第五話:賢者の隠れ家
自由交易都市ザルバード。その喧騒と雑踏の奥深く、まるで都市の発展から取り残されたかのように、古い時代の面影を残す一角があった。かつて学者や芸術家たちが集ったと言われる旧市街。今は訪れる者も少なく、迷宮のように入り組んだ細い路地には苔が生え、崩れかけたアーチや、窓のない石造りの塔が、物言わぬ歴史の証人のようにひっそりと佇んでいる。
ファラとバシュは、その忘れられたような街区に、数週間にわたって足繁く通っていた。目的はただ一つ、パルサニア出身の賢者ナディールの隠れ家を探し出すこと。彼は、かつて宮廷でその博識と鋭い洞察力で「アスタナの知恵の泉」と称えられ、若き日のファラの父王の師傅までも務めた、当代随一の知識人だった。しかし、数年前、宮廷内で叔父ジャファルが実権を握っていく過程で、理想主義的で歯に衣着せぬナディールの提言はことごとく退けられ、彼の派閥は粛清された。彼は、その政治闘争と、自らの理想が打ち砕かれたことへの深い失望から、忽然とアスタナから姿を消したのだという。そして、流れ着いたこのザルバードで、世間との関わりを一切絶ち、ただひたすらに書物と研究に没頭する日々を送っている、と噂されていた。
「賢者ナディール…父上も、彼の知恵を深く信頼しておいでだった。彼ならば、きっと今の私たちに必要な道を指し示してくれるはず…」
ファラは、ナディールを見つけ出すことに、強い希望を託していた。祖国を取り戻すという途方もない目標を達成するためには、バシュの比類なき武勇だけでなく、ナディールのような卓越した知恵が不可欠だと、彼女は痛感していたのだ。
しかし、彼の隠れ家を突き止めるのは、想像以上に困難を極めた。ナディールは極度の人嫌いで、自らの存在を世間から消し去るかのように、巧妙に居場所を隠しているらしかった。バシュが、港湾労働者の仲間たちからそれとなく情報を集めたり、時にはその威圧感で裏通りの情報屋を半ば脅すように問い詰めたりしても、得られるのは「あの偏屈爺なら、古書街の奥の塔に籠っているらしい」「いや、運河沿いの廃墟に住み着いていると聞いたぞ」といった、不確かな噂ばかり。ファラもまた、代筆屋の仕事を通して得た僅かな人脈や、持ち前の鋭い観察眼で街行く人々の会話や挙動から手がかりを探したが、決定的な情報はなかなか掴めずにいた。人々は、ナディールの名を出すと、一様に顔をしかめ、「あの男に関わるとろくなことがない」「気難しい変わり者だ、近づかない方が身のためだ」と口を揃えるのだった。
「本当に見つかるのでしょうか、王女様…これほど手がかりがないとは…」
数週間にわたる空振りの捜索に、さすがのバシュも疲れと焦りの色を見せ始めていた。彼としても、一刻も早く具体的な反撃の行動に移りたいという思いがあったのだ。
「諦めません、バシュ」ファラは、きっぱりと言った。彼女の瞳には、揺るぎない決意の光が宿っていた。「父上も、そしてリリアも、多くの人々が私たちのために命を落としたのです。その想いに応えるためにも、私たちはここで立ち止まるわけにはいかないのです」
その言葉は、バシュの心を強く打った。彼は改めて、この若き王女の持つ、逆境にあっても決して折れない精神力の強さを感じ、自らの焦りを恥じた。「…申し訳ありません。拙者が弱音を吐くべきではなかった。必ずや、ナディール殿を見つけ出しましょう」
諦めかけていた矢先、光明が差したのは、古書街の片隅にある、埃っぽい小さな香辛料店でのことだった。ファラが珍しい薬草を探していると装って店主の老婆と世間話をしているうちに、偶然、ナディールが彼の故郷でしか採れない特殊な香草――精神を集中させ、記憶力を高める効果があるという――を、定期的に買いに来るという情報を引き出したのだ。「あの人はいつも、月の満ち欠けに合わせてやってくるよ。おそらくは、星の運行を計算するのに使うんだろうねぇ…。次に顔を出すのは、おそらく三日後の新月の夜だろうねぇ…」老婆は、皺だらけの顔でそう教えてくれた。
そして、三日後の新月の夜。ザルバードの街が深い眠りにつき、運河の水面が夜空を映して漆黒に染まる頃、ファラとバシュは、香辛料店の近く、崩れかけた古いアーチの影に息を潜めて待ち続けた。冷たい夜気が肌を刺し、心臓の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。本当に現れるのだろうか? これもまた、不確かな噂の一つなのではないか? ファラの胸を不安がよぎる。
夜の闇が最も深くなり、街の物音が完全に消え去った刻、ついに一人の男が、まるで闇から溶け出すかのように、音もなく姿を現した。痩せた体に、擦り切れて色褪せた学者のローブをまとっている。猫背気味に、しかしどこか神経質そうな、それでいて確かな足取りで歩いてくる。年の頃は四十代後半から五十代前半といったところか。月明かり(新月なので星明かりだけだが)に照らされたその顔には、深い疲労と、世の中の全てに対する諦観のようなものが色濃く浮かんでいた。しかし、時折、周囲を鋭く窺うように動く切れ長の目の奥には、磨かれた鋼のような、鋭い知性の光が宿っているのが見て取れた。間違いない。賢者ナディールだった。
ファラは、高鳴る心臓を抑え、意を決してアーチの影から進み出た。バシュもまた、気配を殺し、音もなく彼女の後ろに続く。
「お待ちしておりました、ナディール様」
突然、闇の中から現れた少女の声に、ナディールは驚いたように足を止め、即座に身構えた。その鋭い視線が、まるで探るようにファラと、その後ろに立つ巨漢のバシュに向けられる。彼の右手は、素早くローブの下へと滑り込み、そこに隠し持っているであろう何か――おそらくは護身用の短剣か、あるいは相手を無力化するための薬品か――を掴んでいるのが分かった。極めて用心深い男だ。
「…誰だね、君は? わしに何の用だ? どうやってここが分かった? 追っ手か?」矢継ぎ早に、低い声で問いかけてくる。
「私はファラ。パルサニア王国の…生き残りです」ファラは、自分の身分を明かすことに一瞬ためらいを感じたが、今は正直に話すしかないと覚悟を決めた。「貴方様がナディール様でいらっしゃいますね? 数週間、ずっと貴方様をお探ししておりました」
「パルサニア?」ナディールはファラの言葉を聞くと、眉をひそめ、そして次の瞬間、まるで心の底からおかしいというように、乾いた、しかしどこか悲しげな声で笑い出した。「はっ、はは…パルサニアだと? あのジャファルという俗物に国を売られ、アグニの狂信者どもに蹂躙された、滅びた国の王女が、まだ生きていたとはな。しかも、こんなザルバードの裏通りにまで迷い込んでくるとは。驚いた。運が良いのか、悪いのか…で? その滅びた国の、幸運なのか不運なのか分からん王女様が、この世捨て人の、ただ書物の中に逃げ込んでいる老いぼれに、一体何の用があるというのかね? 過去の栄光でも語り合って、傷を舐め合いたいとでも?」
その声は、冷たく、刺々しく、ファラの決意を、その覚悟の深さを試すかのようだった。彼の心の奥底にある深い傷と、理想を裏切られたことへの絶望が、皮肉という硬い鎧となって現れているかのようだった。
ファラは怯まなかった。彼の言葉の棘に傷つきながらも、その奥にある、彼自身の痛みや無念さを微かに感じ取っていたからかもしれない。彼女は、ナディールの鋭い瞳を真っ直ぐに見据え返し、静かに、しかし強い意志を込めて語り始めた。
「私は、祖国アスタナを取り戻し、叔父ジャファルと、彼に与するアグニ教国を打ち払うつもりです。アグニの『浄化』によって失われつつある私たちの文化を取り戻し、恐怖に怯える民を苦しみから救い出し、真の平和を、父が目指した、誰もが誇りを持って生きられる国を、再び築き上げるために。そのためには、ナディール様、貴方様の卓越した知恵と、深い知識、そして経験が必要なのです。どうか、私たちに力を貸してください」
彼女の言葉は、若く、未熟で、現実を知らない者の理想論に聞こえたかもしれない。だが、そこには一点の曇りもない真摯な想いと、アスタナでの悲劇と砂漠での苦難を乗り越えてきた者だけが持つ、揺るぎない決意が込められていた。彼女の瞳は、暗闇の中でも、まるで北極星のように強く、道を指し示す光を放っていた。
ナディールは、最初は鼻で笑うように聞いていた。滅びた国の王女が語る、現実離れした夢物語。彼はこれまで、理想に燃えては、現実の壁――権力、金、裏切り、そして人間の愚かさ――にぶつかり、打ち砕かれていく若者を、嫌というほど見てきたのだ。ジャファルのような、冷徹な現実主義者の前では、理想など、朝露のように脆く、儚いものだと、彼は身をもって知っていた。
しかし、ファラの曇りのない瞳、民を思う純粋な心、そしてその声に宿る不思議な力強さに、彼は少しずつ引き込まれていくのを感じていた。忘れかけていた、かつて自分も抱いていた熱い理想の炎の残滓が、厚い灰に埋もれた心の奥底で、微かに、しかし確かに燻り始めるような感覚。まるで、止まっていた時計が再び動き出すかのような…。
「…ふん、青臭い理想論だな。現実というものが、どれほど冷酷で、無慈悲なものか、まだ知らぬらしい」ナディールはそう言いながらも、その視線はファラから逸らされなかった。
そこへ、後ろに控えていたバシュが、一歩前に進み出た。彼は、口下手ながらも、懸命に、そして自身の言葉で訴えかけた。「ナディール様、どうか王女様のお言葉をお聞き届けください。このお方は、ただの王女ではありませぬ! そのお力は、我々凡人の想像を遥かに超えております! 先日も、国境の町で多数の追っ手に囲まれた際、王女様の咄嗟の閃きで、我らは九死に一生を得ました。市場の巨大な天秤を使い、敵を混乱させ、道を切り開かれたのです…! まるで、戦場の全てが、その先までもが見えていたかのようでした! このお方こそ、パルサニアの、いや、この乱れた世の希望の光だと、拙者は信じております!」
バシュの言葉には、何の計算も飾りもなかった。ただ、ファラへの絶対的な忠誠と、彼女の持つ非凡な力への、揺るぎない確信だけがあった。
市場での天秤の奇策。その常識外れの発想と、それを実行に移させ、結果的に成功させたという事実に、ナディールの表情が初めて明らかに変わった。彼の学者としての、そしてかつての軍略家としての知的好奇心が、強く、強く刺激されたのだ。「…市場の天秤を、だと? しかも成功した、と? ほう、それは面白い…実に面白い…小娘、お主、ただ者ではないな…?」
ナディールは、値踏みするように、改めてファラを上から下まで眺めた。その視線は、もはや単なる好奇心だけではなく、何かを深く見極めようとする鋭さを帯びていた。「…よかろう。本当に君にそれだけの器量があるのか、この老いぼれの目で、試させてもらおうじゃないか」
彼は、ファラに一つの問いを投げかけた。それは、パルサニアの古代史における、ある有名な、しかし勝敗の評価が専門家の間でも大きく分かれる、悲劇的な結末を迎えた会戦に関するものだった。「かの『赤い砂丘の戦い』において、劣勢を覆し、敵将を討ち取ったとされる英雄王ザル。だが、その勝利は自軍にも多大な犠牲を強い、結果的にパルサニアに長期の混乱と内乱を招いた。君は、あの戦いを、そして英雄王の、犠牲を顧みぬ決断を、どう評価するかね?」
それは、単なる歴史知識を問うものではなく、リーダーとしての価値観、大局観、そして物事の本質を見抜く力を試す、厳しい問いだった。ファラはその戦いについて、書物で読んで知識としては知っていた。多くの血が流れ、勝者も敗者もなく、ただ深い悲しみだけが残った戦いとして。彼女は少しの間、黙って考え込んだ後、静かに、しかしはっきりとした声で口を開いた。
「その戦で、どちらが勝ち、どちらが負けたか、それは戦術上の結果に過ぎません。英雄王の決断が、その時点での最善だったのかどうかも、後の世が判断することでしょう。ですが、私が問いたいのは…その戦いの後、本当に民は救われたのでしょうか? 勝利の栄光の陰で、名もなき人々はどのように生き、何を失い、何を嘆いたのでしょうか? そもそも、その戦いは、本当に避けられなかったのでしょうか? 戦争そのものが、果たして真の解決をもたらすのでしょうか?」
それは、戦術の是非や英雄の功罪を超えた、もっと根源的な、為政者の傲慢さや戦争の虚しさをも問う、民の視点に立った問いだった。戦争と民衆史をライフワークとして研究してきたナディールの心は、その言葉によって深く、激しく揺さぶられた。この小娘は、物事の表面的な出来事や、歴史家が記す勝敗の評価に惑わされず、その奥底にある人間の痛みや、歴史の隠された真実を見抜く、稀有な目を持っているのかもしれない…! 彼が長年追い求めてきた問いの答えの、その一端に触れたような気がした。
しかし、ナディールはすぐには協力を約束しなかった。彼の表情は再び険しくなった。「…君の言うことは、あるいは正しいのかもしれん。理想としてはな。だがな、王女殿。理想だけでは世は動かん。わしは、このザルバードで息を潜めて生きているが、それでもアグニ教国の監視の目は光っている。おそらく、ジャファルに通じている者もいるだろう。わしが君たちに協力すれば、すぐに嗅ぎつけられ、潰されるのが関の山だ。わしだけでなく、君たちの命も、な。それでも、この老いぼれの、危険で役に立たないかもしれん知恵が、必要だと言うのかね?」
彼は、協力することの現実的なリスクを、改めて突きつけたのだ。それは、ファラの覚悟を最終的に試す問いでもあった。
その時だった。
ナディールの言葉を裏付けるかのように、塔を取り囲む深い闇の中から、複数の黒い影が、音もなく、しかし殺気を漲らせて現れた! 彼らは黒装束に身を包み、その手にはアグニ教国の歪んだ炎の紋章が刻まれた特殊な形状の短剣や、毒を塗った吹き矢が握られている。その動きは俊敏で、連携も取れており、殺気は研ぎ澄まされている。単なる暗殺者ではない。アグニ教国で特殊な宗教的・戦闘的訓練を受け、場合によっては呪術的な力さえ使うと噂される、恐るべき「神の影」と呼ばれる刺客たちだった! 彼らは、ナディールの動向を常に監視しており、ファラとの接触を掴み、二人まとめて始末するために送り込まれてきたのだ!
「見つけたぞ! 裏切り者の賢者ナディール! そして異教の王女め! 神アグニの聖なる裁きを受けよ!」
刺客たちが、一斉に襲いかかってきた!
「くっ…! やはり嗅ぎつけられていたか! しかも、『神の影』まで送り込んでくるとは!」ナディールが苦々しく舌打ちする。
「王女様、お下がりください!」バシュが即座に戦斧を構え、ファラとナディールの前に立ちはだかる。狭い路地での乱戦。刺客たちは身軽で、連携も巧みだ。毒矢や目くらましのような術も使ってくる。バシュが一人で数人を相手にするが、ファラと、戦闘能力の低いナディールを守りながらでは、さすがに分が悪い。じりじりと追い詰められていく。バシュの腕や足に、浅い傷がいくつも刻まれていく。
「バシュ、右から来る二人を! 彼らの連携が崩れれば…!」「ナディール様、その足元の石畳、やはり何かあります! 先ほどから妙な気配が!」
絶体絶命の状況の中、ファラの声が響いた。彼女は恐怖に震えながらも、戦況全体を把握し、敵の動きの僅かな隙や、周囲の地形の違和感を瞬時に読み取っていたのだ!
「ふん、小癪な! だが、わしの隠れ家を舐めるなよ!」ナディールもただ守られているだけではなかった。彼はこの裏通りを知り尽くしている。「そこの壁の、三番目の煉瓦を押せ、小娘! ちょっとした『挨拶』がある!」
ファラが言われた通りに壁の煉瓦を押すと、頭上から重い鉄製の網が降り注ぎ、刺客の一人を捕らえた! さらに、ナディールが足元の浮いた石畳を蹴ると、それは巧妙に隠された落とし穴の蓋になっており、別の刺客が悲鳴と共に闇の中へと転落した!
「やるではないか、小娘! いや、王女殿!」ナディールが、こんな状況にも関わらず、不敵な笑みを浮かべる。
残る刺客たちは、バシュの雷鳴のような戦斧の前に次々と薙ぎ倒されていく。ファラの的確な指示が、バシュの人間離れした力を最大限に引き出し、ナディールの仕掛けた罠が、敵の連携を崩した。それは、予期せぬ形で生まれた、見事な三位一体の連携だった。
息詰まる攻防の末、全ての刺客を撃退した後、三人の間には奇妙な連帯感と、共に死線を乗り越えた者だけが共有できる高揚感が生まれていた。路地には、刺客たちの亡骸と、微かな血の匂いが残っていた。
ナディールは、ぜえぜえと荒い息をつきながらも、ファラに向き直った。「…やれやれ、とんだ歓迎を受けたものだ。どうやら、わしも腹を括るしかないらしいな」
彼は、先ほどの問い――修羅の道を行く覚悟はあるか――を、改めてファラの目に問いかけるように見つめた。その瞳には、もはや皮肉の色はなく、ただ静かな、しかし確かな覚悟が宿っていた。
ファラは、真っ直ぐにナディールの目を見返し、静かに、しかしきっぱりと言った。「覚悟は、できております。民のために、そして、失われたものたちのために。たとえこの道が、どれほど険しく、血に塗れたものであっても」
その言葉に、嘘も迷いもなかった。アスタナでの悲劇、荒野での苦難、そしてザルバードでの経験が、彼女を強く、そして覚悟を決めた者に変えていた。
ナディールは、深い溜息をつくと、ついに力強く頷いた。「…よかろう。この老いぼれの、使い道のないと思っていた知恵、お貸ししよう。ただし、わしの指示には従ってもらうぞ。そして、決して無駄死にするな。…お前のような『星読み』の力を持つ者は、この乱れた世を正すために、あるいは必要なのかもしれんのだからな」
それは、偏屈な賢者が、長年の諦観を捨て、ようやく見出した希望の光に、自らの知識と、そして残りの人生を賭けることを決意した瞬間だった。彼はファラの中に、単なる王族の生き残りではなく、時代を変えるかもしれない特別な「資質」と、かつて自分がジャファルとの政争に敗れて失った「パルサニアの未来」への希望を見出したのだ。同時に、彼女の未熟さや危うさも感じ取り、かつて彼女の父王を導いたように、この若き王女を正しく導かねばならないという、師傅としての保護欲のような感情も、彼の内に静かに芽生え始めていた。
ファラ、バシュ、そしてナディール。失われた王国を取り戻すための、最初の小さな、しかし強力な核が、このザルバードの片隅で、刺客の血の匂いがまだ残る路地裏で、確かな熱を帯びて、今、確かに生まれたのだ。