メグの恋人 2
恋人同士であることを示す。
そう言われて俺は二重の意味で固まってしまった。
一つ目の理由は、もちろん俺とメグは本当の恋人同士ではないからだった。恋人らしいと言えばまず思い浮かべるような、彼女に触れるようなことは決してできるはずがなかった。
そして二つ目は、異世界から来た俺はこの世界の恋人同士がどんなものかを知らないため、どうしたら恋人として見せられるかが分からないからだった。
元の世界でも彼女なんていなかったが、恋人同士らしいと言えばどういう感じなのか、多少なりともイメージすることぐらいはできた。しかし、この世界での恋人らしいがどういうことなのか、俺のイメージと同じで合っているか、俺には判断できなかった。
困ってメグにちらりと視線を向けると、同じく困惑した彼女の瞳とかち合った。メグもこんなことを言われるとは思っていなかったようで、戸惑っているように見えた。二人で無言で見つめ合っていると、そこにマルグスが声を挟んできた。
「おや、もしかしてできないんですか?やはり君のような男がメグ様の恋人であるはずがないんですよ。さっさと間違いだったと言いなさい」
さっきまでショボくれてたくせに、言質を取ったとばかりにマルグスは得意気な顔をしていた。とりあえず何か答えねばと思い、俺は苦し紛れにこう返した。
「聞かせてほしいのですが、貴方は恋人同士であることを示せと言いましたが、どういうものを見せれば納得するんですか?後から文句を言われないためにも、確認させてください」
自分で考え付けないなら、相手に押し付けるべし。難癖を封じることもできるし、咄嗟に絞り出したにしては中々よかったのではないかと思っていると、マルグスが俺を挑発するような表情をこちらに向けた。
奴は俺たちの関係を疑いはじめているようだった。マルグスは嫌な笑みを深め、やれるもんならやってみろとばかりに、こう告げてきた。
「そうですね。お二人がキスをするところを見れば、私も納得せざるをえないでしょうね」
は?と反射的に出そうになった言葉を、俺は何とか飲み込んだ。驚いたのはメグも同じだったようで、隣で彼女が息を飲むのを感じた。
キス。そりゃあ恋人といえば、そういうのを思い浮かべるだろうが、人前でそんなことまでしろと言い出されるとは、さすがに思っていなかった。反論しようとしたが、向こうに提案するように言ったのは俺の方だった。どう言えばいいかまとまりきらず、俺が何も言えずにいると、マルグスはさらに勢いづいて、俺をせっついてきた。
「さあ、できるのですか?できないのですか?できないのであれば、メグ様と無関係であることを認め、さっさと引っ込みなさい。聖女様の恋人を騙るなど、おこがましいにも程あるぞ!」
奴は俺にそう言い放った後、メグの方を向き、彼女に花束を差し出した。
「メグ様、私はこのような些細なこと気にはいたしません。この男とキスなどできないのでしょう?嘘であったと素直にお認めになって、この花束をお受け取りください。この清楚で可憐な花は、聖女である貴女にとてもお似合いです」
メグは目の前に差し出された花束を、しばらく無言でじっと見つめていた。数秒はそうしていただろうか。その後、彼女は一度ぎゅっと目をつむり、覚悟を決めたように顔を上げた。
そして、花束にすっと手を伸ばした。
その瞬間、マルグスの顔が喜色に染まり、俺は役に立てなかったかと諦めのため息を心の中で吐きかけた。だが、俺たちの予想を裏切り、メグは目の前の花束をぐっと押し退けた。
花束を押し返されたマルグスは、目を丸く見開いていた。メグの思わぬ行動に驚いた俺も、きっと似たような顔をしていただろう。言葉を失ったマルグスに、とどめを刺すようにメグははっきりとこう言った。
「します。私、ユーリさんと、キスをします」
「なっ!」
俺とマルグスは、揃えてそう声を上げた。メグの言った言葉が信じられず、状況の変化に付いていけていない俺の方に、彼女が体を向けてきた。彼女は緊張した顔をしたまま、俺との間にあった距離を一歩分詰めた。
元々隣に立っていたので、俺たちはそう離れていなかった。そのため、たった一歩といえど、それは大きな変化をもたらした。俺たちの間に残されたのは、俺が少しでも動けばメグに触れてしまいそうな危うい距離だけになった。それは魔法を初めて習ったあの日のように、彼女の温もりまで伝わってきそうな、そんな近さだった。
未だに状況を飲み込めていない俺の腕に、メグが震える手をそっと伸ばしてきた。彼女は俺の袖を掴むと、しっかりと視線を合わせてきた。
その瞳には覚悟と同時に、不安に揺らぐ色が見えていた。そうだろう。メグは本当の恋人ではない男と、平然とキスをできるような人ではない。ましてや人前だ。気持ちは瞳に表れている以上に複雑だろう。
「分かりました。メグ様、貴女が頑なに私を拒むというなら、その証拠をしかと見せていただきます」
そんなメグの背に、悪あがきのようなマルグスの言葉が投げかけられた。その言葉に退路を断たれたように思ったのか、メグはぐっと俺の袖を強く握り込んだ。それでも彼女は、俺から目を逸らさなかった。
彼女は覚悟を決めている。なら、俺はどうする?
葛藤の末、結論を出した俺は、彼女の肩にそっと手を伸ばした。




