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君と線香花火のあいだに

作者: 星路樹

 プロローグ

 一瞬のきらめきが、一生の記憶になるなんて。

 あの夏の自分は、まだ知らなかった。


 太陽は、ぼくの輪郭を滲ませる。

 空は色褪せていて、やけに潮っぽい空気の中に、ひと匙の寂しさが混ざっていた。

 蝉の声も空気に溶け込んでいる。胸の奥が、冷たくなるような、そんな風が吹いていた。


 あの日、僕はともりと出会った。

 校庭の端、ベンチのそばでひとり立っていた彼女は、あまりに幻想的だった。

 まるで、誰かが手放してしまった記憶が、ふと迷い込んだように──そこにいた。


 初めて会ったはずなのに、どこかで見た気がした。

 そんな既視感に胸がざわついて、言葉を交わすのに少し時間がかかった。


 僕たちは出会い、そして、その夜、線香花火をともにした。

 光が散るたび、何か大事なものを思いだしていく気がして、

 僕は目を逸らせなかった。


 灯の横顔に、見たことのない懐かしさがあった。


 その理由がわからないまま、僕はただ、彼女の瞳の奥に映る火花を見ていた。


 そのとき僕は、思ったんだ。

 夏が終わったら、灯とも会えなくなる。

 ――この夏は、終わるためにあるのかもしれないって。


 “この夏が終わる”ということが、

 “なにかが戻らない”ということと、どこかで重なっている。


 日が沈むごとに、僕の中の何かが、少しずつ遠ざかっていく。

 大切な何かを取りこぼしていくような、手が届かない何かに呼ばれているような――

 そんな感覚が、時々、胸の奥で波打つ。


 だけどその意味に、僕はまだ気づいていなかった。




 第1話:出会い


 夏が、もう少しで終わろうとしていた。


 海が近いわけではないと思うのに、潮の香りを含んだ湿った重たい風が、ゆっくりと僕のもとへ流れてくる。

 それはまるで、――二度と戻れない場所から届いた“別れ”ような匂いだった。

 どこか懐かしく、けれど胸を締めつけるようなその香りは、目に見えない何かの終わりを告げているようにも思えた。


 風が頬をなでて通り過ぎるたび、胸の奥に小さな波が立つ。

 やがてその波は静かに満ち引きしながら、僕という輪郭をゆっくりと削り取っていくようだった。


 蝉の声が遠のいていく。音としてではなく、残響となって空気の中に溶け、鼓動と同化していく。

 まるで、世界そのものが津波のように僕の存在を飲み込んでいくようだった。


 この町は、音が遠く、光が淡い。

 この町のすべてが水の底に沈んでいるようで、風景は薄い霧に包まれ、どこか現実味を欠いていた。

 まるで、誰かの夢の続きを借りているような感覚だった。


 引っ越し初日。

 気づけば僕は、知らない町の知らない中学校の運動場のベンチにひとり座っていた。

 夏の熱気にあてられたのか、意識も記憶もどこか霞がかっている。


 ――数分前。


 僕は夏休み中の中学校の職員室にいたはずだ。

 両親は担任の先生と、書類に向かい合っていた。

 その空気は重く、どこか水底に沈んだような静けさに満ちていた。

 僕は少し離れた席に座り、ただ黙って時間の流れに身を委ねていた。


 窓の外では、生徒たちがグラウンドを走り回っていた。

 その片隅、ぽつんと置かれたベンチが見えた。


 その光景はまるでガラス越しの水槽の中のようだった。

 確かに声や動きはあるのに、現実とは思えないほど隔たりを感じる。

 僕だけが、この世界の“こちら側”に取り残されているような錯覚があった。


 元気に駆け回る生徒たちの声は、どこか遠くから聞こえるような気がするだけだ。

 それは、単に物理的な窓の隔たりだけが理由ではない。

 彼らと僕の間には、もっと深い、目に見えない境界が横たわっている気がした。


 扉の向こうにいる彼らから、僕はきっと見えていない。

 そのことが少しだけ心地よくて、優越感のようなものを覚えた。

 誰にも知られずにいられることは、今日だけのささやかな特権だった。


 夏休み中の転校。

 夏が終われば、僕もこの学校の「一部」になる。

 誰かに名前を呼ばれ、誰かの記憶の中に刻まれ、誰かの物語に組み込まれていく。


 けれど今はまだ、境界の上を彷徨っている。

 それはまるで、この世界と別の世界線のはざまに立っているような、

 ――名もなき海岸の水面に、片足を置いているような曖昧な居場所だった。


 両親は依然として重苦しい空気の中で書類を記入していた。

 まだ時間がかかりそうだったから、僕はそっと職員室を抜け出して、グラウンドへと忍び込む。

 太陽の光が強く、僕の体を貫くように差した。


 思っていた以上に多くの生徒たちが、陽炎の向こう岸で汗を流しながら走り回っていた。


(夏休み中でも、こんなに……)


 その光景は、まるで別の世界の出来事のように思えた。

 僕の心には、海の底へと引き込まれるように、ゆっくりと沈んでいった。


 彼らは僕に気づいているのだろうか。

 気づいていても、きっと「僕」だと認識されてはいない。

 案の定、誰も声をかけず、僕も誰にも声をかけなかった。

 彼らの世界には、僕はいない。


 転入して、教室に入り、名前を呼ばれ、笑い合うようになって初めて、僕はこの学校の「誰か」になる。

 今の僕は、ただの影。


 ――今の僕は、潮風に紛れてこの町に漂い込んだ、誰かの記憶の名残なのかもしれない。


 それでも、そんな孤独に、僕はどこかで安堵していた。

 誰にも触れられず、誰にも知られない、今だけの時間が、まるでモラトリアムのように思えた。


 僕と彼ら。職員室にいたはずの僕。グラウンドにいた彼ら。

 僕は冷たいところにいたからか、まるで陽の差さない水底にいたようで、僕の肌はひんやりとしていた。

 それに対して、グラウンドいて走り回っていた彼らは、汗をたっぷりと流している。


 学校という同じ場所、同じ時間に存在しているはずなのに、立つ位置や見る角度ひとつで、世界の表情はまるで変わる。


 たとえば、夜空に咲く花火。

 真下で見上げれば、迫力と眩しさに圧倒されるけれど、儚さや余韻は感じにくい。


 少し離れた場所から見れば、光の軌跡と遅れて届く音が夜の静けさに溶け、

 胸の奥に、かすかな寂しさを残す。


 けれど、あまりに遠すぎれば、その空気が震えるような美しささえ、もう届かない。


 同じものを見ているはずなのに──。


 この町も、この学校も、きっと同じだ。

 近づき、触れて、初めて知る顔がある。

 遠くから眺めているだけでは、決して手に入らないものもある。


 でも、だからこそ思う。

 花火と同じように、

 僕にもきっと、「ちょうどいい距離」があるのだと。


 そんなことを考えながら、僕はそっとベンチに身を預けた。


 この世界は深く、遠い。

 その距離に寂しさを感じながらも、

 いつかきっと、縮まっていくと…


 だが、今の僕にできるのはこれで十分だ。


 そう思いかけた、その時――。


 音が、泡のように弾けて消えた。

 ただ、静かになった。

 世界から色が抜け落ちていくように、時間が止まった気がした。


「……ここに、いたんだね」

 まるで、ずっと探していたものを見つけたような声だった。


 突然背後からかけられた声に、思わず肩が跳ねた。

 振り返ると、そこに――

 ひとりの少女が立っていた。


 陽炎のように揺らぐ輪郭。

 風鈴のように音もなく揺れる髪。

 そして、僕の方をまっすぐに見つめる瞳。


 その瞬間、思った。

 ――また、会えた。

 初めて会ったはずなのに、そんな言葉が胸に浮かんでいた。


 少女は何も言わず、ただ微笑んだ。

 その微笑みが、音もなく崩れていく線香花火のように、胸の奥に火を灯した。


 背後から届いたその声は、水面を伝って届く音のようにやわらかく、どこか遠く、ゆっくりと届いた。

 思わず体を向けると、ふわりと懐かしい風が胸元を撫でていった。

 まるで、忘れていた記憶をなぞるように。


 僕はなぜか強い既視感に襲われた。

 どこかで――そう、夢の中で見たことがあるような……。

 時間が止まったような感覚。いや、彼女のまわりだけが、そっと別の世界に包まれているようだった。

 まるで止まっていた時計の針が、静かに逆回転を始めたような、そんな不思議な感覚だった。


 世界が、静かに動き出す。

 僕と、彼女を中心に。


 彼女の瞳は、僕のすべてを見透かすようにまっすぐで、けれどどこか哀しげに揺れていた。

 まるで、かつて確かにそこにいた誰かを、もう一度確かめようとしているかのような眼差しだった。


 運動場の喧騒はかき消えていた。


 風のざわめきも、遠くの声も、何もかもがぼんやりと遠ざかる中で、まるでこの空間だけが、別の世界線に存在しているようだった。


 空気が入れ替わったように冷たく静まり返り、彼女から降り注ぐような淡い光だけが僕をそっと包み込んだ。

 その光は、僕の輪郭をかすかに溶かし、影を消し去ってしまうほどに眩しかった。


 深い霧の向こう岸から現れたかのような彼女は、麦わら帽子をかぶり、二つ結びの三つ編みの髪を風に揺らしている。

 白い服の裾が淡く舞い上がり、光の粒が水中に溶けるように漂っていた。

 そして、ふと胸の奥がかすかに疼いた。

 これは夢なのか、幻なのか――いや、どこかで一度、確かに見た景色のような気がした。

 彼女の瞳は、まるで「ここにいるはずの僕」を探しているようだった。

 今の僕ではない、その視線が、どこか遠い場所を見つめているような感じて、

 胸の奥が、不意に締めつけられた。


 また、まるで時間が止まったような、不思議な感覚に包まれる。


 彼女の髪は、左右に分けて丁寧に編み込まれていた。

 細い指で時間をかけて結われたような三つ編みが、肩のあたりで静かに揺れている。

 結び目には、小さな茶色の組紐のような飾りがついていて、それが陽の光をわずかに反射して、微かなきらめきを生んでいた。


 ――この町には少し、似合わない。

 そんな幻想的な空気をまとった少女だった。


 でも不思議だった。彼女を見つめていると、

 まるで、僕が忘れていたはずの誰かに、今まさに再会しているような気がした。

 その懐かしさには理由が思い出せないのに、胸の奥だけが妙に騒がしかった。

 僕たちは前世で恋人だったのだろうか。


「ここに、いたんだね。」


 彼女の声は、風の音さえも吸い込むように静かで、深かった。

 その瞬間、世界がまるで――時を止めた。

 蝉の声が、音を立てて遠ざかっていった。


 昼下がりのはずの空が、妙に青白い。

 空気は冷たく、僕の影が地面からすうっと消えていく。

 まるで、この世界線に存在していないものとして、陽射しに拒まれたかのように。


 その時、太陽の光が僕の後ろから差し込み、強い逆光となって彼女に差し込む。

 彼女はほんの少し目を細め、その視線は彷徨っている。

 その仕草が、まるで彼女自身がこの世界から迷子になったかのように、儚げに感じられた。

 僕は思わず、その微かなしぐさに目を奪われる。

 そして、それはあまりに神秘的で、今の僕には手の届かない存在のように感じられた。


 手繰るような、赦しをこうような、潤んだ彼女の瞳が僕の方をじっと見つめていて、僕は、言葉を失った。


 逆光に照らされた彼女が、まるで光そのもののように、そこに立っていた。

 その姿は、神秘的でこの世のものとは少し違って見えた。

 ――まるで、彼岸と此岸を行き来できる者のような、そんな存在。


 彼女の視線はまっすぐ僕を見つめていた。

 そしてほんの少し涙ぐんでみえた。


 この瞳は、何を意味しているのか──。

 その瞬間、頭の奥で、かすかに何かが軋む。

 現実の歯車とは少しずれた、もうひとつの世界の音が、胸の内に静かに侵食していく。


 それは、かつて僕が確かに「いた」場所へと、再び引き戻されるような感覚だった。


 このほんの数秒の出来事に僕の思考は追い付いていない。

 そして僕はまだ彼女の言葉の意味を理解できずにいた。

 この状況と彼女の存在、そして彼女からの言葉。

 これらをすべて理解し、正確に解答するには、僕の思考回路はあまりにも小さすぎたのだろうか。

 すると、彼女は、静かに一歩を踏み出してきた。

 まるで周囲の音や熱をすべて遮って、そのひとつの動きだけが世界に響いているように感じた。


 次の瞬間、彼女はほんの少しだけ距離を縮めるように、ふわりと僕の正面に回り込んだ。

 その動きに、またもや思考回路が一時停止する。

 相変わらず時が止まった感覚のまま。

 潮風が漂ってくる。その密度はさらに増した。


 今度は彼女が太陽を背にして立った。

 その姿は余りに神秘的で、僕は息をするのも忘れた。

 いや、もうずっと前から息をするのも忘れていたように思う。


 彼女の影が、静かに僕の胸元まで届いていた。

 彼女の影は、僕の影をそっと上書きするように、静かに広がっていった。

 まるで、僕の「存在」を包み隠し、この世に残さないようにするための儀式のように。

 僕を救うかのように、ゆっくりと包み込んだ。

 初めて彼女に触れた気がした。

 空気の振動で伝わる、彼女の冷たい潮風が胸元をすり抜けていった。

 それは触れたのではなく、すでに触れるべきものがないと知っている風だった。


 僕の感情がまだこれらの出来事に追いついていない。


 そしてもう一度、今度は少しだけ声を落として――

 まるで何か秘密を打ち明けるように、彼女は言った。


「ねぇ、みなと君。探してたんだよ、ずっと。」


 彼女は僕の名前を呼んだ。

 さっきよりも、少しだけ近く、少しだけ柔らかく。

 声の温度がほんのわずかに下がっただけで、その響きは僕の心に深く染み込んでくる。


 麦わら帽子のつばをそっと押さえ、近づいた彼女の白いワンピースが、風にふわりと揺れた。

 そのやわらかな布地は光を透かし、彼女の輪郭ごと世界に溶け込んでいくようだった。


 そしてそのとき、初めて彼女の瞳と焦点が合った。


 その瞳は確かに潤んでいて、そこには明確な意味が宿っていた。

 自責の念のような影を湛えながら、どこか聖母のような、静かな感謝の温かさがあった。


 それは作られたものではない。

 彼女自身が持っている、儚さと覚悟の入り混じった眼差しだった。


 それは──別れを知る人間だけが持つ、取り戻せない記憶への寂しさだった。

 その奥に映っていたのは、彼女が知っている「過去の僕」だったのかもしれない。


 今度は、逆光で顔はよく見えないのに、

 彼女の瞳だけは、まるで深海のように静かに、深く、こちらを見つめていた。


 その視線は、冷たさでも温かさでもない。

 ただそこにある。

 ただそこにいる。

 それだけで、僕の心が静かにざわついた。


 僕はまだ、彼女の名前を知らない。

 なのに彼女は、僕の名前を知っている。


 彼女はもう、僕の物語の中にそっと入り込んでいた。

 状況、彼女の存在、問いかけ──そのすべてが混じり合って、僕はそのどれにも触れることができなかった。


 僕の思考はまるで水に沈んだように止まっている。

 でもその奥で、彼女のすべてを忘れまいと、何かが必死に命令を出していた。


 これがただの偶然なのか、

 それとも、もうずっと前から決まっていたことなのか――


 僕には、まだわからなかった。


 僕は思わず、目を細めた。

 それが逆光のせいなのか、彼女のきらめきのせいなのか――。


 彼女の動きは、夏の夕暮れに吹く風のようだった。

 激しさはないのに、いつのまにか心の奥まで入り込んでくる。

 何気ない仕草ひとつひとつが、夜空にふわりと咲く花火みたいに、

 一瞬だけ輝いて、けれどなぜか、心に残り続ける。


 麦わら帽子のつばをそっと押さえるその手つきは、

 まるで、遠ざかる夏を大事に抱きしめるかのようだった。

 その指先がわずかに動くたびに、空気がきらきらと揺れて見えた。


 裾が風に揺れる。

 それはまるで、線香花火がゆっくりと消えていくようで――


 笑顔も、そうだ。

 ぱっと咲いて、すぐに溶けてしまうような笑み。

 それでも確かにそこにあって、見た僕の心に、小さな火を灯していった。

 でもその奥には、かすかな影と憂いが存在している。


 彼女のすべてが、夏の中に生まれ、夏の終わりにしか存在しない――

 そんな、儚くて、忘れられない光のようだった。


 浮いているわけでも、馴染もうとしているわけでもない。

 彼女はただ、そこにいるだけ。

 けれどその違和感は、決して嫌味ではなく、

 むしろこの町の、この僕の、退屈な夏に落ちた一滴の透明な雨粒のような――

 そんな、静かで美しい衝撃だった。


 彼女のきらめきのせいなのか。

 彼女と出会った瞬間から、僕の心臓の鼓動が止まったような気がした。


 声をかけてきたときの彼女の視線は、どこか遠くを見るような眼差しで、

 それでいて僕を知っているような、不思議な温度があった。


 少し斜に構えた姿勢と、身長差から見下ろす表情に、一瞬だけ冷ややかさを感じたけれど――

 その瞳の奥には、確かに僕の姿が映っていた。


 心の奥で、何かがゆっくりと芽を出し始めた気がした。


「……あ、うん。どこかで会ったこと、あったかな。僕は今日からこの町に引っ越してきたんだ」


 座ったままの僕は、緊張でうまく声が出せなかった。

 聞こえるか聞こえないかくらいの、小さな声。

 まるで、僕の存在が押しつぶされそうになっているように。


 女の子は、ふわりと笑った。

 その笑顔は、陽だまりに咲いた季節外れの白い菜の花のようで、

 周囲の空気をやわらかく変えていく。


 麦わら帽子をそっと押さえながら、彼女は一歩、僕の方へ歩み寄った。

 その動きは、風に運ばれる花びらのように静かで美しかった。

 まるで彼女自身が、夏の風景の一部になったようだった。


 白いワンピースの裾が風に揺れ、その影さえも水面の波のようにさざめいて見えた。

 彼女の髪からは、ほんのりとした香りが漂う。

 それはシャンプーのようでいて、どこか懐かしく、

 まるで遠い記憶の中にだけ存在していたような香りだった。


 彼女は少しだけ体を屈めて、僕の顔を覗き込んだ。

 帽子のつばが影を作り、その奥で、潤んだ瞳だけが静かに輝いていた。

 その瞳には、まるで「僕の今」ではなく「僕の過去」を映しているような、不思議な深さがあった。


「……そっか」


 何かを言いたそうな表情をしながら、小さく、口の中で転がすように、彼女はつぶやいた。

 その声には、ほんのかすかに、安堵のような寂しさのような、複雑な感情がにじんでいた。


 そして次の瞬間――

 彼女は、ふっと優しく微笑んだ。


 その微笑みは、

「わたしは知ってるよ」「あなたが、ここにいる理由も」そんなふうに語りかけてくるような、やさしい響きを秘めていた。


 僕は、その瞬間、息をすることさえ忘れそうになった。


 胸の奥に、あたたかな波紋が静かに広がっていく。

 なにかが、今まさに始まろうとしている――

 けれど、どこかで、もうすでに終わっていたものが、また動き出すような、そんな予感だった。


 ──そして次の瞬間。

 彼女は麦わら帽子の縁にそっと指を添えて、僕の隣に腰を下ろした。

 まるで、水面に一滴の雫が落ちるような、静かな動きだった。


 空気が、明らかに濃密になった。

 彼女からは海の匂いがした。

 でもそれは潮の香りではなく、

 もっと静かで、もっと深くて、僕の記憶の底――触れられないほど遠くに沈んだ場所にしかない“何か”の匂いだった。


 夢の続きをなぞるような感覚。

 懐かしいけれど、はっきりとは思い出せない。

 けれど、たしかに――

 一度はそこにいた気がする。

 そんな曖昧で、けれど切実な感覚だけが、胸の奥でさざ波のように揺れていた。


 その音が、現実の中に差し込まれた夢の足音のように思えた。

 白く透ける肌が光を受けて淡くにじみ、まるで彼女の存在そのものが、この世にいながら別の世界のもののように思えた。


 顔に見覚えがあった。

 でも、それが現実の記憶なのか、幼い頃に見た夢の断片なのか、それとも僕の心が作り出した幻なのか――

 わからなかった。確かめる手立ても、ない。


 ただひとつ、確かに言えるのは、

 彼女がこの場所に現れたことには、きっと理由があるということ。


 そのとき、世界が静かに沈黙した。

 風も音も記憶も――すべてが彼女の周囲に吸い寄せられ、ゆっくりと時を止めていく。


 まるで、かつて僕はこの静けさを知っていた。

 そんな既視感が、胸を締めつけた。


 そのとき、彼女がぽつりと言った。


「……この匂い、覚えてるかな」

 甘いハーブのような香り──それは、どこか懐かしく、でも思い出せない。

 まるで遠い昔に、夢の中で嗅いだような……そんな感覚。

 その瞬間、僕の中のなにかが、ふっと乱れた。

 胸がざわめき、喉が鳴り、呼吸が浅くなる。

 知らないはずの女の子が、僕のすぐ隣に座っている。

 それだけのことで、どうしてこんなにも心がかき乱されるのだろう。

 彼女が近くにいるという事実だけで、世界の輪郭が少しずつ塗り替えられていく。


 空気の密度が変わる。温度が変わる。

 音が、遠くなる。

 音が遠ざかり、すべてが彼女を中心に回っているように感じた。

 彼女はすぐ隣にいるのに、数秒先を生きているようにも思えた。

 僕の意識は、否応なく彼女に引き寄せられていった。


 静寂の中で、彼女はただそこにいた。

 彼女はこの世界線に属していないような、この夏に属していないような。

 すくなくともこの町の人間ではない。けれど、どこか懐かしい。

 彼女はこの世界の隙間からやって来た、季節の亡霊みたいだった。


 視界の端に映る肩。

 帽子の隙間からこぼれた髪が、風にそっと揺れる。

 そのたびに甘く柔らかな香りがふわりと胸をくすぐる。


 そんな彼女が、ただ静かにそこにいる。

 僕の心は静かじゃなかった。

 ほんの数十センチの距離に、彼女の気配がある。

 それがあまりに現実離れしていて、彼女はこの町のこの現実に属していないような、

 まるで、異世界から来たような印象を与える。

 白く、細く、脆く、触れたら壊れてしまいそうな、硝子細工のようだった。

 すぐ壊れてしまいそう──。

 視界の端に映る肩先。風にそっと揺れる、帽子からこぼれる髪。

 その髪がふわりと動くたび、すこし遅れてかすかに香る甘い匂いが胸をくすぐった。

 懐かしい気持ちになる匂いだった。


 彼女の顔を見たい。声をかけたい。名前を聞きたい。

 でも、できなかった。

 この瞬間の中で彼女は、あまりに特別で――

 あまりに神聖で、僕は言葉を喉の奥に押し込むしかなかった。


 沈黙の中にいるのに、音が多すぎる。

 自分の呼吸の音すら、恥ずかしく感じるほどだった。

 僕はそっと息を止める。


 けれど、彼女はそんな僕を気にする様子もなく、ただそこに座っていた。

 風を受けながら、麦わら帽子を少し押さえ、まるで夏の風景の一部のように。


 それが、なおさら僕を混乱させた。

 どうして、この人はこんなにも自然に僕の隣にいられるんだろう。

 どうして、何もしていないのに、こんなにも僕の心を乱せるんだろう。


 僕は、答えを知らないまま、ただじっとその時間に身を浸していた。


 しばらくの沈黙のあと、彼女がふいに口を開いた。

 その声は驚くほど静かで、けれど、不思議と耳の奥に深く残った。


「……ともり」


 たった一言。

 それだけなのに、胸の奥が、小さく震えた。

 何か大切なものを、そっと手渡されたような感覚。

 深い深海に沈んだ、忘れていた音を呼び戻されたような――そんな気がした。


 彼女の微笑みには、懐かしさと切なさが混ざっていた。

 遠い記憶の匂いがして、けれど、同時に

 “もう会えない誰か”に微笑まれているような錯覚すら覚える。

 彼女だけが、僕よりも少し先の世界線にいるようだった。


 その声には、なぜだか確信があった。

 その言葉は、“印”を刻むように、僕の細胞に染み込んでいく。


「ともり……」


 思わず、その言葉を呟き返していた。

 呪文のように、何度も、心の中で繰り返す。

 切なくて、温かくて、けれど、どこか儚い響き。

 その言葉を口にした瞬間、彼女との距離が、ほんの少しだけ縮まった気がした。

 目には見えない、細く柔らかな糸がふっと繋がったような感覚だった。


 胸が少しだけ、苦しかった。

 でもその苦しさは、不思議と心地よくて、

 僕は知らず知らずのうちに、深く息をしていた。


 彼女は首をほんの少し傾けて、またふっと笑った。

 その笑みには、そっと包み込むような優しさがあった。


「覚えておいてね」


 託すように、そうささやかれたその言葉は、やわらかな風に乗って、

 まるで夏の終わりの約束みたいに、静かに胸の奥に沈んだ。


 “ともり”――

 その意味を、僕はまだ知らない。

 けれどその響きは、太陽の残光のように熱く、

 胸の奥に、焼きついて離れなかった。


 彼女はそっと後ろで手を組み、少しだけ身を乗り出して言った。

 空気は、さらに濃密になった。


「私はともり。火って書いて、灯だよ」


 それは、ただの自己紹介じゃなかった。

 その名を口にした彼女の声には、祈りのような想いが込められていた。

 名前を告げるというより――「忘れないで」と、静かに託される音。


 心がきゅっと、縮まる。

 初めて聞くはずの名前なのに、

 それはまるで、ずっと昔に出会っていた誰かが、

 もう一度だけ、僕に名前を届けにきたような響きだった。


 その瞬間、胸の奥に、ひんやりとした波が広がるのを感じた。

 彼女が名乗った“その名前”は、

 どこか遠く、記憶の岸辺に置き忘れてきた音だった。


 その名前には、どこか古風な響きがあった。

 けれど、不思議なことに、それが彼女の雰囲気に驚くほどしっくりと馴染んでいた。


 日本人離れした、くっきりとした目鼻立ち。

 白いワンピースに、組紐の飾りがついた二つ結びの三つ編み。

 僕より少し高い背丈に、麦わら帽子。

 髪からふわりと漂ってくる、かすかなシャンプーの香り。

 透き通るように白い肌には、夏の日焼けの跡が残っていた。

 そして何より――まるで異世界の風を纏ったような、どこか大人びた佇まい。


 どれをとってもちぐはぐなはずなのに、

 その不揃いのひとつひとつが、彼女の中では不思議と調和していた。

 まるで「ともり」という名前のために、すべてが用意されたかのように。


 むしろ、そのちぐはぐさこそが――

 彼女という存在の輪郭を、より鮮やかに浮かび上がらせていた。


 彼女の名前、灯。

 たった一文字のその響きが、もう僕の中で息づいていた。

 細胞の奥に根を張り、呼吸するたび自然に思い出すような、そんな名前だった。


 灯はふと首をかしげて、やわらかく微笑んだ。

 その笑みは、どこか哀しみをそっと隠すようでいて、

 それでも優しくて、あたたかくて――。


 声も、笑顔も、瞳も、名前も。

 まるで夏の終わりにだけ現れる幻のようだった。

 触れたら溶けてしまいそうな、儚さをその身にまとっていた。


 たとえ彼女が、本当に夏の幻だったとしても。

 この名前だけは、きっと僕が一番最初に思い出す。

 世界のすべてを失っても、この名前だけは、忘れてはだめなんだと。


「灯も、この中学なの?」


 気づけば自然に、そう尋ねていた。

 できることなら、同じ学校であってほしい――

 そんな小さな願いが、胸の奥でそっと芽吹いた。


 灯は少しだけ視線を伏せ、麦わら帽子の縁を指でなぞった。

 そして、ほんのわずかに微笑んだ。

 その瞬間、彼女の輪郭が、陽炎のようにゆらいだ気がした。

 まるで、触れたら指のあいだからこぼれてしまいそうだった。


「たぶん、すぐに馴染めると思うよ。

 みんな、最初はちょっとシャイだけど……でも、きっと大丈夫」


 僕の問いには答えず、灯はそう言った。

 その声はやさしくて、あたたかくて、けれど――

 どこか遠くから届いてくるような響きだった。


 まるでこの町のすべてを知っている誰かが、

 静かに背中を押してくれるような声だった。


 灯はそっと僕を見つめ、

 裾を直すような仕草で、ほんの少しだけ距離を詰めた。

 その動きひとつひとつに、不思議と心が静まっていく。


 灯は、ただの可憐な女の子じゃない――

 そんな確信が、胸の奥にじんわりと広がっていった。


 彼女は、まるで光を透かした硝子のようだった。

 見えているのに、すぐには掴めない。

 近づいたと思った瞬間、すっと遠のいていく。

 曖昧で、美しくて、どこか寂しげで――

 それでいて、確かにそこにいる。


 夏の昼下がり。

 直射日光の中に立つ彼女の輪郭は、

 海辺の空気のように淡く、

 揺れる髪の一本一本までもが光をまとっているように見えた。


 白いワンピースが風にそよぐたび、

 布地の向こうに透ける陽の光が、

 彼女自身が光でできているかのような錯覚を生んだ。


 声に色はない。けれど、その音は耳に残る。

 風鈴のように、そっと心を鳴らす。


 瞳は深く、でも澄みきっていて。

 見つめられると、まるで水面から覗きこまれているような気がした。

 澄んでいるのに、底知れなく、

 何か大切なものが、静かに沈んでいるような――そんな目をしていた。


 灯がそこにいるだけで、空気が変わる。

 彼女の周りだけ、時間がゆっくりと流れていく。

 世界の雑音がすべて消え去り、

 残された静けさの中で、

 ただひとり、夏の記憶をそっとほどいていく風のようだった。


 灯は、ふっと笑って、僕の方に体を傾けた。

 その仕草はどこか親しげなのに、

 その瞬間、彼女の目元にふと影が差した気がした。


(──いまのは……)


 言葉にならない違和感が、胸の奥をひりつかせる。


 けれど、次の瞬間にはもう、いつもの柔らかな笑みがそこにあった。

 ──まるで、たった今見えた“影”も、夏の陽炎が見せた幻だったかのように。

 彼女の輪郭すら、ほんの一瞬、空気に滲んだように思えた。

 それは、彼女がこの世界線の住人ではないような、どこか儚い気配をまとっていた。


「この町も、この場所も、慣れたらきっと大丈夫」


 どこか他人事のようだった。

 けれど誰かのために選ばれた、優しい“送り出す言葉”のようにも思えた。

 まるで彼女が過去に何度もこの景色を歩き、誰かの背中を見送ってきたかのように、静かで確かな響きだった。


 灯の視線は遠く、現実の向こうを見ているようだった。

 目の前にいるはずなのに、心だけがどこか別の時を旅しているようで――

 僕の足元は、ふわりと浮かび上がるような感覚に包まれる。

 ……いや、それは“地面に足が着いていない”ような感覚だった。

 背筋がぞくりと冷えて、思わず瞬きをする。


 彼女の言葉はあたたかいのに、どこか届ききらない。

 触れられそうで触れられない空気が、僕らの間に流れていた。


 まるで彼女が、この夏の終わりにだけ現れる幻なのだと。

 そんな感覚が、胸の奥に静かに沈んでいく。


 ──まるで、自分自身もそこにはいないかのように。

 灯は、どこか遠くを見ていた。

(──この町も、この場所も、慣れたらきっと大丈夫)


 灯はまるで、すべてを知っているように言った。


 この町に初めて来た僕よりも、ずっと昔から、この町を見ていたような。


 けれど、自分のことは、なぜか何も話そうとしない。


 近くにいるのに、どこか遠い。

 その距離感の中で、僕の心はふわふわと浮かんでいくようだった。


「ねぇ」

 灯の声に、僕は思わず息を呑んで、心臓が少し跳ねた気がした。


 彼女の手には、小さな箱があった。

 中には、きれいに並べられた線香花火。


「これ、知ってる?」


 灯は一本、細くて頼りない花火を取り出して、僕に見せた。

 その指先は繊細で、火薬の芯をつまむ仕草すら、どこか優雅だった。


「線香花火……だよね」


「うん。でも、これはちょっと特別なんだ。おばあちゃんのお店で作ってる手作りの花火なんだよ」


「手作り?」


「うん。だからね、普通のものより火玉が大きくて、長持ちするんだって。

 それに、昔から言い伝えがあるの。一つだけ、願いごとが叶うって」


 その言葉に、思わず引き込まれそうになった。

 “願いごと”。

 そんなもの、もうずっと忘れていた気がする。

 けれど灯の目を見た瞬間、強がりも、嘘も、全部どこかに吹き飛んでしまった。


「湊君、願いごと、ある?」


 まっすぐに届いたその問いに、僕は小さく息を呑む。

 その声には、飾り気も嘘もなかった。

 だからこそ、胸の奥深くまで届いた。


 僕はそっと口元を動かし、視線を落とした。


 ……願いごとよりも、もっと聞きたいことがある。

 でも、それを口にする勇気はなかった。

 だからこそ、今はこの瞬間が、なによりも大切なことに思えた。


 灯の中に、ほんの少しでも、自分という存在を残したかった。

 彼女の物語の中に、参加したかった。


 灯は一瞬だけ目を見開き、それから静かに微笑んだ。


「なに?」


 その微笑みに包まれて、張り詰めていた気持ちがふっと緩む。

 けれど胸の奥には、さっきの問いがまだ灯りのように揺れている。


(──願いごと)


 もう一度、その問いに心の中で向き合った。

 新しい学校、知らない街、名前も顔も知らないクラスメイトたち。

 ちゃんと笑えるだろうか。歩いていけるだろうか。

 そして今の僕には、そんなことよりも――


「……うん、あるかもしれない」


 その答えは、まだ輪郭の曖昧な願い。

 けれど確かに、今ここにあるものだった。


 灯はそっと微笑み、一つの線香花火を僕の手のひらに載せた。

 指先がかすかに触れた気がした。

 初めて、灯に触れた気がした。

 細胞が静かに痺れ、指先からぬくもりが伝わるような気がした。


 それは夏の空気よりもやさしくて、けれど儚く、すぐに消えてしまいそうだった。


 彼女の動きは、まるで夜更けに咲く線香花火の“ちりちり”という音のようだった。

 静かに、けれど確かに、世界の片隅で光を放っている。

 ひとたび目を離せば、二度と出会えない――そんな繊細さをまとっていた。


 僕はただ目を奪われていた。

 何かを語っているわけでもないのに、彼女の存在そのものが心にまっすぐ響いてくる。

 胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。けれど、それはどこか切なくもあった。


 白いワンピースが風にそよぐ。

 それはまるで浴衣の袖がほどけるようで、洋の服なのに和の情緒を宿していた。

 まるで、この世界のこの夏のこの町だけに現れる風景の一部のように思えた。


 麦わら帽子の影に隠れる横顔は、夕暮れの縁側に座る少女のように懐かしく、どこか寂しい。

 彼女を「知らない」はずなのに、どこかで会ったことがある気がする。

 出会いというより、邂逅に近い。


 足元のサンダルの音はかすかで、それはまるで、花火の最後の火玉がそっと地面に触れて消える音のようだった。

 その儚さが、なぜか怖かった。


 気づけば僕は、彼女のことをもっと知りたいと思っていた。

 もっと近くにいたいと願っていた。


 ひとつひとつの所作に無駄がなく、線香花火の火玉がふわりと揺れるように、

 灯の中にある想いが、一瞬だけ顔をのぞかせる。

 言葉にならないその揺らぎに、僕の心はやさしく、けれど確かに掴まれていた。


 彼女が笑ったとき、火花の芯がぱっと開いたような、一瞬の光が見えた。

 その光に、僕は胸を撃ち抜かれた。

 けれどその笑みは、すぐに静かな余韻となり、また消えていった。

 まるで何かを隠すように。けれど、それがまた彼女らしく思えた。


 まるで、夏の夜にしか咲かない花のように。

 手を伸ばせば、ふっと崩れてしまいそうな。

 美しくて、儚くて、心の奥にそっと火を灯す、線香花火そのもの。


 僕は、その一瞬の灯りに心を奪われていた。

 彼女から伝わる温もりに心を奪われていた。


 そしてその余韻の中で、ふと思う。

 彼女が僕と同じ境界線に来てくれたんだ、と。


 ──そこには、海の香と火薬の香りが、やさしく溶け合っていた。


 第2話:境界線

「……ちょっと寄りたいところがあるの。またあとで、会える?」

 灯と別れたのは、ほんの数分前だった──そう思っていた。

 気がつけば、僕は河原にいた。

 川の流れは静かに、けれど確かに揺れている。

 空はいつの間にか茜色を越え、深い群青へと染まりつつあった。

 川面に滲む光が揺れ、まるで時間そのものが溶け出していくようだった。(……あれ? もうこんな時間だったっけ)

 灯と別れたのは、午後の陽が高い頃のはずだった。

 けれど今は、虫の音が耳をくすぐり、遠くで祭囃子がかすかに響いている。

 いつの間に、こんなにも時が過ぎたんだろう。

 僕の腕時計は動いているはずなのに、時間だけが手のひらから零れ落ちていくような感覚だった。

 灯の最後の言葉が、ふいに胸の奥から浮かび上がる。

 (湊くん、一緒に行こうよ。今日の花火大会)

 どこかで聞いたような、あるいは以前にも言われたような……そんな既視感。

 (それじゃ、またね。河原で落ち合おうね)

 まるで、それが永遠の別れであるかのように。

 何気なく交わしたその一言が、冷たい沈黙となって心の底で鳴り続けている。

 気づくと、僕の手には灯がくれた線香花火の束が残っていた。

 差し出されたあのときの、小さくてやわらかな重み。

 まだ微かに温もりが残っているような気がして、胸が締めつけられた。 

 川沿いの道を歩く。

 どこかの屋台から焼きそばの香りが漂い、風鈴がカランと鳴った。 

 けれど、通りにはほとんど人影がない。不思議な静けさだった。

 まるで僕だけが、少し違う世界に紛れ込んでしまったような感覚。

 (どこ行くの?)

 思わずつぶやいた声が、自分に向けたものなのか、灯に届くことを願ったものなのか──自分でも分からなかった。


 そのとき、ふと目をやった先に、灯の姿が見えた。

 灯は浴衣姿だった。

 陽炎の中から現れたように、河原に立つ彼女の浴衣が、風に揺れている。

 そのゆらめきが彼女の輪郭を歪んで見せる。

 紺の地には白い桔梗の花があしらわれている。

 それは花火のようでもあり、夜の静けさに咲く祈りのようでもあった。

 光の少ない川辺に、その白い花がふわりと浮かび上がって見える。

 そしてその姿が、ひどく現実離れして感じられた。

「……待った?」

 振り返った灯が、そこにいた。

 さっきまでとはまるで別人のようだった。

 白いワンピースから、涼やかな浴衣姿へ。

 その変化に、時間が一瞬で跳ねてしまったような、奇妙な違和感を覚える。

「似合ってる……びっくりしたよ。まるで、別人みたい」

「ふふ、ありがとう。特別な夜だからね」

 灯の笑顔はやわらかくて、どこか儚かった。

 足元に影があるはずなのに、その輪郭すら曖昧に見える。


 二人で並んで歩き出すと、不意に、金木犀のような甘い香りが風に乗って鼻先をかすめた。

 この時期に花が咲いているはずはない。なのに、その香りは確かに漂ってくる。

 まるで、誰かがそこを通り過ぎた後にだけ残していった、かすかな気配のように。

 それは「終わりゆくもの」の記憶が、香りとして世界に染み込んだような感覚だった。 

 ──この香りを、知っている。

 ずっと昔、どこかで……。

 灯がさっき、言っていた。

(この匂い、覚えてるかな)

 あの言葉の意味は、いったい──

 灯は、少し先を歩きながら、ふと立ち止まって振り返った。

 浴衣の裾が風に揺れ、白い桔梗の花が宵闇に浮かび上がる。

 その姿はどこか、まるで夢の中の誰かのようだった。

「ねぇ、湊くん。線香花火、しようか」

 手には、さっき僕が受け取ったのと同じ束の線香花火。

 それを静かに差し出す灯の手が、どこか遠く感じられた。

 僕はうなずきながら、そっと彼女の隣に腰を下ろす。

 河原の石が異常にひんやりと冷たくて、寂しさを感じた。


 いつの間にか街の喧騒は遠のいていた。

 屋台の明かりも、笑い声も、まるで一度も存在しなかったかのように消えている。

 代わりに、夜の静けさが広がっていた。

 虫の声と、時折吹き抜ける風の音だけが、耳に届く。

 灯の浴衣の袖が揺れ、そのたびに、懐かしい香りがした。

 けれど、どこから漂ってきているのか分からない。

「線香花火、持ってきたよ」

 僕がそう言って見せると、灯は小さく微笑んだ。

「……覚えてたんだ。うれしいな」

 その声には、どこか安心したような響きがあった。

「当たり前だろ? だって、約束したし」

「うん……昔から、湊くんはやさしいよね」

「え?」

「……ううん、なんでもない」

 灯は微笑んだまま首をふる。

 でも、その表情には少し寂しさが混じっていた。

「昔からって、僕たち、今日が初めてじゃないの?」

 そう訊こうとして、言葉が止まった。

 なぜか聞いてはいけない気がした。


 灯はまっすぐ前を見つめていた。

 その横顔は、月明かりに溶けそうなほど淡くて、輪郭がにじんで見える

「花火、見に来たんだよね?」

 僕がそう言うと、灯はふと空を見上げた。

「うん。でも……花火の音、聞こえないね」

「たしかに……もう終わったのかな」

 僕はスマホを取り出そうとして、ふと気づく。

 圏外だった。電波が入らない。さっきまでは普通に使えていたのに。

 時計を見ると、画面が真っ暗になっていた。

 バッテリーは切れていないはずなのに。

「……ねえ、湊くん」

「ん?」

「この夏が終わったら、私はきっと、もう――」

 言いかけて、灯は口をつぐんだ。

 そしてそっと笑う。

 どこか、諦めたように。

「やっぱり、なんでもない。……今夜は、線香花火、しよう。おいで。」 

 そう言って。灯は河原を後にした。 

 僕は黙って灯ついていく。灯の輪郭がまた薄くなったように思った。


 神社の裏手へ続く小道を、灯と並んで歩く。

 足音が、土と草を踏む音に吸い込まれていく。静かすぎて、自分の呼吸さえ大きく感じる。

 社の脇にある細い坂道をのぼると、小さな空き地に出た。

 木々に囲まれたその場所には、風鈴のような虫の音が響いていた。

「ここ……なんだか落ち着くね」

 灯が言った。

 声は確かに聞こえたのに、隣に立っているはずの彼女の姿が、一瞬だけ揺らいだように見えた。

 僕は首を振って、気のせいだと思うことにした。

 そしてポケットから、小さな線香花火の束を取り出す。

「はい。一本ずつ」

 手渡すと、灯は両手でそっと受け取った。

 その仕草が、何か大切なものを扱うようで、僕も自然と息を潜めた。

 ライターで火をつけると、すぐにオレンジ色の火花が静かに咲いた。

 ぱちっ、ぱちっ、と小さな音を立てながら、暗闇の中で命が灯る。

 か細くとも確かに燃える火種が、夜の静けさを小さく揺らす。

「……線香花火ってさ、消えるとき、少しだけ泣いてるみたいに見えない?」

 灯がぽつりと言った。

 その横顔は、火花の明滅に照らされて、まるで透明な光でできているみたいだった。

「最初はパチパチって元気なのに、途中でふっと静かになって……最後に、一滴だけ、落ちる」

「……うん。泣きながら、お別れしてるのかもね」

 言いながら、自分の声が遠くに感じた。

 花火の音が鼓動に重なるたび、胸の奥で何かがきしむ。

 灯が、そっと僕の方を見た。

「湊くん……今日は、来てくれてありがとう」

「……え?」

「ううん、なんでもない。そう言いたかっただけ」

 そう言って微笑む灯の瞳には、どこか決意のようなものが浮かんでいた。


 花火は、もうすぐ消える。

 それは、どんなに願っても避けられない、小さな終わりのしるしだった。

「ここにいれるの、ほんの少しだけなんだ」

 灯が、ぽつりとつぶやいた。

「……それってどういう意味?」

「……ううん、なんでもない。……ただね、思い出って、不思議だよね」  

「思い出?」

「うん。たとえばもう会えなくなった人のこと、ふと思い出すとき。その人は、きっと今この場所に、ほんの少しだけ帰ってきてるんじゃないかって……そんな気がするの」

 その言葉は、夜の空気に溶けていくようだった。

「……きれいだね」

 灯がぽつりとつぶやいた。

 その横顔を見て、僕はふと、こうして並んでいるのが夢のように感じた。                                                                                                           

「灯は、線香花火は好き?」

「うん。……好きだよ。すぐに消えちゃうけど、最後まで一生懸命だから」

「そっか」

「だから、ね……終わるときは、ちゃんと見ててあげて」

「それって……」

「……あ」

 灯の花火が、小さく弾けて、ぽとりと落ちた。

 その瞬間、彼女の姿が闇にとけこむように、また少しだけ遠ざかったように感じた。

「……灯?」

 思わず声をかける。

「大丈夫。ここにいるよ」

 灯は、変わらぬ笑みで答えた。

 けれど、さっきまでの距離よりも、少し遠い気がした。

 僕の線香花火も、もうすぐ終わりそうだった。

「お祈りはちゃんとできたかな」

 僕はなにを祈ればいいのだろうか──。

「また……来年も、やろうか」

 僕が思わずそう言うと、灯は少しだけ、悲しそうに目を伏せた。

「来年か……うん、できたら、いいね」

「できたら、って……」

「――ねえ、湊くん。覚えててくれる?」

「なにを?」

「今日のこと。線香花火のこと。それから、私のことも」

 僕は、言葉が詰まった。

 忘れるはずなんてない。

「忘れたくない」と強く思った。

「……覚えてるよ、ぜったい」

 そう答えると、灯はふっと目を細めた。

「ありがとう。……それだけで、うれしいよ」

 そう言って、灯は空を見上げた。

 星がにじむように広がっていて、その光に溶け込むように、灯の輪郭がやわらかくほどけていくように見えた――気がした。

 小さな火玉が地面に落ちて、闇が静かに戻ってくる。

 夜の匂いが濃くなった気がした。

 最後の火花が、地面にぽとりと落ちた。

 ふたりの間に、ほんの短い沈黙が訪れる。

 夜の空気は冷えてきて、蝉の声も遠のいていた。

 灯のかすかな息だけが、どこか別の世界のように微かに響いている。


「……帰らなきゃね」

 灯が静かに言う。

 (誰が?どこに?)

 その言葉にはいろんな意味がにじんでいた。

「まだ、少しだけ……ここにいたい」

 僕がそう答えると、灯はふっと目を細めた。

「湊くん。──覚えてる? 最後に会ったときのこと」

「最後……?」

 記憶を探す。でも、それは霞の向こうにあるようで、指先ではとらえきれない。

「ううん、やっぱりいいの。……今、こうして一緒にいるだけで、嬉しいから。それにすごく感謝してる」

 そう言った灯の声は、まるで風の音に紛れてしまいそうだった。

「また、来年も来ようね。お祭り、線香花火、浴衣も着て」

 僕は何も考えずにうなずいた。

 けれどそのとき、ふと気づいた。

 ──来年。

 その言葉が、なぜか遠く感じられた。


 灯の瞳には、夜空が映っていた。

 まるで、そこに吸い込まれそうなほど、深くて澄んだ群青。

 僕は、もう、そこには映っていない…。

 そして、不意に彼女が言った。

「……じゃあ、行くね」

「えっ? どこに?」

 僕の問いに、灯はそっと笑った。

「ありがとう、湊くん。ほんとうに、ありがとう」

 その声は、風に溶けるようにして──

 気づいたとき、灯の姿はもう、そこになかった。

 (……ありがとう、湊くん)

 灯が小さく言った言葉だけが空気に溶け込んでいる。

 風がそっと通り抜ける。灯の残りが感じられる。

 その香りがふたたび僕の心をくすぐる。

「灯……」

 名を呼ぼうとしたが、なぜか声がでなかった。

 その姿が見えなくなったあと、なぜか涙がこぼれた。


 ……気がつくと、僕は公園のベンチにひとりで座っていた。

 さっきまで神社の裏にいたはずなのに。

 まるで、夢から醒めたようだった。

 ポケットを探ると、手の中には火の落ちた線香花火の軸だけが残っていた。

「……どうして、こんなところに……?」

 時刻を確認しようとスマホを見ると、花火大会の終了時刻を過ぎていた。

 時間は24時をもうすこしで回ろうとしていた。

 あれからどれだけ時間が経ったのだろう。

 僕は立ち上がる。

 寒くなった風の中、誰もいない校舎は、現実味がなかった。

 ――灯は、どこにいるんだろう。

 さっきまで確かにそばにいたはずなのに、今はもう名前すら遠く感じる。                                       


 まるで、神隠しにあったように――。

 時計の針が24時を回った──。


 第3話:線香花火

 新学期が始まった。町は、いつも通りの喧噪を取り戻していた。

 けれど、湊の家の周囲には、静けさが張り詰めているようだった。

 障子越しに差し込む陽光はどこか霞み、風鈴の音すら遠ざかって聞こえる。

 湊の母は、居間の座布団の上に正座したまま、しばらく動かなかった。手には一冊のアルバムがある。ページの隙間から、幼い湊の笑顔がのぞいていた。

「灯ちゃん……ありがとうね。わざわざ来てくれて……」

 母の声は掠れていた。

 灯は軽く頭を下げ、正面に座る。

 今日はワンピースでも浴衣でもなく、制服姿だった。

「……どうしても、お礼が言いたくて」

 灯の胸の奥は、玄関をくぐった瞬間から締めつけられていた。

 家の中に残された湊の気配――読みかけの本、壁にかけられたサッカーチームのポスター、廊下の片隅に置かれた金魚すくいの袋。

 ――全部、止まっている。 

「湊くんのこと、ちゃんと聞いておきたくて……」

 灯がそう言うと、父が一度うなずき、重たい口を開いた。

「……あの日、一緒に海に出かけたんだ。湊と灯ちゃんと、私でね。私が日光浴をしているあいだに、二人は泳ぎに行って……でも、天気が崩れて、波が高くなって」

 父の指が、そっと膝の上で重なった。

「灯ちゃんを先に助けた後、湊の姿が見えなくなった。……あっという間だったよ」

 母はアルバムを抱きしめるようにしながら、目を伏せた。

「まだ、見つかっていないの……湊の身体は……」

 灯は、小さく唇を噛んだ。

 (あのとき――私は)

 記憶の底で、誰かが呼ぶ声がする。

 海の匂い。

 差し伸べられた手。

 涙をにじませた瞳。

(私は……あのとき)

 気づけば夕暮れが、家々の影を長く伸ばしていた。

「……ごめんなさい、私……」

 灯の目に、涙が浮かぶ。

 けれど、それを見た母は、優しく微笑んだ。

「ありがとう、灯ちゃん。来てくれて、本当に」

 母が顔を伏せ、手元のアルバムをぎゅっと抱きしめた。

「助けられた時、灯ちゃんは意識不明だったの。でも、本当に無事でよかった。……でも、湊はまだ……私は、まだどこかで湊が生きてると思ってるの。だから、転校したことにしようかなって。でも……灯ちゃんが“あの子と会った”って言ってくれたとき……信じられなかった。でも……うれしかった。ほんの少しでも、あの子が誰かと一緒にいられたならって……」

 灯は何も言えなかった。ただ、唇をきつく噛み締める。

 あの日、校庭で出会った湊の姿が、はっきりと脳裏に浮かぶ。

 ――確かに、そこに彼はいた。

 けれど、それは現実ではなかったのかもしれない。

 それでも。

「……私は、湊くんに会いました。夢でも幻でも、そうじゃなくても。校舎で会って、あの夜、一緒に線香花火をして、話をしました。笑ってくれて、ちゃんと私の名前を呼んでくれました」

 母が小さくすすり泣き、父は静かに目を閉じた。

 灯は、鞄の中から小箱を取り出す。中には、燃え残った線香花火の先端が数本、丁寧に包まれていた。

「これ……湊くんと最後にした線香花火です。うちのおばあちゃんのところで作られたやつで、特別なんです。持っていてもらえませんか?」

 母は震える手でそれを受け取り、小さくうなずいた。

 蝉の声が遠く響く中、誰もが言葉を失い、ただ時の流れに身を委ねていた。


 玄関の戸を開けると、風鈴が涼やかに鳴った。

 夏の終わりの風が、灯の髪をそっと揺らす。

 灯は歩き続けていた。

 湊との時間が、まるで線香花火のように静かに、けれど確かに心の中で光り続けている。

 そのとき、スマホにニュースが舞い込んだ。

 『○○海岸で水死体発見。数日前から行方不明になっていた中学生○○湊君と思われる』 

 灯の足が止まり、胸が痛む。

「湊……君」

 小さな声で、名前を呼ぶ。

 あの校庭の記憶。線香花火のあの夜の記憶――それらが、鮮やかに蘇る。

 彼は確かに、生きていた。笑って、名前を呼んでくれた。

 でも今は、その光も消え、ただ静かな悲しみが残る。

 『警察によると、湊君の死因は水難事故による溺死とみられています』

 灯は、その場でただ立ち尽くした。

 その瞬間、夏が終わった。

 けれど、心の中には確かに、湊の証が残っていた。

 線香花火の余韻のように、永遠に消えることはない。


 エピローグ

 それから、いくつかの季節が過ぎた。

 灯は今、大学のキャンパスの片隅にいる。

 新しい髪型に、淡いピンクのワンピース。

 少し大人になった彼女は、空を見上げた。

 ふと、ポケットから小さな線香花火の束を取り出す。

 夏の終わり、またあの神社に行こう――そんな約束を、胸の奥で静かに思い出している。

 湊がもうこの世界にいないこと。

 湊が私を助けてくれたこと。

 あの夜の灯が、最後の別れだったこと。

 すべて、もう知っている。

 でも、涙はもう流さない。

「また、夢で会えるよね」 

 そう呟いた瞬間、風がふわりと吹く。

 季節外れの、甘い金木犀と、あの夏の香りを運んできた。

 灯は微笑む。

 まるで、その風の中に――湊がいるように感じながら。


 その夜、灯は夢を見た。

 誰もいない神社の境内で、ふたり並んで線香花火をしている夢。

 最後の火が、地面に落ちるその瞬間。

 彼は優しく言った。 

「じゃあね、灯」

 その言葉とともに、夢の中の世界がふわりと滲んでいく。

 でも、灯はもう泣かない。

 その記憶は、確かにここにあるから。

 胸の奥で、今でも燃えているから。

 線香花火が散り、光が消えた後でも、温かな余韻が残るように。

 灯の心の中には、湊の存在が、ずっと消えることなく輝き続けている

「君と線香花火のあいだには、永遠が残っている」

 灯は、静かに呟いた。

 その言葉が、今まで抱えていた悲しみや寂しさを包み込む。

 湊がいなくても、交わした言葉、触れた温もりは決して消えない。

 それこそが、湊から受け取った一番大切な贈り物だった。

 灯は、深い息をついて歩き出す。

 その歩みが、まるで線香花火のように、静かに、けれど確かに続いていく。

 ――君と、線香花火のあいだに。

 そこには、永遠が残っている。

 (完)



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