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聖女が起こす奇跡 1

メグの頬を伝う涙を見た瞬間、俺、佑利は何があってもこれをやり遂げなければならないと強く思った。


俺が刺されたあの日の夜から、ロバートさんやアリー、そしてヨンハンス司教まで巻き込んでできる限りの準備をしてきた。たくさんの人が、俺たちのために動いてくれた。考えうる可能性には全て対処してきた。やれるだけのことはやったはずだった。

後はこれが事実だと自分までも欺く勢いで、ハッタリをかますだけだった。


「聖女様、どうしてこちらへ?」


裁判官の一人がこちらにやってきてそう尋ねてきた。俺は当然とのばかりの態度で、彼を迎え撃った。


「私が被害を受けた事件の話を、私が聞いてはいけないのですか?」


裁判官は俺の言葉に、慌てた様子になった。聖女らしからぬ偉そうな態度は百も承知だった。しかし、聖女の名前で押せるところは、全て押しきるつもりだった。状況が状況だけに、俺は持てるカードをケチるつもりは微塵もなかった。


「傍聴人も多くいるようですし、私が話を聞いても何ら問題はないでしょう?私はここで判決を聞かせてもらいます」


裁判官たちは彼らの近くに椅子を用意すると言ってきたが、俺はぴしゃりと断った。メグのすぐ側で、俺は彼女を断罪する判決を聞いた。


「以上の理由から、被告人を死罪に処す。女神の遣いである聖女様を亡き者にせんとした罪は非常に重い。命をもって償うように」


判決は予想通りだった。裁判長の発言が終わり、静かになったタイミングで、俺はよく響くよう、大きな声を出した。


「裁判長、判決について私から述べたいことがあります。申し上げてもよろしいでしょうか?とても、重大なことなのです」


証人の席にいたキャサリンが「何を勝手な!」と声を上げた。それに同調する声がちらほらあったが、無視し、俺は裁判長をじっと見た。


「私からもお願い申し上げます。聖女様に関わる重大なことなのです」


俺の無茶に巻き込まれてくれたヨンハンス司教も、そう言葉を添えてくれた。聖女と司教。この二人の言葉を蔑ろにはできなかったようで、裁判長は俺に発言の許可をくれた。


ハッタリの本番はここからだった。俺は自分を鼓舞するかのように、ふっと短く息を吐いた。

聴衆は大勢いる。彼かのうちの誰かに少しでも違和感を覚えられたら、騙しきれなくなるだろう。


やるからには徹底的に、だ。稀代の詐欺師にでもなってやる。そんな気持ちで、俺は舞台に躍り出た。



「皆様のお話を聞かせていただきました。こちらのメグが、聖女の地位を奪うため、少年をけしかけ私を襲わせた。そういうお話でしたね?」


俺は満席の傍聴人を見渡した。人々が俺に注目しているのを確認してから、俺は言葉を続けた。


「しかし、この話には大きな矛盾があるのです。この方が聖女の地位を欲するはずがないのです」


俺はヨンハンス司教を振り返った。司教は俺を後押しするように、しっかりと視線を返してくれた。


「ヨンハンス司教、ここで真実を伝えても構いませんか?」


「このような状況ですので、致し方ありません。ユーリ、許可します」


ヨンハンス司教が俺を呼び捨てにしたため、場内が少しざわっとした。何かあるのか?と人々が囁くのを聞きながら、俺はメグと裁判長の間、部屋の中央のすっぽりと空いたスペースへと進んだ。


裁判長も、キャサリンも、ヨンハンス司教も、メグも。皆が俺を見ていた。多くの視線を感じる中、俺はばっとフードを取った。


聖女として活動していた間は、例え王族の前でも俺はフードを取らなかった。降臨の場を除いて初めてさらされた聖女の素顔に、人々の注目が集まった。


けど、本番はこれからだ。さらに目玉を見開きやがれ。不敵に笑う俺を、キャサリンも食い入るように見つめていた。そんな彼女に見せつけるように、俺は自分の髪を掴んだ。


そして、勢いよくウィッグを取り去った。


このためにアリーに髪を短く切ってもらったので、首筋に冷たい空気が触れた。素の姿を示した俺を見て、「男?」と誰かが呟いた。悲鳴のような声も上がる中、俺は続いてローブも脱ぎ去った。

ローブの下は、半袖のシャツとズボンだけだった。この時点でもかなり体のラインが出ていたが、ダメ押しをするため、俺はシャツにも手をかけ、それを躊躇することなく脱ぎ捨てた。


俺のその姿を見て、誰もが言葉を失っていた。メグも、信じられないという顔でこちらを見ていた。


俺の上半身に残っていたのは、怪我を覆う小さなガーゼだけになった。誰が見ても、俺が男だと分かる姿になっていた。


「せ、聖女様が男性……?」


裁判長が呆然と呟いた。声を変えるためのネックレスも外してから、俺は当然のような顔をして、その言葉に答えた。


「まさか、『聖女』ですよ。聖女様が男な訳ないじゃないですか」


公の場に、久々に俺の地声が響いた。混乱した裁判長が、「では、此度の聖女様はどこに?」と恐る恐る聞いてきた。それは俺が待っていた言葉だった。

俺は裁判長に背を向け、メグの前まで進み出た。そして彼女の前で膝をおり、大きく頭を下げた。


「嘘よ」とキャサリンが呟くのが聞こえた。それを無視して俺が頭を下げていると、裁判長に向かってヨンハンス司教が静かにこう言った。


「此度の聖女様はずっと貴方の前におりましたよ。まだ分かりませんか?このユーリが聖女として奇跡の魔法を示したとき、魔法が届く距離に常にいた女性は彼女だけでした」


「あり得ないわ!」


キャサリンの声はもはや叫び声のようになっていた。しかし、その声にも負けないよく通る声で、ヨンハンス司教は高らかにこう宣言した。


「こちらにいらっしゃるマーガレット様こそが、真の聖女様である!」



聖女だと思っていた人が男で、聖女を害した首謀者であるはずの女が聖女であった。

急すぎる展開に、皆が言葉を失っていた。しんと静まり返った中、俺は頭を下げたまま俺が聖女様に仕立て上げたメグに謝罪をした。


「マーガレット様、貴女が正体を隠したいと願っていたのは存じております。しかし、このような事態ゆえ、本当の聖女様が貴女でであると公表いたしました。どうかお許しください」


メグも俺がいきなり言い出した嘘に驚いているだろう。しかし、この嘘こそが、彼女を救うため俺が考えた作戦だった。

ここでメグが話を合わせてくれないと作戦は失敗する。頼む、と祈るように、メグの言葉を待った。


迷いや困惑があっただろう。しかし、彼女は俺たちのこの無謀な嘘に乗っかってくれた。


「分かりました、ユーリ。貴方を許します」


俺を信じてくれて、この手を取ってくれてありがとう。そんな気持ちも込めて、俺はさらに深く頭を下げた。



「嘘よ!嘘、嘘!その女が聖女ですって?そんなこと、ありえない!そんなことがあるはずがないわ!」


キャサリンが人目も憚らず、血走った目をこちらに向けてそう叫んだ。被告人と証人の間を隔てる柵がなければ、メグに飛びかかっていただろうと思わせるような形相だった。


「では、キャサリン様は私が聖女だと、まだお思いなのですか?」


俺の姿がよく見えるよう彼女の方を向いてそう問うと、彼女は黙り込んだ。それはそうだろう。降臨の場を見ていたメグでさえ、強い光属性を持つことを目の当たりにするまでは半信半疑だったのだ。俺のことを大して知らないキャサリンが、男である俺を聖女だと思うはずがなかった。


「今回の聖女様が降臨なさったときの状況について、皆さんも少しは聞いたことがあるのではありませんか?『黒髪の乙女』が聖女様の祭壇に降臨し、神託の鐘が鳴ったとき、聖女の手を引いてそこから連れ出した女性がいたことを」


「そういえば聞いたことがあるぞ」「教会の人間がそこにいたって話だったよな」と囁く声が聞こえてきた。


「黒髪の乙女は、ご覧のとおり私の変装した姿でした。つまり、あのとき、あの場にいた女性はその私の手を引いた金髪の女性だけだったのです」


『金髪』という言葉を聞いて、皆がメグに視線を向けた。皆が固唾をのんでメグの反応を待つ中、キャサリンの金切り声がその静寂を破った。


「はは!女装したお前が偶然、聖女の降臨の場にいたとでも言うの気なの?そんな偶然、ある訳ないじゃない!」


キャサリンがそんな難癖をつけてくるのは織り込み済みだった。俺は動じることなく、彼女の疑問に答えた。


「もちろん、偶然などではありません。私はマーガレット様の代わりに表に立つ『聖女』となるため、事前に変装をして聖女様と共にあの場に向かったのですから」


「つまり、今回の聖女様は、神託の鐘が鳴る前からご自身が聖女であると自覚されていたというのですか?」


俺とキャサリンのやり取りを聞いていた裁判長が、間に割り込みそう聞いてきた。俺は周囲にも見えるよう大きく頷いた。


「そうです。そのため私が身代わりの聖女となる作戦を事前に立てることができたのです。私が聖女だと見えるように、人目につく扉の前にわざと変装した私が立ち、マーガレット様と共に祭壇の間で神託の鐘の音を聞いたのです。そうして、あの場にいた者たちに、聖女は『黒髪の乙女』であると印象付けたのです」


「貴方の主張は分かりました。しかし、この方が聖女様だとして、何故男性に変装をさせてまで代役を立てたのですか?」


裁判長の質問に、俺は皮肉たっぷりに返事をした。


「今の状況を見ても、理由が分かりませんか?この方が『第二の聖女』などと噂されただけで、代役であった私は刺され、この方は冤罪で死罪になりかけたのですよ?」


俺の言葉に、裁判官たちは揃って視線を逸らした。


「聖女様はご自分が聖女だと名乗ると、その身に危険が起こりかねないとご存知だったのです。そして、代役の聖女にも害が及ぶ可能性も考慮されたため、女性ではなく男の私が代役を務めることになったのです」


今の状況を逆手にとり、これこそが俺が代役をした理由だとしてやった。裁判長はそれで黙ったが、キャサリンはさらに激昂し、喚き散らした。


「そんなはずがない!あの女が聖女であるはずがないのよ!とっとと殺しなさい!あの女を早く死罪にして!首をはねて、殺しなさい!」


これまでもキャサリンのメグに対する暴言は許しがたいと思っていた。それは今回も変わらないが、今はあいつが騒げば騒ぐほど、周囲はメグが身の危険を感じるのもやむを得まいと考えるだろう。勝手に自滅していくキャサリンを、俺はシャツを羽織りながら黙って眺めた。

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