黒ちゃん、意外な決断
哲夫がG区画の家に戻って来ると、庭の奥から音が聞こえてきた。
バチッ バン!
「あぁぁあああい!」
シュッ、バン、バチン!
「はっはっは、やってますな」
哲夫はタマシリと茂雄がスパーリングをやっているリングへやってくると座って見学をし始めた。
バン、バチン、シュッ!
タマシリは茂雄のラッシュを必死に避けると、茂雄は下がって構え直した。
すると、タマシリは大きく踏み込んで茂雄直伝の右フックを放った。
ブワッ
バッ、ズバン!
しかしなんと、タマシリの右フックよりも早く茂雄の右フックがタマシリの顔面に炸裂した。
シュゥゥウウウ
タマシリは消滅するとコーナーにリスポーンした。
茂雄はファイティングポーズを解くとタマシリに言った。
「タマシリさん、だいぶ良くなりましたね」
「ありがとうございます、お師匠様」
その時、茂雄はリングの外で見学している哲夫に気づいて話しかけた。
「あ、哲夫さん。お戻りになられたのですね」
「はい。見学させていただいています。わたしは茂雄さんの試合をテレビで見ていた世代なものですから、こんなに近くで試合を見れるなんて最高です」
「あぁ、はは。ありがとうございます。ははは」
茂雄は照れながら頭を下げた。
茂雄は再びタマシリとスパーリングを始めると、朝練に来た黒ちゃんが庭にやって来た。
黒ちゃんは見学している哲夫に挨拶をした。
「おはようございます、哲夫さん」
「あ、おはようございます黒ちゃんさん」
するとベンドレもやってきて哲夫と黒ちゃんに挨拶した。
「おはようございます哲夫さん。おまたせしました、黒ちゃんさん」
「おはようございますベンドレさん」
「ベンドレさん、朝早くにお呼びして申し訳ありません。宜しくおねがいします」
「いえいえ、こちらこそ宜しくおねがいします」
黒ちゃんは昨日、メッセージでベンドレに稽古をしてもらえるよう、お願いしていたのだった。
2人は挨拶を交わすと哲夫に頭を下げて横に座り、茂雄とタマシリのスパーリングを見学した。
哲夫、黒ちゃん、ベンドレはしばらく茂雄とタマシリのスパーリングを見学していると、茂雄とタマシリがリングから降りてきた。
タマシリは茂雄に何度も頭を下げながらお礼をした。
「シゲオさん、今日もレッスンありがとうございました」
「いえいえタマシリさん、筋が良いですね」
「早く習得したいです。がんばります」
「大丈夫。あなたなら、すぐに出来るようになりますよ」
茂雄が笑顔でそう言うと、タマシリは両手を合わせて挨拶した。
「シゲオさん、またおねがいします」
「はい。お待ちしていますよ」
「ありがとうございます。では」
シュゥゥウウウ
タマシリはログアウトしていった。
茂雄はリングから降りて見学していたみんなと挨拶を交わすと、ベンドレが黒ちゃんに言った。
「では、始めましょうか」
「はい、おねがいします」
ベンドレと黒ちゃんがリングに上がると、哲夫は嬉しそうに声をあげた。
「次はベンドレさんと黒ちゃんさんですか! 今日は面白い試合が続きますな!」
リングから降りた茂雄は哲夫の隣に座ると、笑顔でリングを見守った。
リング上のベンドレと黒ちゃんは一礼すると、お互いに両手剣を構えて静止した。
すると茂雄がリングの下から黒ちゃんに言った。
「右の方、あなたはもう勝てません」
「えっ! それは、どういう……」
「左の方の構えは体の使い方を分かっていらっしゃいます。言ってみれば弓を引いている状態です」
それを聞いたベンドレは小さく笑顔になった。
「しかし、右のあなたはこれから弓を引くところです。同時に斬りかかれば負けるでしょう」
「なっ、えっ?」
するとベンドレが黒ちゃんに言った。
「やってみれば分かると思います。いつでも掛かってきてください」
「は……はい。わかりました。行きます!」
ベンドレと黒ちゃんは剣を構えると、同時に飛び出した。
ブワッ!
ズバッ!
「ぐわっ!」
すると茂雄の言った通り、ベンドレが先に黒ちゃんの胸を斬りつけた。
黒ちゃんは慌てて距離を取ると、ベンドレは剣を構え直して黒ちゃんの攻撃を待った。
「な……、なるほど……」
黒ちゃんはそう呟くと、茂雄の言葉を思い出して構えを変え、ベンドレに言った。
「ベンドレさん、構えを変えてみます。もう一本お願いします!」
「はい。いつでもどうぞ」
黒ちゃんは、今度は素早く踏み込んでコンパクトに剣を振り下ろした。
ブワッ!
しかしベンドレは黒ちゃんの剣を頭から突っ込むように避けると、体ごと回転させて黒ちゃんの剣を弾き飛ばした。
ガキン!
「うっ、だめか!」
カラーン……
黒ちゃんは慌てて剣を拾い上げると、茂雄が笑顔で黒ちゃんに言った。
「左の方の剣の攻撃は僕の右フックと似ています。先に相手の攻撃を避けながら体を回転させて、剣の力を増しています」
「なるほど……」
黒ちゃんは難しい表情になりながリング中央で剣を構えた。
「ベンドレさん、もう1本お願いします!」
「はい」
黒ちゃんは静かに剣先を下げて後ろに構えると、ベンドレは大きく踏み込んで上から剣を振り下ろした。
ブワッ!
黒ちゃんはベンドレの剣の動きを冷静に見ると、ベンドレと同じように頭から突っ込んでいった。
「うぉぉぉおおおお!」
ゴン! ズバッ!
シュゥゥウウウ……
なんと、頭から突っ込んでくる黒ちゃんにベンドレの膝蹴りと袈裟斬りが炸裂して、黒ちゃんはリスポーンした。
ベンドレは剣を納めながら黒ちゃんに言った。
「黒ちゃんさん、ただ闇雲に頭から突っ込んでしまっては、やられてしまいますね……」
「な……、なるほど……」
その様子を2階の道場から眺めていたアカネは、横で一緒に見ていた大熊笹に笑いながら言った。
「あらら、黒ちゃんガッツリやられてるなー」
「はっはっは。黒ちゃんさんは、盾があったら強いかもしれませんね」
「え? そうなの?」
「ベンドレさんの先程の攻撃は、回避と攻撃が一体となった素晴らしい攻撃でした。まるで茂雄さんの右フックのようでしたね」
「まじで? やっぱベンちゃん凄いんだなー」
「黒ちゃんさんは、とにかく先手を取りたいようですから、盾で突撃すれば防御しながら攻撃できるんじゃないでしょうか」
すると、それを聞いたアカネが大声でリングの黒ちゃんに言った。
「黒ちゃーん! 熊じぃが盾を持ったらどうかってー!!」
黒ちゃんはそれを聞くと、驚いた顔で聞き返した。
「た……、盾!?」
しかしベンドレはウンウンと頷くと、黒ちゃんに言った。
「黒ちゃんさん、盾は防御だけでなく立派な武器にもなります。殴れば攻撃力のステータスが反映されます」
「なるほど……。確かに大きな盾は鈍器になりますね……。しかし、片手に盾を持つとなると武器は……」
黒ちゃんが迷っていると、ベンドレも考え込みながら言った。
「そうですね。片手で持てる軽量な剣がありますが、正確で繊細なアクションが必要ですね……」
「正確で繊細なアクション……。私が最も苦手なやつですね……」
「なるほど……。ランスなら大振りでも一撃を狙えますが……、あっ! アレがありますね!」
「アレ?」
「はい、棍棒です」
「こ、棍棒!?」
黒ちゃんが驚いているとベンドレは説明を始めた。
「金棒も片手で持てるのですが、重さがあって素早い攻撃ができません。ですが、棍棒なら素早く攻撃できます」
「なるほど。盾の攻撃は重たくて遅いから、素早い攻撃ができる棍棒のほうがマッチするんですね」
「はい、その通りです。左手に重たい鈍器、右手に素早い鈍器。ダブル鈍器で殴り放題です」
「ダブル鈍器で殴り放題……。なんだかテンションが上がる言葉ですね」
黒ちゃんは少し嬉しそうな表情になると、ベンドレは少し笑って話を続けた。
「興味があるみたいですね。棍棒も『欅の棒』くらいのランクになれば攻撃力も高いです。ですが……」
「何か問題が?」
「はい。耐久値が極端に低い武器なので、すぐに折れます」
「えっ、折れるんですか!?」
「はい、でも大丈夫です。すぐに新しい棍棒を装備すれば問題ありません」
「な、なるほど……。では何本か持っておかなければなりませんね」
「そうですね。ですが値段も安いですし、イザとなれば両手剣も装備できますし」
「ああ、確かにそうですね!」
黒ちゃんは納得した顔になると、突然リングを飛び降りた。
そして庭の外へ向かって走りながらベンドレに言った。
「ちょっと、盾と棍棒を買ってきます! 少々お待ちを!!」
「あ、はい!」
黒ちゃんは庭の外に出ると、イークラトへ転移していった。




