んじゃ、またね! 渡良辺ちゃん、とのっち」

「小池、Y駅だろ? 俺もこれからそこ行くよ」

「渡良辺ちゃん送ってあげなきゃだめだよ、こんな子ひとりで歩いてたらさらわれちゃうよ。あたしならさらう」

 なに言ってんだ。呆れていると、渡良辺がぷるぷると首を振った。

「わたしが外江君を送ってきたの。プリンスをひとりで歩かせるなんてそんなことできませんもの」

「なるほど」

「納得するなよ」

 どうしていちいち、優位に立とうとするのか。見ると渡良辺はにんまりと、底意地の悪い笑みを浮かべている。こいつ。

「小池さん、今日のこと……」

「黙っといたほうがいいんだ?」

 口ごもったその先を察し、言い当てる。

「安心して、小池友達は大切にしますから!」

 渡良辺は礼を言う。小池ひとりの口に戸を立てたところでいまさらだと思ったものの、渡良辺の見せた安堵の表情に、外江はそのまま口を閉じた。


 電車を待ちながら、携帯を確認する。伊草から1通メールが入っていた。迷子でちゅかあ。語尾には絵文字のハートマーク。いらつくことこの上ない。怒りに任せて、今小池と一緒、と返信する。

「とのっち、高速だね」

 ばしばしと乱暴に文面を打ち込んでいるのをみとめたらしく、からかうように言う。

「伊草がむかつくメール送ってきたから」

 そのまま答えると、小池は少し戸惑いを見せ、そっかー、とだけ言って線路に目を戻した。

「そういや、小池のところってお父さんいないんだったよな。毎日小池がごはん作ってるんだ?」

「うん、だいたいあたし。遅くなるときは、夕飯も朝作っちゃう。妹の電子レンジ技術は日々上達しております」

「電子レンジは偉大らしーなあ。俺の母親もよくテレビであれやこれやメモしてる」

「偉大だよー、さまさま。それに、うちのおかん夜の仕事してるから、その夕食が朝ごはんになるわけなんですねー」

「あ、なるほど。なんか今、突然小池のこと尊敬した」

「ほめてもよくってよ、ほめてもよくってよ」

 口元に伸ばした指を添えつつ、はしゃいでみせる。耳慣れたメロディが流れ、しばらくあとに電車がすべりこんでくる。

 外江達には振り替え休日でも、世間は平日、月曜日。帰宅ラッシュにはまだ早いと思っていたのに、下りのせいか乗客は多かった。かろうじてひとと密着しなくて済む、ほぼ満員の電車で、外江と小池は目的の駅まで無言を保った。

 この地域で一番大きなY駅は、その電車の終点だった。降りたあと、人波に流されながら、階段をのぼる。人が空き、改札が見えたころ、小池が外江の名を呼んだ。

「渡良辺ちゃんって、とのっちの彼女、だよね?」

 横に並んだまま、表情は見えなかった。一瞬、伊草の言葉が頭をよぎる。

「うん。渡良辺と、付き合ってるよ」

 そう答える以外にない。伊草の言葉が事実であったとしても、小池からなにかを告げられたことはなかった。

「そっかあ」

 その言葉はいつも通りで、なにかを読み取ることはできなかった。ただ、おだやかであるように感じられた。

 不意に、小池は外江の前に回りこんだ。

「とのっち、小池の告白、聞いてくれます!?」

 告白と聞いてぎょっとするも、とりあえずうなずく。軽く聞けばいいか、まじめに聞けばいいか一瞬距離を迷い、いや聞いてから決めればいいと思い直したところで、腹が据わる。

「世の中、ギャルに冷たいんですよ」

「なに突然」

「でもとのっちは、優しかったんですよ。っていうか、普通だったんですよ。だっていぐっちゃんとか、初めて会ったとき、どけこの妖怪! って怒鳴ったんだよ、ありえないでしょありえなさすぎる」

「でもまー、あれは小池達が廊下占領して大騒ぎしてたからだろ」

「もっと他に言いようがあるって! とのっちならあんなこと言わないよ!」

「言わないだけで、思ってるかもよ?」

 思わずくすくすと笑うと、小池はむうと口をとがらせた。

「とのっちはそんなことない」

「買いかぶってるよ」

 小池の言い分が幼く聞こえ、思わず目を細める。ああいうときに怒鳴る伊草の気性を好ましく思っていることもある。

「だけど、あたしはとのっちのおかげでクラスでも楽しくやってけてるんだよ」

「そうなの?」

「そうだよ。とのっちが、あたし達を『アリ』にしたから、みんなもあたし達を『ナシ』にしなかったんだもん」

 小池の表現はずいぶんと彼女流だったので、外江はなんとなくのニュアンスでしか理解できなかった。それにしても、やはり彼女の言っていることは買いかぶりに聞こえる。

「ほんとだって、クラスで一目置かれてるひとって、そういう力があるんだって。とのっちはそういうのあんまり関係ないだろうから、感じたことないかもだけどさ」

 そう言われると言い返したいような気になるものの、少々言ったところで小池の思い込みは崩れそうになく思え、外江は口をつぐむ。

「とのっちが、のほほんとしてくれてるから、うちのクラスって仲良しなんだよ」

「別に、誰も好き好んでギスギスしたくないだろ。高校生にもなって」

「甘いよ甘い! 甘すぎる!」

 ぶんぶんと首を振り、全力で否定される。

「……でも、とのっちのそういうとこが、いいんだろうなあ」

 ふにゃっと表情を崩し、笑う。笑っているのに、今にも泣き出しそうに見えて、外江は胸をつかれた。

「今もさ、電車で、混んでるとこあたしのことかばってくれてたよね。前もそうだった」

 かばったと言われても、ただ少しばかり空いているほうを小池に譲っただけだ。そして、勢いのつきやすい進行方向に立った。それだけ。

「たいしたことしてないよ」

 小池は少しぎごちなく顔を歪める。わからないだろうなあと、その表情は言っていた。

「あたしさー、とのっちといると、ちゃんとしなきゃっていつも思ったんだよ。とのっちはあたしをちゃんと扱ってくれるから、あたしもちゃんとしなきゃーって、……うまく、言えないんだけどさ」

 これは確かに告白なんだと感じた。小池にとって、自分は思った以上に大きな存在だった。わかりやすい恋のかたちをしていないだけに、どこか純粋に見え、ささやかな衝撃が外江に訪れる。小池を軽んじたことは一度もないが、それでもただの友人のひとりを超えたことはなかった。

「だからなんだってことはないんだけどね! なんか、伝えておきたいなあって思ったんよ。そう、彼女いるって知ったからだなあ、だってそうじゃないと、なんか愛の告白みたいじゃん?」

 照れたように頭をかく。

「それにほら、やかましーギャルに言われても困るよねって、説得力ないし。脱ギャルしたから言えたんだな、ならいぐっちゃんに感謝しないとかなあ」

「伊草に言われたから、脱ギャルしたの?」

 口をすべらせたらしい。小池はぱっと顔を赤らめた。

「そういうわけではないんだけどもぉ……って、ちがうから。ちがいますよ。小池、そろそろ将来をまじめに考えたりとかしたからでありましてね」

「ほー、それは感心」

「……なんか、聞いちゃったりしてる? とのっち?」

「似合ってるよ、それ」

 情けない顔で、小池は唇をかむ。

「うそだあ、ちょー地味でしょ。この一重で細い目、だいっきらいなんだよね」

「そう? かわいいと思うけど」

「よく言うよお、渡良辺ちゃん、ばっちり二重でかわいいじゃん」

「でも、俺が渡良辺の顔を知ったのって、好きになったあとだよ」

「へ? なにそれ、どういうこと?」

「まー、詳しくは本人から聞きだして。俺が話すと怒りそうだから、あのひと」

「う、うん」

 構内のアナウンスが、時間の流れを告げる。

「そろそろいこっか」

「うん。聞いてくれて、ありがとね!」

 また明日、学校で。手を振り、別々の降り口へ歩き出す。

――でもあいつも、おまえのこと好きなんだぜ。

 伊草は、小池のこの気持ちを正しく知っていたのだろうか。知っていたのかもしれない。以前まで、小池はあれほど伊草に頼っていたのだから。

 外江から、ふたりに言う言葉はないけれども。

 携帯を取り出し、別れたばかりの小池にメールを打つ。

 かわいいよ。自信持て。

 携帯をたたむ。これ、渡良辺が見たら、妬いたりするのかな。それでも、今は小池を応援したい気持ちが、強く外江の中を占めていた。


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