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その13.文化祭(3)

「伊草、伊草ーっ」

「あん?」

 文化祭を翌日に控えた放課後。あわただしく駆け回っていた伊草がいったん教室に寄ると、情けない顔で阿久津が腕にしがみついてきた。

「とのがやだっつってんのに怖い話するー! しめてー!」

「とのー……」

「ごめんごめん、もうしないって」

 楽しくてしかたがないと言った様子で笑っている外江に、阿久津がぶんぶんと首を振る。

「うそだよ、あいつ口だけ! やだもう俺伊草とずっと一緒にいるー!」

「離れろ邪魔くさい、俺また出るんだよ」

「つめたっ」

「もうしないよ、阿久津。ごめん。こっちこいよ」

「……ほんとかあ?」

「ほんと」

 伊草はとっとと教室から出て行く。外江はこいこいと手招いている。阿久津は伊草の背中と外江を見比べ、おずおずと外江に近寄った。外江はその肩にぽんと手を置くと、さっと耳に何事かささやく。

「ぎゃああああっ! うそつきいいいい!」

 外江から飛び退り、耳をふさいでしゃがみこむ。あんまり素直な反応がおかしくて外江は腹を抱えて笑い転げた。

「外江君、阿久津君、文化祭明日よ? まじめにやって?」

 呆れた顔で、小池にしがみつかれた東条がふたりをたしなめた。

「はーい、すいません」

「俺も怒られるの!? 理不尽だよ委員長、俺はとのにいじめられてたのに」

「そんなにおおげさにこわがるから外江君もおもしろがるんでしょ? それに外江君は自分の担当終わってて、君のを手伝ってるんじゃない」

 言葉ははっきりとしたものだが、東条の言い方自体はとてもやわらかい。阿久津は口をへの字にし、こくりとうなずいた。

「うん。よろしくね」

 東条は笑い、また自分の場所へと戻っていく。

「くやしい……納得できないけど委員長には逆らえない……」

「雰囲気あるよなあ、東条」

「てか、呼び捨てにしてるのとのくらいだからね!? 普通は委員長かサン付けだから!」

 熱弁をふるわれるが、そうですかと答えるほかない。外江が同年代を苗字で呼ぶのはそれが彼にとって自然だからで、意識して呼び名を変えるなんて不自由はしたいとも思わない。呼び方なんて勝手に決まって勝手に変わるものだ。

「ま、早く終わらせよ」

「そうやって俺がダメな子のように外堀を囲むんだ……」

 まだ不満の残る阿久津をうながし、照明に使うセロハンを切りはじめた。


「一緒に帰るの、久しぶりだな」

「んだなー」

 文化祭前日ということでぎりぎりまで残っていた外江とクラスの面々は、同じく委員で遅くまで残っていた伊草と門前で会い、騒ぎながらだらだらと駅まで連れ立って帰った。しかし、外江と同じ電車に乗るのは伊草だけだ。

「つっかれた」

 伊草は目を閉じ、肩に手を当てて首をひねった。

「伊草、おまえずーっとこんなに帰るの遅かったの?」

「んだよ。つっても、やることなくて遊んでた時もいっぱいあったけど。委員おもしろいやつ揃ってるから」

 確かに、体育祭委員と文化祭委員は総じてお祭委員と別名を持ち、騒ぐことが好きなバイタリティあふれるメンバーが集まっている。

「ふーん。小池を避けてんのかと思った」

 伊草の動きがぴたっと止まり、恨みがましい目を向けてくる。

「小池はおまえを避けてるよね。やっぱ小池とケンカしたんだ?」

 怖い話をしていたとき、阿久津のほかに小池もいた。伊草が戻ってきたのは偶然だったが、阿久津は伊草へ駆け寄り、小池は東条に駆け寄った。なにかあると伊草に泣きつく姿を見ている外江としては、違和感のあることだった。それに、伊草が委員であまり教室にいなかったとは言え、ふたりが会話しているところを準備期間中一度も見ていない。

「……いちいち報告しなきゃだめですかあ?」

 心底疎んだように、とげのある声音を出す。が、外江はひるまず首を振った。

「言いたくないことを無理に言わせられるとは思ってないよ。ただ、俺がなんか勘繰ってるのに黙ってられるのはむかつくって言ってたから、最近俺が感じてたことをご報告しようと思って」

 きつく寄った伊草の眉間がゆるみ、困ったように電車の窓の外に目をやってから、観念したように息を吐いた。

「もー、とのはこれだからやなんだよな」

「謝ると怒るんだろ?」

「怒るよ当たり前だろ。謝んなくても怒るよ。てか、悪いと思ってないくせに」

 その通りだ。外江は肩をすくめた。ともかくも伊草のとげはやわらいだ。

「俺はー、自分のそういう話をクチにしたくないキャラなのー」

「知ってる。言わなくてもいいよ」

「でもそう言われると話しとくかって思う」

「知ってるか、そういうのひねくれてるって言うんだ」

「ちがうね。話すなと言われれば話したくなる、これは人情ってやつだ」

 半目でにらみ合ったあと、どちらからともなくくつくつと笑った。

「夏休み終わって少しあとだったか、小池がまたダンスのことで俺にまとわりついててー」

「おまえ、面倒見がいいからな。特に小池の」

「茶々入れんな。で、ふたりで話しこんでたわけ」


「今度のメンバーは8人? またサルが増えたのか。さすがの繁殖力」

「なんでそう、サルとか言うかな。みんなかわいーじゃん、みっこなんて練習はじめて5キロ落ちたんだよ、あの見事なクビレ見た?」

「知るかい。顔で全部台無しだわ。つーかおまえも胸でけーよな、なんか詰めてんの?」

「はあ!? いぐっちゃんってほんとオヤジ! とのっちなら絶対そんなこと言わないのに!」

「……うっぜ」

「……………」

「……………」

「ねえ、いぐっちゃん」

「なんだよ」

「そういえばさあ、体育祭のダンス、見た?」

「見たよ。飯食いながら」

「とのっちも?」

「うぜー……」

「え?」

「ないから。とのがおまえとくっつくとか。おまえみたいな頭悪くてキモい化粧してるやつ、とのが選ぶわけないから。外江が好きなんだろ? バレバレなんだよ。んでとのの近くにいてそのうえ便利な俺を使ってんだから、チョーシよくていい加減むかつくわ」


「って言ったら平手打ちされた」

「うわー伊草最低」

 顔を思い切りしかめて、外江は伊草を非難する。

「わかってるよ」

「なんなの? 小学生? 以下?」

「うるさいうるさいうるさいわかってるっつってんだろ俺が悪かったです」

 さらに子供のようなキレっぷりに、情けない思いでため息が落ちる。

「おまえってほんと好きなヤツに優しく出来ないのな」

「さむっ!」

「さむくない。好きなヤツに優しくしないで、誰にすんの? 赤の他人? そりゃーよい心がけですねー道のゴミ拾いでもはじめるかー」

 小池にも同情するが、それより伊草のまったく幼稚な言動に呆れてしまう。と同時に、これを黙っていた伊草の気持ちもわかった。それなりに自覚はあるんだろう。

「でもまあ、ふたりっきりなのに別の男の名前を出されたときの心情については汲んでやってもいい」

「……ほんと、何様」

「だから、お」

「その答えは聞き飽きた」

 あーあ、伊草は深く息を吐いて電車の手すりにもたれた。

「だから東条と?」

「きっかけではあったけど。一応言っとくけど、俺ギャル嫌いなのね、ほんとに。だからあれと付き合いたいだとかそういうのはないのね」

「……ツンデレのテンプレ?」

 なにこの既視感。しかし伊草はうええとまずいものを食ったように顔を歪めた挙句、舌まで出した。

「そんなんじゃねー。だって俺とあいつ、合わないんだもん。俺がとのといるのって、ぶっちゃけて、とのが頭いいからだよ。そうじゃなくてもなんかあるじゃん、話のレベルとかさ」

 伊草の言いたい事はわかる。小池に、伊草の好む会話スタイルを求める事は無理だということは、外江にも簡単に想像がついた。

「……小池のことは、気になるよ。ほかの男と話してるとむかつくし。おまえの話されるとまじでいらっとくるし。でも、彼氏彼女はねーわ」

 そう言った伊草のほうがずいぶんと気落ちしているように見えて、外江は関係ないだろという言葉を飲み込んだ。

「東条はおまえとちょっと似てる。余計なこと言わないし。俺のこといらつかせないし。会話なくても平気だし」

「って、いつ東条とそんなに一緒にいたんだ?」

「ちょこちょこな。だいたい委員絡みで」

「東条って、おまえのこと好きなの?」

「なんでそう直球」

 伊草は首をかいた。

「一番好きなやつと一緒にいれないから、二番目の俺といたいんだと」

「……ナニソレ?」

「その反応、普通なんだと思うけど」

 俺には、すげえしっくり来たんだ。伊草は珍しく、うつむきながら笑う。

「とのは、まっすぐでいいよな」

 伊草にこんなに素直にうらやましがられたのは、はじめてだと気づく。あまり居心地はよくなく、かすかな尾を外江に残した。

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