聖女ユーリの終わり
守護結晶を満たすという聖女の役割を終え、時間の余裕ができるのかと思ったが、実際はそうではなかった。
守護結晶に込められた力を解放し、結界を構築するための儀式に向け、俺は慌ただしい日々を過ごしていた。
儀式のための衣装の最終調整をしたり、結界を構築するための手順を確認したり、来賓を覚えたり、色々とやることがあった。その合間にこの先神官見習いとして宿舎で生活できるよう、この世界での家事のやり方を一通り習ったりもした。
終わりが見えたことでじわじわと胸に広がる新しい生活への不安を振り払うかのように、俺は日々やることに没頭していた。
儀式まで一週間を切ると、実際に儀式を行う広場でリハーサルを行うようになった。少し小高い場所にあるその広場の中心には、守護結晶にも似た結晶が嵌め込まれていた。その周囲には、複雑な魔方陣を描くように溝が掘られていた。実際の儀式の際にはここに水が張られるそうだ。
当日は国王陛下やヨンハンス司教の話の後に、俺がこの広場の中心にある結晶の前に立ち、呪文を唱えてから杖を介して魔力を流すそうだ。そうすると、俺が魔力を満たした守護結晶が反応し、空に紋様が現れるそうだ。それで無事結界が張られるらしい。
結界を張るための儀式は聖女の魔力でなくても成立するそうなのでフランチェスカ王女とかに代わって欲しかったが、聖女がいるのに代役を立てるなどありえないと一蹴されてしまった。広場の下には多くの人が集まるらしいので、そんなところに女装姿でのこのこ出ていきたくはないのだが、これが最後だからと腹をくくることにした。
「ユーリ様にはここまで進んでいただき、あちらの方向を向いて立っていただきます。聴衆が落ち着くのを待ってヨンハンス司教が合図を出しますので、その後杖を掲げて呪文を唱えていただきます。呪文が終わると、杖の先端をここに触れさせて、魔力を流してください」
ロバートさんが古い資料を見ながら、手順を改めて説明してくれた。俺は指示された通りに動き、最後に練習用の仮の杖の先を結晶に触れさせた。
「そうすると結界が展開しますので、ユーリ様は杖を持ったままそれを確認してください。そしてヨンハンス司教の合図でもと来た道を戻ってください。それで儀式は終わりになります」
人前に立つことさえ除けば、何ら難しいことはない儀式だった。二、三度動きを確認し、問題ないことを見届けると、ロバートさんは先に執務室へと戻っていった。
俺とメグはもう少しそこに残り、来賓の席の場所や、控え室までのルートを確認した。それらが終わる頃にはちょうどお昼の時間になったので、俺たちも部屋に戻ることにした。
「本当に後少しなんだな」
リハーサルなど儀式の準備が進む度、聖女生活の終わりの日が近づいてきていることを俺はひしひしと感じていた。女装なんて早くやめたいとは思っていたが、慣れた生活が終わり、新しい生活に飛び込まなくてはならないのは少し怖いようにも感じていた。
「そうですね。この数ヶ月、あっという間だったような気がします」
「色々あったのに、過ぎると早かったような気がするな」
「……そうですね」
いきなりこの世界に飛ばされ、女装聖女になり、本当に色んなことを経験した。いいことや、いい出会いもあったが、大変なこともたくさんあった。メグもこれまでのことを思い浮かべているのか、二人とも無言で少し歩いた。
あの日、聖女が降臨する場所に神託の鐘が鳴るタイミングでメグがいなければ、俺たちは同じ教会にいながらも全く接点なく過ごしていたのかもしれなかった。偶然なのか運命なのかは分からないが、あのとき出会えたのがメグでよかったと俺は改めて思っていた。
「私、あの日、あの場所にいて本当によかったです。最初は私に聖女様のお側仕えなんて務まるのかと不安でしたが、ユーリ様にお仕えできてよかったです」
ちょうどメグもあの出会いの日を思い出していたのか、俺にそう言ってくれた。
「俺こそメグがいなきゃ何もできなかったよ。色んなことを教わったよな。本当にありがとう。聖女としては後少しだけど、よろしくな」
「はい、ユーリ様が聖女の任期を終えられるまで、誠心誠意お仕えさせていただきます」
まだ最後でもないのに、何だか改まった話をしてしまったように思った。話題を変えようと思い、午後の予定について俺が話そうとしたそのとき、少しの距離をおいて俺たちに付いていた騎士が急に前に出てきた。何事かと思い彼の背中の向こうを見ると、中学生ぐらいの少年が俺たちが進む方向にある庭に一人で立っていた。
ここは教会の内部で一般の教徒が足を踏み入れる場所ではなかった。そのため騎士が警戒をしたのだろうが、少年はそんな騎士を見て大袈裟なほどびくりと肩を揺らした。
少年はひどく怯えつつも、こちらに向ける視線を外すことはなかった。その中に、どこか助けを求める色があるように俺は感じた。
「迷子でしょうか?」
俺が騎士に聞くと、彼は確認してくると言って少年の方に向かいかけた。しかし、あれほど怯えた少年の前に帯剣もしている騎士を向かわせるのは少し可哀想に思えた。
「私が話を聞きますので、ついてきてください」
俺の言葉に騎士は少しばかり難しい顔をしたが、相手が少年ということもあってか、最後には了承をしてくれた。俺とメグと騎士の三人で、少年の方に向かって歩いていった。
少年は泣きそうな顔をしながらも、両足がそこに縫い止められたかのように、そこから動くことはなかった。少年の目の前に着くと、俺は彼に目を合わせてから声をかけた。
「君、どうしたの?ここは関係者しか入っちゃいけないところなんだけど、迷いこんでしまったのかな?」
少年は緊張しているのか、じっと黙ったまま上着を握りしめていた。少年はしばらく無言でそうしていたが、そんな彼の目にじわりと涙が浮かんできているように見えて、俺は少年の方に一歩近づいた。
我々は怒っている訳ではない。よかったら出口まで一緒に行こうか。誰か大人の人と一緒に来たの。どう声をかけるのがいいだろうか。
そんなことを考えていた、そのときだった。
少年がわずかに動いたかと思うと、彼は俺に体当たりをするようにぶつかってきた。ドンという重みと共に、痛いと感じたのは一瞬だった。
「ユーリ様!」
メグの悲鳴のような声を最後聞いた気がした。急に体が冷え、俺は意識を失った。




