勇者召喚は呪でした
「父上様、なぜ私に黙って勇者召喚をなされるのですか?」
第一王女のアリーは雪崩れるように玉座に入ると国王を前にして泣き言を言った。なぜ王女は国王に対して自分の苦しみを訴えたかというと、伝統では召喚された勇者が世界を救うと、年頃の王女は勇者と結婚することになっているからだ。
普通なら第一王女が召喚された勇者と結婚するだけなら何の問題もないかと思うだろうが、それは歴代の召喚された勇者の見た目を知らない者が言うセリフなのだ。彼等は概して全て超ブサイクなのだ。ブタ面と言うかオーク顔なのだ。顔の見た目が人とオークを足して2で割ったポーキー面だ。
勇者召喚がなされると第一王女のアリーは十中八九、このポーキー面勇者と結婚しなければならなかった。そんなの絶対に嫌だ。王女アリーにとってこの結婚は絶対に耐えられないことだ。これを逃れる唯一の方法は召喚された勇者が魔王の封印に失敗することだけだった。だが、王女アリーにはそんな事を願う事、できるはずがない。魔王の封印はこの世界の存続のためなのだ。魔王の封印が失敗すればこの世界が終わる。だからアリーがそんなおぞましい事を願うことなど女神様を冒涜しているのと同じことなのだ。どっちに転ぼうが、アリー王女は自分の残りの人生、ここで終わったと思っている。
この世界では勇者の召喚は約270年周期で行われている。それは魔王が勇者に封印され、復活するのにだいたい270年の歳月が必要だからだ。そして今年が丁度、前回魔王が封印されてから270年が経つ。アリーは自分の運命を呪った。なぜアリーが丁度16歳の時に魔王の封印が解かれようとしているのかと。ちなみに魔王は不死身だ。倒す唯一の方法は今の所、異世界から召喚された勇者の封印しかない。
「これはしょうがないことなんだよ。復活する魔王を封印するにはどうしても勇者様の力が必要なんだ」
国王が慰めるように言うとアリー王女は絶望のあまり地面にひざまずくと天を仰いだ。だが、もう召喚儀式の準備は終わっている。儀式に必要な12人の召喚師はもうすでに揃っている。後は召喚儀式を執り行うだけだ。アリーは召喚師の長である聖女様に近づくと懇願した。
「見た目がハンサムな勇者を召喚して下さいとまでは言いません。なるべくブサイクな勇者の召喚を避けてはいただけないでしょうか」
「善処します」
聖女様はそれしか言えなかった。確かにあんなブサイクなポーキー面勇者と結婚しなければならない王女様には同情する。だからと言ってハンサムな男を選んで、勇者として召喚させる事など聖女様にはできるはずはなかった。そもそもそんな事が出来れば、歴代の勇者が全員ブサイクな訳がない。
聖女様は他の召喚師と一緒に輪を形成すると、召喚の儀式を執り行った。聖女様は女神様に願った。もし可能であれば、王女様の為にハンサムな勇者を召喚させて下さいと。
「勇者召喚」
聖女様がそう宣言すると魔法陣が神々しく光って、その中心から人影が現れた。そして光が薄れてくると共に召喚された勇者の見た目がより明らかなっていった。今回の勇者は根本的に前回の勇者の見た目とは違った。普通の人間の見た目だ。第一王女のアリー王女は安心するとホッと溜息を付いた。どうやらアリー王女の願いは女神様に届いたようだ。今回、女神様は歴代の勇者の世界からではなく、別の世界から勇者を召喚したようだ。
召喚された男は困惑しながら辺りを見渡していた。何が起こったか全くわかっていないようだ。
「勇者様、我々の世界へようこそ」
聖女様は男に挨拶をすると男は余計に戸惑った。
「えッ!ここはカルフォルニアではないのか?それに勇者って何?」
男は周りを見渡すと状況を少しづつ把握しだした。周りの居る人を見ると、男は彼等が今まで見たことのない衣装を身に着けている事に気付いた。
「ここはもしかして本当に異世界なのか?」
男は呟くと聖女様は答えた。
「はい、その通りです。勇者様」
アリー王女は勇者様に近づくと尋ねた。
「勇者様、お名前は何とおっしゃられるのでしょうか?」
「私はニューサムと申します。元の世界では政治の分野で活躍していまして、天才政治家として国家運営をしていました」
「そうなのですね。新しいタイプのハンサムと言うことでニューサム様なのですね」
ニューサムはそう言われると照れて、頭をポリポリと掻いた。
「所で、後ろの方はどなたなのですか?」
ニューサムはアリー王女に尋ねられると後ろを見た。何とそこには彼の盟友のトルドーがいるではないか。そう言えば、ここに召喚される前に彼と一緒に友人が主催するパーティに参加していたな。どうやらトルドーもこの召喚に巻き込まれたようだ。
「こちらの男性は私の盟友、トルドーと申します。彼も私と同じで政治の世界にいまして、隣の国で国家運営に携わっていました。どうやら私と一緒に召喚されたみたいですね」
「私はトルドーと申します。皆様、以後、お見知りおきを」
トルドーは軽くお辞儀をしながら部屋にいる人達に自己紹介をした。
「そうなんですね。供に宰相様なのですね。女神様はなんと素晴らしい勇者様を召喚していただけたのでしょうか。女神様に感謝いたします」
アリー王女は目を輝かせながら二人に告げた。
勇者召喚から1ヶ月が過ぎ、ニューサムとトルドーは召喚されたこの世界の実情をだいたい把握した。そして彼等は結論に至った。まず彼等が一番始めにしなければならない事は魔王の封印ではないと。魔王だって人に恨まれるために生まれてきた訳ではない。魔王にだって人権はあるのだ。彼等はLGBTQに更に魔王のMを付け加えるべきだと主張した。
「でも勇者様、魔王は忌むべき存在です。魔王を封印しなければこの世界が滅びます」
アリー王女はなんとか二人を説得しようとした。だが、この二人の勇者は全く聞く耳を持たなかった。ニューサムは循環論法を駆使し、巧みに自論を誘導した。
「魔王を封印しなければこの世界が滅びる?そんな事、わからないではないか。実際に魔王を封印しなくてこの世界は滅びたのですか?」
「それは……わかりません。実際に封印に失敗したことが今まで一度もないのですから。でも……」
「今、分かっている事は2つあります。1つ目は今、まさに魔王の人権が侵害されていることです。2つ目は魔王を封印しなくても世界が滅びるかどうかわからないことです。魔王を封印しなければ世界が滅びるとはおとぎ話の戯言であって確証が取れていません」
「ですが……」
アリー王女は言葉に詰まった。確かに勇者の言っている事は論理的には間違っていない。だからと言って正しい訳もない。だからアリー王女にはここで世紀のギャンブルに打って出る事はできない。なぜならこのギャンブルに負ければ世界が滅ぶのだから。
ニューサムは更に魔王を封印することよりも、もっとしなければならない事があると主張した。
「我々二人はここ1ヶ月、王国を視察し、気付いた事があります。それは貧富の差が激しい事です。世界を救うにはこれを解消する必要があります」
「はい。そう言われればそうなのですが……」
こんな事言われて表立って否定する人はまずいない。そんな事をすればその人は自分の人格を疑われてしまうからな。アリー王女はその一人になるつもりはなかった。
「では勇者様はいかにして貧富の差を解消すべきとお考えでしょうか?」
ニューサムはまるで水を得た魚のごとく堂々と答えた。
「それは万引きを合法化すればいいのですよ」
「エッ!」
アリー王女は思わず自分の耳を疑った。まさかそのような言葉が勇者の口から出るとは夢にも思わなかったからだ。そんな事をしても貧富の差が解消できるとはとても思えない。
「勇者様、お言葉ですが……そんな事をしたら王国は大混乱してしまいます」
「そんな事はないですよ。私が向こうの世界にいた時、私が統治している地元で私が実施しました。そして着実にいい実績を上げていますよ」
「そ、そうなんですか!」
アリー王女は驚きのあまり、声を上げた。そんな事、本当にあり得るの。
「で、でも……」
ニューサムはアリー王女の言葉を遮るように続けた。
「民が貧しいのは世の中がフェアではないからです。全ては世の中が悪いのです。だから貧しい民に自由に万引きをさせれば貧富の差がおのずと縮まり、世の中はよりフェアな世界になります」
ニューサムがそう言うと、それを聞いていたトルドーも同意するかのように頷いた。
「と、とてもそうとは思えませんが、もし勇者様達がそう言うのであれば……」
アリー王女は疑問を持ちつつ、政治経験が豊富な二人の意見に耳を傾けた。
王国で万引きが合法化されてから1ヶ月が過ぎ、事態はとんでもない方向へ向かっていた。王都は混乱を極めた。王都では万引きがやりたい放題になっていた。増えた犯罪は万引きだけではなかった。殺人も激増した。抵抗した商店主や貧民が死んだからだ。王都ではなんでも有りの犯罪天国と化していた。これではまるで世紀末の世界だ。貧民は集団で王都へ繰り出し勇者の名前を何度も連呼した。
「取るドー、取るドー、取るドー」
王都の警備隊が取り締まろうとも貧民は勇者の名前を連呼しているだけだと主張して引かない。王国では勇者の名前を連呼する事は伝統だ。それを頭から否定することはご法度だ。たとえ法律が勇者の名前を連呼する事を禁止しても女神様は許す、みたいな感じだ。
『取るドー』が合図になり、この暴動は王国各地に広まった。当然の事ながら全ての商店は店を閉め、主だった商人は外国へ逃亡した。そして王国の民は買い物難民になった。王国内では盗賊が蔓延り、王国の運命は風前の灯火となっていった。業を煮やした国王はこの大混乱をもたらした二人の勇者を山奥へ捨てた。世界が滅びる前に王国が滅びようとしているのだから仕方がない。一瞬、殺処分の文字が脳裏によぎったが、曲がりなりにも女神様が選んだ勇者だ。女神様の意思を差し置いて、勝手に殺処分するわけにはいかなかった。
だが、二人の勇者を山奥へ捨てたからと言ってすぐに国が元通りになる訳ではない。一度失った信頼はすぐには戻って来くわけがないからだ。商人に戻ってくるようにお願いしても、またすぐにとんでもない馬鹿をしでかすかもしれないと警戒されて、商人達が戻って来る気配は全く感じなかった。
国王は12人の召喚師を謁見の間に招聘すると、怒りを顕にし愚痴った。
「どこのどいつだ!あんなクソ勇者を召喚しやがった輩は!」
12人の召喚師は皆、そっぽを向いて知らん顔を決め込んだ。それもそのはず。召喚師に誰を召喚するかを選ぶ権利はそもそもないのだから。
その後、この世界がどうなったのかは誰にもわからない。そもそも記録がないのだから。記録がないということは、この世界に誰も記録を取る人がいなかった事になる。以後、この世界がどうなったかは、今や女神様のみぞ知ることとなる。