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優等生はこの時"うまくやる"をやめた


 やってしまった。


 現状を見て、アルフォン・ソテレグリズリーは少し後悔した。


 シュトロと揉めることは、この学校の終わりを意味するし、これからアルフォンソに平穏な学校生活は待っていないだろう。


 ここからは灰色の学園生活は確定した。だがそこに後悔はあまりない。


 だが、顔面をグーで殴り飛ばすのは流石にやりすぎてしまった。


 教室内は阿鼻叫喚。


 手を伸ばしアルフォンソを止めようとしてくれたゼラスは口をあんぐり開けて固まっている。


 黒板の落書きには参加していなかった女子たちと、後ろの隅っこで"こと"を見守っていたフローラは、周りの女子たちが思い思いに悲鳴をあげ、先生を呼びに行ったり泣きだすものもいる中で、一人ぽかんとアルフォンソを見つめていた。


 教室の喧騒で予鈴の音は聞こえなかったが、時間的にはもう鳴っているころだろう。あと5分もしないうちに先生が来る。


 先生を呼びに行った女子もいたし、実際はもう少し早く来るかもしれない。


「アルフォンソ・テレグリズリー…総合一位の…」


 シュトロはものすごい喧噪でアルフォンソを睨みつけていた。


 勉学、剣術などの実技、すべて含んだ学年末試験の総合成績では学年トップだったアルフォンソは、隣のクラスとはいえ彼にとっては小さい存在ではない。


 そんな奴にいきなり殴り飛ばされたのだからさぞかし面白くないのだろう。

 顔は赤く腫れ上がり、血もでているようだが、すぐに治癒魔術をかけて回復を試みている。おそらく10分もあれは、いつもの端正な顔立ちに戻るだろう。

 天才め。


「え…なに…これ?あなたは?…」


 サラは机から顔を上げ、状況を飲み込めずに顔が引きつっている。面を食らったという表現はおそらくこの顔ためにあるんだと、アルフォンソは冷静でない頭で思う。


 ――でも”戻ってきた”な――


 そっちのほうが死んだような空虚面より、よっぽどかわいい。


 こんな空気の読めない思考を巡らせてしまうあたり、やはり今のアルフォンソはどこかおかしい。


「でも、もういいか…」


 転生して、前世の記憶にけしかけられるような形で、いろんなことを頑張ってきた。


 毎日のように、自分を高めてきた。うまくやる。幸せになる。っていいきかせて。


 でも本当は、こういうことができる。強く、勇気を持てる自分になりたかったから、頑張ってきたのかもしれない。


 ――優等生は、もうやめる――


「今日はもういいよ。サラ。早退しよう!」

「はぁ?早退ってどういうこ」


 反論をすべて聞く前に、アルフォンソはサラの手を掴んだ。


 手を引っ張り、立ち上がらせる。


 その衝撃で、彼女が座っていた椅子が音を立ててバランスを崩しかけたが、後ろの机にぶつかり、倒れずに持ち直した。


 「今日は逃げよう!ここから!」


 サラの編入初日は既に大失敗に終わってる。本当はきつい思いをしているはずだ。また学校生活を送るにしても、一度帰って日を改めたほうがいいとアルフォンソは判断した。


 決して、この教室を地獄の雰囲気にした張本人としては、ここから逃げ出したいと思ったわけではない。


 サラの手は冷たかった。


 訳アリで平民から貴族の学校に転校してきて、不安の中で転校初日から、誰も君を受け入れないと悪意を持って言われてしまった女の子の手だ。


「走るよ!」

「いや、あなた勝手に!」


 ここも強引に手を引き走り出して教室を出る。


 勝手、余計なお世話、自分は平気だ。


 今は素直な気持ちは出てこないかもしれない。


 でもサラは無理に立ち止まったり、引き返したりしようとはしなかった。それが答えだろと、アルフォンソは少女の手を引き教室を飛び出した。


 こうして、転生して初めての学校早退は、なんだかドラマチックかのように行われた。




 教室を抜け、アルフォンソはサラの手を引っ張り、しばらく廊下をかけ抜けた。


 上下の階に移動できる階段の前に着くと立ち止まり、手を離した。


 サラは短い距離とはいえ、走った割には呼吸の乱れはみられていないようだ。


「ねぇ、どこまで行くつもりなの?てかあなたは誰?」


 思えば、アルフォンソだけ一方的に彼女を認識していて、サラに自己紹介はしていなかった。


「俺は、アルフォンソ・テレグリズリー。仲良い奴はアルって呼んでる。」


 もっとも、明日以降、仲いい奴が存在しているかは不明だが。


「どこに行くかっていわれると…とりあえず外?今日天気もいいし、温かいし、絶好の早退日和ってやつだ。」


 アルフォンソは、先ほど中庭で食べた昼食のことを思い出し、窓の外の晴れやかな青空を見つめる。


「別にあたし帰りたいなんて言ってないけど…」


 そうぶっきらぼうに言って、サラはアルフォンソから視線をそらし俯いた。


 そのしぐさは、一番最初の自己紹介の凛としたイメージや、シュトロに絡まれたときに見せた空っぽな空虚感とはまた違う、少し生意気な印象を与えるものだった。育った環境からすると、こっちのほうが素なのかもしれない。


「ここで逃げたら、なんか…あいつらに負けたみたいじゃない。やっぱ戻る。」


 そう言うと、ふいと後ろを向き教室の法衣歩き出してしまった。アルフォンソは慌てて手を掴んで止める


「大勢の悪意に1人で負けない方法なんかねーよ。できるのは負けを引き延ばすことだけだ。」


 アルフォンソの言葉に、サラの足が止まる。少し間があって、サラはアルフォンソの手を振りほどいた。


「分かったような口きいて、あなたに何がわかるの?アルフォンソって、聞いてた話だと優等生のいい子ちゃんでしょ?」


 どうやらサラは事前にアルフォンソの名前だけは知ってたようだ。転校前に、誰かから主要の級友のことを聞いていたのかもしれない。


 ――シュトロ相手に何も言わずに黙っていたのもそういうことか――


「すごい騒ぎになっちゃったし、とりあえず今日のところは出直そう。な?」


 そうサラの説得を試みようしていたところで、下の階段から足音が聞こえてきた。


 やばっ、先生に見つかった。と思ったころには、階段を上り二階に上がろうとする。筋肉質でがっしりとした、それにもかかわらず、どこか華やかでさわやかな印象を持つ、いかにも騎士の風格を持った男性教員に見つかってしまった。


「おいサラ、こんなところで何やっているんだ?シュトロとはどうなりそうだ…ってアルフォンソもいるのか?なんか意外な組み合わせだな」


「き…騎士先生…こんな時間に何をやってるんですか?午後の剣術の授業の準備とか?」


 アルフォンソが騎士先生と呼んだ教員の名前は、ギル・フェニックス。


 上級貴族の出で、騎士団の隊長を務めながら平民街の冒険者と騎士団の連携や、中等部の学生に剣術を教える教員の役割をしたりと、マルチな活躍をしている騎士団の顔役と言ってもいい存在だ。


 生徒の素行にいちいち口うるさく咎めるタイプの教員ではないが、周りに対する影響力や、人気と信頼はこの場所ではトップクラスに絶大だ。


 この状況では、厄介な大部の先生に見つかってしまった。とアルフォンソは顔をしかめた。


「サラの転校初日だからな、様子を見に来た。この学校だとこの子に対する風当りも強いだろうし」

 そう言って、ギルはサラを心配そうに見つめる。


 実際は、風当たりが強いとかのレベルをはるかに超えてきていると思うのだが、アルフォンソはあえて口にしなかった。


「やけに親しげですね?サラとは前から知り合いですか?」


 サラの方は、ギルとは一切目を合わせず俯いている。ばつが悪いのか、それとも敵意の表れなのか。


 いずれにせよ先ほどまでの様子とはまた違い、この場を離れたそうにしている。


「そりゃまぁ、サラをこの学校に入れるように色々と手をまわしたのは私だからね。そんなことより、今は授業中だろ?こんなところでなにやっているんだ?」


 いきなり語られる驚愕の事実。サラは相変わらず、目を合わせないように俯いている。否定しない様子を見るに、この言葉は間違いないのだろう。


 ――すべての元凶こいつかよ――


 正直聞きたいことは山ほどあるが、アルフォンソも質問に答えなければならない。今一番聞かれたくない質問だけれど。


「サラさんが体調を悪くしてしまったから養護室まで連れて行くところなんですよ。編入初日で緊張したのもあるんだと思います」


 まぁ全くの嘘でもないし、結構信憑性はある気がする。とっさに出た嘘のわりにはよくできたほうだろと、アルフォンソは自賛した。


 サラもコクリと頷いた。思いのほか、素直に空気を読んでくれた。よほど今はギルの元から離れたいらしい。


「まぁ初日だからなぁ…いきなり無理することはない。ここ半年ほどは、君にとってもめまぐるしい日々だろう」


 そう言ってサラの身を案じるギルの姿は、どこか愛情のようなものを感じた。


 ――騎士先生ってたしか36歳だよな。さすがに色恋のあれではないと思いたいが――


「早く行こっ…ギルだって暇じゃないだろうし。養護室って下でしょ?」


 アルフォンソがギルのロリコン疑惑を疑う中、サラはとげのある態度でそう言うと、スタスタと階段を下りて行ってしまった。


 アルフォンソがギルに擁護室という単語を出したとはいえ、結局教室には戻らないらしい。


 意地を張るのをやめてくれたことは素直によかった。とアルフォンソは安堵する。


「それにしても、アルフォンソがサラのことを気にかけてくれるのなんてな。こういう、厄介事はうまく避けるタイプだと思ってた」

「いや……まぁ。」


 アルフォンソは何か言おうとして言葉が詰まり、歯切れの悪い返事になってしまった。


 3日に1回剣術の指導にくるだけの教員ですら、アルフォンソ・テレグリズリーのイメージはこんななのだ。


 1年間共に過ごしてきた級友は、先程の出来事をどんな思いで見ていたのだろう。


 このあとシュバルツ先生や級友に細かい事情を聞いたら、この先生はどんな反応をするのだろう。


 そう考えると、なんだか笑えてきた。


「俺って意外とそんな奴だったんですよ。自分でもびっくりです」


 アルフォンソが笑って、先程のキレのない返答から言葉を続ける。


 それをみて、ギルも柔らかく穏やかに笑顔を作り答える。


「そうか、分かった。サラのことは今度ゆっくりお前にも説明するよ」


 そう言ってギルは再び階段を登り、どこかへ向かい始める。


 のかと思いきや、「最後に」と再びアルフォンソの元へ向き直りアルフォンソに告げた。


「サラのこと、気にかけてくれてありがとう」


 そう言って今度こそギルは上の階へと向かっていった。


 お礼を言われたアルフォンソは、なんだか心がふわふわした感覚に陥る。


 さっきは教室で取り返しのつかないことをしてしまった。でもこれで良かったんだ。


 三高優大として生きてきた時の感情とはまた違う。


 アルフォンソ・テレグリズリーとして生きてきて、新しく出来て閉じこもった殻を1つ破ったような、そんな気がした。


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