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その12.文化祭(2)

 王子もいるなら姫もいる。言葉に乗せなくても、ひとがふたり以上いれば自然と格付けは行われている。外江達のクラス2年E組では、東条由布子はまずまちがいなく女子のトップのひとりだった。

「みんな今は文化祭に集中してるかと思うんだけど、そのあとに修学旅行もありますんで。アンケート配りますから、今日中に提出してください」

 彼女が涼やかな声で呼びかけると、クラス連中ははーいとノリ良くお行儀良く返事をした。美人で頭が良く、おとなびた彼女のカリスマは、HR委員、いわゆる学級委員をつとめる姿からもよくわかる。

「あの東条?」

「そ、あの東条サン」

 伊草の返事は、なんとも気が入っていない。

「なんで?」

「なにがよ。いいじゃん美人でスタイルよくて頭よくて、言うことなし」

「だからなんでそーいうことになったの? おまえはそれでいーの?」

「余計なお世話。との、そういうキャラだっけ?」

「いや、好奇心いっぱいの野次馬根性全開」

 間髪いれずに返すと伊草は不愉快そうに顔を歪めた。

「伊草君の得意技で恐縮ですが」

「これだからとのはかわいくない……」

 昨日あのあと、伊草は詳しい事を語らなかった。おかげでこのタイミングまで外江はむずむずし続けることになったわけだが、どうももったいぶったわけでなく、この話題を歓迎していないかららしい。

「ま、でもほんとに興味ある。なにがあったわけ?」

 テンションを変えて尋ね直すと、伊草は居心地悪そうに口をごにょごにょとさせた。

「昨日、文化祭のことで東条サンと話してたら、流れっつーか空気っつーか……で、そういうことになったんだよ」

「ぜんっぜんわかんない」

 東条が配ったアンケートは修学旅行でなにをしたいかどこを巡りたいかなどの内容で、生徒達は思い思いの場所で友人と語りながら書き込んでいる。外江と伊草は机を寄せ、騒がしさに小声をまぎれさせていた。

「ともかく、そーなの。あんまりしつこく聞かないでよ、とのったらずうずうしい」

「ずうずうしいだあ?」

「だって好きだの嫌いだの、ちょープライバシーでしょ」

「渡良辺に関しては踏みにじりまくってたくせに」

「とのがそれ言う! とのが話したんじゃん!」

「おまえは聞きたがったじゃん、なに言ってんの。そもそも俺達、最初は渡良辺に人権認めてなかったでしょ」

「正直なのはとのの美点だと思いますけど、表現にもう少し」

「いいの、渡良辺とはいろいろお互い様だから。それに今はちがうんだし」

「のろけ! だめ絶対!」

「ハイハイハイ。で? 伊草君もこれで彼女持ちのくせに、なんでそんなにうれしくなさそうなの」

 東条にちらりと目をやる。あまり意識して見たことはなかったが、いつもと同じに見える。たとえば伊草をちらりと見たりだとか、そういう浮ついた様子は一切見受けられない。外江が見逃しているだけ、彼女がそういう性質なだけということも十分考えられるが、阿久津や渡良辺のように恋に一喜一憂する姿ばかり見ていたせいか、伊草ともどもひどく冷めた印象だ。

「不機嫌に見えるよ。おまえがひねくれ者なのは知ってるけど、今までノーマークだった子と突然付き合いだして、でもそんな顔されると気になる」

 伊草は、少しばつの悪そうな顔をした。

「……別に、ほんとにたいしたことじゃない。もう少ししたら話すよ。で、俺、との以外には話す気まったくないんで、このことは他には黙っててくれる?」

「うお、なんか親友っぽい」

「あとから言い当てられたり知ってるのに知らないふりされたりしたらって想像するとハラワタ煮えくり返りそうで」

「そこまで!?」

 重たいため息をつかれ、内心若干のショックを受ける。確かに自分がやりそうなことだけに。

「HR委員からは以上です。残りの時間は文化祭委員の方にお任せします」

「はいはーい」

 立ち上がり、伊草は教壇へ行く。入れ違うとき、伊草と東条は目を合わせることもなかった、ように外江には見えた。


「そんじゃ、文化祭の我が2Eの出し物はお化け屋敷になったわけなんだけど、俺的速報によると1Gもお化け屋敷やるらしーんですね。1Gは体育祭でそれほど振るったクラスじゃなかったけど、時期から言っても3年より1年のほうが文化祭全力出してくると思うんで、生徒投票で負けないようにがんばりましょうー」

「なんかこころざし低くね?」

「ばかだねおまいさん、想像してみ。1年に負けるって、数ヶ月前まで中学生だったやつらに負けるってことよ。そんで『中だるみの2年生』って言われるんよ。どうよ」

「地味にむかつく……ような、いややっぱすげえどうでもいいような」

「うん、俺も実はわりとどうでもいい。でもまあ、どうせやるならトコトン派ですから、このクラスの学祭委員つまり俺。みなさんも一緒に燃えて、オトナに優雅にセンスあるコワーイお化け屋敷を作り上げましょうや」

 この間にもうひとりの文化祭委員がプリントを配り終える。伊草は非常にいつも通りだ。そんな言葉は変だなとひとり突っ込みをいれつつ、終盤にまわってきたプリントに目を通して外江は吹き出しそうになった。


”れっつお化け屋敷! アイディアアンケート

その1.発想はマネー! あなたが考えたお化け屋敷の仕掛けを教えてください。思いつきでも詳細つきでもなんでも大歓迎。

その2.立ってるものは親でも使え! 我が校随一のイケメンプリンス外江君の文化祭における有効的な利用法について、あなたの思うところを述べてください。”


 パソコンで打ち出されたらしいプリントはなんの修飾もなく無味乾燥だが、そこに書かれた文字はまじめでふまじめ、これを作ったのは間違いなく伊草だ。

「おい、伊草」

「なお、外江君からの不満は受け付けませんー」

 クラスメイトが笑う。いじめじゃないのこれ、そう思いつつ、あんまりいやがるのも寒いしと外江は不満を押し込めた。我ながらよくしつけられたパンダだなあと自嘲しつつ、外江が本気でいやがったなら伊草はやらせないだろうとせめて信じてみることにする。

「これ今週いっぱいで全員提出してねえー。で、この時間でも意見だしてもらいます。方向づけっつーかね、そういうのしといたほうが、アイディアも出しやすいと思うんで。じゃ、阿久津君どうぞ!」

「あ、やだ! 出たよ伊草様の無茶ぶりが!」

「うるせー犬っころ。たまには脳みそあるとこ見せなさい。ほら、なんかアイディア出せよ」

 えー、困った顔を見せつつ、阿久津はさほどもせず口を開いた。

「これって、お化け屋敷、どこでやんの? 部屋暗くして順路作ったりとかする、遊園地にあるみたいなやつだよね?」

「良い質問ですね。設営が1日で終わらないものをやるなら、前々からどっかの空き教室を借りなきゃいけません。んで借りる部屋の広さも大事だからー、そこらへんは早いトコ決めたいのよ。広いトコはすぐ借り手ついちゃうしね。じゃ、次、外江君」

 エアめがねをかけなおし、びしっと指差してくる。ひとを指差すなよ、だが絶対わかっていてやっているから突っ込まない。振ってくると踏んでいたので、一連を聞いて思いついたことを口にした。

「お化け屋敷って定義から外れるかもしれないけど、百物語とかは? 真っ暗なとこでこわい話するだけで、けっこーこわいと思うけど。あと音楽ね。効果音とか」

「こわいねー」

「準備は屋敷作るよか楽かもな」

「ちゃんと屋敷やるなら、逆に客におどかす側になってもらうとか。ここに人が通ったら、吊るしたコンニャクで首とか腕とかさわってくださいー、とか言っといて」

「あ、逆ドッキリ?」

「そうそう。さあきたぞやるぞーって時に、他のやつがその客をおどかすとか」

「ヤなこと思いつくなあ。でも、逆ドッキリだってわかった時点で帰らねえ?」

「との性格悪い……っ」

「え、そう?」

「あたしそれやられたらちょっと軽くビビれる……つーか子供にそれやったら泣くよ!?」

 女子達は無理、ナイナイと首を振っている。

「でもさ、こわがらせようとしてるやつを驚かせる方が簡単っつーか、百物語やお化け屋敷やってると本物が近づいてくるっていうか、俺もみんなも覚悟しておいたほうがいいっていうか」

「ぎゃあああ! なんでそういうヤなこと言うのー!?」

 小池が本気でいやがり、笑いが起こる。

「もーとの、仲間おどかすなよな。地味に残るイヤなこと言いやがって」

 伊草がまずそうな顔を作る。

「つーかとのっち、ひょっとしてこわい話とかすきなひと?」

 小池と一緒にびびっていた阿久津が、おそるおそる尋ねると、外江は軽くうなずいた。

「わりと。ねえ俺、お化け屋敷作るなら、脅かす側になっていい?」

 想像すると楽しくなってきて、笑いながら尋ねてみる。が、伊草はすぐに却下した。

「とのは呼び込みだろ」

 しかし今度は阿久津がぶんぶん首を振る。

「とのはお化け役で! やだ、との暇にしといたらお化け役をびびらせに来るもん、絶対!」

「あ、それいいね」

「おまえら、そういうこと言うな、疑心暗鬼になっちゃうだろ! もう子供だましのお化け屋敷でいいから! 味方討ちなし、やったら俺がしめる、これ委員命令だから!」

 伊草のあわてた声に、クラスメイトは同意した。


「もー、俺はおまえにあんなことを期待して振ったんじゃねーぞ……クラスを盛り上げて欲しかっただけで」

 伊草は疲れた様子で、うらみがましく見るが、外江はご機嫌に笑う。

「盛り上がったじゃん」

「あーいう方向じゃねえっつーの!」

 喉で笑いながら、第一実験室を目指して廊下を歩く。次は生物だ。C組の廊下に、女子達が楽しそうに談笑していた。

「あ」

 女子のひとりが外江に気づく。外江は笑って手を振った。

「どーも、川志田、武藤、渡良辺」

「どーもーっ」

 川志田と武藤は、少し照れながらもはみかみながら手を振って返す。渡良辺も、ちらと一瞬こっちを見て、ぎごちなく、小さく手を振った。

 それきり行き過ぎる。伊草はうしろを振り返りつつ、足を止めない外江をひじでつついた。

「こんなもんなの? なんかもっとないの?」

「ないよ。これでも進歩した方」

「へ?」

「渡良辺、基本校内でオレのことガン無視だし。今日は手ぇ振ってたろ、驚いた」

「はっ!?」

 信じられないものを見る目で、再度後方の渡良辺と外江とを見る。

「なに、とのそれでいいの? それでシアワセなの」

「けっこーシアワセだよ? こう、徐々に犬がなれてくる感じっつーか、それがなかなか」

「変態だ! おまえ変態!」

 外江は伊草を蹴った。

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