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悪夢廻り 【起危廻々編】  作者: jyot
起危廻々編
3/9

長鼻の仮面

──とっさに駆け出す。


すると1mほど後方でブン!という風を切る音とカーンッ!!という甲高い音が炸裂した。


振り向くとそこには先程、長鼻の仮面男が持っていた真赤な手斧が転がっている。あの距離から手斧をぶん投げたとでも言うのだろうか。ありえない。どんな腕力だ。


俺はそれを横目に見ながら、必死で駆ける。


もし咄嗟に動けてなかったら、タダでは済まなかった


俺の浮足立った足音は構内にこだましていたが、それに交じるようにカツ、カツとゆったりとしたピッチの足音が聞こえた。


俺はそれを確認しヤツが追ってきていると確信した。


「ふざけんなよ!!誰だよぉ!お前っ!!」


恐怖心からか声が裏返る。仮面男の返答は無く、足音が背中を追いかけてくる。


俺は絶句しながら無我夢中で走った。



──多分もう20分くらいは逃げている。俺は地下鉄から地上に出て、ヤツを振り切ろうとしたが、体力はもう既に限界で、とぼとぼと歩くばかり。座り込んでないだけマシという状態だった。何かにぶつけたのか右足親指の爪が割れ、血がにじみ出ていた。


ヤツは俺が振り切れないギリギリの距離を保ちながら、ジリジリと近寄ってきている。


この時すでに、俺の心は折れていた。諦めがついたとも言えるだろう。


俺は年季の入った雑居ビルの前にあった傘立てから、傘を拝借してビルの影に座り込んだ。


俺は何故逃げ回っているのだろうか。改めて考えてみると、不思議で仕方ない。本能で逃げ回ってはいたが、実際は生きていたい理由もない。


『──お前みたいな覇気のねぇやつ、俺のチームにはいらねぇ』


目を瞑って上司の言葉を思い返すと笑いが込み上げてきた。

「ははwwうるぅせぇよ……」


めちゃくちゃ就活頑張ってやっと入った会社なのにな。笑える。


別に死んだって構わない、かと言ってただ死にたい訳でもない。俺の中で様々なことへの執着が吹っ切れた気がした──。


奴に武力行使をする事を決めた俺は、傘の先端側を強く握りしめた。人生で一度だってまともな喧嘩をしたことは無いが、不思議と心は臆していない。失う物が無い時の人間は恐ろしく強いのだ。


──コツコツと足音が間近まで迫ってくる。スーッと息を吐き出し、俺はビルの影から飛出しながら傘を思いっきり振りがぶった。


長鼻仮面の男は全く身構えておらず、顔面に向かって全力で振り抜く。


死ね!!──だが俺の決意は虚しく散った。


「ッ!!?」


なんだ!?傘が動かない!!


顔面に打ち込んだはずの傘は何故か仮面に届いておらず、まるで俺の振るった傘だけが時間を停止したかの様になっていた。


一瞬の硬直の後、俺は慌てて傘から手をどけた。傘は刹那の間、空中で静止する。


この時、俺は時間がとてもゆっくり流れている感覚を覚え、その頭で直感した。反撃が来る。


──そして偶然なのか本能からなのか全く分からないが、目で捉えきれなていない斧の反撃を俺は左上腕で受けていた。咄嗟に傘を離さなかったら首を持って行かれていただろう。


斧は肉を寸断しゴッ!と骨に到達した。


俺は衝撃で軽く飛ばされ尻もちを着いた。かなりの力だったので頭まで衝撃を受け、目の前がぐらつく。


「あ゙っあ゙ぁぁぁ…い゙い゙っえっ…」

気色の悪い鳴き声を吐きながら、奴がトボトボと歩んで来る。


マズイ。思考が完全に止まる。絶句する。致命傷ではないが、この状況で武器を失っている。俺は声も出せず、ただ尻もちをつき続けた。


そうしているうちにも次の2撃目が来る。今度はしっかり斧の軌道が見えた。座りこむ俺の脳天に向かって、真上から頭をかち割りにくる動きだ。


俺は両手でそれを受けにいき、右腕と左の手の平を斬りつけられた。


今度はかなり力がのっかっていたようで、右腕の骨がメキッとへし折れるのが分かった。


この時にはもう恐怖すらなく俺は死を確信ていた。


だが、おそらく2撃目と同時か直後くらい、パァーンッ!パァン!という耳を劈くような音が響いていた。


その後、俺が死を確信している時には辺りが真っ白な煙で辺りは覆われていた。


「立ってぇ!!」

女の子が叫ぶ。訳も分からず俺は両脇を抱えられるが、あまり力が無い為に俺を持ち上げられない。


一瞬だけ動揺した後、俺は我に戻って、無惨になったその手をついて立ち上がった。


「ほら!走って!!!」

また女の子の声がして、右手首の辺りを強く引っ張る。その瞬間、初めて腕にまともな痛みが感じられたが、痛がっている場合では無かった。


視界は真っ白で何も見えなくなっていたが、俺は手を引かれた方向へ夢中で駆けた。


煙を少し抜けた辺りで、手を引いている人の後ろ姿が見えてきた。黒髪ショートボブの女の子だ。


その子は俺の手を離し、振り返って右手に握っている拳銃のようなものを煙幕の方へ構える。

急な事だったので、俺はそれを呆気に取られて見ているのみだ。


仮面の男は煙幕など意に介せず、こちらに向かって歩いて来ている。


彼女の横顔を改めて見ると、顔の目の辺りを黒い布でグルグルに覆っている。その状態で前が見えているとは思えないが、銃口はしっかり仮面男の方へ向いていた。


パァン!!銃声が響くが、弾は当たらなかったようで、歩みは止まらない。


パン!パァン!!今度の射撃で相手の歩みが止まる。だがしかし銃弾は奴には届いていない。銃弾が仮面男の直前で停止している様だった。


傘の時と同じだ。まるでヤツの周りだけ時間が止まっているみたいだ。


仮面男がまた歩き出すと、銃弾は落下する。


彼女はすかさず、連射を続けながら後退する。リロードの様子が映画さながらで、結構使い慣れているのが見て取れた。


俺はそれをただ傍観している事しか出来ず、立ち尽くしていた。


「走って!逃げて!隠れて下さい!後で追いかけるので!!」

彼女は険しい声で俺に退避の指示を出す。


確かに俺は彼女にとって足手まといでしかなく、手負いの俺が距離を取らなければ彼女も逃げられない状況だ。


俺は一瞬戸惑ったが、少しの心苦しさを感じながらも走る事を決断した。


俺は逃げ場所なんか気にせず、とにかく走る。俺なんかを助けたせいで死なないでくれ。そう祈りながら──。


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