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手をつないで

作者: tenma

僕には嫌いな彼女がいる。かつて・・・・・・と言っても幼稚園の時からだ。

当時その子はいつも、僕に悪口を言っては、僕を苛めて愉しんでいた。

顔をつねってきたり、腕に噛み付いたり、子どもが考えるくらいの嫌がらせをしてくる。

「やめろよ」と口を開いて反抗する度に、反抗する僕が悪いように・・・・・・より強く苛めてくる。

だけど、僕自身が悪いんだ――こうなるのが当たり前だと思わせてくるから、僕としては不思議でならない。

僕は彼女の事が大嫌いだ。きっと目にモノ見せてやる――そんな復讐めいた事も考えていた。

けど今は僕の大きくなった手で、しっかりと彼女のイビツな手をつないでいる。

嫌いなんだけど、彼女の握り返してくる感触が心地よくて仕方がない。

・・・・・・今日みたいに日当たりのいい公園。その公園の中央にある錆びたブランコの横にあるベンチで、

彼女は僕の肩に寄り添うように眠っている。目の前には、小さな犬が、はねるボールを追いかけるようにして走り回っていた。ペットとしては大して可愛くもな い無愛想な顔に、いっぱいに喜びを表している。

ボールもまるで生きているかのように、振舞うから不思議だ。

僕といえば、じゃれあう犬とボールを細めに見ながら、雲が流れるのを眺めていた。本当に眠たくなるような陽気だ。そんな中で眠れたら最高だ。彼女は本当に 幸せそうに眠る。


――彼女とは言っても、僕の彼女じゃない。


彼女には、もう・・・・・・立派な彼氏がいる・・・・・・僕が及ぶことがないような、長身でハンサムな彼氏がいる。

僕の方といえば、僕の業か、そんな彼女と呼べる親しい者はいない。

自分の心をさらけ出すことなんてせずに、じっと石のように口を閉ざしているだけ。そんな奇妙な関係だ。そんな奇妙な関係が、彼女と僕の唯一の関係だ。

 彼女の手は汚いし、皮膚がはがれてボロボロだ。ちょっと爪でこすってみるとすぐに血が滲む。

それが彼女の生まれ持った病気だ。しかし、感染はしないらしい。

でも、普通の人なら触りたくない手だ。僕にはまだ信じられない。僕が彼女の手を好きだなんて。

あの時も、こうやって自分の左手で彼女の手をつないでいた。

数えるぐらいしかないけれど。まだ覚えている。


 初めて彼女と会ったのは、幼稚園の頃だ。僕は年少組で、その中で自分も言うのもなんだけど、

割と背が高い大人びた子だった。そんな自分が、たった一人の子に翻弄されるなんて、バカな事があるか。

 その頃、お遊戯会という喜劇があって、嫌々ながらダサい生き物をモデルにした被り物を着て、お尻を振って見せてた。今思うと顔から火が出るんじゃないか と思うくらいに恥ずかしい。

そんな中で、僕は彼女と初めて手を握った。でも、その時の彼女の手、見た目はひどくザラザラしていて、震えるようにして握った記憶がある。それは、見た目 どおりに、本当にザラザラして、気味が悪く感じた。

子供は自分と違うのを見るとどうしても拒んでしまう。僕も例外じゃない。

僕は嫌がるそぶりを見せていた。ほら、駄々っ子だったんだよ。僕は。

僕が嫌な気持ちをむき出しにして触るもんだから、あの小さな・・・・・・今思うと憎らしくもあるが愛らしい彼女は、

まるでどこかで拾ってきた手の付けられない野良犬のように殴りかかってきた。

僕は、えいっ、生意気なヤツと思って同じように転がるようにして飛び掛る。相手の顔めがけて、片手を突き出すと、なんと僕の指を噛みついたじゃないか。あ の時は、本当にびっくりして大きく泣いた。

痛いよう、痛いようと言って、大粒の涙をぼろぼろと零れるように流しては、後になって、ひどく邪悪な気分になった。

その頃かな、僕は彼女の事を本当に嫌いだって思うようになった。それでも、涙を拭きながら、彼女の手を握ってお遊戯に専念した。でも、ジッと相手を見て、 力の限り握り締めた。お互いに爪を立てて、お互いに。

ギュッと握り締めたせいか、僕の手は赤くなって、悔しさを極めた。彼女の手もそうだろうなんて思っても見なかったけど。僕は悔し涙を流しては、自らの不運 を呪った。けどお遊戯が終わった後、僕は彼女の事を忘れてしまった。子どもってのはそんなもんだ。

 2度目に手をつないだのは、遠足の頃。どうにもこうにも、僕らには腐れ縁がある。僕はまた彼女から先に差し出された手をジッと見ては、ほら、手をつない でと即す、僕たちを管理して統括する先生に後ろ押されて、手をつながなきゃならなかった。

おずおずと彼女は自分の手を出したわけじゃなく、ずいっと、まるで高慢な姫君が、下々にその穢れを知らない体を与えるかのように渡す態度だったから、本当 に気に入らなかった。

事実、彼女の家柄は悪くない。お嬢さんと呼ばれて鼻もちならない奴へと成長するに違いないだろうが。

その事を悟っていたのか僕は手に唾吐く。小さなくぼみに、即座に白い唾液がたまった。

その水溜りを作ったままで、すぐに、その相手の手をひったくるようにして掴む。

ほら、こうすればいいんだろ。自分の唾液が手の中で、ぐちゃぐちゃと音を立てるから。気持ちが悪い。

とうとう、彼女は泣き出した。僕は僕で、そんなに悪い事をした覚えはないけれど、急に不安になって泣き出した。

そうなると、もう僕らは手をつなぐ事なんて出来ない。

さあほら、誰か別な手がやってきて、僕よりも大きな手が僕の手を包み込む。

僕の目は、その大きな手から不意に彼女のイビツで汚らしい手が恋しくなって、彼女を探し出したんだ。

――そら、彼女と目が合った。小さなつぶらな瞳に怒りを湛えて、

片方の指で、下瞼を押さえて、小さな紅い舌を突き出す。

僕も同じように、何もないほうの手で、まるっきり同じ動作をしてみせた。それから頬を膨らませて、目をそらすと、ソッと大きな手を盗み見る。

誰も彼もが同じ手と思っていたけれど、どうしてだろう。なんで、違う手の形をしているんだろう。

僕は手を見せてもらう。不思議だった。

けれども、出会う人に、手を見せてくれと言うようになって、僕は誰の手でも、どこかしら違う手なんだと納得する事ができた。


僕は自分の手を観察するようになった。


 他者と比べると、長い指で、端整に整った爪の形をしている。その指は、まるで紅葉の葉のように、愛らしく思えた。指を自分の意思で動かしてみる。滑らか な肌が、動いて、小さな指が、小さいながらも曲線を描いた。

ほら、僕の指はこんな指だ。こんな指だったんだ。彼女の指と比べると、とても綺麗だ。


――僕は記憶の中に心を飛ばしていたけれど、現実の今を思い出して、心が彼女の頭の重みを感じた。

寝息をたてて、僕の左肩に頬から唇を押し付けるようにして身を任せる彼女は子供のようだ。

そろそろ秋になり始めて、肌寒くなったから着込んだのか・・・・・・彼女の淡い緑のセーターが、

彼女の呼吸と共に、上下した。僕は、そっと空いた方の手で、彼女のちょっとカールした前髪を撫でてみた。

日の光を吸収して、それは温かい。さらさらとした感触がまるで絹のように、僕の手の中でなじむ。

ふと、彼女のいじわるな目が開かれて、僕は落ち着けなくなった。できるなら、そのまま眠りの姫を演じて欲しい。

彼女が起きてしまうと、僕はまた意地悪になるかもしれない。ね、お眠りよ。深い眠りについてくれ。

そして幸せな夢を見続けて欲しい。そう僕は望んでいる。

彼女が再び目を閉じる。僕は安堵と共に焦燥感を感じる。自分が笑っているのか、泣いているのか、

自分の表情が分からなくなるぐらい、気が動転したんだ。

どうしようもない意気地なしだ。

でも、瞳は、僕の動作を咎めることはなく、光は、睡魔によって閉ざされる。

そうして、より強く手が握り締められるのを感じた。逃さないつもりなんだろう。

それだけで、心は窮屈になる。

肩を貸しているだけだ。僕は、彼女の事が嫌いだ。

僕は、高鳴る心臓を抑えて、息を深く吐いて、足元の地面に落とす。

目を閉じた。心は過去へと飛び、僕もまた夢に飲み込まれた。


 初めて彼女の友人として家に呼ばれた時、

母と父は大喜びして僕を肘で小突いた。

その日は彼女の誕生日で、「お宅の息子さんも是非」とのことらしい。

僕の体に合う余所行きの服を着せては、着せ替え人形のように扱う。

息が苦しくて、両腕を振っても二人は僕を理解しきれず、逆に怒りはじめる。

僕には訳が分からなかったからだ。

僕には意味が分からなかったからだ。

なぜ、彼女の家に行かなければならないのか。それは近所の幼稚園に通っていた親達が友人になったから。

だから、彼女と僕の接点はより強固なものになった。

整えられた服をワザと皺だらけにし、友人じゃなく敵として行った。

綺麗に着飾った彼女は手に手袋をしていた。フリルのついたドレスを見せながら、僕にケーキを渡す。

誕生日を祝うどころか、ケーキを彼女に叩きつける事にした。手を隠しているのが、僕にとって気に入らない事だった。どうして、手を隠しているんだろう?  僕はそれが気に入らなくて激してしまった。

それから誕生日に呼ばれた記憶は無い。僕は彼女から――こんなのから、早く離れたかった。

普段、一緒になってケンカして笑って泣いているのに、すぐに離れる事を考えるのは酷く空想的だった。

そんな事は万が一ありえないと思っていた。そう思う事がバカだったんだ。

腐れ縁と言う言葉を知っていたのかは、分からない。けど、ずっと一緒だと思っていたんだ。

 合わせた手が離れるように、いつの日か忘れたけれど僕も彼女から離れることになった。

忘れたといったけれど、小学生のまだ遊び盛りの頃だと記憶している。

家の事情と人は言う。

けれど、僕が思うに、それが僕と彼女の運命だったと思う。

僕はそれから、どこか知らない街で人と過ごし、友を作り、笑ったり泣いたりしては、別れる・・・・・・無様な繰り返し。

 いつからだろうか、そんな別れが悔しくて、そんな別れが悲しくて、僕はその誰かの手を見なくなったのは。

僕は悲しい。僕は君から別れるのが辛い。いつまでも、友達でいてください。

僕の頼みです。僕を裏切らないで・・・・・・僕から去らないでください。

言いたくても、僕のくだらない自尊心が、僕を孤独へと追い立てる。

ほら、聞こえる。

ほら、今も尚、僕が息づき鼓動すると同じように、彼もまた息づく。

僕を打つ為の杖を振り下ろして、背中を酷く打ちつける。痛い、苦しい、やめてくれ・・・・・・僕はイヤだ。

イヤだ・・・・・・別れるのはイヤだ。そういいたくても、いえない自らの業。

僕は手で顔を隠す。・・・・・・それ以上、前を、見たくなかった。

もう、前を見ているのは・・・・・・・いやだったんだ。

それでも僕は生きた。生きて、笑われては、こうやって生きている。

だらだらと倦怠感を携えては。別れが悔しい。

誰でもいい、誰でもいいから、僕といて欲しかった。僕は人恋しくて仕方がないんだ・・・・・・って。

自分の心は分かっていたけれど、頭で否定していた。


自分の気分を紛らわせるために、僕は自分で稼いだ金で、犬を買うことにした。

僕の両親は拒むから、そのせいで口論になって、とうとう、犬が飼えるアパートでの一人暮らしをして飼うことにした。それ以来か、両親はひどく他人のように 見えて、戸惑ってしまった。

それでも僕は、犬が欲しかった。それは幼子としての最後のわがままなのかもしれない。

動物を売る店で、本当に小さくても元気な犬を飼った。名前は忘れてしまったけど。

その大きな黒の耳と、ちょっとふてぶてしいブルドック似のそいつは、僕の心情を表していた。

一言で言うと、可愛くない黒犬だ。それでも動作は愛らしい。首をかしげたり、短い四肢をばたつかせて、僕にまとわりつく。その店員が言うには、この犬は成 長しないように造られているらしい。

僕は、それを人工物のように思えなかった。でも、それでも僕のような人間が多くいるから、こういうヤツが生まれて来るんだ・・・・・・笑ってしまう。

――犬を飼ってか、僕の心の渇望が減った。人を恋しく思うけれど、もうそれほど苦痛じゃない。

朝から犬と、運動がてらに散歩して、犬の好きなように振舞わせた。でも僕が糞をいれるための袋を持ってなかったら、僕を見かける人は僕を嫌な目で見てき た。だから次の日から、そうしようと思いながら、歩いていたことを覚えている。ここの公園あたりで歩いていると、不意に僕の犬が誰かを見つけた。

この公園のベンチで、・・・・・・ちょうど僕の座っている辺りで、僕は彼女と、彼女の彼氏と出会ったんだ。

長いキスをしている彼らに。本来別々の体が、相対するように向かい合い寄り添っていた。

初めは最悪な出会いとしか感じられなかった。けれど、僕は手を見て昔を思い出していた。

まさか、違う、そんなわけがあるかと思い込むつもりだ。

一組のカップルが長く唇を交じり合わせているのを見て、僕は恥ずかしさを覚えずにいられなかった。

けれど僕の犬が二人の世界に飛び込み、4つの瞳が僕を貫いて、僕はどうしようもない苦しみに囚われた。

そうして、僕は戸惑い、はにかみながら・・・・・・僕は犬を僕の足元へ呼びつける。

会釈して・・・・・・その場を去れば、彼等との関係はそれだけだった。

けど、彼女は僕の名前を呼んだ。あんな小さな頃の名前で、僕を呼んだ。

決して、親しかったわけじゃない。それでも、彼女は僕を覚えていた。それが、僕にとって嬉しかったことなんだけれど、やっぱり、僕は彼女が嫌いだ。

風がふいた・・・・・・少し肌寒い。僕は鈍い動作で、頭を下げて、昔を懐かしむ男となる。

ほら、僕の愛想笑い。見てくれ、僕は人好きなのに孤独と言うものに見初められて、君は、手をつなぐ人と出会えたんだ。僕の手は空振りで、君 は・・・・・・。

僕は思わず、そう言いたかった。彼女の彼氏は悪いやつじゃない。悪いやつじゃないから、羨ましくて仕方がない。

僕にも、僕にも・・・・・・手をつないでくれる人がいたら。そう望んでやまない・・・・・・。

けれど、僕は望めなかった。僕はただ、笑っていた。

 僕はその地で大学生になっていた。彼女は、違う場所で同じように大学生になって、僕のいる街へと旅行をしにきたのだった。よく、僕の顔を覚えていたと思 う。

僕は彼等を自分の住んでいる場所へと招待して、僕の作り上げた一種の世界へと引き込む。

整理整頓された部屋をみて笑いあい、僕は彼等の友人として迎え入れられた。

大して親しいわけじゃないけれど、僕らは本当に親しくなった。傍から見れば、誰もが僕らを祝福したろう。

傍から見れば、誰もが羨ましいだろう、僕と彼女等の関係は。

けれど、僕の心はいつの日か覚めたまま、戻らなくなった。僕は一時でもいいから、友情と言う鎖に身を任せておきたいと欲求していた。

――つながれた手・・・・・・いつかは・・・・・・離れていく。

それを分かっている僕は、彼等の中へと深く入りきる事はできない。

歩くときも、笑みを浮かべる際も、僕は遠く離れている気分から逃れられない。

「君はいい。君は・・・・・・」

僕はいつも羨ましがっていた。自ら得ようとは努力をせずに。

でも、運命なのか。神様の戯れなのか。神様がいるとしたら、それは悪魔のような奴に違いない。

ある日、ほら、彼女の彼氏が流行り病で死んでしまった。


 最初・・・・・・彼女も僕も、それは『ただの風邪』だと思っていた。

「大丈夫か?」

僕の部屋の片隅で、ノートパソコンを膝の上で開いたソイツに向かって、僕はちょっと無愛想に聞いた。

「何が?」

その男は、僕の方に顔を向けて少し微笑んでいた。からかっているんだ。悔しいけど同性である自分から見ても、ソイツは魅力的な奴なんだ。僕は宙を眺めて は、またソイツのほうに向かって聞いた。

「大丈夫か? 顔色、悪いけど」

「レポートが終わってないからね」

「そっか」

お前はバカだよ。レポートが終わる前に、自分が終わってしまった。バカだよ、バカだ。


 人は死ぬ。それは変わらない事実だ。遅かれ早かれ、人はその生を終わらせねばならない。

生きている者は、死んでいる者が出来ない生きる義務を果たす。けれど彼女は苦しんで、とてもじゃないけれど、一人じゃ暮らせなくなったんだ。彼女が幻の彼 を愛したからだ。記憶にすがりついたからだ。

何もかもを捨ててさえ、現実のつながりを捨ててさえ、

彼との思い出を大事にした。

僕を見る事がないし、そうして、僕のモノになれない。

僕は彼女の家族に頼み込んで、彼女を心のそこから救いたいと思った。

彼女と彼がつないだ手をいきなり誰かに離されてしまった時、彼女はどれほど苦しんだろう。

僕は、とてもじゃないけれど、想像がつきはしない。でも、ほら、僕はここにいる。彼女を守ってやれる。

たとえ、彼のじゃない偽りの手だとしても、こうやって捕まえることが出来る。

彼女がぼやけた目で、僕を見上げていた。

目覚めたのか、僕を怪訝な眼差しで見上げる。不意に彼女と瞳が合う。その度に、僕は不安な気持ちにさせられる。彼女は僕の顔を見ない瞳で、僕から彼の面影 を追う。

僕に向かって彼女は微笑む。

僕に微笑むことしか出来ない。

意地悪な瞳だ。僕にとっては・・・・・・意地悪な瞳だ。

けれど、悔いはない。悔いはない。

・・・・・・悔いはないけれど、手をつないだ僕の手は、永遠に彼の手にはなれないのが悔しい。

僕は微笑みながら、眠りの姫である彼女が目覚めたかのように優しく振舞うことで紛らわせる。

彼女が僕の身体を揺する。薄っすらと開けた瞳で、彼女の姿を捉える。

ああ、さっきも言ったとおり僕は彼女が嫌いだ。けれど、この手だけは、放さない。放すものか。

――彼女が僕の名じゃない名前を呼んで、僕は頷く。ただ頷いた。けど、たったそれだけで、

胸からこみ上げてくるものがあって、人はどうしようもなく弱い生き物だと思い知らされる。

ほら、僕の頬を触って、泣いているよ。

僕は泣いているんだ。

不意に視界が曲がるようにして、全てが水の中に沈む。おぼれてしまえば、こんな苦しみはなかったろう。

 僕の様子が変だと思ったのか、僕の犬が足元に寄ってきた。僕はそんな僕の犬を安心させるように、手を置いてやる。温かい・・・・・・温かさは――僕の心 を和ませてくれる。

僕の手の話はこれにて終幕と行こうじゃないか。

僕は、挑みかかるようにして、空を見上げた。運命に立ち向かうつもりで、僕は生きている。

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