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メグの恋人 3

彼女の肩に触れるのは、これで二度目だった。

キャサリンの炎に襲われていたあの日、思わず抱き寄せたその肩は、強ばり細かく震えていた。あの日ほどではないが、華奢な肩には今もぎゅっと力が込められているように感じられた。


そんな細い肩を手で包み込み、俺は彼女の瞳をじっと見つめ返した。揺れる瞳からは、今にも崩れそうな不安定さを感じた。


メグにこんな目をさせたくはないのにな。そう思いながら、俺はぐっと肩を掴む手に力を入れた。




「おい、キスをするんじゃないのか?」


マルグスが不満の声を上げたのは、当然のことだった。俺はメグの肩を引いて、彼女を俺の背後に匿うように立たせたのだった。そのために彼女に触れはしたが、もちろんキスなどしていない。怒りさえ見せ始めたマルグスに、俺はこう答えた。


「メグが望んでないことをする気は俺にはない。あんたに恋人だと納得をしてはもらいたかったが、そんなことよりも彼女の気持ちの方がずっと大切だからな」


「はっ!そんな言い訳を信じると思っているのか?」


確かに言い訳の一面もあった。けれど、それ以上に、俺は本当にメグにあんな顔をさせたくなかった。


「信じようが信じまいが、あんたの好きにしたらいい。メグがあんたに真摯に向き合うと言うから俺はそれに付き合っていたが、あんたはそんなメグに無理を強いてきた。メグがそんなことできる人じゃないと知りながら、人前でキスをしろと要求してきた。悪いけど、俺はそんな相手に律儀に付き合う気はないよ」


「キスをしないと言うなら、俺はお前たちが恋人だって認めないぞ!」


「だから好きにすればいいよ。メグに無理をさせるぐらいなら、あんたに恋人だって認められなくても構わないよ」


喚くマルグスと俺が言い合いをしていると、後ろに立たせていたメグがくんと背中の辺りの服を引っ張った。振り向くと、彼女は「後は私が言います」と俺に伝えてきた。

そのため俺は半身分だけずれて、メグに場所を譲った。メグはまっすぐに、マルグスに向き合った。


「マルグス様、すみません。私やっぱりキスはできません」


メグは控えめな声で、しかし、はっきりとそう言った。


「貴方の前で、この人に触れることはいたしません。けれど、この人は間違いなく私にとって大切な人なのです。ユーリさんは私を尊重し、このように私の気持ちを大切にしてくださいます。私にはもったいないほどの人なのです」


恋人だと嘘をついている最中だが、このメグの言葉には偽りがないように感じた。メグにとっては『聖女様である俺』も込みの言葉なのだろうけど、それであっても何だかむず痒く、こんなときなのに顔が緩んでしまいそうな気持ちになった。


「マルグス様。私に心を寄せていただいても、私はそれに応えることはできません。聖女と呼んでいただいても、どれだけの贈り物をいただいても、それは変わりません」


それまで静かにメグの言葉を聞いていたマルグスが、ゆっくりと顔を動かした。彼は俺を見て、そして再びメグを見た。


マルグスは一度軽く頭を振ってから、手にずっと持っていた、メグに押され少し形が歪になった花束を彼女に差し出した。


「だから……」とメグは言いかけたが、マルグスの顔を見て、そこで言葉を止めた。メグに花束を差し出す彼は、先ほどまでの怒りに満ちた目や普段の妄信的な目はしておらず、どこか吹っ切れたような表情をしていた。


「私の完敗です。悔しいですが、さすがメグ様が選ばれたお相手だけはありますね。彼はきちんと貴女を見ていた。それなのに、私は自分の要望にばかり目が向いていて、貴女の心に寄り添えておりませんでした」


彼はもう一度俺を見て、自嘲するかのように、力の抜けた笑みを浮かべた。


「今後はメグ様にこのようなお願いには参りません。ただ、その代わりという訳でもないのですが、最後に一度だけ、私の花束を受け取ってはいただけませんか?今日の花は見栄えや聖女に相応しいかどうかではなく、本当に貴女に似合うと思うものを選んできたのです」


マルグスが差し出す花束からのぞく可憐な黄色い花は、確かにメグによく似合うように思えた。メグはこくりと頷くと、マルグスから花束を受け取った。


抱えた花を眺めるメグを眩しそうに見つめた後、マルグスは真剣な表情でメグにこう言った。


「私があの日見た勇気ある貴女の行動を聖女のようだと思ったのも本心ですし、そんな貴女に惹かれたというのも偽りではありません。伴侶になりたいとはもう申しませんが、もし貴女がお困りのときには力になりたいと思っております」


「ありがとうございます。お気持ち、嬉しく思います」


「私の一家が営むリームブル商会は、平民の商会ですので貴族の権力には敵いません。しかし、物を集めるのでしたら我々の右に出るものはそうおりません。何かご入り用でしたら、ぜひこのリームブル商会のマルグスにお申し付けください」


マルグスはそう言ってメグに深く頭を下げた。そして顔を上げたと思うと、不本意そうな内心を隠さない顔で、俺の方を見た。


「お前からの依頼も、それがメグ様のためになるなら受けてやらんこともないぞ」


「分かった。メグに必要なものを探すときには、声をかけさせてもらうよ」


「あ、ウェディングドレスとかは俺に言うなよ。さすがに婚礼用品は嫌だからな!」


「な!け、結婚とか変なこと言うなよな!」


動揺する俺に、マルグスは真剣な声を出した。


「何だ?メグ様との結婚を真剣に考えていないのか?情けないやつだな。やはりお側に立つ立場を譲るのではなかったか」


マルグスがぶつくさ言い始めたので、俺は慌てて弁解をした。


「ほら、まだ俺も神官候補でしかないし、貯金も貯まってないからな。先のことはしっかり考えてるよ!」


「なっ!」とメグに話を振ると、彼女もこくこくと肯首してくれた。まだ疑わしげにこちらを見てくるマルグスを誤魔化しながら、俺は改めて将来のことを考えた。


俺は神官見習いを続けながらこの世界のことをもっと知っていき、この仕事を続けるか、新たな仕事に就くかを選ぶことになるのだろう。アリーは侍女のスキルやきちんとしたマナーを身につけたら、あの騎士見習いの青年との結婚の許しを得るのだと言っていた。

メグは、この先どうするのだろうか。彼女には高い教養もあって、魔法の素養もある。マルグスのような裕福な男性か、もしかすると貴族の令息に見初められたっておかしくない。彼女もいつかは結婚していくのだろうか。

元々俺とメグは、文字通り住む世界が違い、出会うべくもなかった関係だ。それなのに、彼女と離れるのかと思うと、よく分からない寂しさを感じた。



「おい、聞いてるのか?」


マルグスのそんな言葉に、思考に耽っていた意識が引き上げられた。彼はぼーっとするななどくどくど文句を言った後、最後に俺にこう言ってきた。


「お前がメグ様を幸せにしなかったら、俺がすぐに奪いに来るからな!彼女は聖女様の侍女で、今や貴族にもその名を知られる存在だ。有名であることは、いいことも、悪いことも引き寄せる。彼女を害しようとする悪意からは、お前がきちっと守るんだぞ」


確かに俺に関わったことで、彼女は既に色んなことに巻き込まれていた。それらの中で、俺にできることは限られていた。しかし、それでも俺には『聖女』の肩書きと、豊富な魔力はある。何かあったときには持てる力は全て使って、彼女を守るつもりだった。


「もちろんだ」


俺の答えに満足したのか、マルグスは最後にメグに深々と頭を下げてから、帰っていった。




「はー、何とかなった、かな?」


マルグスの姿が見えなくなってから、俺はメグにそう聞いた。マルグスと対峙しているときは嘘がバレないようずっと緊張していた。彼が帰ってくれたことで、俺はやっと力を抜くことができた。


「そうですね。その、ユーリ様、先ほどは私、大変なことを言いまして、申し訳ございませんでした」


「大変なこと?」と聞き返してから、メグが指しているのが「キスをする」と宣言したことだと理解した。あのときは隙を見せてはならないと気を張っていたが、改めて思い返すと、あれは中々際どい状況であった。一歩違えば、俺はメグとキスをしていたかもしれなかったのだ。

あのときキスをしろと言い出したのはマルグスだったが、それを受けたのはメグだった。必要に迫られていたとはいえ、何だ、つまりメグは俺とそういうことをしても構わないと思ったってことだったのか?いや、あれは仕方なくだったんだろう。きっと、そうだ。けど、けど、仕方なくなら俺とキスしてもいいと思えたのか?

そんなことを思いだすと、急に恥ずかしさがどっと襲ってきた。変に意識をしてしまい、メグの顔を見れなくなった。


「あ、あ、あれな!いやでも、うん、でも、無事済んだし!大丈夫、問題ないよ!過ぎたことだよ!」


微妙に視線を逸らし、ワタワタと手を動かしながらそう言うと、メグも気恥ずかしそうな中に、少しホッとした顔を見せた。


「そう、ですよね。でも、一人で勝手に進めようとして、申し訳ございませんでした」


「いや、あの状況だったらああ言うのも仕方ないよ、うん。だからメグも、もう気にしないで」


そうした多少の気まずさは残ったが、俺たちは何とかマルグスの対応を終えたのだった。



ロバートさんにも無事終えたことを伝え、部屋に戻る頃にはもう日が完全に傾いていた。半日にも満たないことだったのに、そうとは思えないほど濃い時間だった。疲れてぐったりする俺に、紅茶を淹れながらアリーが興味津々といった目を向けてきた。


「で、どうでした?メグさんとの恋人役は?ときめきました?役だけじゃ済まなくなりそうです?」


メグが席を外しているからか、アリーの言葉には遠慮など全くなかった。人の恋愛話に目を輝かすアリーにキス未遂の話などしたら、ろくなことにならないのは一目瞭然だった。悩むまでもなく、ここは黙秘一択だった。


「まぁ恋人だと宣言したら、意外にあっさりと引いてくれたよ。特に問題はなかったよ」


そう言って、俺は適当に話を誤魔化した。アリーは何だか不服そうにしていてが、俺はそこで無理やり話を切った。

メグに関する噂はもう少し残るだろうが、大声で聖女様と花束を差し出すマルグスももう来ないし、人の興味が移れば段々薄れていくだろう。


一応これで無事解決かな。アリーにもっと詳細を教えてくださいよと肩を揺すられながら、俺は呑気にそう思っていた。

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