招かれざる来訪者 4
ジュリアスからアリーを助けるべく、メグ、ヨンハンス、ロバートがそれぞれ礼拝堂へと向かっていた。そんな中で、最初に礼拝堂に戻ったのは客間の手配を依頼された神官見習いの青年だった。
礼拝が終わってからかなりの時間が経ち、またアリーを気にして礼拝堂に残っていた教会の人間もモングスト家の騎士に外へ追いやられたため、礼拝堂はぽつぽつと人がいるだけで閑散としていた。そんな中、彼は騎士の側に立つアリーを見つけると、彼女に一目散に駆け寄った。
「客間の手配ができました。一番奥の部屋でございます」
彼はアリーに伝えたのに、その言葉に答えたのは騎士だった。
「一番奥ということは、一番いい部屋なのだろうな?」
睨み付けるような視線に怯えつつ、青年はその問いに答えた。
「は、はい、そうでございます」
当然だとでも言わんばかりにその返事を受け流した騎士は、近くにいた部下を手招きで呼び寄せた。
「この女を見張っておけ。俺はあの方をお呼びしてくる」
代わりにやって来た騎士は、最初にアリーに声をかけてきた騎士よりは幾分態度が柔らかかった。しかし、アリーが逃げ出せる隙は見せてくれなかった。
高圧的な騎士が出ていってからしばらくすると、彼は身なりのいい男を伴い礼拝堂に戻ってきた。アリーはジュリアスの顔を知らなかったが、騎士がモングスト侯爵家の令息だと言っていたので、あの男がそうなのだろうと思った。悪い意味で非常に貴族らしいその男が肩から流す金色の髪は、メグのものによく似ていた。そのことに気付いたアリーは、何とも言い難い気持ちになった。
ジュリアスの後ろには花束や宝石箱のようなものを抱えた侍従たちが続いていた。彼が聖女に会う気なのは、間違いないようだった。
「おい女、このお方を客間までご案内差し上げろ」
ジュリアスと共に戻ってきた騎士にそう命じられたため、アリーは深く頭を下げる貴族への礼をした。
頭を上げた後、案内のためアリーが礼拝堂の出口へと足を向けようとすると、ジュリアスが機嫌よく騎士に声をかけた。
「ユーリ様は客間でお待ちなのだな。俺としては彼女の私室でもよかったのだが、それはまた別の機会にでもすることにしよう」
既にユーリが来ると確信しているのかとアリーが苦々しく思っていると、騎士が目に見えて慌ててジュリアスに弁解を始めた。
「ジュリアス様、その、聖女様のご予定はまだ……」
「どうした?いらっしゃるのに時間がかかるのか?女性の支度は時間がかかるものだし、他ならぬユーリ様のためなら、私も少しぐらいは時間を融通させよう」
二人の話を聞く限り、ジュリアスはユーリが来ることが決まっているとを思っているようだった。どうやら騎士はそれがまだ確定していないことを、きちんと伝えられていないようだった。
これは面倒なことが起こりそうだとアリーが思っていると、騎士がとんでもないことを言い始めた。
「聖女様はお支度の時間が必要で、いらっしゃるまで少し時間がかかると、あの侍女が言っておりました」
予想外の言葉に、アリーは思わず二人を振り返ってしまった。信じられない気持ちで騎士の顔を見ると、彼はジュリアスの背後で凄んだ表情でアリーを睨み付けていた。
「女、そうだな?」
騎士は再び腰に帯びた剣をちらつかせ、アリーにそうだと答えるよう言外に脅してきた。しかし、彼女はすぐにその言葉を肯定しなかった。
もし騎士の言葉を肯定すれば、ユーリが来ないと分かったとき、アリーはジュリアスから何をされるか分からなかった。こんな薄っぺらい嘘はすぐにバレる。肯定してあの男の代わりに罰せられるぐらいならと、アリーはその言葉を否定することを選んだ。
「せ、聖女様のご予定については、何も聞いてはおりません。私はお客様をお部屋に案内するよう、騎士様より申し付けられただけでございます」
反抗したアリーに騎士が激昂した言葉を叩きつけるより、ジュリアスが不機嫌そうな声を出す方が早かった。
「おい、どういうことだ?このユーリ様の侍女を捕まえて、お会いできるようにしたのではなかったのか?」
騎士は先ほどまでの高圧的な態度はどこに行ったのかというぐらい、身を縮こまらせていた。
「はい!いえ、その、侍女はそこにいる通り捕まえました。しかし。あいつが非協力的でして、これから説得を……ぐっ!」
騎士の苦しい言い訳は、ジュリアスが彼の脛を思いっきり蹴ったことで途切れることとなった。一回では気持ちが収まらなかったのか、ジュリアスは何度も何度も騎士を足蹴にした。自分より上背のある男を気が落ち着くまで蹴った後、ジュリアスはくるりと振り返り、アリーを見た。その目はそこでうずくまる騎士が最初にアリーに向けてきたものより、更に平民を人として見ていない目だった。
「そこの聖女様のもう一人の侍女」
コツン、コツンと一歩ずつジュリアスとアリーの間の距離が詰められた。アリーは危険だと感じていたが、体がすくんで身動きが取れずにいた。アリーの視界いっぱいにジュリアスの顔が映る距離まで来ると、彼は乱雑にアリーの胸ぐらを掴んだ。
男の力で引き寄せられ、アリーのかかとが少し浮いた。そのままの状態で、隠しきれぬほど涙の張ったアリーの瞳を覗き込み、ジュリアスは彼女に告げた。
「こんな平民の小娘を大切になさるなど、ユーリ様はやはり異世界人だけあって変わっておられる。しかし、お前一人で彼女を呼び出せると考えれば、お前も無価値ではないな」
ジュリアスはアリーの服を握り込む力を強めながら、彼女に命令をした。
「娘、私をユーリ様のお部屋へ案内しろ」
ジュリアスをユーリの部屋に案内する。そんなことをしていい訳がないし、それだけはするもんかとアリーは思った。しかし、目の前に迫る己の命を簡単に刈る権力に、彼女は否定の言葉を紡げずにいた。彼女の唇は震えるばかりで、何も言葉を発してくれなかった。
返事を返さないアリーに、ジュリアスは目に見えて苛立ちを募らせていった。もう首を縦に振るしかない、アリーがそう思い始めたとき、彼女の耳に慣れ親しんだ声が聞こえた。
「アリー!」
礼拝堂の奥、教会へと続くドアから駆け込んできたのはメグだった。アリーはその声を耳にし、安堵から堪えていた涙を溢れさせた。
胸ぐらを捕まれたままポロポロと涙を流すアリーの姿を見て、メグはすぐに彼女を助け出さねばと思った。しかし、今にも飛び出したくなる衝動を、メグは何とか抑え込んだ。相手は高位貴族である。迂闊なことをすれば、アリーを助けるどころか、ユーリに迷惑をかけることにもなる。焦る気持ちを抑え、メグは貴族への礼の姿勢を取った。
「畏れながらモングスト侯爵令息様、そこの者が何か無作法をいたしましたでしょうか?」
貴人に問う姿勢を見せたメグを、ジュリアスはつまらなさそうに見やった。
「ふん、理解している癖にわざわざ茶番を演じるな。相変わらず頭の悪い女だな。俺はユーリ様に会いにきたのだ。すぐにでも彼女のもとへ案内しろ。無能のお前でも、それぐらいはできるだろう?」
ジュリアスはなじる言葉を投げてきたが、メグは淡々とそれに応じた。
「大変申し訳ございません。聖女様はお役目などの既にご予定があり、急な来客にはご対応致しかねます。お手数ですが、事前にご連絡を頂戴できれば……」
「うるさい!ユーリ様はあのエセ公爵家の男とは何度も会っているだろう!あんな男より、俺の方が聖女様に相応しいのだ。俺こそが、ユーリ様とお会いすべきなのだ!俺との時間をしっかりと取れば、あの方もすぐにそうご理解されるはずだ!」
ジュリアスはそこまでまくし立てた後、メグに向けて、にやりと不気味な笑みを浮かべた。
「はは、そうだ。この娘一人の声ではユーリ様が動かれないなら、お前にもこの役目をさせてやろう。専属侍女が二人そろって願い出れば、お優しい聖女様はきっと応えてくださるだろう」
ジュリアスはアリーから手を離すと、何とか上半身を起こした騎士の方へ彼女を押しやった。そして、今度はメグを捕まえるべく、その手を彼女に向けて伸ばした。
メグは逃げ出したいほどの恐怖を感じていたが、ぎゅっとその場で耐えることを選んだ。これがユーリ様に最も迷惑をかけない選択だと、そう信じて彼女は覚悟を決めた。
その決意が目に灯っていたのだろう。メグの目を見たジュリアスは、不快感を示した。
「おい、生意気な目をするな。お前は昔みたいに、黙って大人しく俺たちに従えばいいんだ。躾を忘れたというなら、思い出させてやらねはならんな」
ジュリアスはメグに向けて、右手を高く上げた。ぶたれる、メグがそう思ったとき、彼の手にアリーが後ろからしがみついた。
「ダ、ダメです!」
しかし非力な女性の力で男の腕を止められるはずもなく、アリーはすぐに振り払われてしまった。立ちすくむメグの前に倒れ込んだアリーを、ジュリアスは不愉快そうに見下ろした。
「ユーリ様の侍女だからと甘くしてやれば、どいつもこいつも調子に乗りやがって。平民ごときが俺の服を汚していいと思っているのか?お前もメグと一緒で、まるで躾がなってないな」
ジュリアスはそう言うと、すっと片足を上げた。先ほど騎士を何度も痛め付けた固い靴の裏を、アリーに見せつけるように向けた。
「聖女様の手間、顔だけは勘弁してやる。感謝するんだな」
ジュリアスはアリーを冷たく見据えたまま、その足を今まさに踏み下ろそうとした。




