光魔法2
「これは魔法についてまとめられた魔導書です。ここにユーリ様が扱える光魔法についての記載があります」
そう言ってメグが示してくれたページには、小さな光の塊のイラストが書かれていた。異世界のはずなのに文字が読めるのは本当に助かるよなと思いながら、俺はイラストに添えられている文章を追った。
「光魔法『ライト』、小さな光を生む魔法。呪文は次の通り…って!呪文があるのか!」
思わず興奮した声を上げた俺に、メグが説明を加えてくれた。
「呪文はございます。しかし、必ずしも唱えなければならないものではありません。初めはイメージを補完するために唱えますが、慣れれば不要となります」
「ふーん。てことは俺は初心者だから唱えた方がいいよな」
「そうですね、その方がよろしいかと思います」
その答えを受けて、俺は再び本の続きに目を向けた。
『我らの行く末を照らす希望となれ、ライト』、本にはそう呪文が記されていた。
「な、魔力込めながらこれ唱えたら、このイラストみたいに光が出るのか?」
「ただ魔力を動かすだけでは、魔法を発現させることはできません。手足を闇雲に動かしても早く泳げないように、魔法をうまく使うためには、魔法を起こすイメージを強く持つことが重要とされています」
「イメージか」
「私は『ライト』を使う際は、夜中に灯されるランプの光をイメージしています。暗闇にポツリと浮かぶ光、そういうイメージです」
そう言うとメグは右手を前に出した。
「まずは魔法を出す場所に魔力を集めます。今ですと、私の右手になります。そして先程のイメージを強く頭の中に描きながら、呪文を唱えます」
集中するように目を伏せたメグが、静かに呪文を唱え始めた。
『我らの行く末を照らす希望となれ、ライト』
メグが呪文を紡ぎ終えたその瞬間に、メグの手の上に小さな光の塊が浮かび上がった。指先で摘まめるような小さな光であったが、それまでそこに存在しなかった光が、確かにメグの力により生み出されていた。
それは何とも不思議で、神秘的な光景であった。息をするのも忘れて見入っていると、光は徐々に力を失い、最後は音もなく消えていった。
「素養があるといっても少しだけですので、私が扱える光魔法はこれぐらいです。けれど、主な属性である風魔法であれば、呪文がなくとも、もっと思うように扱うことができます」
そう言うとメグは、視線を部屋のカーテンへと向けた。
「例えばこのように」
と、メグが言うやいなや、カーテンが風に持ち上げられふわりと大きく膨らんだ。
「慣れればこのように呪文がなくても、自分からある程度離れた場所でも魔法を起こすことができます。複数同時に扱うこともできます」
魔法でカーテンを揺らしつつ、同時に本のページも風でパラパラと送りながら、メグはそう言った。
「すごいなメグ!メグって魔法得意なんだな!」
「私は操作は得意な方ですが、ロバート様のようにきちんと習得されている方の方がもっとお上手です」
「上には上がいるんだな。俺もがんばれば上手くなるかな?」
「歴代聖女様は皆、魔力に富み、魔法も使いこなされていたと聞いております。ユーリ様はもう魔力の流れを掴んでいますので、魔法の発現は難なくできるかと思います」
「ありがとう。うん、まずはさっき見せてもらった『ライト』をやってみるよ」
俺はそう言うと、右手に魔力を移動させた。さっきメグの『ライト』を見たときに、俺はその光を昔、理科の授業で見た豆電球みたいだなと思った。
なので、電池に繋いだ瞬間にぽうっと光る豆電球をイメージしながら、俺は呪文を唱えた。
『我らの行く末を照らす希望となれ、ライト』
守護結晶に触れたときにも似た、何かが自分の体の中から動く感覚がした。それを感じた瞬間に、俺の手元から光が溢れだした。
「……さすがユーリ様です」
そう呟いたメグの視線の先、俺の右手には先程のメグの光よりかなり大きい、手の平に乗るほどの光の玉が浮かんでいた。
「これって成功?」
自分が魔法を使ったってことが何だか信じられず、俺はポツリとそう呟いた。その言葉を、メグは大袈裟なぐらい肯定してくれた。
「成功どころか、大成功です!さすがユーリ様。最初からこのように大きな光を生み出されるとは」
「メグのと違うけど、これでよかったのか。けど、俺はメグが見せてくれた大きさでイメージしてたのに、かなりでかくなったな」
俺の手の上に浮かんでいた光の大きさは、豆電球どころか立派な電球サイズであった。
「恐らくですが、ユーリ様は今、調節せず魔力を流されていませんか?ユーリ様の持つ魔力は多いため、このような大きさになったのではないかと思います」
「なるほど。確かに今、力の加減とかできてないな」
「その辺りは感覚を掴むしかありません。回数をこなされたら、段々と調整できるようになると思います」
「練習あるのみだな」
そう言って俺は一旦手に集めていた魔力を止めた。すると俺の手の平にあった光も、すっと消えていった。
「他の魔法使うためにも、まずはこの『ライト』の練習するか」
「そうですね、他の魔法は『ライト』より魔力の調節や操作を求められますので、まずはそれがよろしいかと思います」
「あ、でもどんな魔法あるか見てみたいかも。さっきの本の続きを先に読んでもいいかな?」
「はい、問題ありません。イメージを持つためにも、先に読まれるのもいいかと思います」
そう言ってもらったので、俺はさっきの魔導書の続きのページをワクワクしながらめくっていった。
キラキラとした光の粒が降り注ぐ、祝福と奇跡の光『ミラクル』
光のカーテンのような、悪いものから身を守る『シャインウォール』
分厚い光の壁で、身を守る盾となる『バリア』
「……って終わり?」
魔導書には光魔法は四種類しか書かれていなかった。信じられず繰り返しページをめくってはみたが、光魔法について書かれたページは、何度確認してもそこで終わっていた。
驚く俺にメグがこう説明してくれた。
「魔法は基本的に各属性のものを生み出すか、それを操作するものになります。余程特徴的なものには名前が付いておりますが、どの属性も種類は限られています」
そう言うとメグはポケットからハンカチを取り出し、それを風でふわりと浮かせて見せた。
「ハンカチをこうして持ち上げるのも、壁側へ飛ばすのも、強い風で床に叩きつけるのも、全て魔法の分類でいうと初歩の風を起こす魔法『ウインド』となります」
ふわふわと浮かぶハンカチが、メグの魔法を受けて上下左右に揺らされていた。強い風を受けて早く動いたり、緩やかな風にふわりと舞ったり、確かにそれはまるで違う種類の動きのように見えた。
「魔法の種類としては同じでも、そこに込める力の強さ、操作の方法で発現する現象は異なります。ただ、それらに細かく個別の名称は付いていませんので、魔法の種類としては少なくなっています」
「種類としては四つしかなくても、実際に起こせることはもっと多いってことか。確かに同じ『ライト』でも、俺とメグでは大きさも違ったもんな」
「かつての聖女様は白色以外の光も生み出したと聞いています。他にも、強い光を相手にぶつけて、怯ませることもできるそうです」
「ふーん、要は使い方次第ってことなんだな」
「そうですね。一つの魔法でも、色々応用をすることができます」
「自由度が高いんだな。なるほど、それはそれで面白そうだな」
これは想像力が肝になりそうだなと俺が思っていると、メグがハンカチを自分の手元に戻しながらこう言った。
「色々と応用はできますが、まずは基礎の四つの魔法を学ぶ必要があります。当面はそれを目標にしたいと思います」
次の日からは、まずは四種類の魔法をマスターすべく、俺は魔法の練習を重ねた。同じ光を生み出す『ミラクル』は『ライト』に似てるのもあってか、少し練習をすればいくつかキラキラとした光を出すことができた。しかし、一つ一つの光の粒がぼてっと大きいせいか、それは祝福とか奇跡と呼ぶにはいささか不格好な見た目であった。本の挿し絵も何度も確認したが、写真ではないため俺は魔法のイメージを中々掴みきれずにいた。
「『ミラクル』って本来、どれぐらいの大きさの光が降り注ぐもんなんだろ。今、この魔法使える人はいないんだよな?」
『ライト』のときはメグのお手本があったので、イメージを具体的に持つことができた。『ミラクル』についても誰かのお手本が見られたらと思っていたのだが、光魔法が主な属性となるのは聖女だけらしく、『ミラクル』が使える人は今はいないとのことだった。
そのためメグと二人魔導書を見ながら悪戦苦闘していると、定期的に魔法の習得の進捗を見に来ていたロバートさんが、こう声をかけてくれた。
「今『ミラクル』を使える人間はおりませんが、ヨンハンス司教なら、前任の聖女様が『ミラクル』を使われているのを間近でご覧になっていると思いますよ」
見たことがある人がいる!ロバートさんの言葉に、俺は思わずその手があったかと思った。使える人はいなくても、見たことがある人の話を聞くだけでもイメージを固めることができそうだと思った。
「そういや前任の人に付いてたって言ってましたもんね。残りの魔法も見てるかもしれないし、今度会えたら話を聞いてみたいです」
「分かりました。ヨンハンス司教のご予定を確認しておきます」
「お願いしますロバートさん。都合のつく日にちょっと時間をもらえると助かります」
そんな会話をロバートさんとした翌日、いつものように守護結晶に力を注ぎに行くと、そこにはヨンハンス司教が立っていた。
昨日の今日の話なので、俺がびっくりしながら駆け寄ると、ヨンハンス司教はいつもの柔和な笑顔でこう応えてくれた。
「おはようございます、ユーリ様。ロバートより、魔法をすでに習得なさっていると伺っております。私でお役に立てることがございましたら、何なりとお聞きください」
「おはようございます、ヨンハンス司教。こんなすぐに、朝から来てくださってありがとうございます」
「いえ、礼には及びません。年寄りは朝が早いので、午前はいつも時間をもて余しているのですよ」
無理をして時間を取ってくれたのではないかと心配した俺に、ヨンハンス司教はにこやかにそう答えてくれた。
まずは聖女様のお勤めを近くで拝見させてくださいと言ってくれたヨンハンス司教の言葉に甘え、俺たちは先に仕事を終わらせてから、司教に話を聞くことにした。