五. 西上
元亀三年(1572年)九月末。
甲斐の山々は、燃えるような紅葉に先駆けて、深い群青の影を落とし始めていた。風はすでに秋の冷気を帯び、躑躅ヶ崎館の廊下を抜けるたびに乾いた音を立てる。
高坂昌信は、主君・武田信玄の居室の前で足を止めた。
手には一通の書状を携えている。入室の声をかけようとしたその時、奥から重く、湿った咳の音が聞こえてきた。一度、二度。それは肺の底を削るような、苦しげな響きを伴っていた。
昌信はわずかに眉をひそめる。美丈夫と名高いその顔に、隠しようのない憂慮が走った。
「失礼いたします、昌信にございます」
意を決して入室すると、そこには机に手をつき、呼吸を整える信玄の姿があった。行燈の光に照らされたその頬は以前よりも削げ、血の気が失せている。
「御屋形様、お体の具合は……」
「案ずるな、昌信。ただの風邪だ」
信玄は何事もなかったかのように顔を上げ、鋭い眼光を向けた。それは病魔を撥ね退けるような、峻烈な意思の光であった。
昌信はそれ以上踏み込むことを控え、黙って書状を差し出した。
「京より、将軍家からの文にございます」
信玄は無言でそれを受け取ると、書状を開く。
書状の主は将軍・足利義昭。その内容は、織田信長を「天下の凶徒」と断じ、武田にその討伐を命じる御内書であった。
信玄は読み終えると、静かに目を閉じた。
部屋を支配するのは、重苦しい沈黙である。昌信は息を詰め、主君の決断を待った。時間は、あたかも止まったかのように長く感じられた。
脳裏にあるのは、現在の天下の情勢だ。
駿河の今川はすでに滅び、北条とは同盟を回復している。宿敵・上杉謙信は越中の一向一揆への対応に追われ、当面は動けぬ。
信長の同盟者である徳川家康とは、三河・遠江を巡って一触即発の状態が続いていたが、織田と武田の間には表向き、友好の礼が保たれてきた。
だが、今。将軍の命という大義名分が、その均衡を打ち破ろうとしていた。
どれほどの時間が流れただろうか。
信玄はおもむろに目を開くと、深く、力強い声で告げた。
「……出陣だ」
その一言が、静寂を切り裂いた。
「瀬田橋に我旗を立てよ」
十月三日。
武田信玄は、将軍の呼びかけに応じる形で、ついに甲府を進発した。後に「西上作戦」と呼ばれる、武田家最大の勝負がここに幕を開けたのである。




