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結晶の完成

マルグスとのことがあってから二週間ほどが経った。メグを大声で聖女様と呼んでいた人間が一人いなくなり、またヨンハンス司教が改めてメグが強い光を出せた理由を説明したこともあって、第二の聖女の話は段々聞かれなくなっていた。


未だに遠目にメグを見て何か言う人もいるようだが、それでも概ねいつもの日常が戻ったと言えるようになった。


第二の聖女の件はそれで落ち着いたのだが、マルグスに諦めさせるために偽装恋人をして以降、俺とメグの間にはしばらく気まずいというか照れ臭いというか、そういう空気が残っていた。特に二人きりだと、ふとした瞬間にどうしていいか分からなくなることがあった。今までさんざん二人でいたのに今さらなのだが、それぐらいキスの件は俺にとって衝撃が大きかったのだ。

それまでメグのことは、ここで一番お世話になっている恩人のように見ていた。だから、彼女に恩を返したいし、彼女を害悪から守りたいと思うのだと思っていた。しかし、メグが俺とキスをすると宣言してから、俺が彼女に向けていた視線はそれだけではないような気がしていた。でも、恩人でないなら何であるかと問われても、しっくりくる表現は見つけられずにいた。


そんな微妙な状況の中、俺たちが何とも言いがたい無ず痒い雰囲気でいると、必ずといっていいほどアリーが目を細めてこちらを見てきた。それがにやにやとした揶揄するような視線なら俺も咎められたのだが、アリーはただ単純に嬉しくてたまらないといった目をこちらに向けてくるのだった。


二人の間に残る微妙な空気よりアリーのその対応の方がどこかいたたまれず、俺は多少無理をしてもいつもの雰囲気に戻す努力をした。その甲斐もあって、まだ元通りとはいかないが、ぎこちなさは徐々に減ってきていた。



また、この二週間の間に、アレックスと会う機会もあった。彼はジュリアスが引き起こした騒動の件で、騎士団の一員として教会に調査にやってきたのだった。

あの騒動の首謀者は明らかであったが、対外的にはモングスト侯爵家の騎士が勝手に暴れたということで、あの話は処理されることとなった。ヨンハンス司教からはジュリアスからの手紙を読まずに突き返すことこそが奴にとって一番の罰になると言われていたし、王弟殿下からも苦言を呈してもらったと聞いていた。しかし、キャサリンのときと同じく、奴がしたことの責任を公に問えないことを歯がゆく感じた。


アレックスは騎士団としての役目を終えた後、俺のところにも顔を出してくれた。


「アレックス様、先日は公爵様のお気遣いのおかげで私の侍女を無事助け出すことができました。公爵様にもぜひお礼をお伝えください」


最初の挨拶で、俺はアレックスにそう感謝を伝えた。王弟殿下の機転がなければ、ジュリアスと対等に渡り合えるヨンハンス司教は教会にいなかった。王弟殿下には感謝してもしきれないほどだった。


「もったいないお言葉、ありがとうございます。必ず義父にも伝えます。しかし、今回の件は私にも原因があるのです。本当に申し訳ございませんでした」


「えっ?どうしてアレックス様があの騒動の原因になるんですか?」


驚く俺に、アレックスは苦々しい顔をしてこう答えた。


「私がユーリ様に近づきすぎたため、彼が焦り無茶をした可能性が高いのです。個人的なことならいざ知らず、聖女様に関することについては、私の行動には王家の考えが反映されます。それぐらいは彼も理解していると思っていたのですが、あの家の聖女に対する考えを見誤っておりました」


確かにジュリアスはアレックスを見下しつつも、彼に対してやたら敵対心を燃やしていた。奴が俺とアレックスの噂に対抗するために無茶をしたとしても、不思議ではないように思えた。


「モングスト侯爵家のことは監視をしておりますが、相手は侯爵家だけあって動きを全て把握することはできません。妹のキャサリンも人を動かして何かをしているようなのですが、その全容はまだ掴めておりません。ユーリ様、気休めにしかなりませんが、私のお渡ししたブローチをできれば常に身に着けておいてください」


アレックスがくれたピンブローチには、彼の氷の魔法が込められている。三つある結晶のうちの一つは魔力を込めることで魔法を発動をさせることができる。

水属性の魔法の習得も進めてはいるが、まだ俺は自分だけの力では素早く氷の魔法を発動させることはできなかった。相手を攻撃する手段をあまり持たない俺にとって、ブローチに組み込まれた魔法は貴重な戦力だった。特に正反対の力、炎の魔法と対峙するとなれば尚更だった。


左の胸に着けたピンブローチに軽く指を添え、俺はアレックスに深く頷いた。


「聖女様の任期中は教会付近の巡回を強化します。特に、モングスト家の馬車が近くに来た場合には警戒を厳とします。それでも、もし何かあればすぐに騎士団にご連絡をください」


アレックスはそう言い残し、教会を後にした。



そうして教会の中も外も警備が強化される中、俺は変わらず午前は聖女の仕事を進めていた。この世界に来たあの頃、大学の学祭の日には秋と言えどまだ日の高いうちは暖かさを感じていたが、気が付けば晴れた日の昼間であっても指先がじんと冷える季節になっていた。


今日も厚めの上着を着て守護結晶のある部屋まで来た俺は、今やすっかり慣れた魔力を注ぐ作業にすぐ取りかかった。指先から魔力が流れる感覚に集中していると、突然、それまでスムーズに流れていた魔力の動きがピタッと止まった。

いつも魔力の供給が終わるときは、すーっと波が引くように、段々と魔力の流れが止まっていた。今日のように、突然止まることはなかった。

今までになかったことに驚き、俺は一度結晶から指を離してから、もう一度触れ直した。しかし、いつものような魔力の流れを感じることはできなかった。


俺が右手を開いたり閉じたりしていると、いつもと違う様子に、壁際に控えていたメグがそっと近づいてきてくれた。


「ユーリ様、何かございましたか?」


「その、さっき急に結晶に魔力が流れなくなったのです。やり直してみても、やはり流れなくて」


俺の言葉を受けて、メグは守護結晶を見た。彼女につられ俺も視線を向けると、心なしか結晶の輝きがいつもより強いように見えた。でも気のせいかなと思っていると、メグが真剣な顔で俺に声をかけてきた。


「すぐにヨンハンス司教に来ていただきます」


メグは部屋の入り口にいた騎士に声をかけ、ヨンハンス司教を呼んでもらうよう依頼をしていた。司教を呼ぶって、俺何かやらかしちゃったのだろうか?爪が当たってキズとか付けてないよなと焦りながら結晶の表面を確認していると、メグが側に戻ってきた。何を言われるだろうかと恐る恐るメグの表情をうかがうと、予想に反し、彼女は目を輝かせていた。


「ユーリ様、おめでとうございます。恐らくですが、結晶が魔力を受け付けなくなったということは、魔力が満ちたということなのだと思います」


「魔力が、満ちた?」


「はい、ユーリ様は聖女様のお務めを無事終えられたのです。聖女様の魔力が満ちると守護結晶は輝きを増すと聞いていましたが、確かにいつもとは違うように見えます」


俺が感じた結晶の輝きの違いは、どうやら気のせいではなかったようだ。密かに胸を撫で下ろしたが、それを顔に出さず俺はメグと一緒にヨンハンス司教の到着を待った。



「おお、確かに結晶が満ちております。ユーリ様、我らが聖女様、本当に感謝申し上げます。これで世界は守られるでしょう」


ヨンハンス司教は守護結晶を確認すると、俺の前に膝をつき、そう言った。


「そんな、大袈裟ですよ。でも、役目をきちんと果たせたようでよかったです」


「大袈裟などではございません。聖女様のお力がなければ、守護の力は消え、疫病などをもたらす悪しき闇の力を抑えることができなくなります。この世界がこの先も平和であるのは、ユーリ様のおかげなのです」


守護結晶に魔力を注ぐことは、今や慣れた毎日の作業のようになっていた。しかし、改めてそう言われると、何だかすごいことをしたような気になってきた。


「後は結界を構築する儀式を残すのみとなります。こちらの説明は後日、改めて行わせていただきます」


「分かりました。ここでの作業はもう終わりなのですね」


「はい、無事完了いたしました」


俺は最後に、魔力が満ちたという守護結晶を見た。虹色に光を反射するその姿は、輝きを増したこともあり、神秘的という言葉がとてもよく似合うように見えた。

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