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嘘つき聖女と正直者の呪い

作者: 三上 渉

とある世界のとある国。

そこには、聖女と謳われる一人の女性が居ました。


彼女の名はユマ・エカディア。

若くして、国教である女神教の司教を務める才女である。


「おお…! ユマ様だ!」

「今日もお美しいですわ…!」


司教服を身に纏いゆっくりと歩くその姿は、周囲の者に神々しさすら感じさせる。


「ユマ様は正に才色兼備でいらっしゃる」

「ええ、でもそれだけではありませんわ。ユマ様はそれに加え、人格も素晴らしくていらっしゃいます。何でも多額のお金を孤児院に寄付していらっしゃるとか」

「城内でも彼女の人望はかなりの物ですよ。彼女と二言三言交わすだけで心が洗われ、まるで心のモヤが吹き飛んでしまうかの様…。今では彼女が何気なく会話しているだけで、彼女と会話する順番待ちの列が出来てしまう程で」


才能、美貌、人格。

全てを兼ね備えた彼女を誰もが称え、羨望の眼差しでその姿を見つめていた。


そして……、そんな羨望の眼差しを一身に受けていた彼女はと言うと……。


(私を称える声、気持ちいいぃぃぃぃぃ~~~~~!!!!!)


──割とどうしようもない俗物だった。






私の名はユマ、女神教の司教だ。

自分で言うのもなんだが結構偉い、今では聖女と持ち上げられてもいる。


だが、そんな私の人生も最初から順風満帆だった訳ではなかった。


私が育ったのは路地裏の貧民街。

世話をしてくれる親も居らず、日々残飯を漁りながら生き延びる生活。

類にもれず、私もそこで短い生涯を終える……はずだった。


しかし、私には生まれつき特別な力があった。

それは……、「他人の感情が色として見える」という能力。


善意であれば澄んだ色、悪意であれば濁った色。


その他にも、「怒り」「喜び」「悲しみ」。

全ての感情が色として、私には知覚出来ていたのだ。


私はその能力を使い、エカディアと言う人の良い神父が運営している孤児院に潜り込むと。

皆の感情を読み取り、周囲が望む理想的な人間を演じきってみせた。


そして神父様から神学校への推薦状を手に入れると、そこでも完璧に理想的な人間を演じきる。


時に悪意を躱し、時に好意を利用する。

感情が見える私に不可能は無かった。


あっという間に周囲の人望を集めると、学校を卒業後も異例の速さで出世を果たし、今この地位に至るという訳だ。






改めて自分の成り上がりっぷりに陶酔しながらも、私が考えていたのは「次」の事だった。


(そう、私の人生プランはこれで終わりじゃない……。もっともっと上を目指して行かないと……)


とは言え、ほぼほぼ成り上がりの頂点にたどり着いてしまった今、目指せる場所はそう多くはない。


(あと考えられる事と言えば……、国王と結婚して王妃になるとか……! って、今の国王は下品なハゲ親父だし……いくらなんでもアレはないわ。どっかに地位も名誉も兼ね備えたイケメンでも居ればいいんだけど……)


その時、内心ゲスい事を考えながらすまし顔で歩く私の前に一人の人物が現れた。

その人物は通路の向かい側から真っすぐ歩いてくると、私の前で立ち止まり恭しく一礼してみせる。


「エカディア司教、ごきげんよう」


礼儀正しく挨拶をする鎧姿の男性に対し、私は内心少し動揺しながらも返事を返す。


「……ッ! これはファリア騎士長、ごきげんよう……」


ファリア・ヒズボード、彼も若くして騎士長を務める才ある人物だ。


感情の色は澄んだ白。

規律を重んじ自他ともに厳しい、清廉潔白という言葉が似合う人物。


確か年齢は26、若くして重責を担っている人物だが何故かまだ未婚。

顔は……正直悪くない、というかかなりイイ……のだが。


「朝早くからご苦労様です」

「い、いえ。ファリア騎士長こそ、こんな朝早くから見回りご苦労様です」

「それが、私の仕事ですので」


ややぎこちなく話す私に対し、表情を変えぬまま淡々と答えるファリア騎士長。

その時、私は改めて彼の感情の色を読み取ろうとする。


(澄んだ白……、でもその奥の奥……。物凄く上手に隠してるけど、僅かに濁った色が見える……)


私はその色を知っていた。その色は……。


(これは……「敵意」だ)


何故だか分からないが、どうやら目の前の彼は私に対して敵意を抱いている様なのだ。

しかし彼はそんな感情を一切表に出す事なく自然にふるまい……。


「……それでは、私は見回りに戻りますので」

「私や城の皆さまが安心して公務に励んでいられるのも、貴方方のおかげです。貴方に女神様の祝福がありますように」

「ありがとうございますエカディア司教。では、失礼します」


軽く会話をした後、その場から立ち去っていった。






ファリア騎士長と別れた後、私はどこか釈然としない思いを抱えながら城内に作られた聖堂へと向かっていた。


(敵意……)


確かに私は全ての人に好かれている訳ではない。

若くして司教の座まで上り詰めた私に対し、嫉妬や敵意の感情を向けてくる者も少なからず居る。だが……。


(でも私あの人に何もしてないよね!? 何故かよく分からない内に嫌われてるとか……納得いかないんですけど!?)


そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら、私は聖堂へとたどり着く。


城内の敷地の端に作られた小さな聖堂、そこが私の配属された場所だ。

小さいとは言え一応城の敷地内という事もあり、訪れるのは貴族や城の関係者のみ。

寄付金にも困る事は無く、小さいながらも立派な我が家……もとい我が職場と言った感じだ。


そして私は無駄に立派な扉を開くと聖堂の中に入る。


十分なお金を掛けて作られた荘厳な雰囲気の内装。

左右正面を覆うステンドグラスに、正面に鎮座する女神リテーシアの像。


「それと……、女神像に祈りを捧げるみすぼらしそうな子供……」


と呟いた所で、私は正気に戻る。


「って子供!? 何で子供が聖堂に!?」


貴族の子供が迷い込んでくる事もなくはない。

だが、目の前に居る子供は明らかに貴族の令息令嬢と言った雰囲気ではない。


その時、祈りを捧げていた子供が振り返りこちらに笑顔を見せながら言った。


「あ! 聖女様!」


子供が放った聖女と言う言葉に私は即座に気持ちを切り替えると、目線を合わせ「聖女」として優しく子供に話しかけた。


「こんにちは、お嬢さん。女神様にお祈りしていたのかしら?」

「うん!」


そう屈託のない笑顔で答える女の子。

年齢は4~5歳と言った所だろうか?


そんな女の子に対し、私は優しく問いかけた。


「ここはお城の中なのだけれど、どうやってここに?」

「えーっと……、見つからない様にこっそり中に入ってきたの!」


女の子の言葉に、私の顔はサーッと青くなる。


(それヤバイやつやん……! 城への無断侵入とか家族もろとも死罪になってもおかしくないやつ!)


もちろん、私はこの屈託のない笑顔の女の子を処刑場に送ろうなどとは微塵も考えていない。

なんとか穏便に済ませようと考えを巡らせ始める。


だがその前に、私は一つの疑問を彼女に投げかけた。


「でも教会なら町にもあったでしょう? どうしてこの聖堂に来たの?」

「んっとね……、私どうしても女神様に叶えてほしいお願いがあって。町の小さな教会よりお城の教会の方が女神様に届くと思って」

「お願い?」


首を傾げる私に対し、女の子は真摯な眼差しを向け答えた。


「お父さん達が話してたの、今年はもう食べる物がないんだって。寒くて作物が育たなくて私達が食べる分がなくなっちゃったんだって……」


その時、私は女の子の言葉について考える。


(今年は類を見ない凶作だったって聞いてる。それに対して国はなんの対策も打ち出していないとも……)


地方の村が貧困にあえいでいるとは聞いていたが、どうやら城下町の方でも生活が苦しくなりつつある様だ。


(出来る事ならなんとかしてあげたいとも思う、けど……)


国の事を決めるのは国王、そして貴族達。

私程度が意見して変えられる物ではない。

「聖女」として私が出来る事と言えば……。


「大丈夫。きっと女神様は貴方達を助けてくれるでしょう」

「ホント!?」

「ええ、きっと……」


そんな気休めを言う事だけだった。

だがそんな私の言葉に女の子は安心した様に笑顔を見せる。


「ありがとう聖女様! 私そろそろ家に帰るね!」

「ああ! ちょっと待って! 兵に城の外まで送ってもらうから!」


そう言って私は近くを見回りしていた若い兵を一人捕まえると、女の子を城の外まで送ってもらう様お願いする。


「え? でもこの子供は……」

「内緒で……、お願いしますね」

「はっ、はい!!!」


少しイタズラっぽい表情でお願いする私に、兵は顔を真っ赤にしながら頷く。


(ちょろいな……)


そして兵に連れられて去って行く女の子の背を見送る、その時。


「じゃあね! 聖女様ーーー!!!」


女の子が振り返りながら元気に手を振り、私も笑顔で手を振り返すのだった。






女の子が去り、一人聖堂に立ち尽くす私。

何気なく先程の女の子の「色」を思い出す。


「凄く綺麗で……澄んだ色だった……」


その時、近くの鏡に自分の姿が反射して映る。

しかし、色は見えない。


私に見えるのは他人の色だけだ、自分がどんな色をしているのかは見えない。けれど……


「きっと私は……凄く濁った色をしている……」


こんな一人の時、どうしても私は考えてしまうのだ。

私は得たのだろうか? それとも失ったのだろうか? と。


感情を読む力。

それによって私はこの地位を手に入れた。

だがその為に、多くの人間を騙してきたのだ。そして……。


「他人だけでなく、自分をも騙し続けている……」


誰も居ない聖堂で独り言ちる。

だが、その時……!!!


「……悩んでいる様ですね、迷える信徒よ」


突然! 声が響いたと同時に聖堂の中が光で包まれた!!!

そして私の前に、空中から一人の女性が現れる!!! それは……!!!


「まさか……女神リテーシア様!!!」


そう、それは聖堂に飾られていた像と全く同じ姿!!!

女神リテーシア様だった!!!


そして私は突然現れた女神に対し……!


「……え!? 女神様って実在したんだ!?」

「貴方がそれを言っちゃいますか?」


とても失礼な事を口走っていた。


「ええ~……。そりゃまあ一応私女神教の司教ですけど……、ずっと半信半疑だったと言いますか……。ぶっちゃけ9割実在しないだろうなーって」

「9割信じてないなら半信半疑ですらありませんね!? 一信九疑ですね!?」


容赦なくツッコミを入れるノリのいい女神様に対し、私はやや投げやりな態度で問いかける。


「はぁ……。で、何の用ですか?」

「……貴方一応「聖女」って呼ばれてるんでしょう? もう少しそれっぽい態度は出来ないんですか? さっきの女の子にはそう接してたでしょう? ほら! もっとがんばって! 会社の社長にゴマをする平社員の様にへりくだって!!!」

「ええ~……めんど。神様相手に今更取り繕ってもどうせバレバレだろうなーって。色も見えないし、もう開き直って自然体で接するのが正解じゃないかと思うんですよね」

「自分の仕える神に対してそのナメた態度を取れる度胸だけは褒めてあげましょう」


そう笑顔で答えた後、女神様はコホンと軽く咳ばらいをし話を切り替える。


「そう、私が現れた理由ですが。実は貴方に贈り物を差し上げようと思いまして」

「贈り物!?」


女神様の言葉を聞いた私は露骨に態度を変え目を輝かせる。


「お金ですか!?」

「おい、聖職者」

「じゃあ金の生る木!?」

「そんな物はありません、ていうかお金から離れなさい」


私の言葉にスンとトーンを落とす女神様に、私は声を大にして主張する。


「いやいやお金はホント大事なんですよ? 地方にばら撒いて信仰を募ったり、色んな行動の便宜を図ってもらう為偉い人に袖の下を贈ったり」

「そんな生々しい話は聞きたくありません。こんなスレた子に育っちゃって、お母さん悲しいわ」

「誰がお母さんか。はぁ……、じゃあ何くれるんですか?」


明らかにテンションを落とす私に、女神様は今更荘厳な雰囲気を醸し出しながら告げた。


「私は貴方に祝福を授けに来たのです」

「祝福? それって何です?」


私はそう問いかけるも、女神様は聞く耳持たず両手を天に掲げる。


「さあ受け取りなさい! 女神の祝福を!!!」


それと同時に、眩い光が私の身体の中に入ってきた!


「えっ!? 何ですかコレ!? ヤバイやつですか!?」

「ヤバくありません、素直に受け取りなさーーーい!!!」

「そんな事言われても!? えっ!? きゃあああああっっっっっ!!!!!」


そして辺り一帯が眩い光に包まれ、私は気を失うのだった。






丁度同じ頃……。


「これでお父さんも安心してくれる~♪」

「そ、そうだね……。でも声はもうちょっと抑えて……」


上機嫌で教会を後にする女の子と、恐る恐る辺りを見渡しながら送り届けようとする若い兵士。


「聖女様の頼みだから思わず受けちゃったけど、こんな所を他の誰かに見られたらどうなる事か……」


誰にも見つからない様に祈りながら門へと向かう若い兵士。だがその時……!


「おい、そこの兵士」

「は、はい!!!」


突然声を掛けられ、心臓が飛び出しそうになりながら返事をし振り向く。

その目の前にあった姿は……。


「ファリア騎士長!」


厳格で知られる若き騎士長の姿だった。


(よりにもよってこの人に見つかるなんて~!!!)


大量に冷や汗を流しながら敬礼をする若い兵士に、ファリアが問いかける。


「持ち場を離れて何をやっている? 隣の子供は何だ?」

「こ、これはですね……」


良い言い訳を思いつかず口ごもる若い兵士。だがその時……。


「えっと、さっき教会で女神様にお祈りしてきたの。聖女様優しかったな~♪」


隣に居た女の子が代わりに答える。

その言葉を聞いたファリア騎士長は眉間に皺を寄せ、若い兵士に更に詰め寄る。


「……どういう事か、詳しく話を聞かせてもらおう」


騎士長が放つ圧力にただの兵士が抗えるわけもなく、若い兵士と女の子は騎士長に連れられていくのだった。






「……う、う~ん?」


私はゆっくりと目を覚ます。


「あれ? 私、確か聖堂で……」


辺りを見渡す。

そこは教会の奥にある私の私室、ベッドの上だ。


「寝てた……? じゃあさっきのは夢……?」


先程の女神様との漫才を思い出す。

だが深く考えるまでもなく、女神様が直接現れて会話するなどあり得るわけがない。


「ま、そりゃそうだ……」


ほんの少しがっかりしながら、私はベッドから立ち上がり時計を見る。


「うわ、もう昼!? 確か今日は品評会の予定が入ってたはず……!」


私は急いで着替えを済ませると、部屋を出ていく。

夢の出来事などすっかり忘れて……。






城にある豪勢な一室。

部屋の中央には大きな円卓があり、十数名の人物がそれを囲み談笑しながら座っている。


座っているのはいずれも有力な貴族や、城の関係者であり。

女神教の司教である私も、その一人である。


そして、しばらくした頃……。


「皆さま、皿の用意が出来ました!」


使用人の一人がそう大声で告げると、奥から大勢のメイド達が現れ、円卓に座っている一人一人の前に料理を並べる。


「本日皆さまに品評していただくのは、この国一番の料理店グランナドの料理長、オービエンテ様の皿でございます」


目の前に置かれた皿には、何やら見た事のない不可思議な料理。

何かの肉に紫色のソース、盛り付けだけは丁寧だが正直あまり美味しそうとは思えない。


その時、真っ白なコック服を着た中年太りの男が恭しく礼をすると、この皿の解説を始める。


「~~~~~~~~~~」


何やらこまかいうんちくを偉そうに長々と語り、如何にこの皿が素晴らしいかを語っているが、要約すると……。


『この料理は凄い希少な素材をふんだんに使った、すごくお高い料理です』


という事らしい。


さて、今更だがこの会の趣旨を説明しよう。

この「王国美食品評会」とは、国の有力な人物が集まり出された皿に対して意見を交わし合い、更なる美食の追求を目指す会……とは建前。

実際の所は彼ら高級料理店の箔付けが目的の会だ。


私達は出された皿に対して「国の有力貴族達が認めた皿」というお墨付きを出し、それに対し料理店は幾ばくかの「お礼」を支払うという仕組み。

それによっていくらか生活に余裕のある庶民達はその店に殺到し、高い金を支払い有難がって希少な料理とやらを食べ、店は更に儲けを得るというシステムだ。


まあまあ腐ったシステムではあると思うが、それに加担している私が言う事ではない。

それに、今更私一人が何か言った所でシステムその物がどうにかなる事もない。

私が席から外れた所で、代わりの誰かが座るだけの事……。


(なら、別に私が貰っても構わないでしょ……)


いつも通り、やる事は簡単だ。

目の前の料理を一口食べる、「美味しいですわ」と軽く笑みを作って告げる、味は関係ない。

後は適当に談笑でもしておけばこの会は終了、そういつも通り……。


そして私は周りと同じ様に料理を口に運び、そして一言……。


「うぇぇぇぇ……、まっずうっっっっっ……!!!」


と口に出していた。


瞬間、場の空気が固まる。


シンと静まり返った室内。

皆が何が起きたのか驚きの表情を見せる中、この料理を作ったオービエンテが引きつった笑みを浮かべながら答える。


「ど、どうやら聖女様のお口には合いませんでしたでしょうか……?」

「え!? あ、これは……!」


私は咄嗟に何か言い訳をしようと口を開く、だが……。


「奇抜なだけで全く食べる側の事を考えていない独りよがりのアイデアに、ただ希少で高い素材を使えばいいだろうという適当な料理。これに比べれば路地裏の残飯の方がまだマシですわ」


口から出た言葉は、更なる追い打ちをかける様な言葉だった。


「なっ……」


その言葉に料理長だけでなく周りの全員が絶句。

辺りの空気が氷点下まで冷えこむ中、私は冷や汗を流しながら固まる。


何故私はこんな言葉を言ってしまったのか? それは分からないが今考えるべき事は一つ……。


(私……おわったーーーーー!!!???)


こんな大勢の有力貴族を敵に回して、この先この国で生きていく事は出来ない。

積み上げてきた立場、コネ、利権。

それらがボロボロと音を立てて崩れていく様な気分。


(路地裏から成り上がってきた私の人生も今日これまで……。ユマ・エカディアここに死す、儚い人生だったわ……)


私は死刑宣告を受ける直前の囚人の様に、全てを失う感覚に絶望するのだった。

だが……その時……!


「そ……そうだ。実は私もそう思っていたんだ……!」

「えっ?」


一人の貴族が大きく声を上げた。


「一体何なんだこの皿は!? いやこの皿だけではない!!! 今まで出てきた皿も全部全部奇抜なだけでゴミの様な皿ばかり!!! 本来私達はより美味しい料理を追求する為に集まったはずなのに、いつの間にか利権に目がくらみこの様な低俗な皿にまでお墨付きを与える事になってしまっていた!!!」

「ええっ!?」


一体何が起きているのか困惑する私を他所に、他の貴族達も大きく声を上げ始める。


「私も実はそう思っていたんだ!!! この様な皿を認めるなど美食家の名折れ!!!」

「ああ! 聖女様の言う通り!!! 今こそ我々は美食家の誇りを取り戻し! 本当の美食品評会を復活させるのだ!!!」

「ナンデ!?!?」


まさしく暴動とも言える美食家達の反乱。

それを引き起こしたのは紛れもなく私の一言。


「では……、この皿へのお墨付きは……?」

「黙れ三流料理人!!! 貴様は下働きからやり直すがいい!!!」


腐ったシステムが崩壊し、何やら貴族達が情熱を取り戻す最中。私は……。


(よく分からないけど助かった……?)


己の命が長らえた事に、一時の安堵を得るのだった。






まだ貴族達の熱が冷めやらぬ中、私は会を抜け出し早足で教会の私室へと向かう。

そして部屋へとたどり着くと、鏡に向かって大声で叫んだ。


「私は男! 年齢は42歳! この世で大事なのはお金より愛!!!」


そう叫んだつもりだった。

だが実際に口から出てきた言葉は……。


「私は女! 年齢は24歳! この世で大事なのは愛よりお金!!!」


紛れもない真実の言葉だった。


「何これ……!? 嘘が言えない……!?」


何度か試してみたが結果は同じだった。

嘘をつこうとしても本当の言葉しか言えなくなってしまっている。

こんな超常現象の心当たりなど一つしかない、それは……。


「もしかして……! これが女神様の言っていた祝福……!?」


そう結論づけた私は続けて叫ぶ。


「って!!! どう考えても呪いでしょうがーーー!!!」


私は手近にあった棒を手に取ると部屋を飛び出し、聖堂の女神像に怒鳴りつけた!


「降りてこい女神ーーー!!! この呪いをどうにかしろーーー!!!」


棒を振り回しながらあらん限りの罵倒と不敬を込めて叫ぶ。

だが女神像はピクリとも動かず、女神本人が降臨してくる気配もない。


ハァハァと息を切らせながら、私は事態の重大さについて思案する。


(人の感情を読み取り、その場その場に合わせて「嘘」を使い分ける事によって私はこの地位まで上り詰めた……。それなのにその「嘘」が使えなくなる……。とてつもなくマズイ……、どうにかしないと……)


私は聖堂の椅子に座って頭を抱える。

その時……。


ゴーン……ゴーン……


と、遠くの鐘楼の鐘が鳴る音が聞こえてきた。


「もうこんな時間? えっと今日の予定はあと……」


その瞬間、私の顔面は真っ青に染まる。


「この後は……王様主催のパーティーだったーーー!!!」






言うまでもない事だが、この国で一番偉いのは国王である。

その国王が主催するパーティーを欠席するという事は、その国で一番偉い人物を敵に回すという事だ。


大きなホールに大勢の貴族や関係者達。

昼の品評会の比ではない、この国を動かす全ての権力者が今この場所に集まっているのだ。


そして、そのホールの片隅に私の姿もあった。

なるべく目立たない様にしながら、ニコニコと微笑を浮かべ続ける。


「エカディア司教。ごきげんよう」

「ええ、ごきげんよう」


話しかけられた時は当たり障りのない挨拶を返し、なるべくすぐに立ち去る。

いつ呪いが発動してボロが出るか分かった物ではないからだ。


(うう……心臓に悪い……。でもなんとか乗り切らないと……)


このパーティーさえ乗り切れれば、あとはじっくりと解呪の方法を探す事も出来る。

とにかく問題を起こさない様に……。


そう私が作り笑いを浮かべながら胃痛に悩まされていた、その時。


「みな! このパーティーは楽しんでもらえておるかね!?」


威勢の良い声を上げながらこの国の国王、ダグモント国王陛下がホールに姿を現した。


不摂生を絵に描いた様な中年太りの腹に、内面の小心さを隠そうとする様な無駄に尊大な態度。

既に王冠の下は禿げ上がっている年齢にも関わらず、若い女性には好色な視線を向けてくる下劣さ。

何故この人物がこの国の王になれたのか? それが一番の疑問。

国王ダグモントとはそんな人物だ。


だが如何に尊敬に値しない人物であろうと、礼節を欠かすわけにはいかない。

それは正に「自殺行為」なのだから。


恭しく頭を下げる貴族達に声を掛けながら、国王はゆっくりとこちらの方へ向かってくる。


(うげーーー!!! こっち来んなーーー!!!)


私の心の声を女神様が聞き届けてくれるはずもなく、国王は私に視線を向けた。


「やあ! エカディア司教!」

「国王陛下……」


私は口を閉じたまま、優雅に頭を下げる。


(このハゲ親父の前で何か喋ろう物ならほぼ間違いなく呪いが発動する……!!! だからとにかく今は何も喋らない……!!! なんとか笑顔だけで乗り切る……!!!)


微笑を浮かべたままの私に対し、国王が距離を詰めながら言う。


「エカディア司教は今日も美しい! 貴方の様な若く聡明で美しい方は早々いない! 聖女と謳われるだけはある!」


その様に褒めたたえながら、国王の視線は私の身体を不躾にはい回っていた。


(色が! 心の色がピンクすぎる!)


国王の頭の中は性的な願望で埋め尽くされている。

目の前のハゲ親父の頭の中で私がどんな姿を晒しているのか、想像するだにおぞましい。


「まあ……」


普段であれば口先だけで難なくあしらってみせるのだが、嘘が付けない今はそうもいかない。

そんな国王に対し、私はただ笑顔で答える。


だがそれを何時にも無いチャンスと見たのか、更に好色そうな笑みを浮かべたまま国王は距離を詰めてくる。


「しかし貴方の様な女性が神に仕える身など実に惜しい、ワシならもっといい立場を用意する事も出来るのだが?」


もはや内心を隠そうともせず、私の身体にいやらしく手を伸ばそうとする国王。だがその時……!


「国王陛下、大事なお話が」


突然の背後からの声に国王が振り向く。

そこに立っていたのは、あのファリア騎士長だった。


「大事な話だと? 今でなければならんのか!?」


不機嫌そうにそう怒鳴る国王だったが、騎士長は動じる事なく返す。


「はい、とても重大な件ですので」

「む、むう……」


騎士長の圧にたじろぐ国王。

その時、騎士長が一瞬私の方に視線を向けた。


(え? 何? どういう視線? でもこれはチャンス!!!)


すかさず、私は話の邪魔にならない様に……。


「それでは私はこれで……」


という名目でその場を逃れる事に成功した!






(ふー、今回はあの騎士長に助けられたわ……)


心の中で安堵しつつその場から立ち去ろうとする私。

しかしその時……。


「民を悩ませている飢饉についてです」


騎士長が国王に告げた言葉に私は足を止めた。


(え? それってもしかして……)


朝方、教会に忍び込んでいた女の子の事を思い出す。


「今年は類を見ない凶作により、穀物の収穫量が昨年の半分程の量となっています。城下町でも食うに困る民も増えており、このままでは多くの犠牲者を出す事となってしまいます」


真摯に民の窮状を訴えかける騎士長。

女神様への祈りのお陰かどうかは分からない、だが女の子の願いは彼に届いていたのだ。


「国の備蓄食料を解放し、民に分け与えるべきと考えます。どうか……」


そう言って頭を下げる騎士長。

そんな彼に対し、私は今までの評価を改める。


(何故か私を嫌ってくる嫌な奴だと思ってたけれど、なかなか良い事も言えるじゃん! 嫌な奴だけど!)


ともかく、これで一安心。

女の子の家族も飢えで苦しむ事はなくなるだろう。


そう私が胸をなでおろした、次の瞬間……。


「何を言っている、不許可に決まってるだろう」


国王の放ったその言葉に私の心は真っ白になった。


「ですが、このままでは多くの餓死者を出す事に!」

「それの何が問題だ? 何故そんな事の為に国の財を使う必要があるのだ」

「民に犠牲が増えれば、穀物の収穫量だけではなく国の経済にも響きます! 国の根幹が揺らぐ事に!」

「問題ない、農奴や民が何百人死んだとて奴らはすぐに増える。そんな事より国王たるワシが優先されるのは当然の事であろう。もし国の財をその様な余計な事に使い、今日の様な盛大なパーティーを開けなくなったら貴様が責任を取るのか?」

「くっ……」


それ以上何も言えず口を閉ざす騎士長。


「全く下らん事に時間を取らせおって、さあパーティーの続きを……」

「……」


呆れた様に言い放ち背を向けた国王に対し、騎士長は何かを決意した様な顔でゆっくりと腰に提げた剣に手を掛ける……。

その時……!!!


「……待てよ、この好色ハゲ親父」


静かに、だが重く響いたその言葉に辺り一帯が静まり返る。


その言葉に皆が唖然とした顔で声の出どころに視線を向けた。

騎士長がそこに居た人物に対し呟く……。


「……エカディア司教?」


俯いたまま立ち尽くす私に対し、皆が静かに注目する。

その時、国王が困惑した様な声で言った。


「な、何だって……? いや、何かの聞き間違いだろう。 よく聞こえなかった様だ」


尚も薄ら笑いを浮かべようとする国王に対し、私はゆっくりと告げる。


「好色ハゲ親父と言ったんですよ……ダグモント国王陛下!!!」


その言葉と同時に私は顔を上げると、唖然とする国王をキッと睨みつけ叫んだ!


「ふざけんな!!! 人の命より自分の贅沢が大事ってそれでも国王か!!!」


私の叫び声に、ホールに居た全員が驚きの顔を見せる!


「アンタは知ってんのか!? 何も食べる物がなくお腹が空いて眠れないまま過ごす夜を!!! 毛布もなく路地裏で過ごす冬の冷たさを!!! みんなそれを仕方ないって、世界が悪いんだって自分に言い聞かせながら、我慢し続けていたんだ!!! なのに!!!」


それは今苦しんでいる誰かの為の叫びだったのか?

それとも、過去に苦しんでいた誰かの為だったのか?


「一番真っ先に助けられる奴が!!! 一番助ける力を持ってる奴が!!! 自分がただ贅沢したいってだけで見殺しにしてきたのか!!!」


怒りの声を上げたまま、私は目の前の人物に対してハッキリと告げる。


「アンタなんかこの国の王様じゃない……! アンタはこの国に寄生する最悪のクズだ……!!! このキモ豚ハゲ親父ーーー!!!!!」


ホール中に叫び声が響き渡り、辺りが静まり返る。

誰も声を発さない、何も言う事が出来ない。

そんな中……、私は……。


(し……死んだーーーーー!!!!!)


自分の放った言葉に愕然となっていた。


(どうなってるの!? これも呪い!? でも私は口を開こうとしなかったはず……!)


だが、その答えも少し考えれば分かる事だった。


(もしかして……「嘘を付けない」って言うのは、嘘の言葉を言えないってだけじゃなく。心の底から叫びたいと思った本音を口に出さずにはいられないって意味だったって事ーーー!!!???)


理由はハッキリした。

だがもちろん、そんな事は今何の意味もない。


「ぬぐぐぐぐぐ……!!!!!」


目の前の豚……じゃなくて国王は顔を真っ赤にしながら怒りの表情を私に向けている。


(あー……ですよねー……)


「貸せ!!!」


そして国王は近くの兵から剣を奪い取ると、立ち尽くす私に向かってヅカヅカと歩いてくる!


「たかだか教会の小娘がワシを侮辱するなど!!! 牢に入れるのも生ぬるい!!! この場で斬り捨ててくれるわ!!!」


もはやどうしようもない、どんな弁明をした所で国王の怒りを鎮める事は出来ないだろう。

それに……。


(さっきのは嘘偽りない私の本当の気持ちだった……)


嘘つきの私が最後の最後にハッキリと言いたい事を言ってやったのだ。

清清したと言うのだろうか、今の私は清々しい気持ちですらあった。


(ま、これだけは女神様に感謝してもいいかな)


そして私の目の前に立った国王は剣を手に告げる。


「何か命乞いの言葉はあるか!?」

「何もありません、クズ陛下」


その言葉と同時に! 国王が剣を振り下ろした!!!

次の瞬間……!!!


キィンッ!!!


金属がぶつかる大きな音がして、国王の持っていた剣が弾き飛ばされる!

国王が剣を振り下ろそうとした瞬間! 私と国王の間に割って入り、その剣を防いだのは……!


「ファリア……騎士長……?」


命を救った人物の背に向け、私は困惑したまま呼びかける。

その声に、ファリア騎士長は顔だけで振り向くと答えた。


「ご安心を、貴方はこの命に代えても守りぬきます」


その時、剣を弾き飛ばされ尻餅をついたままの国王が叫び声を上げる。


「き、貴様!!! 邪魔をするのか!!! 兵達!!! こやつらを始末しろ!!!」

「は、はっ!!!」


王の号令と同時に、すぐさま駆け付けた兵達に私達は囲まれる。


「くっ……!」


剣を手に、私を庇う様に立つ騎士長。

私達を包囲する様に槍を構える十人程の兵士達。

パーティーに参加していた貴族達は突然の事態に驚きながらも、遠巻きに自体の行く末を見守る。


「ふっふっ! いくら貴様でもこの数の前ではどうにもなるまい! 血迷って国王であるワシに逆らうとは!」


状況は絶対絶命。

騎士長と言えど、私を庇ったままこの場を乗り切る事は不可能だ。


圧倒的有利な状況に国王がニヤリと笑みを浮かべた。そして……!


「殺せ!!!」


そう兵士達に命令を下した! その瞬間!!!


「……いいえ、貴方達はそんな事しません」


兵士達にそう告げたのは、私……いや、「聖女ユマ」だった。


「なっ!? 聖女様!?」


危険を告げるファリア騎士長の横をゆっくりと通り過ぎると、私は槍を持っていた兵士の一人に向かって歩いていく。


「な! 何をしている!? 殺せ!!!」

「で、ですが……!」


国王はそう叫ぶが、無防備に歩いてくる私に対し、兵は槍を構えたまま戸惑うだけ。

そして私は、その槍に手をかけゆっくりと下ろさせると、静かに言った。


「何故なら、貴方の心はその様な事はしたくないと言っているからです」

「あ……聖女……様……」


その手からカランと槍が落ちる。

茫然とする兵達に向かって、そして貴族達全員に向かって私は語り掛けた。


「私には、ここに居る皆の心が見えます」


荘厳ささえ感じさせるその言葉に、全ての者が注目する。


「欺瞞、嫉妬、傲慢……。お金の為に、権力の為に……。意識的に、或いは無自覚の内に……。ここにいる皆が黒く濁った汚泥にその身を飲み込まれています」


私は周囲を覆う一面の黒に目を向ける。


「そしてその泥はここだけではなく、国中に広がり、飲み込もうと大きくなっていきます。まるで汚れた水が川を流れ、下流まで汚してしまうかの様に……」


それは今この国を覆っている全ての災いの源。

全ての災いはこの場にある人の悪意から始まっているのだと私は告げる。

それは、彼らの罪を告発する様に心に突き刺さる言葉だ。だが……。


「ですが、それでも私には見えるのです。黒い泥の中にある僅かな光、白く輝こうとする光。それは正しくありたいという希望の光です」


私の言葉に罪悪感を感じ俯いていた人達が、その言葉にハッとした様に顔を上げた。


「光……? 私達の心にまだ光があるとおっしゃるのか……?」


まるで女神が降りてきて人の姿を借りて話しているかの様な言葉に、皆は息を飲みながら聞き入っている。


「はい。それは黒く濁り、仕方ないと諦めながらも、それでも正しく生きたいと願う心。皆が本当はこうありたいと望む生き方」


そして私はゆっくりと手を開き、彼らに向かって優しく告げた。


「大丈夫。もう恐れる必要も、諦める必要もありません。光の射す道へ、貴方達が本当に望んだ生き方を生きる為に。女神リテーシアの名の下に、聖女ユマが貴方達を導きましょう」


その言葉と同時に、周囲を埋め尽くしていた黒い色が消え去っていく。そして……。


「ああ……聖女様……!」

「女神よ……!」


周囲に居た全ての人間が彼女の元に跪いた。

今この場の全ての者が、彼女の中に本当の光を見出していたのだ。


「な……! なんだこれは……!? 一体何が……!?」


しかしただ一人、国王だけは狼狽えたまま困惑の声を上げ続ける。

その時、ユマの言葉に聞き入っていた騎士長がハッと正気に戻り素早く声を上げた。


「……警備兵! 国王陛下を捕えよ!」

「ッ! ハッ! 了解しました!」


狼狽え続ける国王を先程までこちらを包囲していた兵士達が捕縛する。

突然の事態に動揺する国王に対し、騎士長は厳正な態度で告げた。


「陛下、貴方はこの国の財産を私的に使用した罪に問われる事になるでしょう。牢にて沙汰をお待ちください。……連れていけ」

「そんな馬鹿な……! 国王であるワシが牢屋だと……!? こんな小娘如きにワシが失脚させられるなど……!」


そして国王は兵達に連れられて行くのだった。






全てが解決し、聖女ユマは慈愛の表情のままそれを見届ける。

そして……。


(や……やばかったーーーーー!!!!! 本気で死ぬかと思ったーーーーー!!!!!)


心の中で、全く聖女らしからぬ安堵の息をついた。


(どう考えても死100%の状況!!! それをハッタリだけで乗り切った私凄い!!!!! 今、命がある事を神に感謝します!!!!! 女神は呪いの件で話があるから教会の裏に来い!!!!!)


呪い。

その言葉にふと、先程の自分の言葉について思い出す。


(そう言えば、さっき呪いは発動しなかった……。まあ心が見えるってのは本当の事だし、ちょっと聖女っぽく盛っては居たけど別に嘘はついてなかったからかも? あれは全部私の本心だったって事になるのかな……)


半分無我夢中だったので、自分が何を口走っていたのかよく覚えていない。だが……。


(少しは聖女らしく、人の役に立てたって事でいいのかな……)


女の子に向かって告げた言葉を思い出す。


『大丈夫。きっと女神様は貴方達を助けてくれるでしょう』


それはただの気休めでしかない、嘘の言葉だった。


(でも……、これで「嘘」が「本当」になった……って事なのかもしれないわね)


どこまでが女神の思惑通りだったのか? まあそれは今はどうでもいい。

女の子の事を思い返しながら、私はほんの少し笑みを浮かべるのだった。


その時、穏やかに笑みを浮かべていた私に声がかかる。


「……エカディア司教」


それは、先程国王から私を守ってくれた騎士長ファリアの声だった。


「ファリア騎士長……。先程は助かりました、ありがとうございます」

「いえ……」


私の言葉にバツが悪そうに答える騎士長。

そしてしばらく何かを言おうと悩んでいた様だが、意を決したのか勢いよくその場に跪き叫んだ。


「申し訳ありません聖女様!」

「えっ? 一体何の事でしょう?」


困惑する私に対し、騎士長は告げる。


「私は以前から、この国を覆う腐敗に気付いておりました。己の地位と権力の為に民をないがしろにし贅を貪る者達……。そして、貴方も……そんな権力者達と同じだと思っていたのです」

「あ、あはは……」


引きつった笑みを浮かべながら私は心の中でツッコミを入れる。


(それ……! 事実でーす……!!!)


彼が私に対し敵意を抱いていた理由も理解した。

うん、恨まれて当然。私の自業自得。


「ですが、先程の貴方の言葉……。王を叱責する激しい言葉、貴族達を諭す穏やかな言葉。私は目が覚めた気分です。貴方は紛れもなくこの国の闇を払った聖女だった」


騎士長から信頼、畏敬の色を感じる。

どうやらこの件で彼からの信頼を勝ち取る事も出来た様だ。その時……。


「……それで、私から貴方にどうしても聞き届けていただきたいお願いがあるのです」

「えっ……?」


不思議そうに問いかける私に対し、騎士長はやや口ごもりながらゆっくりと言葉を紡ぐ。


「どうか……その……貴方に……」


その時! 私の直感が告げた!!!


(まさかこれ……!!! プロポーズ!!!???)


つまりこれは私の妻になって欲しいとかそういう奴って事!?


(顔は問題ない!!! 性格も敵意を抱かれてた理由が分かったからOK!!! あとは地位だけど騎士長……)


しかしその時! 私はある事に気付きハッとなる。


(あれ? でも前の国王は幽閉されたわけだし、次の国王を決める事になるわけで……。となると次の国王はファリア騎士長!?)


可能性は高い!

さっきいち早く国王に立てついて私を守ったのは彼! 今までの実績も申し分ない!


今まで権力を握っていた貴族達も改心してるし!

最悪、聖女である私が彼を国王に指名すれば、反対する者も居ないはず!!!


(ああ……ついにたどり着いた……! 私の成り上がり人生、その頂きに……!)


明日から始まる王妃としての新しい生活。

ありがとう女神様、ありがとう今までの私。


「どうか……貴方に……!」


そして意を決した様に騎士長が放った言葉に……。


「この国の! 女王になってもらいたい!!!」

「はい……喜んで……!」


私はノータイムでイエスと答えていた。


「……え? 女王?」


唖然と呟いた私に対し、周囲の貴族達が大きく声を上げた……!


「お、おお……!!! 新女王誕生だ!!!」

「聖女ユマ様!!! 女王ユマ様!!!」

「えっ!? ちょっと待って!?」


困惑する私を他所に、周囲の貴族や兵達は歓喜の声を上げ続ける!


「聖女様が我々を導いてくださるぞ!!!」

「新しい国の夜明けだ!!! 新女王万歳!!!」

「いや無理だから!!! 私呪われてるし!!! 話聞いて!!!」


必死に弁解しようとするも、彼らの熱狂の前では焼け石に水。


「これは私の望んでた人生じゃないーーー!!!」


私の叫び声も虚しく、新女王即位を祝う宴は国中を上げて三日三晩続いたのだった。






その後。

嘘のつけない女王、「聖女ユマ・エカディア」の治世が始まり。

国中が大いに活気づき、繁栄する事となるが。


それはまだまだ、遠い日の事である。


完。

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