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その2.睡眠不足の消しゴム

「との、おはよってなにそのあくび」

「消しゴムが予想外に長くて……」

「は?」

 ぐったりと机につっぷすプリンスの意味のわからない返答に、伊草は顔をしかめる。

「伊草。消しゴムってどんなの使ってる?」

「消しゴム? 普通のだけど」

「でっかいの? ちっさいの?」

「どんなんだったかなんて見ないとわかんね」

 伊草は付き合いよくカバンからペンケースを取り出し、中から消しゴムを出した。有名メーカーの、親指より少し大きい程度のものだった。

「俺とおんなじようなもんだな」

「これがなんなの」

「どれくらい使う?」

「どれくらいってなによ」

「なくなるまで使う?」

「あー俺は半分くらいで換えるよ。小さいと転がるし、使いにくいじゃん」

 だからそれがなんなんだと伊草はせっつく。

「俺は結構ぎりぎりまで使うんだけどさ。使い切ると気持ちいいし、かたちをある程度保ったまま使っていくのもわりと好きだったりするわけ」

「とのってそういうとこ、ほんっと庶民的だよな」

「うるさいよ。で、伊草、これのでっかい消しゴムもあるって知ってる?」

「でっかいってどんだけ?」

「全長8cmって書いてあったかな。だから」

 定規で示してみる。それで見るとさほどの大きさにも思えず、それが? と伊草は首をかしげる。

「消しゴムをすぐ失くすやつが、でもまめに買い換えるのももったいないからってでっかい消しゴムを買ったんだが、でかすぎて使いにくいんだと。あんまり使いにくいから適当な大きさにカットして使おうかと思ったらしいんだが、いざ消しゴムを切るとなるとすごい罪悪感に襲われてできなかったらしい。結局そのまま使おうとして、でもペンケースに入らなくて、新しく大きめのペンケースを買ったんだそうだ」

「本末転倒じゃね? 買いなおすのもったいないからでっかいの買ったんじゃ」

「俺もそう思う」

「つーかなんで消しゴムカットできないわけ……」

「さて伊草、ここに俺の消しゴムがある」

 外江は今度は自分の消しゴムを出した。昨日伊草に投げつけたこれは、折りよくおととい卸したばかりの新品。まだビニールのついているケース部分から本体を抜き出すと、どこか透明感のある白さに、きっちりとしたカット面。いつか読んだ小説に、美しい裸体のようと表現があった。

「これ見たらさ、確かに俺にもちょっと切りづらいなって」

「どこがだあっ!」

 伊草は消しゴムを奪い、容赦なくぶちっと半分にちぎった。

「なにすんだっ」

「せいしょーなごんじゃあるまいし消しゴムおかし、か!」

「そうだそれ、消しゴムあはれなんだよ。おまえうまいこと言うな」

「やかましいよばか」

 ばかとはなんだ、むっとしながらも消しゴムを回収する。ちぎれた面から使って、かたちをととのえようと思った。

「まあそんなわけで、気づいたら朝だったんだ」

「わかんねえ……」

 さきほどまでの外江のぐったりがうつったように、今度は伊草が机につっぷした。


 ゆうべから明け方まで読んでも渡良辺の手紙は終わらず、外江はさすがにまずいと切り上げて眠りについた。朝下駄箱を見れば、今日のラブレター。ただし今はこれをラブレターと読んでいいのか疑問だ。外江のどこの部分がどう好きかはうんざりするほど書いてあっても、外江本人を好きだと素直に書かれた部分はついぞお目にかかっていない。今日のもおそらくそうだろう。

 渡良辺の手紙は、基本的に外江について書いてあるものの、思考がよほど飛ぶのか色んな話に飛んでいく。外江の私服を見たことがないので、男物の服屋を回ってみたがよくわからなかったと読んだときには、わかるわけないだろと心の中で盛大に突っ込んだ。その後、渡良辺はしかたない(?)からと、こんなのが似合うんじゃないかと自分の好みで外江に服を着せる妄想をしたそうだ。わたしの考えた、外江君に似合いそうなコーディネートです、意外と上手なイラストが添えられていて、そんな凝った服は着ないよと思った。勝手にやればいいが女が妄想とか書くな。少なくともこれがラブレターなら。

「外江くーん!」

 今日も今日とて。教室のそとから、おそらくいつもの3~4人にまた数人をプラスした集団が声をそろえた。顔を向ければ黄色い歓声。外江は、今日は渡良辺の姿をさがしてみた。でも、どれがどれかわからない。

「じゃあねー!」

 見つけられないまま、彼女達はきゃあきゃあ去っていく。伊草が肩をすくめた。

「今日もおモテになりますの」

「なんで増量してるんだ、今日に限って」

「移動教室の途中だからだろ? 昼休みにくるやつらは4人固定みたいだけど。たまにひとり欠けてるのは、確か生徒会の役職もってるやつだから」

「なんで知ってるんだ!?」

 呆れたようなぬるーい半目をよこす。

「おまえの無関心がすげーんだよ。クラスちがうったって学年は一緒なんだし、だんだん顔や名前も覚えてくるもんだろ」

 そうは言われても、彼女達のアイドル遊びにそれなりに腹を立てている外江としては、かまわないことが抵抗だった。個別認識などしてやらないと、そういう気持ちは確かにあった。

「渡良辺はいた?」

「はらちゃん? いただろ。おまえ、渡良辺はらの顔も覚えてないのか」

「どれ?」

「もういねーっつの。おかっぱで、だいたいすみっこにいるかな。どうしたんだ、突然。はらちゃんに興味持ったのか?」

「うん。少し」

 予想外の返答に伊草は目を丸くするが、外江は気づかなかった。渡良辺はおかっぱなのか。女子の制服+のっぺらぼうだった渡良辺像が、女子の制服+座敷わらしに変化した。


 帰り、外江は伊草を文房具店に誘った。

「そういや新しいノート買おうと思ってたんだ」

 自分の不足を思い出した伊草は、フロアにつくなりひとりで物色にいく。連れ立ってあーだこーだと言うときもあるが、基本的はこうだった。

 外江は、消しゴムを探した。渡良辺の手紙にあった大きな消しゴムはすぐに見つかった。確かに、定規で想像したよりはずっと大きい。けれど実際に手に持った感じでは、そこまで使いづらいという印象もない。

「なに、まさかその消しゴム見に来たわけ?」

 目星をつけたノートを手に、伊草がのぞきこんできた。

「これ、使いづらいか?」

「んー、どうしてもってほどには見えないけど」

 伊草の所見も似たようなものだ。

「まあ、子供にゃ不便だろうな」

 手の大きさ。渡良辺の手は、そんなに小さいんだろうか。


「母さん、ちょっと手貸して」

「はいはい、なにするの?」

「じゃなくて。手見せて」

 伊草よろしく怪訝な顔をする母を無視して、外江はその手を持ち上げ、隣に自分の手を並べてみた。

「……あんま変わんねえ」

「なんなのあんたは。帰るなり」

「母さんの手ってでかい?」

 母は外江の頭をこぶしで殴った。

「表現に気をつけなさい」

「すみません。お母さんの手は女性にしては大きい方でしょうか」

「あんたそんなことも知らないの? かっこいいとか言われてるくせに情けないわね」

 ぷっと鼻で笑う。この母。

「本当はモテないんでしょ。白状なさい、あたしと父さんのおかげで美しく生まれ育ったものの、人間としての魅力に欠けるからパンダ扱いこそされ本気で相手にしてくれる女子がいないんだって」

「あんたは息子の人格を攻撃して楽しいのか!」

「親にあんたって言うんじゃない!」

 再度のこぶし。

「まあ、あたしの手は大きい方よ」

 それだけ聞ければよかったのに、ひどい代償だと外江は思った。


その日の夜、日課のサブノート作成を終えてから、渡良辺の手紙の残りを読みきった。終盤、だんだんと内容が最近のことに変わっていくと、もう読むのをやめる理由がなくなった。

 読み終え、重ねられた手紙が作る山に呆れる。それを読んだ自分にもだが。さあ捨てるかとゴミ袋をあけて、はたと気づく。そういえば。ぱっと一通を見る。差出人には、名前、クラス、それに住所。律儀にもすべての封筒に、渡良辺は自分の住所を書き添えていた。おい。

 シュレッダーある? 聞かれた母は、手でちぎれと答えた。


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