悪夢の街
──ここは一体どこだろうか。確かに俺は自室のベッドで寝ていた。だがいつの間にか俺の部屋ではないどこか、野外に居る。
目の前にはドス黒い夜空、それに伸びるようにビルが乱立している。
恐る恐る起き上がると、自分がとんでもない場所で寝そべっていることに気付いた。
道路。それも片側3車線はあろうかという大きな車道のド真ん中だった。
「え、どこ……」
俺は完全に困惑していた。心臓の鼓動が徐々に早く、強くなるのが分かる。
俺はわけもわからず反射的に歩道に駆け寄った。車通りが無いとは言え、こんな大きな道路の真ん中に突っ立っているのに引け目を感じたのだ。
それにしてもここは一体どこなのだろうか。栄えた都市のオフィス街の様だが、見回しても心当たりはない。
そして俺は何故こんなところに放り出されているのだろうか。何だかとてつもなく犯罪のニオイがする。
部屋で寝ている間に誰かが侵入してきて、俺をここまで運んだとでも言うのだろうか。非現実的だが、そのくらいしか思いつかなかった。
兎にも角にも、現在位置を確認しなければ話は進まない。
俺はここがどこであるか確認するため、周りに看板のようなものが無いのかを探した。すると100m程先に、地名が書いてありそうな青い看板を見つけた。
俺は手すりを跨ぎ、看板に向かってゆっくり歩き始めた。
歩道は表面がザラザラしているタイルが貼ってあり、小石が転がっているせいもあってか、地味に足が痛い。俺は寝た時の格好のままで放り出されたようで、素足だった。
看板の文字が読める位置まで来て、俺は言葉を失った。文字が読めない。看板には矢印が上と左に交差して伸びていて、それぞれの行き先が書かれているのだが、その文字がどうにも読めない。
それは外国語だから読めないとか、知らない文字だから読めないとかじゃなく、日本語を知らない人が、日本語っぽいものを無理やりに書いたとでも言うかのような文字が書かれている。
最初は日本語だと思って、目を凝らして見ていたのだが、全く意味を理解できない。
それに気付いた時、俺は心底ゾッとした。まるで俺にバレないように日本語に擬態するその文字が、この上なく不気味だった。
俺は後退りし、あてもなく歩き始める。よくよく周りを見れば、ビルの看板などの字も先程の文字のように理解不能な線の羅列だった。胸は恐怖心でいっぱいになった。
人はいないのだろうか。そう思って辺りを歩き回るが誰もいない。時間が時間とはいえ、こんな大きな街なのにここまで車通りもないのは妙だ。
俺は何かに追われるように歩き回り、地下鉄の入口を発見した。駅名は勿論読めなかった。見た目を俺の知っている漢字で表すと「文出町」みたいな形をしている。
不気味さは感じるが、立ち止まっていても仕方がない。俺は地下鉄の階段を下り始める。
金やスマホは持っていないが、誰かに会えるかもしれない。
駅構内は想像以上に広く長い作りになっていた。だだっ広い廊下に風の抜ける音が響く。どうやらここは道路の真下で、複数の入口がこの廊下に繋がっている作りのようだ。この先を行けば改札に着くだろう。
──少し歩くと改札に着いた。どうやらこの駅は4つの地下鉄の路線が通っている駅のようで、目の前の改札口はその内の1つのようだ。相変わらず路線の字は読めなかった。
改札口付近には人がいないようで、駅構内にはピーンポーンというよくあるチャイムの音だけがこだましていた。
改札口上部にある電子掲示板には相変わらず訳の分からない記号が書かれているが、時間が12時42分ということだけは分かる。終電は過ぎたのだろうか。
俺は躊躇しつつ切符販売機横の駅員呼び出しボタンを押す。取り敢えず事情を説明して警察を読んでもらおう。今の俺には帰る手立てなど無いのだ。
ボタンを押した後、暫く着信音が流れたが、スピーカーはプツッと沈黙した。
「だめかぁ……」
溜息が漏れる。
とは言えど、終電後だったとしても時間的にそこまで経っていないだろうと考え、俺は駅員を探すことにした。
「すみませーん……」
恐る恐る辺りに呼び掛ける。反応はない。
今度は少し大きめに声を上げる。
「すみませーん!」
声は駅構内に吸い込まれていき、消えていく。返答は無い。
いよいよ絶望感の様なものが漂って、悪臭を放っていた。
他の路線の方はどうかと、改札を迂回して別の路線の改札を目指す。その間も声を出し駅員を探すが、人の気配は感じられなかった──。
次の改札で駅員を見付けられなかったら、外へ出て交番でも探そうかと考えていたその時、自分の左側に伸びる通路の階段から何やら物音が聞こえた。
カツ、カツと硬い感じの足音がゆっくり階段を下っている感じだった。
この時、俺は人を発見したという安堵感より、謎の不安感でいっぱいだった。それに伴って足が勝手に震え、鼓動が早くなっている。何故だろうか、その足音がこの上なく不気味に感じられた。
だがやっと感じられた人の気配だ。この機会を逃すまいと俺は通路を凝視する。
──そのまま少し待っていると、足音の主が視界に入ってきた。
眼鏡を掛けていないためボヤけているが、その人は中肉中背の男性の様だった。オーバサイズの白いパーカーを来てフードを被っている。そして顔に何やら白い仮面の様な物をつけている様だ。
それを確認した瞬間、俺はとんでもない既視感を覚え、目の前が真っ赤に染まるフラッシュバックを感じ取る。
その仮面の男はゆっくりと俺の方に向いた。仮面はよく見るとジェイソンが着けていそうなフォルムで鼻の部分が特徴的に長く尖っていた。
仮面の男は俺を見るやいなや、急に気持ち悪く頭をガクガク振り出して、人とは思えない鳴き声を上げた。
「い゙っい゙い゙ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そして仮面の男が俺に手を突出す。その手には刃が赤く塗られた手斧が握られていた。
俺は反射的に駆け出した──。