光魔法3
いつものように守護結晶に力を注ぎ終えた後、ヨンハンス司教から話を聞くため、司教を俺の部屋に案内した。
例の豪華なソファセットに座って、メグの用意してくれたお茶を飲みながら、俺はヨンハンス司教にこう尋ねた。
「ロバートさんから聞いてもらっているかもしれませんが、私は今、魔法を習得しようとしています。そのなかで、『ミラクル』のイメージがうまく掴めずにいます。もしヨンハンス司教が前の聖女様の『ミラクル』を見たことがあれば、どんな感じだったか教えてほしいです」
「『ミラクル』でしたら、王太后のベレニーチェ様が先代の聖女様としてお役目をされていた頃に使われていたのを何度か拝見したことがあります。ただ口頭で全て説明をするとなると少し難しいので、一度ユーリ様の『ミラクル』を拝見してもよろしいでしょうか?」
「私のですか?まだ不完全にしかできませんが」
「不完全でも構いません。拝見して、どこが違うか説明をする方が伝わりやすいかと思いまして」
「確かにそうですね。分かりました、やってみます」
魔法を使うため俺は立ち上がり、自分の右手に魔力を集めた。ここまではもう慣れた作業だった。降ってくる光の粒をイメージしながら、俺は集中して呪文を唱えた。
『神よりもたらされし祝福と奇跡の光を、ミラクル』
俺の紡いだ呪文に応じるかのように、10個ほどの光の粒が俺の顔の高さ辺りに浮かび出てきて、それらは重力に従うようにゆっくりと落ちていった。腰の辺りに来るころには、それらは完全に消えていった。
魔導書にあった『ミラクル』のイラストでは、もっと広範囲に光の粒が出ているように見えた。しかし、俺の『ミラクル』はまだ光の数も少なく、狭い範囲でしか出せずにいた。
そんな俺の『ミラクル』をじっくり見た後、ヨンハンス司教はこう口を開いた。
「確かに前任の聖女様の起こしていた『ミラクル』とは異なりますね。色々と違いはありますが、一番大きなものは、光の粒の大きさです」
「粒の大きさですか?」
「はい、私が見たものはもっと細かな光が降り注ぐものでした。ユーリ様が起こしたようなはっきりとした大きさの粒ではなく、例えるならば細かな砂のような大きさのものでした」
俺が出していた光の粒は、豆粒ぐらいの大きさはあった。まさか前任の聖女様の『ミラクル』の光の粒が砂ほど細かなものだとは思っていなかったので、俺はかなり驚いた。
「そんなに細かいんですか?あの、本に載っていたイラストでは、ある程度大きそうに描かれてたのですが」
「イラストで表そうとするとそうなったのかもしれませんね。少なくとも私が見たのは、もっと細かなものでした」
その話を聞いて、俺はメグと出会ったときのことを思い出した。天窓から降り注ぐきらめく光に包まれた彼女は、確かに祝福とか奇跡とかが似合いそうな、どこか神々しい雰囲気であった。なるほど、ああいう光なら『ミラクル』という名にも相応しいかもしれなかった。
「それから、後は所作がかなり異なっておりますね。聖女様は呪文を唱える際、胸の前で手を組んでおられました。そして魔法を発現させる際に、その手を解いて、前に広げるように手を動かしていらっしゃいました」
「両手をですか?」
「そうです。恐らくですが、両手に魔力を集められていたのだと思います。その方が広範囲に魔法を広げやすくなりますので」
「そっか、別に魔力を集めるところは一つでなくていいんですね」
「はい、構いません。そして両手を広げることで、こう振り撒くようなイメージが持ちやすかったのではないかと思います」
「確かにそういう動きですね」
ヨンハンス司教の言葉を聞いて、自分の頭の中で前より『ミラクル』のイメージがかなり固められたのを感じた。降り注ぐ細かな光の粒子のイメージ、それを放出するような動き。それらのイメージをしっかり固めた後、俺は目を閉じて魔力を両手へ集め、再び『ミラクル』の呪文を唱えた。
『神よりもたらされし祝福と奇跡の光を、ミラクル』
振り撒くようなイメージを持って動かした手の先で、先ほどよりかなり細かな粒子の光が生み出された。2メールぐらいの範囲に広がったそれらの光は、キラキラと輝きながらゆっくりと落ちていった。それは最初に俺が発現させた『ミラクル』よりも、その名に相応しい、神々しさを感じさせる光だった。
「……まさにこの光です。あの日拝見した奇跡をもたらす祝福の光は、このような光景でした」
ヨンハンス司教が消えていく光を見つめながら、呟くようにそう言ってくれた。ロバートさんやアリーはいつの間にか手を組み、祈るような姿勢で光を見つめていた。メグも言葉を忘れたかのように光に見入っていた。
そんな彼らの反応を見て、『ミラクル』を成功させられたんだと、俺は改めて感じた。
その後も数回『ミラクル』を繰り返し使ってみて、動きやイメージを調整していった。その結果、『ミラクル』に対する自分なりのイメージをかなり固めることができた。イメージがしっかりできると現れる魔法も目に見えて安定した。メグの言っていたイメージの大切さを改めて俺は実感していた。
「ヨンハンス司教のおかげで『ミラクル』のイメージを掴むことができました。ありがとうございました」
「いえ、礼には及びません。こちらこそ聖女様の祝福の光を間近で拝見でき、大変有り難く思っております」
そう言って頭を下げてくれたヨンハンス司教に、俺はちょっと気になっていたことを聞いてみた。
「『ミラクル』って、『祝福と奇跡』と呪文を唱えますけど、これにはどういう効果があるんですか?治癒とかができたりするんですか?」
名前と呪文を聞いたときから、何かありがたいご利益みたいなものでもあるのではないかと俺は少しだけ思っていた。何たって聖女しか使えない光魔法だ。ちょっとした傷とかなら治しちゃうのかもなと期待していた俺に返ってきた返事は、予想外のものだった。
「いえ、これは『ライト』と同じく光を発現させるだけの魔法です。その光に何か効果がある訳ではございません。治癒となると、それはロバートのような医師の資格を持つものの領域になります」
「そ、そうなのですね」
拍子抜けな言葉にちょっとガッカリした俺に、ヨンハンス司教は補足するように言葉を続けた。
「ただ効果はございませんが、『聖女様からもたらされる光』として、非常にありがたいものだと一般的に考えられております。聖女様の任期がそもそも限られており、更に守護結晶に力を注ぐという使命を帯びておられる聖女様から祝福をいただける機会はそうないこともありません。その希少価値も相まってそういう考えが広まったと思われております」
「特に効果はないけど、喜ばれるもの……縁起物みたいなものなんですね」
「子供であれば、本当に奇跡が起こると信じておる者もおります。しかし、大人は概ねそのような捉え方をしております」
縁起物と言うより、何だかサンタクロースみたいな存在なのか。期待していたような効果はなかったけど、人に喜ばれるものならまぁいいかと俺が思っていると、少し切り出しにくそうにしながら、ヨンハンス司教がこう言葉をかけてきた。
「この『ミラクル』のことで、ユーリ様にご相談したいことがございます。少し聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「相談?何でしょうか?」
ヨンハンス司教のその態度を少し気にしながらも、俺はそう聞き返した。
「本来ならばもう少しユーリ様がこの世界に慣れられてからご相談をお願いしようかと思っていたのですが、実は聖女様は『ミラクル』を習得なさると、王族へその祝福を授ける習わしとなっております」
「王族って、ランドルフ・アークティメリア三世?」
この国の王族のことは、既にメグから教わっていた。俺は詰め込んだばかりの記憶の中から、国王様の名前を引っ張り出した。
「はい、陛下ももちろん含まれております。ユーリ様に慣れぬ場に出ていただかなければなりませんが、どうかご検討いただけないでしょうか?」
かなり言葉を選びながら俺に頼んでくるヨンハンス司教を見つめながら、俺はどうするべきか考えた。
基本的に俺はこの女装でなるべく人前には出たくないと思っている。メグとアリーのおかげでそこそこ女性に見える出来にはなっているとは言え、やはり不安があるからだった。
けれど、ヨンハンス司教の言葉から、これが簡単に断れる話でないことも想像がついた。王族が絡むことだし、そういう習わしと言っていたし、ヨンハンス司教がいくらここの偉い人でも、きっと断れない話なのだろう。
自分の考えと相手の立場。両方を考えた結果、俺はこう返事をした。
「分かりました。そのお話お受けします。しかし、私のワガママで申し訳ないのですが、出来ればその祝福の場に立ち会う人間はなるべく少なくしてもらいたいです」
「ありがとうございます、ユーリ様。警備の都合上、何人かは同席させていただきますが、最低限の人数とするように致します」
「すみません、無理をお願いしますがよろしくお願いします。あと、王族の前に出るにはまだマナーとか振るまいとかが不安なので、少し時間をもらってもいいですか?」
「もちろんです。王家の側の予定もあるため、祝福をいただく場は早くても一週間ほど先になると思います」
「それぐらい貰えたら、充分魔法とマナーの練習できると思います。メグ、悪いけどその辺も教えてもらってもいいかな?」
「承知したしました。もちろん、お手伝いさせていただきます」
女装のことと言い、マナーのことと言い、色々不安はあった。けれど、やると決めたからには、きっちりやりきろうと俺は思っていた。お辞儀の角度とかあるんだっけと現代のマナーを思い浮かべながら、俺はこれからやるべきことのことを取り急ぎ考え始めた。
こうして俺は女装姿でこの国で一番偉い人に会うこととなったのだった。