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アルフォンソ・テレグリズリーには前世の記憶がある


大森林。


 闘気と魔力が蔓延るナーロッパ大陸の中でも最も大きな密林で、 強力な魔物が多数生息している過酷な地域 。


 その中に大きな結界を城壁のように取り囲み結界の内側で栄えている国がある。


 結界都市。バリタット王国 。そこには大森林に生息している魔物の名前を家名にした独自の貴族社会が存在し、結界を代々管理している王族とともにこの国を支配していた。


 結界歴92年 4刻12日 バリタット王国 首都 エーデルガーデン






 いかにも中世の異世界という景観に囲まれる、この都市の中流貴族の三男として生を受けた少年、アルフォンソ・テレグリズリーの朝は早い。


 まだ朝日も完全に登り切らず薄暗い中、部屋の窓際に鎮座している西洋デザインの木造ベッドから起き上がったアルフォンソは、茶色く癖のない髪の毛を軽く溶かし、整容を済ませ、先月で13年の付き合いに突入した愛用の木剣を手に取り部屋から出る。


 生後8か月で譲り受けた。


 いや、正確には明確に欲しがり兄からぶんどったあの日以来、これを握らなかった日は手で数えられるほどしかない。


 まだ使用人や侍女も仕事に入っていない石造りの屋敷を歩き、外の庭園を目指していく。


 人がいない屋敷では、革靴の足音がトントンと振動起こし遠くまで響いている。


「おはようございます アルフォンソ様。剣術の訓練毎日お疲れ様です」


 屋敷と裏庭をつなぐこれまた西洋風の両開きの木造扉につくと、この時間に俺が庭に出て剣術の訓練をすることを知っているお手伝いさんがこうして日替わりで朝の見送りをしてくれる。


「おはようリリー。行ってきます」


 白髪の、うちの侍女の中では生真面目さが目立つ彼女に手を振り、朝のあいさつを交わす。


 侍女たちには、毎日毎日、うちの家族の中で1番の早起きのガキのために貴重な朝の時間を取らせてしまっている。


 若干申し訳なさを感じながらも、毎日晴れやかな気分で鍛錬を始められるので感謝していた。


 この時間の剣術の鍛錬。


 学校帰りの魔術の鍛錬。


 夜の勉学の時間。


 これらの時間はアルフォンソにとってとても大切な時間なのだ。




 紋章があちこち刻まれている、石造りで、これまた中世異世界の雰囲気を多分に漂わせているテレグリズリー家のお屋敷。


 その裏口の庭園、その中でも隅っこの一角がアルフォンソの剣術と魔術の鍛錬スペースだ。


 よっぽどの嵐とかがない限り、朝と学校帰りこの場所に来ない日はない。


 天気も気温にも恵まれている。今日は良い日になりそうだ。


 空を見上げ大きく息を吸い込み吐き出した。


「まずは背伸びの運動からっと」


 激しく動く前に軽く準備体操を行い、身体を慣らし、外の空気と今日の身体を同化させていく。


 体操は10分ほどで切り上げ、地面に置いていた木剣を拾い上げる。


 アルフォンソは剣を構え、精神を集中させ闘気を身にまとった。


 この世界に存在する闘気という力は、身体の中から生まれるエネルギーを放出し身体にまとうことで、身体能力を向上させることができる。


 バリタット王国発祥、闘気による身体能力向上を用いて行う剣術。


 古くは闘気剣術とも呼ばれ、この国が貴族社会に染まってから、王宮剣術と名前を変えたこの剣術こそがこの国における剣術である。


 王宮剣術の基本と呼ばれる型の動きを繰り返した後、徐々に闘気の出力を上げ、仮想の相手をイメージした実践訓練に入っていく。


 自分の脳内で作り上げた剣士相手に踏み込んでいき、木剣を打ち込む。


 朝に行うこの一連の流れはアルフォンソにとって人生の一部となって染み付いている。


 この日の鍛錬は、太陽が完全に昇りきり、完全に気持ちの良い朝を迎えるまで続いた。

 


 日課の鍛錬を終え、一息つきながらアルフォンソは今日から迎える新学期のことを考える。


 バリタット王立学園。


 首都エーデルガーデンに住まう貴族階級の子供達がより実践的な魔術や剣術を学ぶために通う学校。


 勉学を学ぶのはもちろん。


 剣術 魔術 治癒術が基礎カリキュラムにあり、貴族として王国に貢献するためのありとあらゆる人材を育成することを目的としている。


 王立学園には初等部と中等部と高等部があり、アルフォンソは今日からそこの中等部二年生としての初日を迎えるのだ。


 新学期というのは良くも悪くも、震え上がるものがある。


「落ち着け アルフォンソ・テレグリズリー。俺は生まれ変わったんだ。どんな状況になっても今まで通りうまくやれるさ。そのために頑張ってきたじゃないか」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。


 そう生まれ変わったのだ、比喩的な表現ではなく物理的に。


 アルフォンソには前世の記憶がある。


 生後間もない頃は記憶の定着ができず、朧気で覚えていないが、生後8か月を迎えるころには記憶が定着し、明確な自我を認識できるようになっており、自分には別の世界を生きてきた記憶がある。そう感じるようになっていた。


 前世の記憶の感情に促されるがままに、幼いころから、それこそハイハイしてた頃から計画的に自分を高めてきた。


 家柄は悪くない。それにプラスして高い能力があれば、誰にも馬鹿にされない。

 幸い、頑張れる環境も備わっている。


  頑張り方も年相応に比べればはるかにわかっている。恵まれている。ここで頑張っていけば、うまくやれる。幸せになれる。


 努力の甲斐があって現在アルフォンソは、勉学や実技の成績はごく一部の上級貴族の天才たちを除けば優秀で通っていた。


「一番の難関だと思っていた中等部の最初の一年をすげーうまくやれた。ここからは現状維持でいいんだ……クラス替えって言っても二クラスしかないし半分は同じメンツ。ヨユーだ」


 少しだけ震えたような。不安げな声を朝の少し冷たい空気に溶け込ませてもらいながら、額の汗をぬぐい屋敷の中に戻る。


 何も不安になることはない。


 このままの生き方を続けていれば。

 そこそこの家柄で生まれて、死ぬほど努力してそこそこ報われて、穏やかで平穏な学校生活を送っていけば幸せな人生を送ることができる。


 この時までは、本当にそう信じて疑わなかったんだ。

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