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光魔法 1

「魔法?」


思いがけないロバートさんの提案に、俺は思わずおうむ返しをしてしまった。


「そうです、魔法です。異世界から降臨された方は魔法をご存知ないことが多いと記録されておりました。ユーリ様もご存知ないのではないかと思いまして」


そんなロバートさんの言葉を聞きながら、俺はちょっと自分が興奮していることを感じていた。


魔法!

ファンタジーのド定番だし、魔力という言葉を聞いたときから、正直この世界って魔法もあるんじゃないかなとちょっと期待をしていた。

まさかゲーム以外で自分が魔法を使えるようになるとは思ってもいなかったので、俺は少し上ずった声でこう聞き返した。


「本当に?俺が魔法を使えるの?」


「はい。ユーリ様ほどの魔力があれば、まず問題なく魔法が使えると思います」


「マジか!」


目を輝かせる俺に、ロバートさんは少し苦笑いをしながらこう言った。


「では午後の予定は決まりですね。昼食後、まずはメグより魔法の基礎をお話しいたします」




そこからも興奮は覚めやらず、俺は出してもらった昼食も早めに食べ終えてしまった。食後もどこかそわそわしていた俺に、笑いを堪えるようにしながらメグがこう言った。


「ではユーリ様、食事も終わられたようですのでロバート様からお話のありました魔法について、私から説明をさせていただきます」


そこから、メグの魔法講座が始まった。


「まず魔法の基礎は魔力の流れを掴むことになります。ユーリ様、午前の守護結晶に力を注ぐときに魔力の流れは感じられましたか?」


俺はあのときの身体の中で動いた不思議な感覚を思い返した。


「ああ、すーっと自分の中の何かが結晶に移ったのは感じたよ」


「それが魔力の流れです」


「でもさ、午前のあれは俺が意識して魔力を動かした訳じゃなくて、自然に動いたって感じだったんだよ」


そう言うと、メグは少し考えたあとこう説明をしてくれた。


「基本的に魔法を発現するために魔力を使う場合は、自分の意思で魔力を動かします。しかしユーリ様が今お持ちのペンダントのように、結晶はその限りではない場合があります」


「これ?」


俺は胸元にあるペンダントの先にある石を指さした。


「はい、その結晶は私の魔力を通した結晶に、風属性の魔法を込めております。そのように加工しているため、その結晶は私が意識しなくても、私の魔力を自動で取り込み作動するようになっています。もしかすると守護結晶もこれに近い仕組みなのかもしれませんね」


「ふーん、てことは自分で魔力を動かす魔法と、今朝のはまた別物なんだ」


「厳密に言えば異なりますが、魔力が動くことには変わりありません。魔力の流れを感じたことがある方が、操作する感覚を掴みやすくなります」


「なるほど。あのときの感覚を自分で再現できればいいんだな」


「そうです」


話として理解はできたし、午前の力が流れる感覚も何となく覚えていた。けど、いざそれを自力で再現しようとすると、どうしていいかがさっぱり分からなかった。

とりあえず腹に力を込めてみたり、息を長く吐き出したりしてみたが、あの感覚は全く再現できなかった。


色々試しながら一人うんうんと唸っていると、メグが少し遠慮がちにこう声をかけてくれた。


「感覚を掴むのは難しいでしょうか?よければこちらの世界で子供に魔力の流れを教えるための方法があるのですが、試してみられますか?」


「え、そんなのあるの?やってもらってもいいかな?感覚は覚えてるんだけど、中々それを再現できなくてさ」


「わ、分かりました。では、少し失礼します」


飛びつくように返事をした俺の言葉に、メグが少しまごつくようにそう返事をした。少し下に逸れた視線に、もしかして子供向けの方法を俺に試すことを気にしてくれているのかなと思っていると、メグは思ってもいなかった行動に出た。


あれこれ試しているうちに俺がソファから立ち上がったので、俺とメグは向かい合って立っていた。その目の前の俺に向かってメグが一歩に足を踏み出したため、二人の間にあった距離がぐっと狭くなった。

俺のすぐ目の前に、窓から差し込む昼下がりの光を受けて輝くメグの綺麗な金髪が迫った。やっぱりメグって控えめな雰囲気といい、ファンタジー作品に出てくる聖女みたいだなと、俺が勝手に思っていたその瞬間だった。


俺の右手にふわりと柔らかな感触が伝わってきた。


驚いて視線を下げると、メグが遠慮がちに、でも大切なものでも包むかのように、俺の右手に両手でそっと触れているのが見えた。

女性に手を握られるというシチュエーションに俺が驚き、固まっていると、メグが俺の手の方に視線を落としたまま、静かにこう聞いてきた。


「私にも少し光魔法の素養があるので、私の魔力に反応してユーリ様の魔力も動いていると思います。魔力の流れは感じられますか?」


魔力の流れ。そう聞かれて、俺はやっとこのメグの行動を理解できた。

さっき言ってくれていた通り、これは魔力の流れを教える方法なのだろう。


落ち着いて考えてみると、それ以外理由は考えられなかった。さっきそう頼んだばかりだし、意味もなく彼女が俺の手を握る訳などなかったのだ。今までにない経験にちょっとテンパっていた自分を恥ずかしく思いながら、俺はメグの手の柔らかさを意識しないように気を付けて、魔力の流れを探った。


うるさい心臓を無視して、何とか心を落ち着かせると、わずかだが指先に向かう小さな力の流れを感じた。指先にほのかな熱が集まるような、そんな感覚だった。


「うん、多分これかなってのを感じる。指先に向かってる力がある」


俺がそう答えると、メグは俺の手を包んだままこう続けた。


「では、その力を増やすように、その流れに合わせるようにしてみてください。どこかに力を加える必要はありません。私の手に力を流すようにイメージしてみてください」


メグの言葉に従い、俺は指先に意識を集中した。ざわざわとした魔力の流れが増えているかは分からなかったが、闇雲に探っていたさっきよりは、何かが掴めているような気がした。



そこから休憩を挟みながら、一時間ほど魔力の流れを探った。結局その日は流れを把握することはできなかったが、集中力も必要となるため、魔法の勉強はそこで終わりとなった。


「ユーリ様の指先に魔力が少し集まっているのを感じました。恐らく一週間もあれば感覚を掴まれるのではないかと思います」


「確かに何か掴めそうな感じはしてるんだよな。一週間か、地道に続けるよ」


「普通の人はもっと時間がかかるものですよ。ユーリ様は魔力量が多いですから、少しの動きでも人より多くの魔力が動くので、魔力の流れが感じやすいと思います」


「そんなもんなんだ。午前の作業といい、魔力多くてよかったよ」



そこから夕食までの残りの時間は、この世界のことと一般的なマナーを引き続きメグから教わった。

聞いたこともない長い横文字の地名、人物名を学ぶのは、さっきの魔法の練習よりよっぽど大変だった。

けど、恐らくだけど俺はこの世界で生きていかないといけない。「聖女」の振りをしている間はメグたちにおんぶに抱っこでも許されるかもしれないが、いつまでも誰かに頼って生きられる訳ではないだろう。


大学入試以来の本格的な勉強にパンクしそうな頭を軽く振って、俺はメグの話に集中した。




そこからしばらくは午前中に守護結晶に力を注ぎ、午後から魔法とこの世界の勉強をする日が続いた。

守護結晶の方は初日と同様に、特に問題なく作業を終えることができていた。

この世界の勉強の方も、少しずつではあるが進んでいた。自分が世界史が苦手なタイプでなくてよかったと心底思いながら、王様の名前や主要貴族の家名などを頭に叩き込んでいった。


そして魔法。こちらもメグの手を文字通り借りることで、段々と感覚が掴めるようになっていた。



早く魔法が使ってみたくて、少しだけ、少しだけと思いながら、ちょっとした時間にも俺はつい魔力を動かす練習をしてしまっていた。身支度中にも練習する俺を見て、アリーがくすくすと笑いながら声をかけてきた。


「こんなときにも練習されるなんて、よっぽど魔法に興味がおありなんですね」


「ここでは当然かもしれないけど、俺のいた世界に魔法はなかったからな」


「あら、こちらでも当然って訳でもないですよ。魔法は素養のある人しか使えませんからね」


「そうなのか?メグもロバートさんも使えるっていうから、俺てっきり全員が使えるのかと思ってた」


そう言った俺の頬に、アリーはキラキラした細かな粉をはたきながらこう答えた。


「誰しも魔力は持ってますが、魔法が使えるほど豊富な人は限られてますよ。現に平民の私は使えませんしね」


「平民?身分とか関係あるのか?」


「平民でも魔法が使えるほど魔力のある人も稀にいますが、魔法が使えるのは主に貴族の方ですね。婚姻により魔力が多い血を取り込み続けらからだと言われています」


「血ってことは魔力って遺伝するのか?」


「絶対ではないみたいですけど、親の魔力が多い方が子供の魔力も多くなる可能性が高いらしいです。属性も引き継ぐことが多いらしいです」


「そうなんだな」


「だからユーリ様も気を付けないと、聖女様の血を取り込みたい貴族の男性に言い寄られちゃいますからね」


いたずらっぽい笑みを浮かべながら、アリーはそんなとんでもないことを俺に言ってきた。


「俺が?男に?」


「だってー、今のユーリ様は女性で通してますし、聖女様の子孫は聖女様の力を引き継ぐ可能性が一番ありますからね。実際に聖女様の子孫が聖女になった例がいくつかありますから」


「……マジか」


「本当です。ユーリ様は異世界から来られたからご存じではないでしょうけど、聖女様はその身を王族から乞われたって不思議じゃないぐらいなんですからね。だから、変な男性から言い寄られたくなかったら、外では私たちから不用意に離れないようにしてくださいね」


そう言って最後の仕上げとばかりにウィッグを乗せたアリーに、俺は心からこう返事をした。


「ああ、絶対離れないようにするよ」




そんな話も耳に挟みつつ、勉強の日々は続いていった。魔力操作も上達し、最初は小さなざわめきのような動きだったが、六日目を迎えた今日、それは確かな流れとなって、俺の意思に従ってかなり動くようになった。


「すごいです、ユーリ様。ユーリ様の指先に魔力が集まっているのを感じます」


「俺も動いているのがはっきり分かってきたよ。守護結晶に力が流れるときと同じ感覚だ」


「やはり一週間ほどで習得されましたね。さすがですユーリ様」


「いや、メグの教え方がよかったからだよ。メグってもしかして魔法に詳しい?」


「詳しい、という程ではございません。でも、魔法は好きです。魔法を込められる結晶にも、実は興味があります」


「確かに、この声を変える結晶とかもすごいもんな」


「結晶には他にも色々な魔法を込めることができるんですよ。ユーリ様も魔法を習得なされば、ご自分で結晶に魔法を込めることもできるようになりますよ」


そこで言葉をいったん切ったメグが、近くの机に置いてあった豪華な装丁の本を手にした。


「これはその魔法について書かれた専門書です。魔力の流れもマスターされましたので、次のステップである実際の魔法を使う段階に進みたいと思います」

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