少年の全てのはじまり
「はぁ…ようやく静かになったところで、ホームルームを始めたいと思います。」
教壇に立ち、しばらく落ち着きが無かった教室の雰囲気を何するでもなく眺めていた、無気力な様子の教員は淡々と告げた。
「シュトロ。覚えた転移魔法を複数人で試してみたかったのは分かるが、もう学校ではやるな。普通に登校してこい」
これまたあまり感情の乗っていないような、淡々とした口調でそういった教員の指摘に、「すみませーん」とシュトロは悪びれなく言う。
「まぁ次やったら俺の授業の成績に響くと思え。大人の顔色はちゃんと窺って、媚びておいたほうがいいぞ」
そう淡々と、恐ろしいことを口にしたその無気力な教師は、何事もなかったようにおそらく生徒名簿であろう薄い冊子をぺらぺらとめくりだした。
――大人には媚びておいたほうが良いってそれ教師が言う言葉かよ。この先生変わってるな――
どこからとなく小声でつぶやく声が聞こえた。
確かに、アルフォンソは見たことがない教員だったが、1年の時の教員とは雰囲気の違うものを感じる。
「あ――、紹介が遅れました。今日からこちらのクラスの担任を受け持つこととなりました。シュバルツ・ヴァンヴァーニーです。えっと、その、よろしく。」
全然よろしくしたいようには見えない自己紹介を終えた教師に向かって、各所から、陰気臭いだの。俺らの担任これかよだの。ギル先生がいいー。など思い思い好き勝手感想を述べている。
――いやいやシュバルツ先生に聞こえるって。
「ギルは去年に引き続きお前らの剣術を見てくれる。あの人は騎士団の仕事も忙しいから担任は持たない。それと今年のお前らの2年の王国語と歴史と地理と法学など、社会教科は全部俺が担当する。勉学の成績を落としたくなかったら俺の機嫌はちゃんと取っておいたほうがいい。俺の一存でお前らの成績なんて一瞬で真っ赤に染められるからな」
シュバルツの言葉に、えっ…教室の空気がドンびいている。
笑い声が小さく聞こえたので、後ろ斜め後ろを振り返ってみると、ゼラスがふき出していた。何がツボだったんだあいつ。
確かに今までにいない変わった先生だ。そして小物。底意地が悪い。そして雰囲気も暗い。今年の担任のアルフォンソの第一印象はそんなところだった。
それにしてもヴァンヴァーニー家か。上級貴族の出じゃないか。それにしては雰囲気のない。
上級貴族の出は、何か特別な才能が有ったり、特別な才能はなくても何か雰囲気のある人が多い。
生まれた時から下のものを導くための教育を受けるのだから、自然と雰囲気がそうなっていくものなのだ。
それなのに目の前の教師にはそういう威厳とか、雰囲気が全く感じ取れない。
アルフォンソは、そんなこの陰気な教員に逆に少し興味がわいてきていた。
「それと、出席をとる前に皆さんにもう1つ"大事なお知らせ"があります。」
大事なお知らせ。何かの前置きのように放たれた言葉には、妙に力があるようにアルフォンソは感じた。いや緊張感か。
いままで他人事のように興味なさそうにそっぽを向いてた生徒も。その言葉には全員視線をシュバルツに向けた。
――出そうと思えば出るじゃん雰囲気――
アルフォンソはそんなことを考えながら、目の前の教員の次の行動を注視する。
シュバルツはふぅと息を吐き、教壇から降り、教室の出入り口を開けた。
「すまない、待たせた。入ってきなさい。」
教室の外の誰かに呼びかけ、シュバルツは再び教壇へと戻る。
それに続く形で、教室の扉から女の子が入ってきた。
髪はやや紫がかった黒色で、癖のないストレートヘアを肩のあたりまで伸ばし、女の子の平均よりもややすらっとした印象のある、凛とした雰囲気のある女の子だった。
黒髪美女。と後ろからゼラスの声が聞こえた。おそらくアルフォンソに向けていったのだろうが聞かなかったことにする。
「急な話だが、今日から二年生に編入生を迎え入れることになった…。ほら、挨拶。」
シュバルツに促された少女は、少し緊張した様子ながらも、しっかり前を見据えた。
「今日から、皆さんと同じ学び舎でお世話になることになりました。サラ・ブルーバードと申します。皆様の足を引っ張ることなく、自分を高めていきますので、どうかよろしくお願いします」
透き通るような声。凛とした容姿や雰囲気どおりの、堂々とした挨拶を終えた少女は、その後深々と頭を下げた。
これが始まり。前世の記憶を持っていて、幼い時から努力を重ね。順風満帆な学校生活を送っていた。
そんな少年の学校生活の崩壊と、新たな学校生活の物語。