メグの恋人 1
「アリー!」
アリーのとんでもない発言に先に反応したのは、俺ではなくメグだった。
「冗談でも、聖女であるユーリ様にそのようなことを言ってはいけません!」
真剣なメグの口調に同意する反面、すぐに否定されたことに少しばかり複雑な気持ちにもなった。しかし、そんな気持ちには気付かなかったことにして、俺もアリーに別の案にするよう促した。
「マルグス相手には効果的かもしれないけど、俺もメグもここで仕事を続けるんだぞ。変な噂が残ったら、それはそれでメグを困らせるよ」
俺たちの反論を聞いて、アリーは考え込むような表情をした。しかし、真面目な顔のまま先ほどの案を引き続き推してきた。
「うーん、つまりメグさんはユーリ様の許可があれば大丈夫で、ユーリ様は他人に知られなければオッケーってことですよね?なら、人目につかないよう、こっそりマルグスさんを呼び出しましょうか」
「アリー!そんな話ではありません」
いつもより大きい声を出すメグに、アリーは静かに返した。
「でも、他にマルグスさんを止める手段はあるんですか?あの人がメグさんを聖女様って呼び続けるのも、聖女であるユーリ様のご迷惑にならないのですか?」
「それは、そうですけど」
勢いの削がれたメグに、アリーは畳み掛けるように続けた。
「あの人、いつもメグさんに『心に決めた人がいないなら』って言うじゃないですか。恋人がいるって言うの、効くと思うんですけどね。確かにこんな話を『聖女』であるユーリ様にお願いするのは失礼かもしれませんが、『神官見習い』のユーリさんになら頼めるんじゃないですか?」
「アリー、それは屁理屈ですよ」
「でも、神官見習いのユーリさん以上にメグさんの事情を分かって、メグさんを助けたいって味方になってくれる男性っていないと思いますよ。ねっ、ユーリさん」
アリーから『神官見習いのユーリ』に急に話を振られて驚いたが、手段はともかく、俺がメグを助けたいと思っていたのは確かだった。そのため、俺は首を縦に振った。
「このまま先延ばしにしたら、声の大きいあの人に外堀を埋められかねませんよ!そうしたらメグさん、ずっと聖女様って呼ばれますよ。ね、やりましょうよ。それとも、メグさんはユーリさんと恋人役をするのは嫌ですか?」
アリーがメグに、ドキッとするような質問を投げ掛けた。俺は平然と構えているように見せつつも、内心ドキドキしながらメグの返答を待った。
メグはしばらく考えてから、小さな声でアリーに答えた。
「嫌ではありません。しかし、ユーリ様にご迷惑をおかけする訳にはいきません。やはり、その方法はダメです。別の方法を考えましょう」
メグのあまり他人を頼らない性格と聖女に対する考え方からすると、このままアリーとメグが問答を続けても、メグがこの案に乗るとは言わないように思った。でもそうなると、アリーの言うとおり、聞く耳を持たないマルグスにいつまでも付き合い続ける羽目になりそうだった。
メグは確かに嫌ではないと言った。彼女に嫌悪感がないのならと、俺はグッと決心を固めた。
「俺は別に迷惑じゃないよ。あのマルグスって人をこのままにはしておけないし、やろう、メグ」
俺の言葉にメグは驚いた顔を、アリーは何故かすごく嬉しそうな顔をした。アリーに踊らされている感じは拭いきれなかったが、メグのためと自分に言い訳をして、俺ははっきり宣言した。
「あの人を呼び出して、俺たちがその、恋人同士だって伝えよう。それで、奴にきっぱりと諦めさせよう」
そこから大喜びで張り切るアリーを中心として、作戦を立てていった。俺の要望は、他人に知られないようにすること、必要以上のことはしないこと。それを守ってもらいながら、詳細を詰めていった。
話し合いの結果、俺たちは俺の神官試験のときに知り合い、最近になって付き合い始めたという設定とすることになった。メグがマルグスに俺のことを言わなかったのは、周囲にまだ俺たちの関係を秘密にしておきたかったからということにした。
「変にベタベタする必要はないと思います。お二人の今のまま、その微妙に遠慮のある感じが初々しくて、付き合いたてって感じでいいと思います!」
段々己の楽しさを隠さなくなってきたアリーが、そう熱弁した。初々しいって何だよと思ったが、無理に恋人らしくしろと言われるよりいいかと思ってその意見を受け入れた。
もう一人の当事者であるメグをちらりと見やると、彼女ももうアリーに逆らう気をなくしているようだった。こうして俺たちは、アリーの提案をほぼ丸飲みすることとなった。
あまり吹聴したい話ではなかったが、神官見習いのユーリが自由に動くためにも、ロバートさんには話を通しておいた。彼も初めは何とも言い難い顔をしていたが、「お二人が納得されているのであれば、部下の神官見習いに恋人がいても、私は構いません」と最終的には黙認してくれることとなった。
その他にも細々した設定を考えてから、俺たちは決行日を決めた。
「こんなもの、ずるずるタイミングを見計らっても意味ないからすぐにやるぞ!次にあの人、いつ来ると思う?」
メグに聞くと、彼女はすぐに答えてくれた。
「多分毎日いらっしゃってるので、明日でも可能だと思います」
「よし、明日だ!明日あいつを呼び出して、この騒ぎに決着をつけるぞ!」
次の日、俺はロバートさんに午後の神官見習いの仕事を休みにしてもらい、メグに付き添った。マルグスに会うには教会の表に出る必要があるので、今日メグに付く護衛の騎士にも、俺たちの事情を説明した。
呆れられるかと思ったが、騎士からは「大変ですね。あの人、こうでもしないと諦めなさそうですよね」と、むしろ真顔で同情をされた。
しばらくはメグの後ろをただ付いているだけだったが、メグが俺の部屋に置く茶葉の手配を終える頃、ついに出番がやってきた。
「メグちゃん!今日もあの人、素敵な花束持って来てるわよ。今日は礼拝堂の方よ。会いに行ってらっしゃいな」
見知らぬ女性が、メグにいきなりそう声をかけてきた。嬉しそうな彼女の顔を見るに、こういう人がアリーの言っていた玉の輿と思っている人なのだろうと思った。
メグは困った顔をしつつも、女性に丁寧にお礼を言った。そして彼女が去っていったのを確認してから、メグは俺に確かめるように声をかけてきた。
「マルグス様がいらっしゃるようです。ユーリさん、その、本当に構わないのですか?」
確かに全く迷いがない訳ではなかったが、やると決めたからには、メグのためにもやりきるつもりだった。
「ああ、問題ないよ。早く行って、こんなことさっさと終わらせよう」
騎士を伴って礼拝堂に向かうと、遠目にも大きな花束を持った男がいるのが見えた。俺とメグは最後に手順を確認すると、俺はメグと別れ、一足先に中庭へと向かった。
礼拝堂近くの中庭は噴水のある辺りは人がちらほらいるが、奥まで足を運ぶ人はほぼいなかった。そのため、俺たちはまずはそこにマルグスを呼び出すことにしたのだった。
中庭の奥で一人そわそわと落ち着かないまま待っていると、しばらくしてからザッザッと草を踏む足音が聞こえてきた。そちらに視線を向けると、メグと彼女に嬉しそうに付いてくるマルグスの姿が見えた。
マルグスは花束を抱え、それをメグに渡そうとしきりに話しかけていた。しかし、メグの向かう先に俺がいるのが見えると、途端に表情を厳しいものに変えた。何かを察したのか、奴は俺をギロっと睨んだ。
俺もマルグスを見ていたので、睨み合いのようなものをしたまま、奴は俺の近くまでやってきた。そこまで来ると、メグは手はず通り俺の横に並んだ。その時点で、ピクリとマルグスの眉が、不愉快そうに動いた。
「メグ様、そちらの男は、確か昨日メグ様に声をかけてきた神官見習いですね?」
俺への敵愾心も隠さず、マルグスは俺にではなく、メグにそう聞いた。メグは一度小さく咳払いをしてから、彼の問いに答えた。
「ええ、そうです。昨日、私が困っているのを見かねて、声をかけてくれたのです」
「ああ、赤いバラの花束はメグ様には派手すぎでしたね。困らせてしまい申し訳ございませんでした。そう思い、今日は控えめな黄色が美しい花を中心に花束にいたしました。清楚なメグ様によくお似合いかと思います」
メグの『困った』の部分をそう都合よく解釈しようとしたマルグスが、メグに花束を差し出しながらそう言った。俺を極力無視しようとするマルグスに、メグは意を決したようにこう告げた。
「花の種類の問題ではありません。彼は、その、こ、恋人の私に助け船を出すために、声をかけてくれたのです」
メグが『恋人』と発音した瞬間、奴の表情が凍りついた。しばらくそのまま固まった後、奴は無理やり表情筋を動かし、半端な笑顔をメグに向けた。
「は、はは。どうやら私の耳がおかしくなったようですが、そ、そこの男がメグ様の何だとおっしゃいましたか?」
理解を拒もうとするマルグスに、俺はとどめを刺すためにも、はっきりと言ってやった。
「恋人です。私がメグの恋人のユーリです」
言ってから、自分の言葉にじわじわと羞恥心が広がってきた。それはメグも同じようだったようで、彼女も少し気恥ずかしそうに少しだけ視線を下に落としていた。そんな微妙な空気をまとう俺たちに、マルグスは震える声を出した。
「う、嘘ですよね、メグ様!こんな、こんな冴えない男がメグ様の、こ、こ、恋人だなんて!聖女様たる貴女の隣に、こんななよっとした男がいるのですか?あ、あり得ない!」
随分ひどい言いぐさだと俺が思っていると、メグがそれに反論した。
「ユーリさんに失礼なことを言わないでください。それに私が隣に立つ人は、私が決めます。それがユーリさんなのです」
俺の言葉よりメグの言葉の方がダメージが大きいのか、マルグスはがっくりと頭を垂れた。このまま諦めてくれとそのつむじを眺めていたが、奴は往生際悪く、ガバッと頭を上げた。
「嘘だ!だってメグ様、今まで心に決めた方がいらっしゃるか聞いても、何もおっしゃらなかったではありませんか!」
「それは、私たちの仲をまだ誰にも言ってなかったからです。人前では話したくなかったので、黙っていたのです」
「他人に言えないような男など、貴女の側には相応しくありません!」
「まだお互いやるべき仕事があるので、それが落ち着くまで黙っていようと決めていただけです。そうやってユーリさんを悪く言わないでください」
メグが設定通りの答えを返していると、マルグスは段々トーンを落としていった。彼が抱えていた花束の黄色い花たちも完全に下に向けられ、項垂れた姿にやっとメグのことを諦めたかと思ったが、奴は最後にとんでもないことを言ってきた。
「分かりました。メグ様のお気持ちが本物であれば、私も潔く身を引きます。ですので、二人が本当に想い合っている恋人同士であることを、私に示してくれませんか?」




