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前半

――ミスが起きた。本来は死ぬはずではなかった人が亡くなった。それは『運』の高さを他の人と間違えて低くしてしまったからである――


***


俺の名は志藤拓哉(しどうたくや)。二十八歳独身。黒い短髪に長身。

俺は、個人投資家として株式投資で生計を立てていて、悠々自適な生活を送っていた。

だが運悪く、株価は大高騰した。株で信用取引していた俺は、借りていた株を買って返さなければいけない。その為、赤字が大きく膨らみ資金が底を尽きた。

個人投資家は資金がないと運用が出来ないし、株で生計を立てていた俺は生活も困難になった。銀行は個人投資家にお金を貸してはくれない。やむを得ず貸金業者に手を出すことになった。

そしてその資金で運用するも、その資金も負けてしまう。そんなことを繰り返していたら、首が回らない状況に陥った。

貸金業者の取り立てが毎日訪れて来ては怒鳴り込んでくる。

「志藤さん、居るんでしょ? 隠れていないで出て来て下さいよ。貴方に貸した借金を返して欲しいだけなんですから。返して頂ければすぐに帰りますよ」

取り立て屋は、俺の住むマンションの玄関ドアをドンドンと叩きながら、近所に聞こえるように、わざと大きな声で荒っぽく言う。

俺は気配を消しつつ、布団を頭から被り、聞こえないふりをする。だが、毎日取り立て屋が来て恐怖のあまり、俺の精神はボロボロになっていった。

「もうこんな辛い人生は嫌だ。人生をやり直したい」

取り立て屋に聞こえないように、涙を流しつつ呟く。そして、とうとう自ら命を絶った。


***


気が付くと辺り一面花畑があり、少し離れた所に川が流れている。

「……自宅ではない? ここはどこだ? 死後の世界か?」

「貴方は自信過剰になり、投資に溺れて自ら命を絶ったのです。ここは生と死の狭間」

突然背後から声をかけられて驚いた。声がする方向に視線を向けると、一人の女性が立っていた。その女性は金髪の長い髪がふんわりとしていて、瞳の色は宝石のサファイアのような色をして美しかった。

「あんた誰? この後、俺はどうなるんだ?」

「私は女神のうちの一人で名前はアストリア。貴方は前世で情けない生き方をしました。借金を作って積もり積もって自殺とは……」

その不快な言葉に俺は反論する。

「投資だけが唯一信じられるものだったから、投資に見捨てられたら、生きる気力もなくなるよ!」

そう言い放った。俺のことを叱責したアストリアという名の女神は、何故か挙動不審な態度を取りつつ言葉を口にした。

「貴方にチャンスをあげましょう。貴方らしく生きることの出来る異世界に転生させてあげますわ」

チャンス? 上から目線の台詞の割に何か焦っている感じがするな? 不審に思いつつも、話を聞いてみることにする。

「異世界? あの剣や魔法で戦うファンタジーの?」

俺の言葉を聞いた女神アストリアがにこりと微笑みつつ言葉を付け足した。俺が異世界に興味がありそうな態度を取ったことに反応して、喜んだような笑顔だ。

まあ、裏があるとしても、このまま死ぬのは嫌だ。それなら新しい人生をやり直すことも悪い事ではないだろう。

「それだけではありませんよ。貴方好みの世界ですから。まあ、行ってからのお楽しみということで」

女神アストリアはいたずらっ子のような微笑みをする。なんだか怪しい……そして、俺にどうするかと確認をしてくる。

「異世界に行きますか? それとももう生きることが嫌ですか?」

俺は考える。今までの人生で最後が辛かっただけで、その事態に陥るまでは幸せだった。死にたいわけではなかった。むしろ幸せだったままなら、その時間が続いて欲しかった。

俺はその気持ちを言葉にした。

「まあ、死にたくはないから異世界に転生したい」

女神アストリアは何故か安堵の表情を見せた。そして笑顔。やたらと乗り気で話を進める。

「わかりました。当面の生活費程度は用意して差し上げますが、後は自分で稼いで下さいね。では、貴方を異世界に転生をさせますね。次の人生が貴方にとって、良い人生になることを祈っていますよ」

「ありがとうございます」

社交辞令的にお礼を言っておいた。

突然、俺の身体が光り輝き、眩しさのあまり右腕で顔を覆い、目を閉じた。

目を閉じていると足元の感覚が違うことに気づいた。どうなったのかと腕を下ろしてそっと目を開ける。

元の世界では見たことのないような美しい草原が広がっている。そして、近くには建物らしきものがいくつも見える。どうやら街の近くにいるようだな。

俺はアストリアが最後に言った言葉を思い出す。

『次の人生が良い人生になることを祈っていますよ』

何故か最初はうさん臭さを女神アストリアに感じたが、実は優しい女神だったのかもしれないなと感謝する。


***


【女神アストリア視点】

私は神の聖域に戻った。神々の神殿に戻り、広間の片隅に置いてある椅子に座る。

「ふぅ~、なんとかバレずに済みました」

私は志藤拓哉さんと他の人の運の高さを、間違えて与えてしまっていた。本当は悪人が不幸になり心を入れ替えるというシナリオだったのですが、どうしてこうなったのやら……。

「まあ、異世界に乗り気だったから結果オーライということで」

一人で呟いていると、声をかけられる。先輩の声であった。

「何が結果オーライよ。貴女のミスで亡くなるべきではない人が、亡くなったのよ? 失敗が多すぎるわよ? いつまでも新人女神気分でいないでしっかりしなさいよ」

叱られてしまった。いや確かに私のミスではあるが、失敗は誰にでもあるからそこまで言わなくてもいいじゃんと思ったが、口には出さない。いつもの小言なのではいはいと言っておく。

でもまあ、志藤拓哉さん好みの異世界に転生したし、前世で足りなかった分の運を上乗せしたのだから、本人も幸せになるでしょう。


***


美しい草原。俺は辺りを見渡す。元の世界が都会だったので、ビルに囲まれ空気が排気ガスまみれの世界とは違う。しばらく景色に見とれていた。

少ししてふと我に返る。今後の生活を考えないといけない。

俺は早く街に向かおうと先ほど目についた街らしき方に目を向ける。

少し離れた所に多くの建物が集まっているのが見えた。街であるのは間違いないであろう。

俺はとりあえず近くに見えた道を歩いて、その街を目指すことにした。

この世界の情報がない俺にはその選択肢しかなかった。

そういえば、女神アストリアは、この世界の知識をくれなかったけど、チート能力はくれたのか? と不安になりつつ進む。

街の入り口で立ち止まる。歩いていた道が町壁にある入口に続いている。

特に衛兵とかが立って警備をしているわけではないので、そのまま街の中に入ってもいいよね? 恐る恐る街中に足を踏み入れる。辺りを見渡しながら歩いて行くが、誰も俺のことを気にする人はいないようだな。

女神アストリアが服装もこの世界の物にしてくれたようだから、俺が違う世界から来た人間ということはわからないのかもしれない。それならば俺にとって、都合がいい。違う世界から来たというだけで迫害されたりしたら、この世界での人生もいきなり終わる所だったよ。

街の中を散策していくと、色々なお店があるのがわかる。

看板の文字が読めるので、どうやらこの世界の言葉は理解が出来るのであろう。言葉を覚える所からのスタートでなくてほっとしたよ。

しばらく歩いて行くと大きな建物が見えてきた。看板には《ギルド証券取引所》と書かれている。女神アストリアが言っていた言葉を思い出す。

『行ってからのお楽しみ』

それが、恐らくこのギルド証券取引所のことなんだろうな。確かに俺らしく生きることが出来る異世界である。

俺は胸を弾ませつつその反面、緊張して扉を開けて中に入った。中は人が少ない。

ギルド証券取引所というくらいだから投資に関係する場所だと思うのだが、それにしても少ないな?

辺りをおのぼりさんみたいにキョロキョロと見回していると、長髪で髪が金色の男性が声をかけてきた。長髪を後ろで結わっている。

「こんにちは。この辺で見かけない顔の方ですが、投資の類は初めてですか?」

若い男は笑顔で声をかけてきた。異世界ファンタジーだと服がボロボロのイメージとかあるが、この男は小綺麗な身なりをしている。

貴族とかだろうか? とりあえず、異世界から来たというわけにもいかないな。設定をすぐさま考えて返事をする。

「ええ、片田舎から出てきたものですから気にはなっています」

「そうなのですね。初めまして、私の名前はアルフ・ハインリッヒと申します」

ハインリッヒは苗字というのか家名というのか分からないけど、貴族なのであろうか? そんなことを考えつつ話を聞く。

「私はギルド投資信託を扱っておりまして、プロが運用しております。元本割れがたまにありますが、長期的に行いますので元本割れは一時的です。後は確実に利息が増えていきます。興味がありましたら、ギルド投資信託に投資をしてみませんか?」

投資信託は、株券や債券を証券会社が大勢の投資家から資金を集めて運用するというのはだいたいわかっている。元の世界では、やっていなかったが。

それでもギルド投資信託とはどういうことだろう? 疑問なのでアルフに聞いてみる。

「ギルド投資信託ってなんですか?」

更に笑顔になり質問に答えてくれる。

「まず初めにギルド価というのはご存じですか?」

俺は首を横に振った。アルフはその俺の反応を見て説明を続ける。

「ギルド価は成長の見込みのあるギルドに投資をすることで、ギルド価の価格が上下動します。その上下動を上手く売買すると差額が利益となります」

そこまでの説明を聞き、どうやらギルド価とは元の世界で言うところの株価のことらしいな。更にアルフの説明が続く。

「ギルド投資信託は、複数のギルドに投資して損が出ないように安定させる投資です。あそこに黒髪の女の子が見ている掲示板があるでしょう? あれがギルド価を表示する掲示板です。一日に一回更新されますよ」

アルフの指差す方向に視線をやると、離れた所で黒髪セミロングストレートの少女が掲示板を見ている。可愛い子かな? と気にはなるが、掲示板の方を向いているので顔は見えない。と思っていたらこちらを向いたので視線があった。案の定可愛かった。焦って視線をアルフに戻して質問をする。

「いくらくらいかかるのですか?」

「一口で100万ジェニです」

どうやら、ここの通貨は『ジェニ』というようだな。どことなく『銭』に似ているような気もするが。

まあそれは良いとして、100万ジェニの価値がわからない。そのまま日本円で考えて良いものだろうか? 怪しい人と思われないようにそれとなく質問する。

「100万ジェニあったら自分自身で投資をやれるのでは?」

「やれないことはありません」

「ただし、資金としては少ないので元本割れがほぼ確実です。その点、ギルド投資信託は多数のお客様から資金を集めて投資するので、少額でも確実に増やせます」

100万ジェニが資金としては少ない? ということは日本円で言うと10万円くらいなのだろうか? 確かに10万円くらいだと投資は難しい。ならば思い切ってギルド投資信託とやらをやるべきだと、個人投資家としての血が騒ぐ。俺は決意してアルフに告げる。

「じゃあ、一口だけ試したいのだけど」

「かしこまりました。では、私のステータスウィンドウの口座IDに送金処理をして下さい」

「送金処理?」

「はい、送金しないと取引手続きも取引自体も出来ません」

俺がわかっていないことを察したように、アルフが補足する。片田舎から出て来たと言ったせいか? 田舎だと確かに投資をやる人が少なそうなイメージだ。当然投資のやり方もわからないだろうな。

「あ、送金の仕方をご存じなかったですか?」

慌てて俺が返事をする。

「はい、送金の仕方がわかりません」

「ステータスウィンドウを頭の中でイメージして見て下さい。ステータスウィンドウが目の前に現れましたか?」

俺は、アルフに言われたとおり頭の中で、ゲームに出てくるようなステータスウィンドウをイメージした。すると黒い画面に白い文字で色々な情報が書かれたステータスウィンドウが俺の前に表示された。

おお! ファンタジー! いや、ゲームか。言われたとおりに出てきたのでアルフに説明の続きを求める。

「はい、出てきました。後はどうすればいいのですか?」

「メニューリストの口座で送金タブがあるから、口座ID4029862に送金して下さい」

俺はそこまで言われて肝心なことを忘れていた。女神アストリアが当面の生活費をくれると言っていたがいくらあったのだろう? 足りるのか? そう思い、急いで画面内の表示部分をあちこち探していく。どうやら100万ジェニと少しはあるようであった。俺はほっとして、送金処理を行う。

「はい、送金出来ました」

「では、支店に戻り確認致しますので、また明日にでも同じ時間にここにお越し下さい」

「よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。それではこれで失礼致します。ではまた明日」

アルフはお辞儀をして去って行った。取引処理を完了させるために支店とやらに戻ったのだろう。

明日が楽しみだな。俺はもう少しギルド証券取引所の中を見て回った。情報収集である。

先ほどアルフが話していたギルド価掲示板を見に行く。

決して女の子とお近づきになろうというわけではない……。

俺はギルド価がどんな感じか見るために掲示板に足を運んだ。

ギルド価掲示板を見ながら、隣でギルド価を見ている黒髪の少女に挨拶をする。

「こんにちは」

「……こんにちは。何か御用ですか?」

冷たさを感じる挨拶が返って来た。

「いや、髪の色が同じだから気になったのと、ギルド価の掲示板を見ているから、投資家なのかなって思って、つい声をかけました」

嘘は言っていない。街中を歩いていた時も黒髪の人間を見かけた記憶はない。

黒髪サラサラストレートヘアの少女は、少し何かを考えているようだ。そして、その考えを口にした。

「同じ髪色……ひょっとして貴方、日本人ですか?」

その少女の返事に驚いた。日本人を知っているということは、この子も地球から来た子ということだよな?

「え? 日本人を知っているなら、君も元日本人?」

「はい、そうですよ。元の世界では個人投資家をしていたから、こっちの世界でも個人投資家をしているの」

日本人で投資家。話が合いそうである。この子とは仲良く出来そうだ。

「個人投資家かー。個人投資は難しいよ? 俺はギルド投資信託で稼いでいるけどね」

男の性なのか、自分が凄い所を自慢したくなってしまう。ギルド投資信託をして稼いでいると言ったが、実際の所はまだこの世界に来て初めての投資である。男は女の子にいいところを見せたいのだよ。そこは理解してくれ。

だが、それを聞いた少女の反応は何故か引き気味だった。なんで? ナンパと思われた? まあナンパと言われたら否定する自信はないけど……。

「ギルド投資信託? この世界に投資信託なんてないですよ? ……貴方、契約書はあるの?」

 ナンパと思われて引かれていたわけではなかったようだ。え? 今、何て言った?

少女のその言葉を聞き、今まで浮かれていた俺は一気に不安のどん底に落ちた。

「……ない。お、お金先払いで手続きして、明日また会う予定」

「完全に詐欺ですね。明日会うと言いつつ来ない方に賭けてもいいですよ。ご愁傷様」

少女の呆れるようなもしくは、可哀そうな生き物を見るような視線が痛い。

だが、言葉の意味に理解が追い付かずに、質問をする。

「え? 投資信託がない? 詐欺? 資産のほとんどを払ったのだけど、どうしたらいい?」

「とりあえず、ギルド証券取引所の職員さんに相談したらどうです? まあ、詐欺師なら偽名と思うから、捕まらないと思いますけどね」

「……」

俺の第二の人生、いきなり詰んだかもしれない。

慌てて受付窓口へと相談に駆け込んだ。

「すみません。詐欺にあったかもしれないのですけど」

受付の女性は厳しそうな顔をした女性であった。実際に冷ややかな目でこちらに視線を移し、質問をする。

「何の詐欺ですか?」

「ギルド投資信託です」

それを聞いた受付の女性は呆れるように話した。

「ああ、例の最近被害が増えて、注意勧告を出しているやつですね」

「そうなのですか? それでお金を返して欲しいのですが、どうしたらいいのですか?」

「こちらに責任はないので、こちらでは何もしませんよ? そもそも、注意勧告の張り紙はうちの取引所でも掲示しています。貴方のミスですからご自分で対処して下さい」

そう冷たく言い放つと、受付の女性は視線を俺から自分が作業していた書類に移した。

立ち尽くす俺の相手をもうする気はないようであった。俺は仕方なく、ギルド価掲示板を見ている少女の方に戻った。

少女に一言報告をする。

「……取り合って貰えなかった」

少女は当然という感じで呆れ顔だ。

「そりゃそうでしょうね。投資は自己責任ですから。こっちの世界に来て知識がないのに、いきなり怪しい取引に手を出すからですね」

ぐうの音も出ない。確かに俺は知識もないままうまい投資話と思い飛びついた。藁にもすがる思いで少女に質問をする。

「こっちの世界に警察みたいな組織はないの?」

「ないです」

バッサリと切られた。俺はそれを聞いて絶望した。そんな俺に追い打ちをかけるように少女が言葉をかけた。

「そもそも個人投資家を名乗るなら、甘い言葉に気を付けるべきでは? そんなだから、詐欺に会うのですよ」

俺はしょんぼりしながら少女に相談をする。かっこわりぃ。

「……今後どうしよう。どうしたらいい?」

「さあ? まあ、せいぜい頑張って稼いで下さい」

返ってきた答えは、俺が期待するような回答ではなかった。

「稼ぐも何も資産を失ったのだけど?」

「普通に働けばいいじゃないですか」

普通に働く。個人投資家として成功していた俺としては、そんな苦労して小銭を稼ぐような真似はしたくはなかった。

「元の世界で転職する仕事先が次々と経営が厳しくなって、解雇されるから良い印象がないんだよね」

「仕事を選べる状況ではないと思いますが?」

少女の正論な言葉に反論の余地もない。

僅かな希望として、明日になったらアルフが来てくれることを期待するしかない。頼むから来てくれ。詐欺でなかったと思いたい。

「とりあえず、さっきの投資信託の人と、明日会う予定が本当か確認してみる。どっか安い宿屋知らない?」

「一番安い宿屋なら閑古鳥亭ですね。ベッドは固いし、食事も不味いで有名ですけど」

異世界転生ファンタジーの欲しくない常識。

しかも、閑古鳥亭とか今にも潰れそうなネーミングの宿屋である。元の世界で舌の肥えた俺は、不味い食事を受け付けることが出来るのであろうか?

 駄目もとで少女に探りを入れてみる。

「君はどこに住んでいるの?」

「私は街の端の方に、家を借りて住んでいます。それが何か?」

訝しむ顔をして俺のことを見る。

初対面の女の子にこんなことを言うのもどうかと思うが、なりふり構っていられない。

胸の前で両手の平を合わせて、なるべくにこやかな笑顔を作りお願いをしてみる。

「良かったら一晩でいいから泊めてくれないかな?」

「何を言っているのです! 初対面で、しかも男性を泊めるわけないでしょう!」

怒られたよ。まあ、当然予想はしていたことだけどね。

「だよね……なんで異世界に来たばかりで、こんな不幸に会うんだ」

「同情はしますけどね……それでは失礼します」

俺に憐れむ視線だけを投げつけ、少女は去って行った。

俺は少女に教えて貰った閑古鳥亭を探して、そこに泊まった。確かに食事は不味いし、ベッドも固くて寝心地が悪かった。幸先悪く最悪だ。

翌朝、眠りから目覚めた。目覚めたが寝た気がしない。あまりにも寝心地が悪すぎて、逆に疲れた気すらする。

質素な朝食を食べてみると、夕食と同じで不味い。よくこの宿屋潰れないな? そんなことを思いつつ、チェックアウトをして宿屋を出た。

アルフとの約束の時間まで、街中を散策することにした。少しでもこの世界の常識を早く身につけないと大変なことになる。というか既に大変なことになっているけどな。

そして、時間をステータスウィンドウで確認する。

昨日、送金した時にステータスウィンドウに時間は表示されていたことを覚えている。そろそろ、約束の時間なのでギルド証券取引所に向かった。

アルフが来た時に分かりやすいように、昨日と同じ場所に居ることにした。詐欺とは言われたが、気のせいであって欲しいという願望が拭えない。期待しつつ待つが、約束の時間になってもアルフは現れない。時間だけが過ぎていく。諦めきれずに二時間ほど待ったが、流石にここまで来ないと詐欺にあったと認めざる負えない。

昨日の少女に、今後のことを相談したいと思ったが、辺りを見渡しても姿は見えなかった。やむを得ず、また閑古鳥亭に一泊した。

翌朝、どうしていいのか分からないので、とりあえずギルド証券取引所に行った。

すると、昨日や一昨日と時間が違うせいか、人が賑わっていた。その賑わいに呆気に取られて辺りを見渡すと、一昨日の少女の姿を見つけた。人混みをかき分けて、その少女に近づいて声をかける。

「おはよう」

少女は突然声をかけられたせいか、ビクッとして振り向いた。

「なんだ。貴方ですか。おはようございます。それで投資信託はどうだったのです? まあ、聞くまでもないだろうですけど」

俺も結果は言うまでもないと思った。少女の方がこの世界のことをわかっている。

「……再度すまないけど、君の家に泊めて貰えないだろうか。宿代でとうとうお金を使い果たした」

しょんぼりしつつお願いした。情けないことだが、仕事以前に衣食住すらままならない。

「はぁ? 見ての通り私は女の子なのですけど。男性を泊めるわけないでしょ」

俺は慌てて安心できる理由を捻り出す。

「君に興味ないから大丈夫」

「喧嘩を売っているの? 私に魅力がないと言いたいわけ?」

余計なことを言って、火に油を注いでしまったか。

相手を刺激するようなことを言った俺も悪いが、少女の言い分に理不尽さを感じないでもない。とりあえず話を繕う。

「いや、そういうわけではないけど……というか、なんか口調が変わったな? まあともかく、雑用でも何でもします。それとこの世界の投資のことが分かってないから師匠になって下さい」

「昨日は、初対面だから礼儀正しく話したのでしょうが! 今は図々しいあんたの相手をしているから素で話しているだけ! それと師匠って何よ?」

少女がキレ気味だが、まだ話を聞いてくれそうなので、話し合いを進める。

「この世界の投資を色々と教えて欲しい。同じ世界のよしみで助けて!」

土下座をしながら涙を流しつつ訴えた。最後の手段である。その俺の姿を見て、諦めたかのように彼女がため息を吐きつつ口にする。

「はぁ~、しつこいわね。わかったから土下座をやめて泣き止んで。他の人にジロジロ見られて恥ずかしいから」

顔に手を当てて呆れた素振りを見せる。俺は喜びつつ立ち上がった。涙はもちろん噓泣きだが。

「ありがとう。俺の名前は志藤拓哉。よろしく」

「……杵塚舞(きねづかまい)よ。よろしく」

友好のための握手をしようとしたが、出した手を叩かれてそっぽを向かれてしまった。

杵塚さんの用事が終わると、家に招かれた。正確には招かれざる客であるが。

「ここよ。私が今住んでいる所は」

町壁が近くに見えるところである。かなり町の端っこの方であった。

「今?」

「以前はもっとボロボロの家に住んでいたの。貴方は苦労を知らずに家に住めていいわね」

皮肉を言われてちょっとムッとしたので反論する。

「前世でなら苦労していたよ。師匠の前世は?」

「私も前世で苦労したのだけど? それとも強盗に入られて殺されたのは苦労に入らない?」

杵塚さんも、ムッとした表情で俺を睨みつつ答えた。また地雷を踏み抜いてしまった。それにしても強盗に殺されるとか、運の悪さは俺と同じくらいなのか? そんなことを考えつつも慌てて謝る。

「……ごめん」

杵塚さんがまたため息を吐きつつ答える。

「まあいいわ。知らなかったことだし、もう過ぎたことだから気にしても仕方がない。今は新しい人生を幸せにならないとね」

俺に言ったというよりも、自分自身に対して言った言葉なのであろう。その言葉を俺も教訓にしておく。大事なのはこれからの人生なのだ。

杵塚さんが家の扉を開けて中に入るように促す。俺は肩身狭そうに家の中に入る。

「お邪魔します」

家の中に入れて貰い、杵塚さんについて行くと、一つの扉の前で止まった。

杵塚さんは、人差し指でその扉を指差しながら説明をする。

「貴方には、この部屋を使って貰うわ。荷物を全部リビングに出しちゃって」

「わかりました! 師匠!」

泊めて貰えることになったので、調子よく返事をした。

「師匠呼びは、背中がむず痒くなるから舞でいいわよ。苗字は王族や貴族じゃないと持ってないから、苗字では呼ばないで。変に見られてややこしくなるから」

「わかった、舞。じゃあ、早速荷物を移動させて貰うね」

俺は早々と気持ちを切り替える。他人からしたら、図々しいにもほどがあるかもしれない。

俺が借りる部屋の荷物をリビングに運んだ。荷物の数も大したことないし、リビングも広いから、荷物がリビングにあっても邪魔にはならないのであろう。

「それはそこに置いて」

「これも?」

「それも同じ所で。そっちのやつはこっち側に置いて」

舞は指示して俺に全部の荷物を運ばせた。まあこれは仕方がないな。俺に非があるのだから。甘んじて受けよう。

「荷物、全部移動したけど、掃除道具ある?」

「はい、これ」

そう言うと、舞はぼろきれを渡してきた。雑巾ですらないのか。まあ、床を拭くからぼろきれでいいのか。

キッチンにある蛇口から水を出して水気を絞り、ぼろきれで床を水拭きした。

元々綺麗なのか、それとも汚れが落ちないほど汚いのか分からないが、水拭き後でもあまり変化はなかった。一通り拭き終えると、舞に掃除が終わったことを伝えた。

「なんとか片付いたわね。時間が時間だから、貴方の部屋の家具は、明日にでも買いに行きましょう」

気が付くと窓からの日差しは結構低くなっていた。一部屋の片づけをしただけだが、思ったよりも時間がかかったようだ。

俺は舞の家の中を見渡して、質問した。

「こうして見ると、色々なものが揃っているけど全部自分で買ったの? それとも家を借りる時についていたの?」

舞が俺の質問に答えてくれた。

「大きな家具や家電……。家電と言っても魔道具ね。それらの物は借りた時に、既にセットになっていたから借りたの」

魔道具もあるのか。ファンタジーって感じだね。俺のスタートが詐欺にあってなかったら浮かれていただろうが、今はそんな気持ちにはなれない。


「ちなみに俺の家具を明日買いに行くって、今日は俺が寝る所はどこ?」

「その部屋よ?」

舞が当たり前のように答える。

「ベッドがないし、掃除している時に見たら、床も所々傷んでいるんだけど……」

「な、なにを言っているの? まさか一緒のベッドに寝ようとしているの?」

舞が、顔を真っ赤にしつつ焦りながら答えた。

俺はその状況で、舞の考えと俺の考えの違いを察して、慌てて舞の言葉を訂正した。

「いや、何か敷くものがないのかなって思って……一緒のベッドで寝ることを想像したの?」

「あんたが変な言い方をするからでしょう!」

別に変な言い方をしたつもりはないが、家主には頭が上がらないので、反論はしないでおく。舞が何かないかとあちこちを探してくれた。

「どこにも敷物になりそうな布がないわね……仕方がないわね……一晩だけよ! 手出ししたら殺すからね!」

舞から殺意が放たれた。正直な所、舞は可愛いから手出しをしたいかと聞かれれば手出しはしたいが、命は惜しいのでやめておく。

とりあえずお礼だけは言っておくとする。

「ありがとう」

「とりあえず、歯ブラシを作るわよ。説明するからコップにお水を入れて、庭に持って行くわよ」

歯ブラシを作るのに庭? よくわからんが言う通りにコップに水を入れつつ舞に質問をする。

「庭で歯ブラシを作るってどういうこと?」

「庭に生えている木の枝を加工して、歯ブラシを作るの。この世界では当たり前よ」

「木の枝で歯ブラシを作るのに水が必要なのか?」

「そうよ。正式な名前は忘れたけど、私は歯ブラシの木と呼んでいるわ。お水はあんたが不要だというならそれでもいいけど、絶対に必要になるから」

そう言うと舞がにやりと微笑む。よくわからないけどその木に向かいながら、話を進める。

「まるでお金のなる木みたいだな? 歯ブラシでも生えているとか?」

「まあ、間接的にはそんな感じね」

間接的という意味が全然理解出来ん。

地球のどこかの部族とかは、木の枝でそのまま歯磨きをするようなことは聞いたことはあるが。それが直接的なら間接的とはなんぞや?

コップに水を入れて庭に行く。舞は剪定ばさみを持っている。

「この木よ」

指差された木を見ると、まるで梅の木のように真っ直ぐに枝が伸びている。だが、なんとなく違和感がある。

「やたらと枝分かれして真っ直ぐに伸びているな?」

「この木の枝を、この辺で切るの。L字型になる感じ」

舞が剪定ばさみで枝を切って見せる。

「歯ブラシみたいな形に切ったな?」

「そうよ。この本来、歯ブラシならブラシ部分になる所を噛み砕くのよ。そうすると繊維だけが残って、繊維がブラシになるから。ポイントはブラシ部分を長くし過ぎないこと。長くし過ぎると、きちんと擦れないからね」

舞が切った枝を受け取り、ブラシ部分になる所を噛み砕いてみる。ガリガリと噛み砕いていくと、樹皮がぽろぽろと剥がれていく。

「噛み砕いたら、口の中が木の皮だらけになったのだけど……」

舞が大笑いしている。

「だからお水が必要って言ったでしょ。お水で口をすすぎなさい」

口の中に僅かな苦みを感じつつ、コップの水で口をすすいだ。そして、俺の歯ブラシが出来上がった。

「出来た。歯磨き粉はないのだっけ?」

「あるわけないでしょ。でも、その木の効果なのか、綺麗に磨けるし、口の中もさっぱりするわよ」

太陽が沈みつつあるので、室内が暗くなってきた。この世界の窓はガラスで出来ていたが、沈む太陽が町壁の陰を舞の家まで覆い、室内を薄暗くする。

舞がランタンに火を灯す。薄暗い中で微かな灯。

なんとなくムードを感じてドキドキしてきた。舞はどうなのかとさりげなく表情を読み取るが、特に何も考えていないようである。

俺が男として魅力がないのか、俺と同じようなことを考えつかなかったかのどっちかだろうな。前者だと辛いな。

夕食の準備をする。舞の弟子になった俺がやるべきなのだろうが、初めてなのでとりあえず、説明を受けながら準備を手伝う。と言っても大したことはない。舞がスープを作るので、俺が舞に指示されつつ食器やパンを準備するだけである。そこに干し肉も加わる。

リビングに食事の配膳が終わると二人で夕食を食べる。スープ、パン、干し肉と質素だが、贅沢を言うと追い出されかねないので、そこには触れずに食べる。干し肉は硬さがビーフジャーキーみたいな感じなので、硬いがなんとか食べられる。

しかし、パンも硬い。こちらは噛み切れない。舞がどうやって食べているのかとチラ見すると、手でちぎってスープに浸し、ふやかして食べていた。

そういう常識的なことは、率先して教えて欲しかった。だが、今の俺には発言権がないに等しいので、真似をしつつ食べる。

夕食を食べ終えると舞に食器洗いを教わった。俺も食器ぐらいは洗えるだろうが、人によってやり方が違ったりするので、苦情が来ないようにするためにも、一応説明を聞いておく。

食器を洗い終わると、いよいよ寝る時間となる。舞がパジャマに着替えるまでは、舞の部屋に入れて貰えず、リビングの椅子で待機している。

なんかそわそわしてしまう。いや、それは仕方ないよ。舞が可愛いのだもん。しばらくすると舞が部屋の扉から顔を出した。

「……着替え終わったわよ……」

ジト目で見られたが、可愛い舞がするとご褒美感がある。俺は内心浮かれつつ平静を装い、舞の寝室にお邪魔する。舞はパジャマ姿を隠すようにして、無言でベッドの中に潜り込んだ。俺も緊張しつつベッドに入る。

「ちょ、ちょっと! あまりこっちに寄ってこないでよ!」

「仕方ないだろ。ベッドがシングルベッドだから狭いんだよ!」

お互い背中合わせに寝そべる。しばらくすると舞の寝息が聞こえてきた。どうやら舞は寝むれたようだ。ほぼ見知らぬ男が横にいるのに、中々豪胆である。などと思っていたら、俺もいつの間にか寝ていた。閑古鳥亭よりベッドの寝心地が良かったせいかもしれない。


朝になり、舞の着替えの為に俺は再び部屋から追い出される。そして、舞は朝食の準備をして、俺はその補助をする。朝食は昨日の残りなのでまったく同じものだ。

二人で朝食を食べながら話をする。

「今日、ベッドは絶対に買うわよ」

「ぜひそうして欲しい。舞の寝相が……」

言うと怒られそうなので、途中で言うのをやめた。だが、その言葉を聞いて、醜態をさらしたのではないかと舞が、恥ずかしそうに焦った。

「え? 私、寝相が悪かった?」

素直に感想を言った。

「蹴られて目が覚めた」

「うぅ……」

かなり恥ずかしそうである。その話題を変えたいのか、舞が焦り気味に他の話題を振った。

「っていうか、ベッドのお金はあんたが稼いだら、ちゃんと私に返してよ。お金貸すだけだから」

その言葉に疑問を持ったので聞いてみる。

「それだと俺がずっと一緒に住むことになっちゃうけどいいの?」

舞が狼狽えつつ答える。

「な、なんでよ! 自分の住む家を借りたら、ベッドを持って行けばいいだけでしょ!」

「舞が家を借りたときは、ベッドもついていたのではないの? ベッド持って行っても置き場があるかどうか」

「うちに置いて行かれても困るのだけど?」

舞の言い分ももっともである。俺が考え込んでいると、舞がその話はおいておくことにして、今日の予定の話に戻した。

「まあ、とりあえず先々のことは置いておくことにして、目先のことを考えましょう。必要な物は、ベッドとタンス、それに日用雑貨?」

「出来れば着替えも……」

「私の投資出来る資金が減るじゃない! 利子をつけて返してよね!」

俺も個人投資家だったので、舞の言い分はわかる。俺の物を買わなければ、舞はその分を投資で稼ぐことが出来るはずだからだ。申し訳なさを感じつつ懇願する。

「まあまあ、稼いだらちゃんと返すから、利子は勘弁して下さい」

俺の軽い口調の懇願に舞は呆れ顔をした。

朝食を食べ終わり、俺は食器を洗った。先ほど舞と話した通り、今日は俺の家具と日用品を買いに行く。出来れば着替えの洋服も。

少しリビングで時間を潰す。男女二人きりなので、何もやることがないと気まずい。正確に言うとやることがないのは俺だけであって、舞は本に目を通しているようだ。

会話を試みるもぎくしゃくする。そんなやり取りを九時くらいまでしていた。朝食を食べ終わったのが、六時半位だから約二時間半の苦行か……。

苦行を終えるといよいよ家具を買いに出かけた。舞の話によると店は九時に開店らしい。

少し歩くと家具屋の看板が見えてきた。取り扱っている物が家具という大きなものだから、店も大きい。

舞を先頭に店の中に入る。扉を開けると、チリーンとドアベルが鳴った。ドアベルの音に反応して、店の奥から男性の声がした。

「いらっしゃい」

「おはようございます。ちょっと家具を見させて貰いますね」

舞は慣れた様子で、口髭を生やしたおじさん店主に挨拶をした。

「一時的だから、この安いベッドでどう?」

「買って貰うのだから、文句は言いません」

「買ってあげるのじゃなくて、貸しだからね!」

言質を取って買って貰おうとしたが、中々隙が無かった。

「そのベッドでいいよ。あと、こっちにあるタンスも欲しいかな」

そう言うと舞が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「なんか腹立たしいわね。ヒモを養うみたいで……」

「俺も早くヒモを卒業したいよ。投資にも興味あるしね」

ヒモ扱いされてしまったが、今まさにヒモなので反論の余地がない。

「元の世界では、投資で食べていけていたの?」

声を控えめにして舞が聞いてきた。

「最初の頃はね。人生最後の所で、借金取りに追われることになった」

舞がジト目で見てくる。

「……それってビギナーズラックでは? 最初が良かっただけで、実は投資の才能がないんじゃない?」

その点に関しては反論する。

「いや、かなり羽振りはよかったよ。たまたま運が悪かっただけだよ」

「まあ、投資をするのはあんたの勝手だけど、私を巻き込まないでよね?」

「わかっているよ。迷惑はかけない」

「もう既に迷惑がかかっているんですけど……」

肩身がマジで狭いです。そんなやり取りをしつつ、買う家具を決めていった。

「このベッドとタンスを下さい。なるべく早くこの住所まで届けて欲しいのですが」

おじさんは住所が書かれたメモを受け取り、場所を確認する。

「この場所だと、早くて今日の夕方か明日の朝かな?」

「それでいいので、なるべく早くお願いします」

舞は『なるべく早く』に念を押しつつ、即答した。

どれだけ俺と一緒に寝るのが嫌なのかが伝わってくるな。まあ、俺も早くベッドが来てくれないと、蹴られて目が覚めてしまうのだが。あとは理性という問題だ。可愛い女の子と一緒に寝るということは、かなりの理性を強いられる。

注文をして会計を済ませてから、家具屋を出た。もちろん会計は舞が払っています。

「次は雑貨屋に行くよ」

舞は、足取り軽やかに歩いて行く。俺が使うものであろうと、買い物をするということ自体が、楽しいようであった。

雑貨屋に辿り着くが、その前に家具屋を見ているので、店が小さく見える。だが、実際の所はこのくらいの店が普通なのであろう。舞は扉を開けて中に入る。

「いらっしゃいませ」

少し年上のセクシーなお姉さんがカウンター越しに座っていた。この雑貨屋の店主であろう。

「日用品は何が必要?」

お姉さんに見惚れていたら、舞に声をかけられて焦った。

舞の質問に対して何が必要かを考える。舞も節約をしたいだろうから、舞の家にあるもので済むならば、必要最低限の物だけを買うべきだろう。

「必要な物はタオルと食器かな?」

「そういえば、この世界って歯ブラシってあるの? 歯ブラシの木より出来れば歯ブラシがいいんだけど」

疑問を口にすると、舞が説明してくれた。

「歯ブラシという概念はなくて、ただ木の枝で磨いているだけのイメージね。この世界には歯ブラシはなくて、自分たちで木の枝を削って、歯を磨いているの。私は歯ブラシと言うけど、人前では言わないわね。通じないから。昨日作った歯ブラシがあるから、わざわざ買う必要はないし、買うほどでもない。あんたのタオルと食器を買えばいい」

食器という言葉にさらなる疑問が浮かんできた。だが、今度は聞きづらい。

「食器か……そういえば食費も出してくれるの?」

ジト目で軽蔑するような顔を俺に向ける。

「図々しいわね。最初の頃だけよ。後は自分で稼いでよね!」

緊張感ある交渉であったが、なんとか食費の交渉も上手くいきほっとした。

「タオル二枚くらいとお皿をいくつか。それにスプーンとフォークにコップね」

「箸はないのか?」

「お箸がないっていう以前に、お箸で食べるような料理がないかな?」

会話をしながら、舞が色々と選んでくれる。お金を出すのが舞だから、俺がねだるのは気が引ける。先ほど家具屋でもタンスをねだってしまって、白い眼で見られたというのに。

「とりあえず、こんなものかな。これ、ください」

「はい、1220ジェニになります。毎度ありがとうございます」

雑貨屋のお姉さんの、毎度ありがとうございますと言う言葉に、舞は常連なのか? それとも社交辞令で言ったのだろうか? などと考えつつ店の外に出た。

「そういえば、ベッドが遅いと明日の朝だろ? 敷物を買ってくれれば、自分の部屋で寝るけど買わないの?」

「今更って感じね? 一日我慢すればいいことでしょ? 私は無駄なお金は使いたくないの」

舞に気を使ったつもりが、逆効果だったようだ。それはそうか。お金を出すのは全て舞になってしまうのだから。

「なんかすみません」

俺は、またもや肩身を狭くさせた。

「まったくよ!」

そう言うと舞はまたどこかへと歩き始めた。

「後はどこへ?」

「後は洋服と食材ね」

「はい」

肩身の狭い俺は、それ以上何も言えなかった。

洋服屋に入ると、元の世界では見慣れないデザインのものが多い。

「普通の人ってどんなのを着るの?」

「男性だとチュニックとズボンね」

「チュニックって何?」

「シャツみたいな感じかな? まあ、トップスね」

木製のハンガーにかかっている服を色々見るが悩む。予算のこともあるが、そもそもこの世界での服のセンスがわからない。他の人から見てダサいと思われるような服は着たくない。俺が悩んでいる様子を見て舞が声をかけてきた。

「どれがいいのか分からないなら、私が選んであげようか?」

髪の毛をかきあげつつ、上目遣いで見てくる。その仕草に舞はなんの計算もしていないのであろうが、なんかずるい。可愛すぎる。などと内心思いつつも平静を装いお願いする。

「ああ、この世界の服のセンスがさっぱり分からないから、選んでくれると助かる」

そして、舞に服を選んで貰った。流石に下着を選ぶときは恥ずかしそうにしていたが。

俺も恥ずかしかったよ! 洋服を買い終えて店を出る。

歩きながら舞が話しかけてきた。

「料理は貴方に任せるから好きに買って」

「え? 料理って俺、作れないけど?」

「何で作れないのよ? 元の世界では何を食べていたの?」

「主に外食」

その言葉は舞には意外だったらしい。

「……結構稼いでいたのね」

「まあな。自信はあったんだが、たまたま運が悪かっただけだ」

「そうね。こっちの世界に来た早々、たまたま運が悪く、投資信託詐欺に会うくらいだから」

「うぐっ!」

皮肉を言われてしまった。お返しとばかりに質問を返してみる。

「まあ、そういうわけで、料理は舞が作ってくれないか? もちろん作れるんだろ?」

「……作れないのよ」

舞が目を泳がせながら答える。一矢報いたことに内心喜ぶ。

「元の世界で稼ぎが良かったんじゃないのか? スーパーでも値引き品とかじゃなくて、普通に定価で買って、作っていそうだけどな?」

「お金を投資に回していたから、コンビニ弁当とかスーパーのお弁当で済ませてた。元の世界では一人暮らしだったから、作る方が高くついちゃっていたしね。それにファンダメンタルとテクニカルの両方で投資していたから、時間的に余裕がなかったの。でも、休みの日は簡単なものくらいは作ったんだからね」

最後に言い訳を付け加えてきた。料理の腕はどんぐりの背比べのようなので、これ以上いじり倒しても、自分もダメージを受けるだけだな。

「なるほどね」

この返事の意味は、舞が料理を作れない理由と、舞の投資のやり方を知ったことに対する返事である。

「こっちの世界ではコンビニやスーパーはないだろ? どうしていたんだ?」

舞は立場なさそうに恥ずかし気に答える。

「大抵安いお店で外食よ。貴方がうちに住むから、料理を作って貰って、節約しようとしていたのに……」

舞はどうやら、節約家、倹約家という言葉が似あいそうである。悪く言うとケチだが。

二人とも料理が苦手なようなので、最善と思われる提案をした。

「じゃあ、料理だけは二人で一緒に作らないか? こっちの世界ならそんなに情報なさそうだし、がっつりと取引をすることもないんじゃないか?」

「まあ、そうね。普段はあまりやることがなくて、たまにギルドを調べに行くくらいだから」

俺はギルドを調べるという言葉が気になって質問する。

「ギルドを調べに行く? ギルド価を見に行くってことではなくて?」

「ギルド価を見に行くのは、ほぼ毎日行っているわよ。今言ったことは言葉通り、ギルド自体を調べに行くのよ」

「ギルドを調べに行くってことは、この世界ではファンダメンタルがメインになる感じ?」

「そう、テクニカルは、ほぼ役に立たないわね」

舞と話しながら歩いていたら、いつの間にか市場に辿り着いていた。市場には露店がいくつも並んでいる。

「食材はどんなのがあるの?」

俺は今後食べることになるであろう食材が気になった。まさか魔物の肉とか?

「日本にある食材とほぼ同じだけど、無いものもあるわね。お肉は魔物の肉が基本で、普通の獣肉だと高級品ね。魚だと普通の魚が食べられるわ」

予想通り魔物の肉であった。余計なフラグを立てるんじゃなかったと後悔する。期待と不安を感じながら聞いてみる。

「魔物の肉か……美味いの?」

「ピンからキリね。美味しいものは美味しいけど、不味いものは固いし生臭い」

当たり外れありか。まあ、コンビニ弁当を食べていた舞が、こっちの世界で食べる物としたら、元の世界よりは劣っていても、それなりにまともなものが食べれそうである。まあ、閑古鳥亭よりはましなくらいのレベルの物は、食べられるのであろうとほっとする。

「米はあるの? 異世界だと米がないイメージなんだけど」

「私の知る限りではないわね。主食はパンよ」

「そうか、故郷の味がなくて寂しいな」

「そうね、お醤油やお味噌も見たことないしね」

元の世界で食べていたものを想像してしまう。だが、日本の味が恋しいのは、俺よりも以前からこの世界に来ている、舞の方かもしれない。

「味付けは塩コショウになる感じ?」

「主に塩とハーブね。コショウは貴重らしくて値段が高いから」

二人で会話をしながら、食材を買っていく。そして、買ったものを俺に手渡してきた。

「荷物はあんたが持ってね。弟子なんだから」

荷物を持って家に帰った。

「ただいま。身体が若返ったせいか、あまり疲れを感じなかったな」

「ただいま。前の世界では何歳だったの?」

俺がただいまと言ったせいか、舞も思い出したようにただいまと言った。考えてみれば舞は今まで一人で暮らしていたので、ただいまという習慣がなくなってしまっていたのであろう。そんなことを考えつつも舞の質問に答える。

「二十八歳だよ。舞は?」

「普通、女性に年齢聞く? まあ元の年齢なんて隠す必要もないから言っちゃうと、二十五歳だったけど」

「それにしては若く見えるな? 舞も若返っているのか?」

「そうよ。十七歳のお年頃よ」

舞が年齢を答えたことに疑問を感じて、また質問をする。

「年齢わかるの?」

舞は呆れ顔で答える。

「ステータスウィンドウに書いてあるでしょ? 見てないの?」

そう言われて、ステータスウィンドウを開いてみる。名前の下に年齢が書いてあった。

詐欺師に騙されて送金した時に、ステータスウィンドウをあちこち見たはずなんだけどな? だが、あの時は焦っていたので、見落としていたのかもしれない。

「俺は十八歳か。ほぼ同い年だな」

「どっちの世界でもあんたより年下か。複雑な心境ね」

舞がため息をつきつつ答える。

「なんで?」

「なんでって年上の人って偉そうにするし、かといって私の年齢が高いよりも若い方がいいからよ」

舞の回答に理不尽さを感じる気もするが、ここは話を合わせておく。

「女性は年齢に対して、色々と複雑なんだな」

「そうかもね」

買ってきた食材を棚にしまい終わると、舞がリビングの椅子に座るように促してきた。

テーブルを挟んで舞の正面に座った。

「さてと、一緒に住むにあたって、ルールを決めましょう」

それもそうだと思い、頷きつつ質問する。

「どんな?」

「あんたが掃除と庭に植えてあるハーブの世話かな?」

「洗濯や食材の買い物は?」

「洗濯は自分でやるに決まってるでしょ! あんた、私の下着を洗う気だったの?」

舞は、テーブルに両手を叩きつけるようにして、椅子から立ち上がり、頬を赤らめて怒った。地雷を踏んだ。

だが、そう言われて思わず心の中で、俺が舞の下着を洗う姿を想像してしまった。まるで心を読まれたように睨まれたので、慌てて否定した。

「い、いや、それは考えつかなかった」

そうです。考えついていません。舞に言われるまでは気づかなかったよ。

舞は疑いの目で俺の顔を見て、再び椅子に座った。

「買い物は二人で行く感じね。料理を一緒に作るなら、二人で買い物に行く方がいいと思うの」

確かに二人で作るのならば、話し合って食材を買う方が良いだろう。材料買ったけど作れませんでしただと、どうにもならん。

生活のルールが決まったので、投資の勉強に関することを聞く。

「それで、師匠は何を教えてくれるの?」

「師匠呼びはやめて! なんか仙人みたいなおじいさんのイメージがあるじゃない!」

眉間にしわを寄せて睨みつけられた。またしても地雷を踏んだ。女性を気遣うのが難しく感じるのは俺だけだろうか? 俺が無神経なだけなのか? 両手の平で舞の怒りを鎮める。

「わかった。悪かった。それで、舞は何を教えてくれるの?」

「基本的なことかな?」

「了解。基本がわかればなんとかなるだろう」

「楽観的な性格ね」

呆れ顔で言われた。だが、俺自身は自分のこの性格を気に入っている。人生うしろ向きに生きるよりも、前向きに生きる方が幸せになれるというのが俺の持論だ。

「ポジティブと言ってくれ」

庭のハーブの世話は、朝と夕方にやってくれとのことで、夕食を作る前に済ませた。

夕食をどうするのか舞に聞く。

「夕食だけど、何を作る?」

「野菜スープを作って、パンと食べるだけ」

「シンプルだな?」

「じゃあ、あんたはもっと凄いものでも作れるって言うの?」

また舞にジト目で見られた。俺としては予算的な問題でシンプルと思っていたのだが、舞としては、料理の技術的な問題でシンプルと言われたと思ったようだな。

「ちなみに、スープはパンを食べるために必須だから。異世界あるあるの硬いパンだから、スープにつけてふやかさないと食べられないわよ?」

「マジで? どのパンもそうなの?」

「マジで。でも、王族や貴族が食べるパンだと、柔らかいらしいわよ? 私は食べたことがないから、真偽は分からないけどね。それと私のお金から食費を出すんだから、贅沢を言うんじゃないわよ」

やはり、予算的な問題もあったようだ。

「……おっしゃる通りです」

肩身の狭い俺は、頷くしかなかった。

舞は、棚から鍋を取り出し、その棚とは別にある食器棚と思われる両開きの棚から、食器を出した。

この世界には、扉がガラス張りの食器棚という物はないようである。恐らくガラスが高いのであろう。

家の窓は明り取りの為にガラスになっているようだが、この世界では食器を飾りの一環とすることがないようだな。あるとしても、王族や貴族であろう。

舞は棚から食材も取り出しつつ俺に指示を出す。

「具材は人参と玉ねぎ、キャベツに干し肉ね。干し肉は一番最初からお鍋に入れて煮込んで」

「干し肉の味が抜けちゃわないの?」

「日本でぬくぬくと育った私たちには、この世界のパンと干し肉は噛みづらいから、最初から煮込んでいいの。それに干し肉の旨味がスープに出てくるから美味しくなるの」

「なるほどね」

干し肉の味がなくなりそうで、納得はいかないが、これ以上地雷を踏まないようにあえて何も言わないでおく。

「干し肉、人参、玉ねぎ、キャベツの順番で、お鍋に入れて作っておいて。香りづけに庭からハーブを取ってくるから」

「はいよ」

ハーブの世話をするというのが俺の仕事なら、ハーブを取ってくるのも俺の仕事な気がしないでもないが、そもそもハーブのことは全く知らないので、何も言わないでおくことにする。

舞がハーブを持って戻ってくる。まるでモミの木の若枝を小さくしたように見える。

「どこまで進んだ?」

「鍋に玉ねぎまで入れた所」

「じゃあ、丁度いいからハーブも入れるね」

スープをコトコトと煮込みながら、他愛無い会話をして出来上がるのを待つ。

「煮込み具合これくらい?」

「良さそうね。お皿によそって食べましょう」

「ん? 料理って、最後に塩とかで味を整えるんじゃなかったっけ?」

「あ……お塩買い忘れた。切らしていたの。まあ、干し肉の塩味と野菜の旨味で平気でしょう」

舞はうっかりミスをごまかしたが、まあ出資者がそう言うのであれば良しとしよう。

食事をリビングのテーブルに配膳して、二人とも席についた。

「「いただきます」」

娯楽の少ないと思われるこの世界では、食事も大事な楽しみの一つだ。

まずはスープを飲んでみる。確かに塩を入れなくても、干し肉がいい仕事をしてくれている。続けてパンを手でちぎり、スープに浸して食べる。まあ、これは普通にふやけたパンだな。このくらいの食事が食べられるのならありがたい。閑古鳥亭の食事は本当に不味かったからな。

食事を終えると、俺が食器を洗う。それも終わると腹を休めて、寝る準備をした。

舞がパジャマに着替える間は、相変わらず俺は部屋を閉め出されている。俺も自分の部屋で、今日買って貰ったパジャマに着替え終えると、リビングでステイして待ち構えている。いや、待ち構えると言っても襲い掛かったりしないよ?

舞がパジャマに着替え終わったようで、扉からひょっこりと顔だけ出して着替え終わりを知らせる。パジャマ姿を見られるのが恥ずかしいようだが、既にそれ以上に恥ずかしい添い寝をしているだろうが。

そして、今日も二人で一緒のベッドに寝た。蹴られつつも……。


翌朝、目を覚ます。

「「おはよう」」

今日もまるで事後のように、気まずい朝を迎える。だが、そんな気まずさとは今日でおさらばだ。

各自部屋で着替えをする。俺の方が先に着替えが終わったので、ハーブに朝の水やりをする。そして、ハーブの育ち具合を眺める。まあ、そんな劇的に育つものではないだろうが、毎日世話をするということでそのうち愛着感を持つことだろう。

リビングに戻って椅子に座る。すると舞が話しかけてきた。

「今日の予定はとりあえず、朝食を食べて家具待ちね。時間に余裕があれば投資の勉強よ」

俺は内心でガッツポーズをとった。

「おお! やっと投資が始められるのか!」

「いや、始められないでしょ。あんた、資金はどうするのよ?」

俺の心を見透かすかのように、舞はじーっと見てくる。

「……舞様……最低限でいいので、貸して頂けないでしょうか?」

「貸さないわよ! 返す当てがないじゃない!」

「じゃあ、舞の資金の一部で俺が投資をして、利益分をくれない?」

舞は唇を尖らせて、嫌そうな顔をする。

「むぅ~、あんたは得だろうけど、私にとっては損しかないのではなくて?」

「損ではないだろ? 減るわけでもないんだから」

「いやいや、負けたら減ることもあるでしょ。それに本来、私が投資して利益を出す筈の分を、あんたが取るんだから損でしょ?」

「その分は出世払いで返します」

椅子から席を外してすかさず土下座で頼んだ。何度もある一生に一度のお願いだ。

「個人投資家に出世があるか!」

舞のいうことも、もっともであるが、これは言葉の綾である。気にしないでほしい。

二人で朝食の準備をして、食べ始める。昨日の残り物であるが。

「昨日の残りか。また同じメニュー?」

「なに贅沢ばかり言っているの! この世界で食べていくだけでも大変なのに。まあ、まだこの世界に来たばかりだから、馴染めていないのかもね。まあ、これから色々と洗礼を受けるから大丈夫でしょう」

舞がにやりと口角を上げて笑顔になった。洗礼という言葉を聞いて、肝を冷やす。これからどんなことが待ち受けているのやら。いや、この世界に来た早々にギルド投資信託という詐欺にあう洗礼は受けている。これ以上の洗礼はもう十分です。

食事を終えると俺は食器を洗う。舞はリビングの椅子に座って、ギルド情報誌とやらを見ている。

発行頻度が一ヶ月に一回ということらしいが、そんなに見るべきところがあるのであろうか? 舞のことだから、情報をもれなく分析していそうだ。

俺も食器を洗い終えると、リビングの椅子に座る。すると、扉をノックする音がして、それに続いて男性の声がした。家具屋かな? 暇を持て余していたのでちょうどいい。

「おはようございます。家具をお持ちしました。どちらに運び込めばいいですか?」

舞は読んでいたギルド情報誌をテーブルの上に置いて席を立った。俺も一緒に席を立つ。

舞は玄関の扉を開けて、荷物を運んできた家具屋に挨拶をする。

「おはようございます。こっちの空き部屋に運んで下さい」

「かしこまりました」

荷物を運んできた筋肉質な若い男は、営業スマイルで返事をした。

そして、空き部屋に無造作に家具を置いて、帰って行った。

帰るのを見届けた後、家の中に入り、玄関の扉を閉めて舞に愚痴をこぼす。

「おいおい。部屋に置いて行っただけで、配置はしてくれないのかよ?」

「今まで住んでいた日本が丁寧過ぎただけよ。この世界では荷物を部屋に運んでくれるだけでもありがたいわよ。私一人の時に玄関に置かれて、苦労したことがあったわ」

「そうなのか?」

どうやら俺は早速、軽い洗礼を受けたようである。いや、家具は重いのだけど精神的にね?

「さあ、ベッドとタンスを配置するわよ」

舞がやたらとやる気を出している。

「これであんたと一緒のベッドで寝ないで済むわ」

ご丁寧にやる気の理由も説明してくれた。まあ、俺も舞の寝相の悪さで蹴られたりしたり、理性との戦いに悩まされずに済むのでありがたいことではある。

ベッドとタンスの配置が終わると、舞が俺に喜ぶ台詞を言った。

「じゃあ、そろそろ投資の勉強を始めましょうか。街に行くわよ」

「待ってました!」

労働後のご褒美を貰った気分だ。

家の戸締りをして、街の中心地に向かう。陽は結構高くなっている。投資が待ちきれない俺は、舞に質問をする。

「どこに向かっているんだ?」

「ギルド証券取引所よ。そこでギルド券を買えるの。証券取引所と言っても、元の世界とは違って、証券会社のイメージね。それとギルド券というのが、いわゆる株券。稼ぎ方は差額か配当のどちらかね」

舞の説明を聞いて考える。多少の違いはあるけど、れっきとした投資のようである。

「大きく稼ぎたいんだけど、売りから始める信用取引もある?」

「ないわ。買いから始める現物取引のみ。値段を指定する指値注文や逆指値注文もなくて、時価で売買する成り行き注文のみ」

「信用取引はないのかー」

こちらの世界にはドカンと稼ぐ信用取引はないようである。俺はがっくりと肩を落とした。だが、めげずに更に舞に質問をする。

「他の投資方法はない?」

「ギルド券以外だと、不動産投資になっちゃうわね。かなり金額がかかるし、その割に損が多いからお勧めはしないわ」

「なるほどね」

舞は眉をひそめた。どうやら俺が、不動産投資に手を出そうとするのではないかと、疑っているようだ。もちろんする気はないし、そんな予算もない。

舞からレクチャーを受けつつ、街中を歩いて行くと、ギルド証券取引所が見えてきた。中に入ると、舞がレクチャーの続きを話す。

「売買時間は七時から九時の二時間だけ。ギルド活動が九時から十七時と決まっているから、活動前に買わないといけないの」

日本での証券取引所の開場時間は、確か午前が九時から十一時半までで、午後が十二時半から十五時のはず。時間を比較すると取引時間は半分以下である。そして、本来は取引時間に会社も活動をしている。

「なんで活動前なんだ?」

「ギルドが結果を出してからだと、投資が成り立たないからじゃない? 例えば、結果を出したギルドにみんなが投資したいと思うでしょうね。そうすると、結果を出せなかったギルドは、誰にも投資をして貰えずに成長が出来ない。だから、いつまで経っても結果を出せなくなるという負のスパイラルになってしまう。まあ、公正にするためでしょうね」

「なるほどね。ちゃんと考えられているものだな」

「今はもう取引時間が過ぎているから、取引は出来ないわ。そのせいかガラガラに空いているわね。この雰囲気は私が最初に来た頃を思い出すわ」

「最初に来た頃?」

舞が最初に来た時のこと。何か思い出があるのだろうか。興味本位で聞いてみた。

「何かあったの?」

「始めてきた頃にね。取引時間を知らなかったから、時間外に来ちゃったの。あ、それとギルド価を見るところだけど、こっち、こっち」

大した思い出ではなく、単に知識なさゆえのミスだったようだな。しかも俺と同じミスじゃないか。などと考えていると、突然舞に腕を掴まれて、引っ張って連れていかれる。

思わずドキッと意識をしてしまう。舞は気にしてないのだろうかと疑問に思いつつそのままついて行く。

ついて行ったところに掲示板がある。舞を初めて見かけた場所である。舞は無意識に俺の腕を掴んでいたらしくて、また説明を始めると俺の腕を離した。

「この数字の書かれた金属のプレートがはめ込んである掲示板に、ギルド価が掲示されているの。このギルド価は前日の終値ね」

俺は説明を受けつつ、こっちの世界に来た初日を思い出す。詐欺師にギルド価掲示板の存在を教わったことだ。とんでもなく高い授業料を払う羽目になった。恨みがましくギルド価掲示板を、睨みつけるように眺めて呟く。

「結構な数のギルドがあるんだな?」

「ギルドだけならもっとあるよ。ここに掲示されているのは上場しているギルドだけだから」

何故か舞が、ドヤ顔をしている。別にギルドの数は、舞のおかげで増えているとかではないだろうに。弟子の俺に対して師匠が教えているという感じのドヤ顔かな? などと考えていると、更に舞は説明を続けた。

「取引する種類は、主に三つに分かれているの」

掲示板を指差しながら説明をしてくれる。

「まず、ここが冒険者ギルド組合に所属しているギルド。それでこっちが商業ギルド組合に所属しているギルド。最後のここのところが、新しく上場した新興ギルド。新興ギルドは、冒険者ギルド組合や商業ギルド組合のどちらかに所属はしているから、最初だけこの並びにいるだけね。そのうち、所属のギルドの並びになるから」

その説明を咀嚼しながら思考する。

「うーん。大きく稼ぐなら冒険者ギルドか新しく上場した新興ギルドってところか?」

「あら? よくわかったわね?」


舞が多少驚いている。でも、少し考えてみれば、生産職だと生産する上限はどうしてもあると思う。だが、冒険者だと夢の一攫千金もありそうな感じがあるからな。

「冒険者ギルド組合と新しいギルドは、博打的要素もあるけど、ハイリスクハイリターンタイプ。商業ギルド組合は、鍛冶師ギルドや裁縫師ギルドなどの生産系で、安定感はあるけど、大きくは稼げないの」

「ギルドの情報はないの? 会社の情報が載っている会社四季報みたいなやつとか」

「私が家で読んでいたギルド情報誌ね。ギルド情報誌が、会社四季報みたいなやつだよ。こっちの世界では一ヶ月ごとに発行しているの。毎月月末ね」

舞が家で見ていたやつか。

「どこで手に入るの?」

「ギルド情報誌は、ギルド証券取引所、冒険者ギルド組合、商業ギルド組合の受付カウンターで売っているわ」

早速、ギルド情報誌とやらを買うべきであろうか。いや、舞に買って貰うことになるのだから、舞に投資資金を借りづらくなる。

「配当はいつ貰えるの? 決算日とかあるの?」

「決算日という概念はないわね。配当は依頼が成功次第に貰えるわ」

「その日のうちに取りに行くの?」

「いや、まとめて受け取ることも可能よ」

「取引単位は?」

「十口から上限は発行部数の範囲で、取引に出ている分だけ。売買するときは、ギルド証券取引所の窓口ね。冒険者ギルド組合や、商業ギルド組合では出来ないからね」

「大手企業みたいな所はある?」

「生産系なら、鍛冶師は、ブラック・スミス。装飾師なら、マテリアル・スミス。裁縫師なら、セイント・ウィーヴァーズ。料理人なら、フレイム・シェフズ。農家なら、キャロット・ハーベスターズ。漁師なら、フィッシュ・キャッチャーズ。猟師なら、フィアース・ハンターズかしら?」

「生産職だけでも、結構職が分かれるんだな?」

「そうね。冒険者は全部まとめてだけどね。剣士とか魔法使いとかで分かれたりしないわ。分かれて狩りをしていたら効率も悪いしね」

「それで、冒険者ギルドだと有名どころは?」

「クイーンズ・トラストとドラゴン・バスターズかしら? この二つのギルドは仲が悪いけどね」

「何で仲が悪いの?」

「クイーンズ・トラストは女性だけのギルドで、優秀そうなギルドを吸収したりしているの。一方で、ドラゴン・バスターズは逆に男性だらけで、弱い人が加入しても一から鍛え上げるの。ただし、スパルタだけどね。クイーンズ・トラストは効率重視で、ドラゴン・バスターズは体育会系って感じかしら? 考え方が合わないらしいわ」

「なるほどね」

舞はファンダメンタルを得意としているのか、よく調べているようだ。

「ギルド情報誌を後で見せてくれないか? 俺の分も買うよりは節約できると思う」

「いいわよ。後でね。基本的なことはこの位かな? 後は何かあったらその都度教えるね」

どうやら今回は、地雷を踏み抜かないことに成功したようだ。借りようとしたら、自分用のギルド情報誌を買えよとか言われないかと、内心ヒヤヒヤしていた。色々と教えてくれたことに感謝をする。

「ああ、ありがとう」

「じゃあ、夕食の食材を買い物して帰りましょう。貴方も早くギルド情報誌に目を通したいでしょ?」

「そうだな。出来れば明日から投資を始めたい」

「大丈夫かな~? 不安しかない」

「大丈夫、大丈夫」

どうやら投資資金を貸して貰えそうな流れだ。舞の不安をよそに、俺は投資のことを考えては喜びつつ、舞と二人で露店市場に向かう。

「なあ、この世界にカレーライスとかはない?」

「カレーなら、ライスなしで作れるわよ。前に何度か練習したし」

「マジで? 食べたい!」

「それなら、カレースープとパンでいい?」

「ナンもない感じ?」

「この世界にはナンはないけど、材料は揃うから作れると思う。でも、必要なものがうちにはないし、私もレシピはうろ覚えだから無理ね」

材料あるから作れると思うって。舞がレシピうろ覚えだったら、実質作れないんじゃないのか? 俺も学習したので口には出さないけどな。

「……残念」

「じゃあ、具材と必要なスパイスを買いましょう」

「何を入れるの?」

「人参、じゃがいも、玉ねぎは元の世界と一緒。でも、生肉は高いから干し肉を使うけどね。あとは、クミンにコリアンダー、ターメリックとパプリカにチリパウダーね」

そのままの食材の生肉よりも、加工した干し肉の方が高いというのは疑問だが、今は気にしないでおく。それに人参、じゃがいも、玉ねぎって、ルーを使うタイプのカレーの具材じゃねーか! ツッコミは入れない。せめてツッコミを入れるのは、投資資金を借りてからだ。などとあくどいことを考える。

「五種類もスパイスを入れるのか」

「本当はもっと入れるらしいけど、私は基本のしか知らない」

家にない足らない材料を買って家についた。その中には買い忘れていた塩も含まれている。もちろん荷物運びは俺です。

「「ただいま」」

俺が買い物した荷物を棚にしまい終えると、舞が声をかけてきた。

「はい、これがギルド情報誌よ」

「サンキュー」

ギルド情報誌を受け取る時に、舞と手が触れてしまい、再びドキッとしたが、舞はなんとも思っていないのであろうか? 異性と意識されていないようで少しがっかりする。気を取り直してリビングの椅子に座り、ギルド情報誌に目を通す。すると舞が助言をくれた。

「前半が冒険者で、後半が生産職に分かれているわ。それと並びは人気順になっているから、大穴狙いなら後ろの方ね」

「ほい」

俺は大穴を狙いたいところだが、この世界で初めての投資だし、来た早々に詐欺にあうという痛い目にもあったので、慎重に見ていく。

「どこか気になる所あった?」

舞は暇なのか、度々声をかけてくる。この世界で忙しいのは投資家以外の人間な気がする。そう考えると舞も話をする相手が欲しいのかもしれない。この世界は娯楽が少なそうだし、そもそも元日本人、そして個人投資家という共通点が嬉しいのかもしれないな。

「マーメイドとマーガレット、それにファニー・フェアリーズかな?」

「マーメイドは中堅って感じだから、中々見る目あるじゃない。でも、マーガレットとファニー・フェアリーズってそんなにいい所あったっけ?」

俺は疑問を抱える舞に答える。

「新興ギルドだからこその期待値だよ。俺の直感が物語っている」

「物語るほど、この世界に住んでないでしょ……」

また舞にジト目で見られた。だが、ジト目の舞も可愛い。

「生産職は見ないの?」

「うーん?どうしようかな? 買うならさっき言っていた有名どころだろうけどね」

俺は悩んだ。人間誰しもある欲かもしれないが、手っ取り早く楽して稼ぎたい。俺もそういう考えの一人である。悩んでいる俺に舞が提案してくる。

「明日は、投資しないで生産職の職場を見学に行くことにしない?」

「職場を見学できるの?」

「ギルドにとって投資してくれる人は、ありがたい存在だからね。少しでも投資して貰いたくて、見学会とかやっているのよ。どこのギルドを見学する?」

仕事場を見学出来たら、技術流出し放題な気もする。だが、今はそんなことよりも別のことが気になりおいておく。

舞がギルド情報誌に顔を近づけてきた。俺もギルド情報誌を見ながら話をしていたので、距離が近い。ドキドキして思わずびっくりするあまり飛びのく。

「うわぁ! 顔が近いよ!」

「ちょ、ちょっと近づきすぎただけよ! 私が可愛いからって意識しないでくれる? こっちまで変に意識しちゃうじゃない!」

「……」

俺が舞を可愛いと感じるのはともかく、自分で自分を可愛いと言うとは……。

「恥ずかしいから和ませようとしたのに、なんとか言え! もう! 夕食の支度でもしよっと」

舞なりの照れ隠しジョークのようであった。

俺はハーブの水やりをしてからキッチンに行った。舞は鍋と食材を出して準備をしている。

「昨日の野菜スープもだけど、皮ごと入れるんだな?」

「少しでも節約! それに皮のそばって栄養があるんだよ」

「聞いたことあるな」

「まあ、じゃがいもの芽は取るけどね。こっちの世界でも、じゃがいもの芽は毒があるみたいだし。それとあんたの分の食費と投資資金がかかるから、節約するんだからね!」

どうやら投資資金は貸して頂けるようである。ここは素直になっておく。

「それに関しては本当に申し訳ございません」

舞は、言葉とは裏腹に気にしてないようだ。野菜を順番に切っていく。

「私が野菜を切るから、あんたはスパイスをパウダーにして」

「どうやって?」

「食器棚にすり鉢があって、食器棚の引き出しにすりこぎがあるから。頑張ってね」

「力仕事だな。まあ、任せておけ」

「男手があるとこういう時、助かるわ」

俺が一生懸命にすりこぎを動かしていると、舞が思いがけないことを言ってきた。

「個人投資家で引き籠っていた割には力あるわね?」

「いや、個人投資家をやっていたけど、引き籠ってはいないから。借金取りが毎日家に取り立てに来るまでは、ちゃんとランニングや筋トレとかもしていたよ。引き籠っていたって何情報だよ!」

「投資をやっていると、なかなか外に出る機会がないかと思って。チャートとかもずっと見ていないといけなかったから」

「それでも取引市場が開いている時間だけだろ? 舞はそれ以外にも何かやっていたのか?」

「ファンダメンタルだよ。企業の分析もしないと心配だから。まあ、そのおかげでこの世界でもやっていけているんだけどね。この世界はチャートがないから、ファンダメンタルが主流だもん」

「そっか。言われて見ればテクニカルは意味をなさない気もするな?」

「そうそう、取引時間とギルドが結果を出す時間がずれているから、リアルタイムで値動きが見れないのよ」

舞の方は材料を切り終わったようだ。キッチンに寄りかかりながら話をしている。俺の方はというと、スパイスをパウダーにするのに苦戦中である。結構力がいる。

「それで、さっきの話だけど、明日は生産職ギルドを見学するよ。どこが見たい?」

俺は先ほどの話を思い出す。

「そういえばそんなことを言っていたな? でも、生産職ギルド? 俺は冒険者ギルドに投資する予定なんだけど?」

舞は右手で人差し指を立てて、左手を腰にやり、ずいっと顔を出して忠告してくる。

「あんたがいきなり冒険者ギルドの討伐を、一緒に見学に行くのは危険だと思うの。まずは生産職ギルドで、見学というものに慣れてからの方がいいと思うよ?」

どことなく、舞の目が潤んでいて、まるで懇願しているようにも見える。まあ、気のせいだと思いつつ話を進める。

「うーん。ブラック・スミスとマテリアル・スミスかな? それにセイント・ウィーヴァーズとフレイム・シェフズも気になるな」

「それならブラック・スミスとマテリアル・スミス、セイント・ウィーヴァーズを見学しましょう」

「俺が言ったやつのほとんどじゃないか。参考までにフレイム・シェフズを除外した理由を聞いても?」

その言葉を聞き、舞がにやりと笑う。なんか不吉な予感しかしないんだけど。

「あんたが投資に勝ったら、あんたの奢りで食事に行くためだけど? そのついでに見学すればいいでしょ」

「俺の奢りかよ……」

ほら、やっぱりだよ! 俺が嫌そうな顔をしていると、舞が畳みかけるように言葉を口々する。

「これだけ色々やってあげてるんだから、勝った時ぐらいいいでしょ。そもそも、投資資金だって私が貸すんだし」

ヤバい。俺という株価が下がりそうになっている。投資資金を借りられなくなる恐れがある。仕方がないので諦めて、その提案を受け入れる。

「わかった、わかったよ。いつもお世話になっております。勝った時には奢らせて頂きますよ」

「当然よ」

なんとか、投資資金を提供して貰える方向でことを収めた。そして俺の過酷な労働もやっと終わった。

「それはそうと、スパイス出来たぞ」

「ありがとう。じゃあ、後は材料を全部お鍋に投げ込んで煮込むだけ」

「雑だな? 本当にその作り方で合っているのか?」

「結果が出ればいいのだから、工程は気にしたら負けだよ」

よくわからない理屈に疑問はあるが、これ以上は余計なことを言わないでおく。全ては投資資金の為である。俺も大概現金な奴だな。

煮込むこと三十分。刺激的ないい匂いがしてきた。

「そろそろいいかな?」

舞が小皿にすくって味見をする。

「うん、美味しく出来たよ。夕食にしよう。お皿を出して」

俺は食器棚から二人分の深皿を出した。舞が深皿にカレースープをよそっていく。そして、それを俺がリビングのテーブルに運んで行った。準備が終わり、俺たちは席に座った。

「「いただきます」」

俺はカレースープを口にした。カレーの辛さも程よく、日本に居た頃を思い出す。米があればなおいいのにと思いつつ、カレースープの味を堪能した。パンをカレースープにつけて食べると、ナンとは違う食感だが美味い。

「うん、普通に美味いな。久しぶりの日本の味だよ。いや、インドの味か?」

「日本の味でいいんじゃない? そもそも日本で食べていた料理って、日本人の味覚に合うように味変されているらしいから」

俺たちは食べ終わると、懐かしさを感謝するように手を合わせる。

「「ごちそうさまでした」」

「じゃあ、食器洗いよろしく」

「はいよ」

俺は満足しつつ、食器を洗う。舞はリビングの椅子に座り、ギルド情報誌に目を通している。俺は食器を洗い終わるとリビングに行き、舞の向かいに座った。すると舞が明日の予定を話してきた。

「じゃあ、明日はさっき話した順番に、生産職ギルドを見て回ろうか。気になるからあの順番に名前が出てきたんでしょ?」

実の所、舞に言われた順番で、興味がない所を省いただけである。だが、興味のある順番でもあるので、わざわざ否定もしない。

「まあ、そうだな。鍛冶師とか日本では見たことないから、特に気になる」

「それじゃあ、明日に備えて寝ようか。おやすみなさい」

「おやすみ。俺の添い寝がないからって、寂しがるなよ?」

「誰が!」

俺は自分の部屋に行く。やっと自分だけのベッドに一人で寝ることが出来る。だが、舞に寂しがるなと言った俺の方が、どことなく寂しさを感じる。


翌朝になり、パジャマを着替えてリビングに行く。舞はまだ起きていないようだ。

とりあえず、庭のハーブに水やりをする。そして、リビングの椅子に座りながら、ギルド情報誌を見ていると舞が起きてきた。

「「おはよう」」

舞は寝ぼけ眼をこすりつつ起きてきた。

「なんだ? やけに眠そうだな? やっぱり添い寝がないと寝付けなかったのか?」

「そんなわけないでしょ! あんたこそ私と一緒に寝たいの? スケベ! 久しぶりの見学が楽しみで、なかなか寝付けなかっただけよ」

しっかりしていそうな舞が、遠足に行く前日の子供のように、なかなか寝むれなかったのは意外性を感じた。

「そうなんだ? 意外だな。頻繁に見学しているかと思った」

「ファンダメンタルと言っても、この世界だとそんなに集める情報ないしね」

舞に言われてみると、確かにそんな気もする。ギルドのメンバーがどんなやり方をしているかが分かればいいだけで、一度分かれば後はそうそうやり方が変わることもないだろうな。

「まあ、想像してみると確かに情報量は少なそうだな」

「そうね。とりあえず、朝食にしましょう」

俺は食器を出した。舞は昨日の残りのカレースープを温めている。そして、リビングに配膳が終わると席に着く。

「「いただきます」」

「昨日の残りカレーか。まあ、カレー好きだし美味いから別にいいんだけど」

「別にといいと言う割には、含みを感じるわね? 作り置きされている方が楽だし、二人分の量を作るというのが難しいわよね」

その言葉を聞き、俺は疑問を口にした。

「一人の時はどうしていたんだ? いつも安い所で外食か?」

「ううん。たまに自炊。その場合は、四食は同じものを食べてた……」

舞は、うんざりしたような顔をして見せながら、カレースープを口に運ぶ。

「……なるほどな」

舞は料理が出来なくて作り置きしているのではないと釈明したいのか、更に言葉を付け足す。

「食材の都合上、仕方ないでしょ。冷蔵庫がないから、保存が利くものか、その日のうちに調理するものしか買えないし。魔道具の冷蔵庫でも買おうかな?」

『魔道具』と聞き、俺は目を輝かせた。

「魔道具あるの? ファンタジーって感じだな。それなら魔道具を作っているギルドに、投資出来たりしないの? ギルド券を買っておいて、アイデアを提供すれば、ギルド価が高騰するんじゃない?」

舞がいまさら何を言っているんだか。というような顔をして俺を見る。

「水道もコンロも魔道具だよ。それに魔道具を作っているのは錬金術師ギルドだけど、上場はしてないわね」

俺のイメージだと、大抵の職は少なからず上場を目指していると思っていたので、思惑が外れた。

「なんで上場してないの?」

「商品に需要があるからね。証券で資金を集めなくても、利益で経営出来るから。だから、わざわざ配当を渡したりするのは馬鹿らしいでしょ? 配当を渡さないようにするには、自分たちでギルド券を買い戻さないといけないし、無駄な出費になるからね」

舞も残念そうな顔をしている。利益が出ると言うほどだから、実際に上場していたら、ギルド価は天井知らずに上がりそうである。俺は納得しつつ頷く。

「なるほどね。そういうことか」

「そ~いうこと」

「「ごちそうさまでした」」

食べ終わると俺は食器を洗った。舞はまたギルド情報誌を再確認しつつぼやく。

「この世界に付箋がないのが不便だよね」

言われて見れば確かに。ギルド情報誌の見たい所に、付箋は貼っておきたい。

付箋自体シンプルに見えるが、自分で作ろうとすると、粘着部分がべったりと接着されてしまい、二度と剥がれなくなりそうだ。今更ながらにあの技術を凄いと思った。だが、そもそも付箋を自作するためにそんな労力を使うぐらいなら、見たいページを探す方が早いしな。

食器洗いを終えると、俺もギルド情報誌を見せて貰った。証券取引の都合上、ギルドの活動時間は九時から十七時と決まっている。

残業する所もあるらしいが、その辺は日本のブラック企業と言う所を思い出す。まあ、ニュースとかで見ただけで、俺自身はブラック企業で働いたことはないが。色々と考えていたら舞が声をかけてきた。

「そろそろ時間よ。さあ、出かけましょう」

そして、街中に向かう。

「まずは、ブラック・スミスね」

舞に連れられて歩いていると、看板が見えてきた。看板にはハンマーとトングが交差していて、エンブレムのようなデザインになっている。まるでファンタジーによくあるエンブレムで、剣を二本交差させたような感じになっている。

「ここがブラック・スミス。鍛冶師ギルドよ」

俺は舞が指差した建物を見つめる。

「鍛冶師ギルドっていうから、こじんまりとしたお店をイメージしていたけど、思った以上に大きい所だな?」

「何人もの職人さんが働いているからね。冒険者がギルドを組んで、討伐する方が効率良いのと一緒よ。設備を共同で使うからその分、設備費用を節約できるし、技術的に行き詰まりが起きてもお互いに助け合えるしね」

「なかなか考えられているんだな」

「上場を視野に入れているギルドは、あれこれと考えているわ。収入増やして費用を減らさないと上場は厳しいからね。上場を考えない所は大抵脳筋だけど」

「辛辣だな?」

その言葉はスルーされた。今日は見学というのが楽しみで、そんなことは些細なことらしい。

「中に入りましょう」

舞が、その鍛冶師ギルドの入口の扉を開けた。中に入ると朝だというのに、既に熱気がこもっていて暑い。

「おはようございます。投資家です。見学させて頂きます」

「「「はいよ」」」

工房の中から何人もの男性の、威勢の良い声が聞こえてきた。女性の声も聞こえたので、僅かながらにも女性の鍛冶師がいるようである。工房の中は熱気と金属を叩く音が凄い。

「堂々と見学って言っていいものなの?」

「この世界では当たり前よ。とりあえず中の様子を見なさいよ。くれぐれも仕事の邪魔にならないようにね」

舞に言われて、邪魔にならないように工房の端っこで見学をする。舞も隣に来た。

「それで見た感じはどう?」

「ファンタジーって感じでかっこいいな」

舞が俺のお子様並なコメントに呆れているようだが、気にせず見学を続ける。

俺が見ていた小柄でずんぐりむっくりの職人は、どうやらドワーフのようである。この世界で初めて人間以外の異種族を見た。いや、俺が気にしていなかっただけで、街中やギルド証券取引所などにいても不思議ではない。何しろここはファンタジーの異世界なのだから。

「異世界定番の鑑定スキルとかはないの? どんな武器や防具を作っているのか、わからないんだけど?」

俺のその疑問に舞が答える。

「私も詳しくは知らないんだけど、鑑定スキルはギルド証券取引所の上場を担当している人が、持っているらしいよ? 担当の人が何を作っているか分からないと、上場の判断が出来ないからね。それとギルド情報誌をちゃんと見ていないの? このギルドが作っている物のほとんどは希少装備品よ」

「あれ? ギルド情報誌に書いてあったのか?」

舞は呆れたように言葉を投げかける。

「……あんた、冒険者ギルドに投資するつもりでいるから、生産職ギルドのページをあまりちゃんと見てないわね?」

「はは、その通りです……」

俺はバツが悪そうに、舞から視線を逸らす。

「まったくもう」

再び呆れられた。

「希少装備品か。それで、あっちに置いてあるのが出来上がり品か? 結構な数あるな? 売れ残らないのか?」

鍛冶職人たちに聞かれると不味いような気がした。何しろ売れ残るんじゃないかという時点で、鍛冶屋のプライドを傷つける発言かもしれない。こっそりと舞に小声で聞いてみた。

「それを判断するのが、私達の仕事でもあるのよ。あの量を冒険者が買うかどうか。でも、良い装備を買わないと、冒険者にとっては命取りになりかねないからね」

俺は平和な街中にいるので、冒険者の危険性を説明されてもピンとこなかった。舞が冒険者ギルドを見学するよりも、生産職ギルドを優先させたこともやはり危険ということが理由であったし。

「そうだよな。冒険者って、全体的にどのくらいの人数がいるの?」

舞は顎に手を添えて、少し考えている。

「そうね。結構いるけど、詳細の人数までは分からないわ。せいぜいギルド情報誌に載っているギルドメンバーを、数えることぐらいしか判断出来ないわね」

「うーん。売れ残りそうな気がするな」

小声で舞に言ったつもりだが、鍛冶職人に睨まれたような気がする。単に俺の被害妄想だろうが。

「まあ、それは私も同じ判断ね。希少装備品は一般的な装備品よりも値が張るからね」

舞が、俺の被害妄想を払拭してくれた。見学を終えてお暇をする。

「見学させて頂いてありがとうございました。お仕事頑張って下さい」

舞に遅れて俺もお礼を述べておいた。工房を出ると俺は舞を急かした。

「さあ、次のギルドを見に行こうぜ」

次の予定はマテリアル・スミス。舞に案内してもらいつつ辿り着く。

「ここが、マテリアル・スミスよ。装飾を生業としているのよ」

店を見渡すとここも大きい。

「ここか。上場しているギルドは店が大きいものなの?」

「そうね。さっき、見学したブラック・スミス同様に作業効率が良くなるからね。とりあえず、中に入りましょう」

扉を開けて中に入る。

「おはようございます。見学させて貰いに来ました。よろしくお願いします」

今度は俺が挨拶をした。俺も早く投資の世界に慣れたいからである。

「「「いらっしゃい」」」

俺の挨拶を受け入れて貰えたようだ。とりあえず、先ほどと同じように作業場の隅っこに行く。辺りを見渡すと、武器や防具が目についた。ギルド情報誌は生産職に関してはパラパラとめくってみた程度なので、疑問に思ったことを舞に解説してもらう。

「ここは武器や防具などの装備品も作っているのか?」

「いや、装飾だけで鍛冶はやってないよ」

「ということは鍛冶師ギルドから買い取って、装飾を施しているのか?」

「それもあるわね。王族や貴族が、見栄の張り合いで豪華にしている感じね。装備品以外にも家具やアクセサリーの装飾もしているわよ」

再度辺りを見渡す。だが、家具やアクセサリーを加工している様子は見えない。

「装備品の装飾をしているのは少なめだな? それに家具やアクセサリーを加工しているようには見えないけどな? なんで?」

「装備品と家具は、受注されてから作業に取り掛かるからよ。だから装備品と家具に関しては無駄が一切ないわね。ただ、アクセサリーは事前に作っておくことになるけど。それと装備品の装飾と家具やアクセサリーの加工する部屋は別にあるわよ。装備品が万が一ぶつかりでもして、家具やアクセサリーに傷をつけたら大変だからね」

とりあえず、見える範囲に装備品しかない理由は分かった。だが、まだ疑問はあるので聞いてみる。

「なんでアクセサリーは事前に作るの? アクセサリーも受注されてから作ればいいのでは?」

「アクセサリー類は小さいから、装飾も繊細さが求められるの。その分、時間がかかるのよ。受注してからだと、贈答する場合とかだと間に合わなくなるわ」

「ふーん、贈答も王族とか貴族の見栄?」

「そうね。一般市民はそんなに装飾にはお金をかけないもの」

そして、家具やアクセサリーの装飾を行う部屋も案内をして貰い、作業の様子を見た。

一通り見終えると、舞に小声で伝える。

「よし、だいたいわかった。次に行こう」

「次は、セイント・ウィーヴァーズだったわね」

案内をしてくれた人や作業をしている人たちに、お礼の挨拶をして外に出る。

ギルド券を買う気がないのに、見学させて貰ってなんか申し訳ない。なんとなく罪悪感を覚えつつ、次のギルドに向かう。

「ここがセイント・ウィーヴァーズよ。服飾を仕事としているわ」

俺は建物を見渡して、その大きさに驚いた。

「なんか今見た他の二ヶ所よりも建物が大きくない?」

呆気に取られている俺に舞が説明してくれる。

「作業工程の多さと、一つずつの作業に時間がかかるためね。元の世界のようにミシンがないから」

「全部手縫いだから時間がかかるのか」

「そういうこと。さあ、中に入るわよ」

中に入ると作業をしていた人が手を止めて、声をかけてきた。

「おはようございます。見学の方ですか?」

「「おはようございます」」

急に声をかけられて驚いたが、優しそうな女性であった。舞が対応をする。

「はい。そうです。見学させて頂きたいのですが」

「どうぞ。ご自由に見学して下さい。何かございましたら説明もいたします」

俺たちはお辞儀をして中に入って行く。大勢の女性が、作業を分担して服を作っている。俺は辺りを見渡して様子を窺う。

「出来上がっている服の、在庫が多いように見えるんだけど」

「それは一般市民用に販売しているやつね。一般市民の服は、直ぐに駄目になるから」

「なんで直ぐに駄目になるの?」

「冒険者や農作業をしている人とかを思い浮かべてみて。力仕事とかだと、ボロボロになるイメージがあるでしょ? それに王族や貴族の服よりも、作りが悪いから劣化が早いのよ。その点、王族や貴族は、材料が良いものを使っているし、時間もかけて作っている。これも受注生産だから、一般市民用と違って在庫は置いてないわね」

「なるほどね。でも、俺たちが着ているのも一般市民用だよね? 結構丈夫そうだけどな?」

「それは私達が力仕事をしてないから、ボロボロにならないんじゃない」

納得するような納得しないような話である。まるで俺たちが働いていない人間みたいではないか。いや、実際に働いていないんだけど、個人投資家は仕事の内に入るのか?

そんな考えは、とりあえず頭の片隅にどけておいて、小声で意見を述べる。

「生産職ギルドは全体的に、販売が安定はあるものの、欠点もあるな」

「まあ、私から見てもそういう感じ。じゃあ、いよいよ冒険者ギルドも見に行く?」

俺は期待の眼差しをしつつ返事をする。

「ああ、頼む」

わざわざ作業の手を止めて、声をかけてくれた女性にお礼を言って外に出る。

「どこが見たい? 冒険者ギルドのことは、ギルド情報誌で少しは知っているでしょ?」

俺は当然というばかりに胸を張る。ギルド情報誌に書いてあったことを思い浮かべながら、舞と話をする。

「クイーンズ・トラストとドラゴン・バスターズは、ギルド価が高い。これ以上、上がる確率は少ないから、ファニー・フェアリーズがいいかな?」

「昨日、話していた所ね? 理由を聞いても?」

「新興ギルドだから、これからの活躍に期待できる。ギルドメンバーは少ないけど、前衛の戦士が二人、後衛に魔法使いと僧侶の四人でバランスがいい」

舞は呆れた顔をして俺のことを見る。

「そのメンバーが、ファンタジーゲーム系のメンバーならともかく、現実だとどう転ぶだろうね? ゲームと現実は違うよ?」

ギルド情報誌をちゃんと読んだ俺としては、自分の考えが否定されたことに対して反論をする。

「でも、ギルド情報誌を見たけど、他に魅了的なギルドはなかったんだよね。このギルドが一番よく感じた。まあ、直感的な所もあるけどね」

俺の反論が言い終わると、自分のプレゼンテーション力の無さに落ち込んだ。だが、舞は反論を否定せずに肯定してくれた。

「その直感が当たるといいね」

俺と舞は、冒険者ギルド組合に向かっている。舞の話によると、各ギルドは冒険者組合に集合して、依頼を受けてから活動を開始するそうである。

冒険者ギルド組合に辿り着くと、今までの建物で一番大きい気がする。それもそうか。各ギルドが一斉に集まり、依頼を受託していくのだから。俺も舞に連れられて、冒険者ギルド組合の建物に入って行く。中は人混みで賑わっている。

「おはようございます。ファニー・フェアリーズギルドの方はいらっしゃいませんか?」

舞が大きな声を張り上げて叫ぶ。すると若い女性が反応する。

「おはようございます。どのようなご用件でしょうか?」

俺はその女性を、思わずまじまじと見た。耳が尖っており若くて美しい。どうやらエルフのようである。そして、ローブと杖を持っている所を見ると、魔法使いと思われる。そんなことを考えている俺をよそに、舞はそのエルフの女性に話しかける。

「まだ依頼開始前でしたか。間に合ってよかった。見学をさせて頂きたいのですが、よろしいですか?」

「ああ、投資家さんですね。もちろんです。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

二人が話をしていると、他のメンバーと思われる人たちもやってくる。全員女性である。人族の戦士と僧侶。そして、猫獣人族と思われる人……人でいいんだよな? 匹じゃなくて。などと失礼なことを考えつつ、俺も挨拶をする。

「今日は何の依頼を受けるんですか?」

舞が今日の活動内容を確認する。

「デスサイズ・マンティスの討伐です。ここの最近、デスサイズ・マンティスの卵が羽化したとの情報が入りまして」

「そうなんですね」

「見学の時は、安全な所にいて下さい。状況次第では先に逃げて下さい。ただし、一言声をかけてからお願いします。こちらも危険を察知したら、撤退しますので、あなた達を守るために、安全な所に逃げることが出来たかを知る必要があります」

どうやら、見学だけでなく、護衛もしてくれるようである。冒険者ギルドってみんなこうなのかね? 他のギルドの人でいかつい顔の人とかいたけど、その人たちだと我先にと逃げ出しそうなイメージがあるな。俺が勝手にイメージしたことなので、実際の所は分からないが、少なくともファニー・フェアリーズは信頼しても良さそうに感じた。

「わかりました。あんたもわかった?」

舞が俺にも確認してきた。それもそうか。場合によっては命の危険もあるのだから。

「ああ、わかったよ」

チャーター・キャリッジを借りに行くらしい。舞にキャリッジって何? と聞くと、どうやら馬車のことを言うようである。貸し切り馬車を使って行くということか。遠いのか?

馬車に揺られて舗装されていない道を進んで行く。おかげでケツが痛い。狩場よりも手前に馬車を止めて、後は歩いて進んで行くらしい。

馬車で行くと馬車が襲われかねないからだそうだ。確かに魔物が馬とかを食べそうなイメージがある。

馬車から降りると舞もお尻をさすっていた。舞も馬車は乗り慣れていないらしいな。ファニー・フェアリーズの人達は、全然何事もなかったように立っていた。そして、デスサイズ・マンティスが現れたと報告されたところに向かっていく。

「そろそろ、デスサイズ・マンティスが現れたと報告があった所です。周辺に注意して下さい」

そう言うとファニー・フェアリーズのメンバーは、俺と舞を囲むような陣形をとった。

「「はい」」

俺はごくりと唾を飲みこみ返事をした。舞は内心どう思っているのであろう。もうこのような状況は日常的なのか、それとも舞にとっても不安な状況なのか。そんなことを考えつつ舞の顔を見つめていた。どうやら前者のようである。既にこの世界に慣れているようだ。

しばらく森の中を進んで行くと、カマキリの卵のような物があった。ただし、でかいが……。

「デスサイズ・マンティスの卵ですね。幼体がこの辺に大量にいると思うので、我々から離れないで下さい」

「「はい」」

舞の声に緊張を感じた。再度舞の方に視線を向けると、表情も緊張していた。やはり俺よりも以前からこの世界に来ていても、怖いものは怖くて、慣れなどないのであろう。

すると早速、茂みでガサガサと音がする。現実世界なら熊かイノシシかと警戒するが、この世界ではさらに危険と警戒すべき魔物の可能性である。ファニー・フェアリーズの人達が、武器を構えつつ、俺たちをそっと下がらせる。すると茂みにいた何かが飛び出してきた。それに目をやると、白くてデカいカマキリである。

「デカいカマキリじゃん!」

「デスサイズ・マンティスの幼体ですね」

エルフのお姉さんが冷静に答えながらも、メンバー全員が戦闘態勢に入る。どうやらこの人たちにとっては脅威ではないらしい。倒し終えると魔物の死骸を見つつ、舞に質問をする。

「これで幼体?」

「デスサイズ・マンティスの成体は、もっと大きいわよ」

舞が説明を付け足してくれた。

「マジか」

俺は驚きの言葉を発した。、だが、ファニー・フェアリーズの人達は、次々と現れるデスサイズ・マンティスの幼体を軽々と倒していった。素人の俺だからそう見えただけかもしれないけど。

「この周辺で狩りをします。まだ羽化したてで、巣からあまり離れた所には移動していないでしょう。くれぐれも周辺に注意して、私達から離れないで下さい」

そして、辺り一帯を探してデスサイズ・マンティスの幼体を倒していった。

「幼体は、ほぼ倒したようですね。後は成体がどうなったかを確認しないと」

みんなで話をしていると、木陰の暗闇から、俺は視界に光るものを捉えた。その光るものは鎌の形をしており、舞を攻撃しようとしている。俺以外に誰も気づいていない。俺は咄嗟に身体が動いた。

「舞! 危ない!」

舞を突き飛ばすように抱きかかえて、舞の上に覆いかぶさる。右腕に何か痛みを感じるが、今はそれどころではない。舞を守らねば。

ファニー・フェアリーズの人達が、慌てて駆け寄りデスサイズ・マンティスを討伐した。どうやら幼体より更にデカくて緑色のカマキリが成体のようである。緑色をしているから森と同化していて気づきにくかったようだ。

「拓哉! しっかりして! 死なないで!」

俺は虚ろな目で、自分の右腕を見る。切断はされていないが、切り口が深く、出血がひどい。だが、舞が心配しながら涙をぽろぽろこぼしているのを見ると、これ以上悲しませたくなくて、ついやせ我慢を言ってしまう。

「……大丈夫だ」

そんなやり取りをしていると、僧侶の人が慌てて寄ってきて、治療してくれた。

「傷は綺麗に治りましたが、出血が激しかったので、具合が悪くなるかもしれません」

その言葉を聞いて舞は、慌てて俺の心配をする。

「拓哉! 具合悪くない? 大丈夫?」

「……ああ、なんとかな」

なんとなく、二人の世界に入っているようで、気恥ずかしいが、エルフのお姉さんが現実に戻す。

「討伐も終わりましたし、他の魔物に会わないように、引き上げましょう」

舞と僧侶の人の肩を借りて、俺は馬車までよろよろと歩いて行く。先頭にはエルフのお姉さんと戦士が一人。後方は猫獣人族が警戒しつつ馬車まで戻る。

馬車に乗ると、舞が横になっていなさいと言い、俺に膝枕をしてくれた。心配してくれている舞が善意でしてくれているのに不謹慎だが、舞の太ももが柔らかくて気持ちいい。

冒険者ギルド組合に行くと、ファニー・フェアリーズの人達に見学のお礼を言ったが、向こうは危険に晒してしまって申し訳ないと謝っていた。

そして家に帰る時、歩いて帰るつもりだったが、舞がチャーター・キャリッジを手配して、馬車で帰ることになった。俺がもう大丈夫と言っているのに、また膝枕をしつつ。

馬車で家まで辿り着くと、舞の肩を借りて家の中に入った。

「拓哉はベッドで横になっていて。今日の買い物と料理は私がするから」

「ありがとう。ごめんな」

舞の優しさと、俺が選んだ冒険者ギルドの見学の為に、舞を危険に晒してしまったことに対して出た言葉だ。しかし舞は首を横に振ってこたえる。

「ううん。私の方こそごめんなさい。拓哉を危険な目に合わせてしまって……」

俺は慌てて、笑顔でフォローの言葉を口にする。

「いや、危険ってこれがこの世界の日常だろ? 舞が謝ることないよ」

「……うん、ありがとう。とにかく買い物に行ってくるね。ちゃんと安静にしていてね」

「ああ」

これ以上、舞に心配かけないように、おとなしくベッドで横になった。

夕暮れ時、目を覚ますとベッドの横で舞がウトウトと眠りについていた。俺が起きたことに気づくと、舞も目を覚ます。起き上がって夕食の準備をしようとするが、舞に止められた。

「まだ寝てなさい。夕食は部屋に持って来てあげるから」

「十分寝て元気になったよ。看病していてくれたみたいで、色々ありがとうな。でも、もう気分の悪さはないよ?」

「それでも念の為よ! ここは元の世界のファンタジーのお話でも、ゲームの世界でもないのだから。死んだら終わりなのよ!」

悲しげな顔をして訴えてくる。ここは舞の言うとおりにしておくことにする。

「わかったよ。じゃあ、お言葉に甘えさせて貰って、もう少し寝るよ」

だが、今まで寝ていたので寝付けない。ベッドの上でゴロゴロとしている。キッチンからは料理をする音が聞こえてくる。どことなく心地良い。しばらくすると舞が再び俺の部屋にやって来た。

「夕食を持ってきたから入るね」

「ありがとう」

俺は見たことのない夕食に対して質問をする。

「夕食のこれ何?」

「パン粥よ。こってりしていると具合が悪くなるかと思って。本当ならお米のお粥がいいかと思ったけど、この世界にはお米がないから」

俺は正直な感想を言う。

「今までにパン粥を食べたことないけど、美味しそうだな。いただきます」

食べようとすると、舞が頬を赤くしつつ、驚くべきことを言ってきた。

「食べさせようか?」

口の入り口まで運んだパン粥を吹き出しそうになった。

「いや、自分で食べられるよ。心配しすぎ。それと、罪悪感があるのかもしれないけれど、気にしなくていいから。俺だって、舞には沢山助けて貰っているから」

「……うん」

首を少し横に倒しつつ、はにかむ。思わず舞の可愛さに見とれてしまうが、直ぐに我に返ってパン粥を口にする。なんか俺にまで伝染して頬が熱くなる。それともこの頬の熱は口に入れたパン粥の温かさであろうか。なんとなく恥ずかしさを感じつつ、隠すようにパン粥を頬張る。

「うん、美味しいな。舞は料理が出来ないって言っていたけど、結構出来るじゃん」

「それは簡単な物だけしか作れないから、出来るとは言えないでしょ」

「そうかな? この世界で生きていくには、十分な料理と思うけど。元の世界を基準にする必要はないんじゃないか?」

謙遜している舞を素直に褒める。

「まあ、そうだけど。美味しいって思ってくれてありがとうね」

「いや、本当のことだから」

実際に美味しく感じたので、すぐに平らげた。

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。じゃあ、片づけるからちゃんと寝てよ?」

舞に釘を刺された。まだ心配しているようだ。まあ、実際に僧侶の人があのギルドにいなかったら、俺は出血多量で死んでいただろうな。俺が楽観的なのかもしれない。これ以上、舞が責任を感じないように素直に甘えておく。

「ああ、わかった。ありがとうな」

疲労もあったのか、俺はそのまま眠りについた。


翌朝、起きてリビングに行くと既に舞が起きていた。

「おはよう。昨日は看病をしてくれて、ありがとうな」

「おはよう。具合はどう?」

「もう良くなった。今日から投資をしたいんだけど、教えて貰える?」

俺の顔を見て、舞は心配そうな顔をしている。

「今日は寝ていた方がいいんじゃない? 昨日の出血がそんなに早く回復できるとは思えないんだけど……」

「大丈夫、大丈夫。朝食の準備をしようぜ」

「うん、じゃあ昨日の残りで悪いけど、ご飯にしようか」

舞が未だに心配そうにしていて、むしろ舞の方の顔色が悪い。どうしても責任を感じてしまうのだろう。

「……舞、責任を感じることはないぞ? 俺が平気と言っているんだから。それにここは安全だった日本とは違う異世界。危険なことは沢山あるんだから」

舞にどんな言葉をかければ、責任感を拭うことが出来るのか分からないので、自分の気持ちを素直に伝えた。

「うん。じゃあ、お皿の準備をお願い」

「わかった」

昨日のパン粥を温め直して、お皿によそうだけなので、直ぐに準備は終わった。

「「いただきます」」

食事をしながら舞が話しかけてきた。

「それで、どこに投資するの? ファニー・フェアリーズしか見学してないじゃない」

舞の疑問はもっともだが、俺には直感的にあのギルドがいいと感じている。

「あれだけ見れば十分だよ。ファニー・フェアリーズのギルド価は上がる!」

「そうかな~? 私は中堅ギルドを買っているから、新興ギルドはあまりね~」

俺と舞で意見が分かれる。そして相変わらず下手くそな、プレゼンともいえないようなことを口にする。

「まあ、新興だと博打的な所があるからね。でも、俺の直感が買うべきと囁いている」

もちろんプレゼンは失敗したために、舞は呆れた顔をしている。

話をしながら食事を終えた。

「「ごちそうさまでした」」

「拓哉はギルド情報誌でも見てなさい。今日は私が食器を洗うから」

舞はまだ心配らしい。俺は舞が食器を洗っている間、ギルド情報誌に目を通していた。

舞が食器を洗い終えると、早速ギルド証券取引所に向かう。建物の中に入ると賑わっていた。

「取引時間は七時から九時だったっけ? あと一時間しかないのに結構並んでいるな?」

「一時間あれば、余裕で捌ける人数だよ。それよりも、ちゃんとギルド価掲示板で前日の終値を確認した方がいいよ」

舞に助言を貰い、納得しつつギルド価掲示板を見に行く。

「えっと、ファニー・フェアリーズのギルド価は62ジェニか。いくらまで貸してくれる?」

俺は、貸さないと言われないように、貸してくれる前提で質問をした。策士だな。

「うーん? 10万ジェニくらいかな?」

「よし! その分、全部でファニー・フェアリーズを買う」

舞は自分の鞄から、電卓のような物を取り出した。これも魔道具なのだろうか。そして計算をする。計算をしている舞の手元を見つめる。初めて魔道具を見た。いや、実際は舞の家で水道やコンロなどの魔道具を見ているが、それらは現実世界で使うように普通に使っていたので、魔道具という認識をしていなかっただけだが。

「全部? えっと……約1600口じゃない! そんなに買うの?」

舞が驚いて、思わず大きな声を出した。俺は慌てて舞をおとなしくさせる。

「しーっ、声が大きい」

舞はお金の話に対して、人に聞かれることを気にしていない様子であった。だが、俺としてはお金を動かすということを人に知られることが、危険を招くことのように感じる。この世界に慣れた舞と、まだ慣れていない俺の差なのだろうか? 舞は俺にお金を貸すだけあって心配そうにしている。むしろ、強盗よりも俺が損失を出さないかが、心配なのであろうか。何という信用の無さ。

「分散投資しないで平気なの? 様子を見て、値が下がったら買い足すとか」

「俺的には、この世界の投資は、元の世界と投資の性質が違うと思うんだな。一気に資金が入れば、ファニー・フェアリーズも装備を一新出来る。そうすれば今までよりも強くなって、更にギルド価が上がるはずだ」

舞は俺のプレゼンを聞いて困惑している顔をしている。

「まあ、そうかもしれないけど。……わかったわ。口出ししないから好きにやってみて」

今回のプレゼンは今までよりも良かったのか、舞の了承を得られた。俺が損失を出さないかと不安を感じていながら、それでも好きにやらせてくれる舞に感謝した。

「サンキュー」

取引計画が決まり、早速受付に並ぶ。舞が言う通り、結構な人が並んでいる割に進みは良い。そして、俺の順番が来た。受付の女性に呼ばれる。

「次の方」

「はい。ドッグタグを新規でこの人に発行して下さい。それとギルド券を買いたいんですけど」

舞が対応した。ドッグタグ? なんだっけ? そんな説明を聞いたかな?

そんなことを考えている俺をよそに、受付の女性は手続きを進める。

「かしこまりました」

受付の女性が何やら準備をしているようなので、その隙に舞いに尋ねる。

「ドッグタグって何?」

舞は、説明をしていないことを思い出したようで、受付の女性が準備をしている間に、早口で説明をする。

「説明をしてなかったわね。ドッグタグが通帳口座になったり、証券口座になったりしているの。魔道具で登録するから本人以外は使えないから安全よ」

「なるほどね。盗難防止対策も出来ているのか。あれ? でも、俺が詐欺にあったとき、ステータスウィンドウから送金したお金はどこにあったの?」

新たな疑問が出て来て、更に質問をした。

「ステータスウィンドウのお金は、アイテムボックスに入っているお金よ。まあ、ドッグタグが口座とすると、アイテムボックスはお財布ね。でも、アイテムボックスって言ってもお金しか入らないんだけどね。元の世界ではアイテムボックスという言葉があったけど、この世界ではその言葉はないの。だからお財布という方が正しいのかな?」

舞も疑問形で答える。そこら辺は正式な名前がついていないのだろう。

受付の女性が、声をかけてきた。

「では、こちらの魔道具に手をかざして下さい」

戸惑う俺に舞がサポートをしてくれる。

「その魔道具の上に手を置いて。そうすればドッグタグに、拓哉の情報が記載されるから」

俺は魔道具に手をのせた。俺のドッグタグが出来上がる。何となく感慨深い。

「取引はどのギルドになさいますか?」

「ファニー・フェアリーズに10万ジェニ分を買いでお願いします」

「1612口になりますが、よろしいですか?」

「はい、お願いします」

俺が取引のやり取りをしていると、舞が口を挟んで来た。

「あ、支払いは私のドッグタグで支払います」

「かしこまりました」

あ、そうか。俺のドッグタグは出来立てで、残高が0だから、舞のドッグタグから支払わないとならないのか。なんか俺って、彼女とデートをしていて、レストランで彼女に奢ろうとしたら、財布の中がすっからかんな甲斐性なしの男みたいだな。まあ実際の所、甲斐性はないし、舞は彼女でもないが。

受付の女性が、俺と舞のドッグタグを魔道具に置いて何やらしている。まあ、取引をしているのだろうが、新鮮に感じる。

「1612口の買い処理完了しました。ドッグタグをお返しします」

俺と舞はそれぞれ自分のドッグタグを受け取る。俺は受付を離れながら、渡されたドッグタグを見て呟く。

「これがこの世界の口座か。見た目は元の世界で軍隊とかが持っているドッグタグだけどな」

「貴重品だから、くれぐれも無くさないでよ?」

「わかってるって。ドッグタグもアイテムボックスには入らないの?」

「入らないわ。まあ、銀行のカードというよりも、通帳をイメージしてくれた方が分かりやすいかな? カードだとお財布に入れるけど、通帳はお財布には入らないでしょ?」

なるほどと思いつつ、舞に質問をする。

「舞は取引しないの?」

「マーメイドギルドを買ってあるから、高騰待ち。まあ、高騰しないで少し上がる程度なら、売却はしないで配当を貰うけどね」

「そっか」

舞と一緒に投資が出来ることを嬉しく感じる。元の世界ではパソコン相手に一人で投資をしていたから、人の温かさを感じていなかった。

時間はまだ朝なので、この後の予定を聞いてみる。

「この後はどうする?」

舞は考え込んでいる。俺から見た舞のイメージだと、家に帰ってのんびりするか、ギルド情報誌を見ていそうだ。今までは一人だったようだから、誰かと遊ぶということも、恐らくなかったであろう。俺は舞を誘ってみた。

「じゃあ、街中でも観光しない?」

それを聞いた舞の顔が、心なしか赤い。

「そ、それってデー……なんでもない。そうね。街中でもぶらつきましょうか」

舞は何かを言いかけたが、その言葉を飲みこみ慌てた様子で返事をした。

「どこに行く?」

「普通は男の子がエスコートするもんだけど……まあ仕方がないか。拓哉はまだこの世界のことを知らないからね。じゃあ私、雑貨屋さんを見たい」

舞はエスコートを期待したようだが、それは無理というものである。何しろ俺は、舞が言った通りこの世界に来てまだ日が浅い。

「はいよ。で、どこにあるんだ?」

「こっちだよ」

メインストリートを二人並んで歩いて行く。まるでデートをしている気分だ。

雑貨屋の看板が見えてきた。看板の枠が花柄とリーフで可愛らしい。二人で雑貨屋に入る。

「いらっしゃいませ」

若い女性店員の声が聞こえた。気にはなったけど、舞の方に意識を集中する。う、浮気とかじゃないよ?

こじんまりとしたお店で、主に女性受けしそうな小物が置いてある。舞と二人で陳列してある商品を見ていく。

「あ、このフォトフレーム可愛い」

「フォトフレームって、この世界に写真ってあるの?」

「ないよ。似顔絵屋があるから、描いて貰って、それを飾るんだよ」

魔道具という凄いものはあるのに、カメラはないらしい。

「なるほどねー。じゃあ、買って似顔絵屋に書いて貰ったら?」

「いやいや、一人で似顔絵を書いて貰うって、なんか恥ずかしくない? 見世物みたいな?」

「それなら、俺が一緒に側にいてやるよ」

舞は悩んでいるようだ。フォトフレームはかなり気に入ったように見えるが、こっちの世界の似顔絵屋ってどんな感じなんだろう? コミカルな感じに書くのか、それとも肖像画のように書くのか。俺がそんなことを考えている間に舞は決心したようである。

「うーん、それならいいかな? あ、あとこの星の砂が入っている小瓶も可愛い」

舞が小瓶を手に取り見ている。俺も顔を近づけてその小瓶を見る。

「へー、星の砂ってこの世界にもあるんだな?」

「そうみたいだね。どこの海岸で採れるんだろう? そのうち一度は行ってみたいな」

「そのくらいの物なら、日頃の感謝でプレゼントしてあげたいけど、今現在は舞のヒモだからな……」

俺がそんなことを言うと、舞は眉をひそめて、ちょっと怒り気味になった。

「雰囲気が台無し!」

「え? なんのこと?」

「なんでもな~い」

舞はプイッと顔を横に向けた。乙女心は難しい。いや、中身二十五歳の人は乙女に該当するのか? などと失礼なことを考えていると、舞はフォトフレームと星の砂の小瓶を、カウンターに持って行った。

「これください」

「はい。二つ合わせて720ジェニになります」

店主は、小さな紙製の手提げ袋に商品を入れて、舞に手渡す。手提げ袋は薄茶色な上に無地で味気ない。

「毎度ありがとうございました」

俺たちは扉を開けて店の外に出る。舞は嬉しそうに買ったものを抱きしめている。

舞の家の中にこういう雑貨を飾っていなかったところを見ると、この生きていくのが大変と思われる異世界で生活していくために、我慢していたのかもしれない。俺が後押しして買わせてしまったが、舞の嬉しそうな表情を見ると、俺はそのうち舞にプレゼントできるような甲斐性ある男になりたいと思った。

「次はどこに行く?」

「市場の屋台でなんか食べようか」

「おっ、いいね」

市場に辿り着くと、舞と二人で屋台を見て回る。すると肉を焼くいい匂いがしてきて、俺はふらふらとその匂いに釣られていく。その店を見ると、肉を串に刺して焼いているようだ。

「この肉串、美味しそう」

「え~、甘いものが食べたいと思ったのに」

「そうですか……はい」

俺は素直に諦める。スポンサーには絶対服従。これ大事。それにさっき、舞の喜ぶ顔を見てしまったからな。そんな顔を見てしまったら、もっと喜ばせてあげたいと思ってしまう。

「甘いものって何があるんだ?」

「安くてそれなりに美味しいものだと、スポンジケーキかな?」

「スポンジケーキだけ?」

俺の中では、元の世界でのホールサイズのスポンジケーキが浮かんだ。

「チョコや生クリームは高いから、王族や貴族が食べる物なんだよ。スポンジケーキと言ってもお砂糖多めだし、食べ歩きが出来るようにカットされていて、クレープみたいに紙に巻いてあるの」

「ほう。甘いものは嫌いじゃないから、食べてみたいな」

「嫌いじゃない? 好きでもないってこと?」

「いや、どちらかと言うと好きだよ」

「じゃあ、お店を探しましょう」

「お店を探すって、舞は見たことあるんじゃないの?」

「屋台だから、場所がいつも同じってわけでもないのよ」

そう言われて、肉串に後ろ髪を引かれつつ、スポンジケーキ屋を探した。歩いていると、甘い香りが段々と近づいてきた。

「あった。ここだわ。おじさん、スポンジケーキを二つ下さい」

「はいよ」

店主は既にカットされているスポンジケーキを、クルクルと紙に巻いて手渡してきた。

二つとも俺が受け取った。

「おまちどうさま。二つで100ジェニね」

舞が支払いをしている。アイテムボックスらしきものから硬貨を出して渡している。何も言わない所を見ると無詠唱でアイテムボックスが使えるようである。支払いが終わると、二つのうちの一つを舞に手渡す。そして、歩きながら食べた。

「美味しい。どう?」

「美味いな。この世界に来てから、初めてのスイーツだな。甘味が程よい」

「でしょ? スポンジケーキと侮れないよ」

舞がドヤ顔で言ってくる。だが、その意見には俺も同意なので素直に肯定する。

「そうだな。スポンジケーキというか、砂糖が多いせいか、カステラに近くない?」

「あ~、そう言われて見れば似ているかも」

二人とも食べ終わると、舞からスポンジケーキを巻いていた紙を受け取り、俺の分と一緒にポケットに突っ込んだ。舞に対して、好意があるから少しでもいい所を見せたい。

そして、次は似顔絵屋を探した。市場の端の方に陣取っていた。

「あ、似顔絵屋さんがいたよ」

舞も見つけたようである。見た感じは元の世界の似顔絵屋と同じような物を置いている。さすがに俺でも似顔絵屋と分かるほどに。

「さっき、フォトフレームも買ったんだから描いて貰いなよ」

「自分のイラストを飾るとか恥ずかしい気もするけど……」

舞は今更怖気づいている。俺は背中を押してやる。

「元の世界の思い出写真と同じだろ? 気持ちの問題だよ」

「じゃあ、描いて貰おうかな。おじさん似顔絵描いてよ」

「はいよ」

そう言われて舞は椅子に座った。俺も約束通りに舞のそばに立って見守る。舞と俺は黙って様子を見ている。

「「……」」

結構な時間がかかった。

「はい。出来たよ」

絵を渡されて舞が見ている物を、俺も後ろから覗き込む。すると舞の耳が、みるみると赤くなっていくことに気づいた。

「上手だけどちがーう!」

俺は絵よりも舞の耳が赤くなっていく方に気を取られていたので、描かれていた絵をちゃんと見ていない。舞から紙を受け取り、絵を確認してみた。

「どれどれ? うお! 俺も一緒に描かれているじゃん!」

肖像画のように上手いが、予想の斜め上をいく絵が描かれていた。

「あれ? カップル似顔絵を描くんじゃなかった? ごめんね。半額の500ジェニでいいよ」

「半額で500ジェニ? 高くない?」

「一人当たりの似顔絵が500ジェニだから、二人描いた半額で500ジェニ」

「そっちが勝手に思い込んで描いたんでしょ? せめて250ジェニにまけなさいよ!」

「ごめんね。こっちも生活がかかっているから」

どちらの言い分も分からないでもないが、俺としては内心、舞と二人の記念写真が出来たようで嬉しい。それに折角の二人で楽しい時間をこのもめ事で終わりにしたくない。不本意だが、俺はやむを得ず、舞を説得した。

「舞、埒があかないから、もうその金額で払うしかないんじゃないか? 似顔絵の代金は俺が稼いだら舞に返すから」

「もう! はい、500ジェニ!」

「毎度あり」

舞は不本意ながらに、アイテムボックスから500ジェニを取り出して支払う。

出来ることなら、その代金を俺がすぐに払えれば、舞に嫌な思いをさせずに済んだ。自分を不甲斐なく感じる。俺がモヤモヤとしていると、舞が何かを見つけたようで俺の袖を引っ張る。

「占い屋があるよ。今日は運が悪いのかもしれない。占って貰おう」

俺は舞の思考に疑問を感じた。その疑問を口にしてみた。

「占って貰う方が余計に出費するんじゃなくて?」

「気分の問題よ。お姉さん、占って」

気分の問題か。女の子ってよくわからん。

「はい、1000ジェニになります」

その金額を聞いて、俺は吹き出した。

「おいおい! 似顔絵以上に高いぞ?」

「いいの!」

……舞のお金の感覚が、俺にはマジでわからん。そんなことを考えていると占いが始まった。

「……貴女に大きな不幸が待ち受けています」

「え? どんな不幸?」

「それはわかりませんが、男性が助けてくれるのが見えます」

「男性? 誰?」

「そこまではわかりません」

俺は思わず余計なことを言った。

「俺かな?」

「なんであんたよ? どちらかと言うと、私があんたを助けていると思うけど?」

「はい……その通りです」

占い師は占いを続けた。

「その男性と結ばれることでしょう」

「む、結ばれる? 結婚するってこと?」

舞の顔がみるみると赤くなっていく。

「そうです」

「そ、そっか~」

舞がチラリと俺を見た。なんで?

占いが終わり二人で歩く。舞の顔はまだ赤い。誰か心当たりの男性でもいるのであろうか。俺はモヤモヤした気持ちを押し隠すように、夕食の話題をした。

「夕食はどうする?」

「さっきのスポンジケーキで、まだお腹が減ってないな~。簡単に目玉焼きとパンで済ませようか?」

「俺もだな。以外に腹持ちするもんだな。スープは無し? パンが硬くて噛めなくないかな?」

「お水で何とかしなさい。じゃあ、コケコッコーの卵を買わないとだね」

「コケコッコー? 鳴き声?」

「鶏のことをこっちの世界では、コケコッコーって言うんだよ。鳴き声から命名されたみたいな感じ?」

他愛無い会話をしつつ、買い物を済ませた。もちろん荷物は俺が持った。そして、舞の家に帰った。

「「ただいま」」

家に帰ると疲れがドッと出て、荷物を置いてリビングの椅子に座った。二人してぐったりとテーブルに顔を伏せているが、疲れといっても楽しかったので心地良い疲労感である。

少し休むと、俺はむくりと顔を上げて起き上がる。そして、椅子から立ち上がり、今日買った食材を棚に置く。すると舞が声をかけてきた。

「じゃあ、今日は拓哉が夕食の支度をして~」

おねだりするような甘えた声でお願いしてくる。元々そのつもりだったので問題はないのだが、舞は俺に任せるほど疲れたのだろうかと思いつつ、心配で質問をした。

「舞は?」

「買ったものを飾るんだよ」

俺の心配は杞憂だったようである。

「あー、そっか。どこに飾るの?」

「星の砂の小瓶は、私の寝室に飾る。似顔絵は拓哉も描かれているから、リビングのテーブルに飾ろうかな」

「なんで俺も描かれているとリビングのテーブルなの?」

「拓哉も見たいかと思って」

「いや、自分を見ても楽しくはない」

「私が一緒に、描かれているでしょ! 私だと不満だと言いたいわけ?」

舞の怒りの原因が分からないが、否定しないでおく。

「いえ、滅相もございません。リビングのテーブルでお願いします。それにしてもその似顔絵上手いよな。舞も可愛く描けているし」

「わかればよろしい」

舞が般若のような顔つきから、天使のような微笑みをした。

夕食を食べ終わると、二人とも疲れていたようで、いつもより早く寝た。

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