第二の聖女 2
「あの日見た神々しい光、か弱き女性を救わんとするその勇敢なお姿、貴女を聖女と呼ばずして誰を聖女と呼びましょうか、メグ様」
うーん、本物の聖女である俺かな?
男の芝居がかった台詞に心の中で突っ込みを入れつつ、俺はメグと男のやり取りを見守っていた。
男が饒舌に語るのを聞くにどうやら彼はジュリアスがいたあの場にいて、メグがブローチの力で光を出すのを見ていたようだった。その光景を見てメグに心酔し、こうして花束を持って押し掛けてきているようだった。
メグには護衛のために騎士が一人付いていたが、相手はメグに危害を加える訳ではなかったので、彼は微妙な表情をしながら二人のやり取りを見守っていた。
聖女にこんな熱狂的な信者が付くのなら身を隠していて正解だったなと俺が思っていると、一通りメグを称え終わった男は片ひざをついて、彼女に花束を差し出した。
次は何を言い出すのかと思って見ていると、奴はとんでもないことを口にした。
「あの日見たメグ様のお姿がまぶたの裏に焼き付き、私を捉えてやみません。必ず幸せにいたします。どうか私と結婚してくださいませんか?」
それはまさかのプロポーズだった。いや、真っ赤なバラの花束を見てまるでプロポーズのようだなとは思ったが、目の前で起こったのは、本当にプロポーズだった。
しかし、その光景に混乱しているのは俺だけのようで、護衛の騎士の表情は変わらなかったし、メグも落ち着いてゆっくりと首を横に振った。
「何度も申し上げますが、私は神に仕える身です。お応えはできません」
「しかし、教会に所属する人でも結婚している人はいるでしょう?そのような理由では納得できないのです!」
どうやら奴がメグにプロポーズをするのは今日が初めてではないようだった。断るメグも慣れていれば、断られる男も慣れているのか動じずに食い下がっていた。
「私はタイプではありませんか?貴女のためならどんな要望にも応えてみせます」
「もしや既に心に決めた方がいらっしゃるのですか?そうでなければ、この花だけでも受け取ってはいただけませんか?」
初めはきっぱりと断っていたメグも、段々奴の勢いに押され、ついには花束を押し付けられそうになっていた。
他人のプライベートに首を突っ込むのはよくないと思って静観していたが、困り果てた彼女を見ていられず、俺は男の背後からメグに声をかけた。
「メグさん、ここにいたのですか。ロバート様がお呼びなのですが、一緒に来ていただいても大丈夫でしょうか?」
急に現れた俺に、メグは驚きの表情を、護衛の騎士とプロポーズ男は警戒の表情を見せた。騎士がメグの前に出ようとしたが、メグが「この人はロバート様のところの神官見習いの方です」と説明してくれたので、彼は警戒を解いた。
一方、プロポーズ男はメグに親しげに声をかける俺を隠すことなく睨んでいた。しかし、俺はそれに気がついていないふりをした。
「聖女様のことで急ぎ確認をお願いしたいことがあるようです。お取り込み中でしたか?」
ロバートさんが聖女のことを聞くために、俺にメグを呼びに行かせる訳がない。ここから離れるための方便だとメグも気付いたのか、彼女は少しだけホッとしたような顔を見せた。
「分かりました、うかがいます。マルグス様、何度来られても私の返事は変わりません。これで失礼いたします」
メグは黙って去ってもよさそうなのに、マルグスと言うらしいプロポーズ男にそう律儀に断った。
「赤いバラはお好みではないようですね。今度はもっとメグ様に似合う花をお持ちします」
マルグスは噛み合ってない返事で、奴がまだ諦める気がないことをメグに宣言した。
マルグスがいた場所から足早に離れ、教会の内部まで戻ると、騎士は「メグさんも大変ですね」と彼女を労る一言を告げてから、持ち場へと戻っていった。二人になった俺たちは、事務棟の方向へ歩きながら、周囲に聞こえないよう小声で会話をした。
「あー、気づいてると思うけど、さっきのロバート様の用事ってのは、あそこを離れるための嘘なんだ。ごめん」
「はい、承知しております。それよりユーリさん、お見苦しいところをお見せしました。声をかけてもらえて、助かりました。ありがとうございました」
「いや、俺は全然構わないんだけど。それより、あの人って、そのさ……」
俺がそこまで言ったところで、向かいから洗濯かごを抱えた下働きの女性たちの一団がやってきた。しばらく黙って彼女たちが通りすぎるのをやりすごしたが、次々と人が来るので、通路では落ち着いて話ができそうになかった。
「俺はいつも通り裏道使って部屋に戻るから。続きは部屋で話そうか」
手短にそれだけを伝えると、メグはこくりと頷いた。
「あ、ユーリ様、おかえりなさいませ。今日は少し遅かったですね」
部屋に戻ると、留守番をしていたアリーが出迎えてくれた。どうやら俺はメグより先に戻ったようで、部屋にいたのは彼女一人だった。
メグのいないうちにと思い、ただいまと答えるのもそこそこに、俺はアリーにさっき見たことを聞いてみた。
「アリー、メグが何かバラを持った男に迫られてたんだけど、何かそういう噂知ってる?」
アリーはこの話を聞いても、全く驚かなかった。どうやら彼女はこのことを既に知っていたようだった。
「メグさん、やっとユーリ様に相談したんですか?そうなんですよ、あの人、メグさんを聖女様、聖女様って呼んで、熱烈にプロポーズまでしてきてるんですよ!」
「いや、メグに相談された訳じゃないんだけど」
そこから俺は、さっき見た光景をアリーに説明した。話を聞いたアリーは、呆れた表情を見せた。
「メグさんったら、私があんなに言ったのにまだユーリ様に相談してなかったんですね。あの人また一人で抱え込もうとしてたみたいなんで、偶然とはいえユーリ様に知ってもらえてよかったです」
「そうか。それで、メグは、その、困ってるのかな?」
彼女にも恋愛や結婚の自由がある。つい言葉が遠慮がちになった俺を叱責するかのように、アリーは語気を強めた。
「困ってるに決まってるじゃないですか!あのマルグスって人、本当にしつこいんですよ。でも規則を破っている訳でもないので、教会に来るなとは言えないし、暴力とかじゃないから護衛の騎士も頼れなかったんです。メグさんもどうしたらいいのか、対処に困っていたんです」
確かに奴はメグにきっぱり断られても、少しもめげていなかった。あれを相手にするのは、苦労しそうだった。
「メグさんは困ってるのに、周囲はあのマルグスって人が大商会の息子だからって、喜ばしいことみたいに見てるんですよ。そりゃ、一般的には確かに身寄りのない女性の嫁ぎ先としては申し分ないですけど、例え玉の輿だとしても意にそぐわない結婚に幸せなんてありませんよ!」
自分の状況を重ねているのか、アリーは随分と憤慨していた。それをなだめていると、メグも部屋に戻ってきた。
メグが帰ってきたので、落ち着いて話ができる状況で、改めてメグの話を聞いた。彼女の話は、概ねアリーが言っていた通りの内容だった。
「私はマルグス様と結婚する気はなく、それを毎回はっきりとお伝えしているのですが、伝わらず困っているところなのです」
普段はあまり困っているとはっきり言うことの少ないメグだが、現場を俺に見られたこともあってか、珍しくそう白状した。そんなメグの力になりたいと思い、俺たちはマルグスの対策を考えることにした。
「俺が聖女として、釘を刺しに行くか?メグのことも『聖女様』って随分褒め称えてたし、聖女の言うことなら聞くかもよ」
「ダメです、ユーリ様。それでは私たちにしつこく絡めば聖女様が出てきてくださると考える人間が出てくるかもしれません」
聖女案はいい考えだと思ったのだが、却下されてしまった。考えすぎじゃないかとも思ったが、先日ジュリアスのことがあったばかりなので、反論するのは止めておいた。
そこからこれといっていい案も出ず、俺とメグがうーんと唸っていると、それまで黙っていたアリーが急に胡散臭い笑みを浮かべて俺を見てきた。やたら嬉しそうな顔に、俺は何だか嫌な予感がした。俺の直感は正しかったようで、その後アリーはとんでもないことを言い出した。
「マルグスさんはメグさんがフリーだから、しつこくプロポーズしてくるんですよ。だから、メグさんにはちゃんと愛する恋人がいるんだって見せれば、諦めると思うんですよね。ということでユーリ様、この問題の解決のために、メグさんの恋人になってもらえませんか?」




