聖女の儀式
メグの裁判から二週間ほど経ち、俺たちは結界を構築する儀式の日を迎えていた。
この二週間は怒涛だった。聖女の代理を立てていたことについての説明をするため、俺とメグは王族を始め、様々な人と会うことになった。
その中で、女装をしていたということで、好奇の目を向けられることももちろんあった。しかし、予想していたよりはそんな目に遭うことは少なく、むしろそれより聖女を身を挺して守った忠臣のように見られることの方がよっぽど多かった。
国王陛下からも聖女を守ったことに対して、感謝の言葉をもらった。女装で騙した上に、またこうして騙していることに罪悪感もあったが、これも嘘の代償だと思い俺は黙ってその言葉を受け取った。
教会にいるときには、マルグスにも会った。彼はメグが無事解放されたことを喜んだのも束の間、自分が本物の聖女にしつこく迫ったのだと知って、顔面蒼白となったそうだ。高価すぎる詫びの品を持って謝罪に現れた彼に、メグは微笑みながら気にしていないことを伝えた。そんなメグを見て、マルグスはやはり貴女様を聖女様だと思った自分の目に狂いはなかったと感動の涙を流していた。
それから、俺が刺された事件にも進展があった。実行犯の少年が、メグが主犯だと言った供述を翻したのだ。
彼は騎士から自分が本物の聖女を冤罪で殺すところだったと知らされると、非常に驚いたそうだ。そして涙ながらに、真実を語ったそうだ。
少年が言うには、彼は見知らぬ大人から、彼の幼い兄妹たちの生活と将来を約束する代わりに俺を襲い、あの供述をするよう言われたそうだ。聖女を襲うと言っても軽傷を負わせるだけでいいし、罪を着せるのは悪い女だと言われ、明日の生活にも困窮していた彼はこの話を受けてしまったらしい。
彼を唆した大人については、既に特定されたと聞いている。あとは首謀者であるキャサリンまでたどり着くだけだが、それももう時間の問題だろう。
そのキャサリンはあの日、大勢の前で真の聖女であるメグに向けて攻撃の魔法を放ったことにより、今も牢に収監されている。隣国へ嫁ぐ話はもちろんなくなり、近々侯爵家からも縁を切られるのではと噂されている。殺人未遂の容疑をかけられたメグでさえ死罪を言い渡されかけたのだ。真の聖女であるメグに故意に冤罪を着せ殺そうとし、さらに炎の魔法で襲いかかったキャサリンには同等以上の罪が言い渡されるだろうと言われていた。
娘のキャサリンと同様に、モングスト家にもかなりの非難が向けられていた。侯爵はメグが聖女となったら伯父として名乗りを上げ幅を利かせようと考えていたのだろうが、そんなことが許される状況では既になくなっていた。今の侯爵は聖女の伯父どころか、真の聖女を焼き殺そうとした悪女の父と見られていた。俺たちが吹聴した訳ではないが、いつの間にかかつてキャサリンがメグの肌を焼いた事件をもみ消したことも噂になっており、かなり肩身の狭い思いをしているようだ。
あんなに煩かったジュリアスも、教会どころか社交界にも姿を現していないそうだ。今回のキャサリンの蛮行もそうだが、彼らのこれまでの傲慢な振る舞いも全て噂されているため、モングスト家には貴族からも領民からも非難の声が多く上がっているそうだ。このままいけば侯爵家はその地位を降格されるだけでは済まないのではという話も出ているそうだ。
そうして慌ただしい日々を過ごしているうちに、気がつけば今日を迎えていたのだった。
「ユーリさん、マーガレット様のご準備が整いましたよ」
アリーにそう声をかけられ、俺はメグがいる控え室に入った。そこには、聖女用の荘厳な衣装を身に着けたメグが立っていた。
きらびやかな衣装にまだ慣れないのか、彼女は少し恥ずかしそうにしていた。メグの衣装は一から準備する時間がなかったため、俺用に準備されていた聖女の衣装を、針子をかき集めて急ぎ作り変えたものだった。体のラインを誤魔化していた俺のときと違い、メグの衣装はきちんと体に合わせて作られていた。
上半身は細身の体に合わせてすっきりと纏められ、腰から下は内側に布を足してロングスカートになっていた。その衣装は、姿勢よくスラリと立つメグにとても似合っていた。
俺が何も言わずメグの姿を見ていると、後ろから近づいてきたアリーが肘で俺の怪我をしていない方の脇腹をつついてきた。
「もう、ユーリさん。気の利いた一言ぐらい言えないんですか?きちんと言葉にしないと、何も伝わりませんからね」
俺たちのやり取りを聞いていたメグが、「アリー!」と短く声を上げた。アリーに言われてから言うとお世辞っぽく聞こえるかもしれないが、俺は心から思ったことを言った。
「よく似合ってるよ。やっぱりメグは聖女らしいな」
俺としては結構全力で褒めたつもりだったのだが、アリーとしては及第点のようだった。
「えー、こんなにお綺麗なのに、もっとないんですか?美しいとか、女神のようだとか、僕の心は鷲掴みにされたとかあるじゃないですか」
「アリー!」と再びメグに名を短く呼ばれ、今度こそアリーは黙った。そんな恥ずかしいこと言えるかと心の中だけで反論して、俺はアリーの言葉を聞き流した。
俺たちがそんな話をしているうちに、儀式の時間が迫ってきた。ロバートさんが儀式に使う杖を持って部屋にやってきて、メグに声をかけた。
「マーガレット様、もうすぐ儀式のお時間ですのでご準備を。ユーリもこの杖を持って一緒に向かいなさい」
「かしこまりました」
俺はロバートさんから杖を受け取り、メグと二人、儀式を行う広場へと向かった。
今、男だと公表し聖女ではなくなった俺は、聖女マーガレット様付きの事務官というポジションで働いていた。あの裁判の後、俺は『男のユーリ』として、ただの神官見習いになるはずだった。しかし、本物の聖女である俺をただの神官見習いにはできないとヨンハンス司教が言い、それにストップをかけたのだった。
そのため、聖女を守るため長く代役を務め、怪我を負ってまで聖女を守った功績を評価するという名目で、異例ではあるが俺は神官見習いでありながら、聖女の側について働くことになったのだった。
俺がメグの近くにいると何らかの理由で『ミラクル』などの光魔法を使わなければならなくなっても対応ができるし、二人一緒にいた方が警備がしやすいなど、俺がメグと一緒にいる方がいい理由は他にもあった。そういうこともあって、俺は以前と変わらずメグたちと行動を共にしていた。
前を進むメグの細い背を眺めながら、この世界に来て、女装聖女をすると決めた日にはこんな結末を迎えるとは予想すらしていなかったなと俺は考えていた。
いいことも、悪いこともたくさんあった。思いどおりにできたことも、後から後悔したこともあった。
後悔といえば、俺にはあの裁判の日から、メグのことでずっと気にしていることがあった。最近は聖女であるメグと男の俺が二人きりになることはほぼなかったので、これまでずるずると言えないままでいた。しかし、今俺とメグは二人で広場に向かい歩いていた。ここを逃すと言えないかもしれないと思い、俺は思いきってメグに声をかけた。
「なぁメグ、あの日メグを勝手に聖女にしてしまったけど、その、大丈夫だったか?あのときは他の手を思い付けなかったんだけど、聖女は人に見られたり、偉い人と会わなきゃいけなかったりするだろ。大変な役目をメグに押し付けちゃったんじゃないかとずっと思ってたんだ」
俺としては結構真剣に聞いたのだが、メグは何事もないように答えた。
「確かに色々とお役目があり、不得手なこともありますが、私はこれでよかったと思っておりますよ。ユーリ様が苦労をして女性のふりをしてくださっていたのもずっとお側で見ていましたので、私が代わりに聖女になることでそれが解決されたのであれば、むしろ嬉しく思っています」
確かに最後の方はそれなりに慣れてきていたが、女装姿で外に出るときはいつも気を張っていた。儀式も女装姿を衆目にさらしたくはないと思っていたので、俺としては正直かなり助かっていた。
いや、でもそれはメグの利点じゃないじゃないかと俺が言おうとしたとき、メグは少し気恥ずかしそうな顔で話を続けた。
「それに、私も子供の頃は普通の少女のように聖女様に憧れていたのです。今日の儀式も、シーツをローブに見立てて被り、ホウキを杖のつもりで持って、母の前で真似をしたりしていました。だから、その、憧れの役目ができて、嬉しくも思っているんです」
小さなメグが一生懸命に聖女ごっこをする姿を想像してしまい、俺は思わずふっと笑ってしまった。
そんなことを話しているうちに、気付けば俺たちは広場の入り口の近くまで来ていた。この先を少し進むと、今日のために用意された緞帳のような幕があり、幕が開くとそのまま広場の中央に出られるようになっていた。聖女はその手前で儀式が始まるまで待機をすることになっていた。
幕の側まで進むと、その向こう側から聖女の登場を待つ人々の熱気が伝わってきた。聖女襲撃事件の顛末は平民にも伝わっているようで、皆がそれまで存在を知らされていなかった真の聖女を見られるのを楽しみにしているようだった。
広場に鐘の音が響き、儀式の始まりが告げられた。始めに国王陛下が言葉を述べ、次にヨンハンス司教が儀式の説明をしてから、メグは登場することになっていた。
陛下の話も終わり、ヨンハンス司教のよく通る声が幕のこちら側まで聞こえてきた。
「……そうして聖女様の御力により、我々の世界は再び安寧を得るのです。かの方の奇跡の力はこの世界を満たす光であり……」
ヨンハンス司教の話も佳境になり、メグの出番が近づいてきた。メグに杖を渡して俺はすぐに下がろうとしたのだが、杖を受け取った彼女は「ユーリ様」と声をかけてきた。
ん?と振り返ると、彼女は真っ直ぐ俺を見つめて、こう言った。
「ユーリ様は以前、自分は聖女なのに奇跡も何も起こせないとおっしゃっておりました。けれど、あの裁判の日、もう運命が決したと諦めていた状況から貴方は私を救ってくださいました。奇跡のような希望を私に与えてくださいました。この広場に集まった誰もが私を聖女と呼ぼうとも、私にとっては、ユーリ様こそがただ一人の聖女様です」
メグがそう言い終わると同時に、ヨンハンス司教の言葉が終わったのか、幕の向こうから割れんばかりの拍手が聞こえてきた。
俺の返事を待つことなく、メグは「もう時間ですね。行ってまいります」と言って、幕の方に向かってしまった。
そのまま残された俺は、幕を開きに来た人に摘まみ出されるように、その場を離れさせられた。そして、メグの儀式を見るためにこちらに来たアリーに捕まり、儀式がよく見える場所へと連れられていった。
そこは時計塔の二階で、広場にいるメグの姿を横から見ることができた。白く美しいコートの間から見える金糸で細やかな刺繍が施された聖女の衣装は、晴れた明るい陽の下でキラキラと輝いているように見えた。そんな聖女の衣装を纏い、凛と立つメグは文句なく綺麗だった。
人々のざわめきが落ち着くと、メグは広場の中心に進み、呪文を唱えるため顔を真っ直ぐ前に向けた。さすがにこれだけ距離があると、彼女の声までは聞こえなかった。
詠唱を終えたらしいメグは、儀式用の装飾の多い杖を持ち上げた。そしてその杖を、広場の中央に埋め込まれた結晶の上に静かに下ろした。
すると、結晶の周囲に複雑な模様を描くように掘られていた溝に張られていた水が、まるで下側からライトで照らされたかのようにパアッと光った。その光の模様はそのまま上に持ち上がり、みるみるうちにメグの背丈も越え、空まで上っていった。そして、空に模様が描き写されたかと思った次の瞬間に、その光は跡形もなく消えていった。
それはほんの短い間に起こった現象だった。儀式はこれで終わりなのかと思っていると、群衆からわっと歓声が上がった。どうやら、儀式は無事成功したようだった。
役目を終え、幕の方へ捌けていくメグの姿を目で追っていると、隣からぐすぐすとすすり泣く声が聞こえてきた。驚いてそちらを見ると、アリーがハンカチに顔を埋めて泣いていた。
「メグさん、お綺麗でしたね。メグさんが捕まったときは、こんな光景見られるとは想像もしていませんでした。うう、本当に素敵で、メグさん、まるで本物の聖女様みたいですね」
アリーのように感極まって泣きはしないが、確かに聖女として人々の前に立つメグの姿にはぐっと胸に込み上げるものがあった。陽の光に金の髪を輝かせ、純白の衣装を纏い、穏やかに微笑むメグは、まさに聖女という姿だった。
まだ涙が止まらないアリーに、俺は静かにこう答えた。
「何言ってるんだよ。今はメグこそが聖女様だろ?」
ツーブロックとは言えないが襟足を短くした髪を緩く撫で、俺は俺自身の声でこう続けた。
「だって、俺は聖女なんかじゃないんだからさ」
本編はここまでとなります。最後までお読みいただき、ありがとうございました。




