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その11.文化祭(1)

「文化祭って、ほんっと下らない出し物ばっかだと思わねえ?」

 戻ってくるなりイラついた様子で椅子に座り、机に脚を乗せる。伊草の珍しく乱暴な動作に、外江は眉を上げた。

「コスプレ館・カラオケ館・メイド喫茶に執事喫茶、ライブにダンス、漫才に演劇、なにこのなんのひねりもない演目。もっと気の利いたこと思いつけないの? 発想は財産よ、マネーよ」

「また不機嫌だな」

「べぇっつにー」

 グレている。まさか小池関係とかだったらどうしよう、そうだったらおもしろいなーと思いつつ、図星を当てた場合本気で怒るので控える。もっとも当てなくても小池の名を出すだけで伊草は怒るのだけれども。

「あーもー暑いし。っていうか文化祭、中間、修学旅行が立て続けとかどうよ。なんで中間はさむのよ」

 ぱたぱたとファイルであおぐ。とりあえず怒らせておくことにしてシャープペンシルに替え芯を補充していると、クラスメイトの男子阿久津がお願いのポーズで近づいてきた。

「伊草ー、英語の訳見せてくんない?」

「やだよてめーでやれよバカくー」

「えうっ! だって俺英語苦手なんだもん……」

「阿久津、俺の見る?」

「とのっち! とのっち、好き! 生まれる前から愛してました付き合ってください」

「ごめん、俺ほかに好きなコがいるから」

「まーじでー超ショックー、うおーとのっち字読みやすい、頭おかしい」

「おまえの日本語のほうがおかしいよ。英語がだめで日本語もだめじゃどうやって生きていくんだ」

「とのっちってキツイよね実はね」

 阿久津は小柄で、クラスの女子いわく子犬系だそうだ。なかなか的を射た表現だと思う。勉強は好きじゃないのか、学生らしく不真面目で、よく伊草に課題を写させてもらっている。阿久津が伊草にまとわりつく姿はなかなかに微笑ましい。

「で、伊草はどーしたの?」

「さあ、戻ってくるなりこれだから俺もわからない」

「あ、誰か好きな子が他の男と仲良く話してるとこを見ちゃったとか!」

「おやーそれは大変だー」

 伊草が机を思い切りたたいた。

「うるせえよ」

「あた」

「当たってねえよ黙ってろこの光り物と犬っころ」

「光り物って俺……?」

 光り物。サバやらの青魚じゃなければ、金属やら宝石やらのアクセサリらへんを指して言っているんだろうか。ぐるぐる考えていると、光り物と言えばと阿久津がなにやらを思い出す。

「との聞いてよ、俺ね俺ねこないだ初めて女の子に告白されちゃった!」

「へえ、よかったな。どうするんだ?」

「うん、どうしよっかな? でもさー、俺ちっさいでしょ、とのみたいにこれだめ次! これもだめ次! みたいにはできないと思うんだよね。だから選り好みしないほうがいいかなーとか」

「しっつれいな犬……」

「犬じゃないから! 頭おさえんなっつーの! ちょっと背ぇ高いからって調子乗ってるとバチが当たるんだからな、とりあえずこの英語のノートに落書きしてやる! 俺はイケメンです俺はイケメンです俺はイケメンです」

「やめろばか!」

 完全に伊草を置いて展開をはじめた話に、ついてくる気は起きなかったらしく伊草は口を閉じて窓を見ている。これはなかなかなことがあったかな? 横目で盗み見ると、口が完全にふてていた。


 放課後、一緒に帰ろうと阿久津が外江に声をかけた。

「阿久津、部活ないのか?」

「ないーリク部は文化祭パスだから。伊草は?」

「あいつ文化祭実行委員だから」

 そっかと納得し、てれてれと歩く。阿久津は陸上部で、なかなかいい成績を収めているらしい。

「あのさあ!」

「ん?」

 突然、ずいぶんと勢いのよい切り出しに少し驚いて足を止める。

「どうしたらいいかなあ!?」

「え?」

 阿久津の顔が妙な具合に上気している、気がする。そこでやっと思い当たった。

「告白のこと?」

 こくりとうなずく。

「え、俺に相談すんの?」

 思ったより本気の相談に、ぽろりと出た言葉はそれだった。阿久津とは仲がいいほうだと思うけれども、学校の王子様なんてちやほやされている自分に恋愛相談をするような男子はいないような気がしていた。

「だって他のヤツだとバカにすんもん。からかうし! とのっちは人の話ちゃんと聞くでしょ」

 怒ったような顔で、当然のこととばかりに答えられる。意外だった。

「はー」

「はーって、あれ? 迷惑っぽい?」

「あ、いやいや。そういうこと言ってもらえるのはうれしいもんだなと」

 自分を評価し、信頼しているのだとこんなに素直に言われれば、うれしかった。阿久津に感謝のような気持ちを抱き、微笑む。

「やべーとのの笑顔やべー! 妊娠するー!」

 頭を殴り、ぎゃいぎゃい騒ぐ阿久津を置いて歩き出すと、またぱぱっと顔を変えてついてくる。

「ねえねえ、俺どうすればいいのかな。とのってこういうの慣れてるんだろ? どうしてんの?」

「慣れてないから。それより、阿久津はどうしたいんだ」

 どう考えても、大事なのはまずそこだろう。阿久津は眉をもにゅもにゅと寄せてうつむいた。

「わかんない。ていうか、そいつ……片桐なんだ。片桐ヤエ」

 誰だっけ。

「との、知らないの?」

「あんま、クラスメイト以外は覚えないんで……」

「隣のクラスだよ、バリボやってんの、身長高いの! 170以上あるかも」

「へー、高いんだ」

 こっくりとうなずく。駅からは別方向なので、ふたりは駅前のファストフード店に入った。阿久津はハンバーガーを大量に注文する。

「俺、161しかないし。からかわれてんのかなー」

「からかわれてんの?」

「わかんねえから言ってんの!」

「そう? けっこうわかると思うけど」

 コーラを飲み、ポテトをかじりながら言うと、阿久津はきょとんと目を見開いた。そのまま、かぷっとチーズバーガーにかぶりつく。もぐもぐもぐ。ごっくん。

「……わかんの?」

「俺より阿久津のほうがわかるんじゃない? どんな風に告白されたの」

「偶然。俺、リク部で道具かたづけに体育館行くこと多いんだけど、戻る時に声かけられて」

 それは多分、偶然じゃないだろうなあ。ポテトは揚げたてでおいしかったが、厚めのポテトをかじって火傷しそうになる。

「す、……きだって、ずっと見てたって」

 阿久津の顔が真っ赤になる。それを恥ずかしがったのか、チーズバーガーの残りをあっというまに食べきった。

「片桐はどんな様子だった?」

「わかんないよ、突然だったから」

 次のハンバーガーに手を伸ばし、がさがさ包みを剥ぐ。阿久津はよく食べる。外江も成長期男子らしく食べる方だと思うが、それでも阿久津には足元にも及ばない気がする。

「……あっち、も、緊張してたかも」

「ほー?」

「もごもご、言ってて……だから俺最初、聞こえなくて、聞き返して。はっきり言えよって。そしたらキレたみたいに」

「ほほー」

「……そっか、緊張してたのかな……」

 ずずずとコーラをすする。阿久津はストローを使わない。ふたを開けて、口をつけて飲む。両手でカップをつかむその様子は、子供のようでかわいい。彼には不愉快だろうが。

「あれ、とのだー!?」

「くーちゃんもいる、やっほー!」

 笑い声とともに現れたのは、小池とその仲間のギャル娘達だった。ちがうクラスの女子も混じっている。

「小池。おまえは文化祭の準備とかまだなの? またなんかやるんだろ?」

 小池は、体育祭にもパフォーマンスとして有志でダンスを披露している。イベントごとが好きなのだ。

「やるよやっちゃうよー、これも打ち合わせだから! パワーアップしたイチジクガールズをよろしくー」

「そういや、なんでイチジクなの?」

「あたしがイチジクのジャムちょー好きだから!」

 ぎゃははははっと笑い声が起こる。なにがそんなにおもしろいのかわからないが、とりあえずふーんと言う。小池達はきらいじゃないが、はしゃがないと話ができないのは外江にとって謎だ。

「てか、とのとくーちゃんだけとか珍しいよね? ふたり並んでるとマジで超かわいい。兄と弟みたい」

「もーうっさい。おまえらやかましすぎ、まわりにメーワク」

 阿久津が憮然とした表情で、若干本気でイラついたように言い捨てた。いつも明るくて、一緒に騒ぐような阿久津の態度に一瞬空気が凍る。

「……あれー、なんかくーちゃんヤなことあった? ご機嫌ななめー?」

 これはよくない。外江は、小池達にからだを向けた。

「小池」

 外江に名を呼ばれ、小池達はぴたっと口を閉じて外江に集中する。

「ちょっとマジメな話してたんだ。今日は外してもらっていい?」

 ぽかんとしてしまった彼女らに、悪いんだけどと付け足すと、外江の持って行きたい空気を察してくれたらしく、あまり意味のない言葉を言いつつ、つつき合って後退をはじめる。

「また明日な」

「うんーじゃあね」

 気まずそうに去っていく。彼女達は違う階の客席に行くことにしたようで、階段を上っていった。

 外江が阿久津に声をかけようとすると、阿久津が先に謝った。

「もー俺、ごめん」

「俺はいいよ。それより」

「くーちゃん!」

 突然小池が走って戻ってきた。外江と阿久津で目を丸くする。

「ごめんね! 別にくーちゃんにヤな思いさせたかったわけじゃないから! なにか知らないけどマジメな話がんばってね! またアソボーね!」

 言うだけ言って逃げていく。あっけにとられて、ふたりは彼女が再び階段に消えてもしばらくそこを見つめていた。

「……元気なー」

「うひゃひゃひゃっ」

 おかしくなったらしく、阿久津が破顔した。そのままからだを揺らす。

「あー小池かわいー」

「悪いヤツじゃないよな」

「てか、とのに悪い子だって思われたくないんじゃね?」

 かわいーともう一度繰り返す。外江は、半目で阿久津を見た。

「ここで問題です。小池が本気でおまえに悪いと思ってた場合、ひどいのはだーれだ」

「……俺ですごめんなさい」

 一言入れとくわ、携帯を取り出し、ぺちぺち打ち出す。

「もー、俺とのになりたーい。そうじゃなきゃ、せめてあと10センチほしーい」

 送信を終え、携帯をかばんに放ると、テーブルに突っ伏す。

「片桐との身長差、気にしてんだ」

「するよ! するだろ、普通する。気にすんなって言われたって気にしないって決めたって気になるって」

「阿久津は片桐のこと好きなんだ?」

 ううん、ぷるぷると首を振る。

「よく知らない。でも俺好きな子とかいないし、彼女は欲しーし」

 まあ付き合いはじめる理由なんてそんなところで十分なんだろう。

「ねーとの、どうしたらいいと思う? やっぱ男の方がずっとちっちゃいのってダサいよね?」

「俺がどう言おうが、おまえがそう思ってるんだからどうしようもないと思うけど」

「うっ」

 ぺったんこのハンバーガーをかじる。

「でもさー、やっぱ片桐だって並んで歩いたら恥ずかしいんじゃないかなー」

「片桐から告白したのに?」

 そうだけど、とごにょごにょと言う。

「俺が言えるのは、相手が誰だろうが、おまえの身長の問題はずーっとおまえについてまわるってこと。てかおまえの感じじゃ、おまえよりも背の小さい子を彼女にしたところで、今度はまわりから小さいカップルって見られることを気にするんじゃないの?」

「ううっ」

「片桐がどうのじゃなく、まずはおまえの問題だと思うね」

「とのひどい……自分がイケメンだからって……」

「なにがひどいんだ、俺のポテト食うな」

「だって俺の食っちゃった」

 どんな理由だ。ポテトをセーフティゾーンに移動する。

「あーあ。普段は気になんないんだけどなー」

 阿久津の携帯には、かわいらしいクマのぬいぐるみがくっついている。以前なんでぬいぐるみなのかと聞いた時、かわいいじゃん、とけろっと答えられた。彼は確かに自分の身長を気にしているのだろうけれども、そのために自分が好むものを隠したりもせず、そんな朗らかさが外江は好きだった。

 そうかこれが恋の力……ってか、異性の力だよな。

「そういうもんなんじゃないの」

「ね、とのはどうしたらいいと思う?」

「それでも俺に聞くの? だから、おまえはどうしたいんだよ」

「彼女は欲しい。いちゃいちゃしたい。えろいこともしたい」

 阿久津は本気で言っているらしく、笑って誤魔化したりもしなかった。なんだその迫力は。

「だったら、片桐がどんな子か知ってみるのはありだろ。さっき片桐が身長差を恥ずかしがったらとか言ってたけど、そういう子なんだったらやめればいいじゃん。多分そんなこたーないと思うけど」

 内心、『そういう子だったからやめる』なんてそんな簡単にできるのかと疑問に思いつつも、つまり背を押して欲しいんだろう。

「そっかー……」

 阿久津は視線を落としてそう答えると、それきり黙り、目の前のハンバーガーをたいらげることに集中しだした。眺めるともなく眺めていると、外江の携帯からメールの着信音がひびく。気ぜわしく手を拭き、携帯を開いた。もっとしっかり油をとれる手拭きを用意してくれたらいいのにとよく思う。

 伊草からだった。彼女が出来たぞ、ばーか。

「はっ?」

「うぇっ?」

 外江のすっとんきょうな声に、阿久津の口から欠けたピクルスが落ちた。


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