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その10.君に繋ぐ数字

「との、はらちゃんとのその後にシンテンはないの? 報告お待ちしているんですけど」

 500mlパックのバナナオレを飲みながら、伊草は夏期講習のテキストを自習机に置く。

「ない」

 先ほどの小テストの復習を終え、外江はシャープペンシルを投げて足を組んだ。

「えーえーちょっとなによそれ、夏休みですよ、8月入りましたよ、17の夏ですよ? 携帯とアドレス交換したんでしょ?」

「したけど」

「連絡してないの?」

「したけど」

 そのときのことを思い出して、外江の眉間にしわがよった。


 終業式の早朝、携帯とアドレスを交換した。その日の夜、外江は渡良辺に初めてメールを送った。内容は特に思いつかなかったので、ただ「今なにしてる?」とだけ入れた。

 渡良辺から返信は来なかった。20時を回った頃で、もしかしたらまだ夕食どきだったか、風呂でも入っているか、ともかくまあ気にせず待つことにした。ただ、すぐに返信が来ると、期待していなかったとは言えなかった。

 返信は結局、深夜の1時を回った頃に来た。

”王子、それなんだかイタ電のアレみたい”

「おい」

 思わず携帯の画面に声を出して突っ込みを入れていた。眠っていたところを起こされて、いやそれは別にかまわないんだけれども。外江は即座に渡良辺はらにダイヤルする。1回めのコールの途中で慌てた渡良辺の声が出た。

「あんたな!」

(と、突然鳴らさないでよ、深夜なんだよものすごくびっくりしたっ……)

「知るか! 遅れた挙句の文面があれとかなんなんだよ」

(だって、だって)

「だってじゃないよ」

(でも)

「でもじゃない」

(………)

 渡良辺は、あーとかうーとかうなる。ほかにあるだろ、ほかに言うこと。

「さっきのメールの返事は」

(えっ?)

「なにその今はじめて聞きましたな反応。なにをしてたのか聞いてたんだから、それ答えればいいでしょ」

 憮然とした声のまま、それでも会話の糸口を示したつもりだった。本気で怒っているわけじゃないけれど、楽しみに待っていた分の感情のねじれはあった。話をしたかったし、声を聞きたかった。

(……別に、たいしたことはしてないし)

 なんだそれ。もごもごと口ごもっての答えに、これから許す予定だった気持ちがさらにねじくれた。テレビ見てたとか、携帯放置してたから気づかなかったとか、そんな言い訳が来て、そうしたら俺はそうかと言って今度は別の話になるんじゃないのか。

「メール気づかなかったの?」

(気づいてたよ!)

 は?

 彼女の、とんでもない、なにをばかなこと言ってるんだという勢いに、外江がおどろく。

「……気づいてたのに、返事をよこさなかったの? たいしたこともしてなかったのに?」

(え)

 どうにもぐずぐずとした渡良辺の言葉に、外江の気持ちはしゅんとしぼんだ。先ほどまでは、それでも彼女と話していることに浮き立っていたのに。

「なんか迷惑だったみたいだな。ごめん。切るよ」

(あ)

 楽しみにしていたのは自分ばかりのようだった。


「えー、それでそのあと」

「なにも」

「ないの!?」

 伊草をにらむ。

「ていうか、あなたら、なんでまともに付き合ってもいないのに痴話ゲンカができるの?」

 本気で呆れるなよ、この野郎。しかし外江に返す言葉はない。

「……これ、痴話ゲンカ?」

「でしょ」

「なんで? どこがボーダー?」

「との普通そんなことで怒んない」

 ぽろっと目からウロコが落ちた。

「そっか」

 念のため、さっきの相手を伊草や、面識のない女子に当てはめてみる。

「ほんとだ。やっぱり、俺は渡良辺が好きなんだな」

 ぶほっと伊草がバナナオレを吹いた。彼のテキストにかかり、悲鳴を上げる。

「大丈夫か?」

「おまえのせいだよ!」

 しかし伊草のお怒りなどどうでもいい外江は、口だけの気遣いで携帯をとりだし、メールを打ちはじめていた。バナナオレの甘い甘い匂いをかぎながら。


 外江は伊草と別れ、家に急いだ。

”会おうよ”

”いつ?”

”今。だめなら一番はやいとき”

 渡良辺は、しばらく時間を置いてから、一時間後ならと返してきた。外江は近くで一番栄えている駅の南口を指定した。


 外江は、携帯の時刻を見た。17:05。腕時計もしているけれど、渡良辺からの連絡に備えて手には携帯を持ったまま。約束の時間から5分。多少遅れるくらいは別に気にしない。ただ、渡良辺はなんとなく時間にうるさそうな印象があったから、少し心配だった。毎日朝7時に登校していたような彼女だ。

 街頭ビジョンにPVとともに点灯する時刻も、外江の携帯、腕時計ともに同じ。落ち始めた夕暮れのデッキに行き交うひとびとを見ながら、小さく息をつく。

 17:15、電話が鳴った。

「もしもし? 渡良辺?」

(どこにいるの……?)

 こちらがあせるほど、心細そうな声だった。彼女の方も喧騒の中にいるらしく、がやがやと音が聞こえてくる。

「えっと……名前わかんないな、大画面あるだろ、あれが見えるとこ。改札からデッキに出たとこ」

(デッキのどこ?)

「渡良辺どこにいるの? 教えて、俺が行くから」

(改札のところ、駅ビルの入り口があるほう)

「わかった」


 言った通りのところで、渡良辺は立っていた。ひとの流れを横切って、彼女のところへ着く。

「ごめんね、わたし南口って改札だと思ってて」

「いや、確認しておけばよかったから……、渡良辺?」

 渡良辺の目からぽろっと涙がこぼれた。彼女は自分で驚いたらしく、涙を指でとってまじまじと見た。

「わあ?」

「え、いや、わあってせめて俺が言うことじゃ」

 止まらなくなったらしく、ぽろぽろとこぼれはじめる。止めようとぎゅっと目をつぶって、なんだかがんばっている。外江は、渡良辺の腕をとってひとのすくない駅のすみへ行った。渡良辺はしばらくそこでうつむいていた。落ち着いたらしく、一度大きく呼吸をした。

「あー、びっくりした……」

「だからそれ俺の台詞……」

「う、うん、ごめん」

「どうしたの?」

「……胸がぎゅーってなった」

「……そう」

 聞かないほうが良かった。こっちが赤面する。思わず口元を手でおさえていると、渡良辺がこちらを見上げていることに気づいた。

「このまえ、ごめんなさい」

 いつもいつも逃げるくせに、たまに向かってくれば渡良辺は直球だ。自分が悪かったような気がして、居心地が悪くなる。というか、あんな電話の切り方もないと今更思った。渡良辺はどんな気持ちがしただろう。さっきの涙が、まるであのときの続きのような気がしてひどい罪悪感に襲われた。

「俺もごめん」

 気まずい沈黙。ふたりは壁にもたれ、通り過ぎるひとびとを見送る。ぼちぼち、働く人々が終業時間を迎えはじめる頃。

「……待ち合わせ、北口の、友愛の像のとこにしておけばよかったな。あそこなら間違えないし。でもあそこナンパとかあるし、いつも友達と待ち合わせるとこを言ってた」

「わたし、ナンパされたことない」

「いや俺が。されるの」

「…………」

 見つめ合う。なんともいえない渡良辺のへの字口に外江は吹き出し、渡良辺はさらにむっとした。

「王子だものプリンスだもの、それはそうですよね」

「怒ったの?」

「怒ってないよ! わたしだって外江君の見た目が好きなんだもの!」

「……言い切ったし」

 ふんっと鼻を鳴らす。どこに沸点があるのか、どこに琴線があるのか、さっぱりわからない。隣に並びながら、また少し沈黙。

「メールを送ったとき、ほんとはなにしてた?」

 渡良辺は、少しうつむいた。

「手紙を書いてたの」

 ああ。しまった。外江は自分の下手を知る。渡良辺は赤い顔のまま、外江を見上げた。外江の服のすそをぎゅっとつかむ。

「ごめんなさい。メールすぐ返そうと思ったんだけど、素直に書くの、……恥ずかしくて、でもそう書いたほうがいいのかなって、だってほら外江君わたしの手紙、す……、って、」

 勢いあまって詰め寄ってくる。外江は駅の壁に背をぶつける。

「い、色々考えちゃって……結局あんなので、ね、ネタに走って自爆したのごめんなさい反省はしてるの」

「ネタって」

「予定ではね、あのメールに外江君が気づくのは次の日の朝以降のはずだったの、で、なんだそれってメールが返ってくるから、それまでに”なにをしていたか”についての返事を決めようって思ったのっ」

 もーこのめんどくさい子。どうしてくれよう。外江は口がぬるく笑う。

「でも外江君が電話してくるから! そんなに怒ったのかと思って、それに電話なんて王子から電話なんてびっくりするじゃないびっくりするでしょう!? まともに話せなくたってしょうがないでしょう」

「……別に、そんな怒ってなかったけど」

「うそ、声怒ってたよ!」

「そりゃ、そういう口実で電話したんだ。少しはそうしとかないと」

 つりあがっていた眉がぱっと下がる。

「声を聞きたかったんだよ。メールも、待ってた。返事」

 見つめたとたん、ぱっと顔をそむけられる。また逃げた。また壁を背にふたりで同じ方を向きながら、小さく息をつく。

「……ため息、ついちゃやだ」

「え?」

 渡良辺が、外江の手をぎゅっとにぎった。

「あきれないで……、もう少しだけ、待ってて」

 面倒だって、思わないで。

 外江は空いた手をまわし、髪からのぞくまた赤く染まった耳をつねった。

「いたいっ」

「それはいいけど、メールの返事はしてクダサイ」

「す、するよ、するから! やめてよちっちゃい子みたいじゃないっ」

「ちっちゃい子でしょ」

「ちがうよ!」

「じゃあ、ちゃっちい子」

「もっと悪いじゃないの!?」

 ショックを受けた顔がおかしくて、外江はくすくす笑う。耳から手を離し、つないだ手はそのままで彼女を引いた。

「ごはん食べにいこ。なにがいい?」

「外江君が好きなのがいい」

「俺が好きなやつ? 辛いヤツかなあ」

「……まさか、激辛とか好きなひと……?」

「わりと」

「あ、えっと、やっぱりなんか流行りのお店とかで」

「辛いのだめなの?」

「その意地悪そうな顔はやめて!」

 夕日が落ちて、空には一番星。夏の暑さと体温で手がじっとりと汗ばんでも、ふたりは手をつないだまま歩いた。


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