招かれざる来訪者 3
ユーリは先日の件もありジュリアスという男にいい印象を持っていなかったが、それはメグも同じだった。
キャサリンのように火傷の痕が残るほどの危害を加えられた訳ではないが、ジュリアスにも心ない言葉を幾度も投げ掛けられ、足をかけるなどの小さな嫌がらせも沢山された。
色々と嫌なことはあったが、メグが一番ジュリアスに恐怖を感じたのは、彼の自分を品定めでもするかのようにじっとりと見る目だった。
「万が一お前が聖女に選ばれたら、建前上は正妻にしてやろう。血を残すために、情もくれてやる。光栄に思えよ」
それを言われた頃、まだメグは無垢でそれが示す意味を理解していなかった。しかし、暴力とは質の異なる不気味な恐怖を感じたのを、彼女は強く覚えていた。
ジュリアスもキャサリンと同じで、聖女の血を引く侯爵家の一員である自分は何をしても許されると思っているところがあるようにメグには見えていた。実際に今も非常な手段を取っているし、メグやアリーといった平民など、どうとでもできると思っているのだろう。
それだけに、メグはアリーのことが心配だった。ここは教会で他人の目もあるが、ジュリアスもカッとなれば彼女に何をしでかすか分からなかった。
急いでここから走り出したかったが、今部屋にはユーリがいることになっていた。仕える主人を放り出して、飛び出す訳にはいかなかった。
「ユーリ様に外出の許可をいただいてきますので、ここで待っていてもらえますか?貴女にもお願いしたいことがあるのです」
焦燥感をなるべく抑え込み、メグはイリスにそう声をかけた。彼女が承諾するとすぐに、メグは部屋に戻った。
部屋に入ると、メグは急いでメモにユーリへの置き書きを記した。自分がアリーのところへ行くことの他に、ユーリに自分が戻るまで部屋から決して出ないようにと書いた。それを目立つようユーリのデスクの中央に置くと、メグはすぐに部屋を飛び出した。
「外出の許可をいただきました。お部屋にはユーリ様だけが残られております。ロバート様とその部下の神官見習い様を除いて、何人たりとも部屋には入れないようにお願いします」
衛兵にそう頼んでから、次にメグはイリスに先ほど渡されたメモを差し出した。
「貴女にはこれを神官のロバート様のところまで届けて欲しいのです。ロバート様の執務室は事務棟の二階の中央付近です。ドアのところに名前も表示されていますが、分からなければ近くにいる人に聞いてください」
イリスは自分が持ってきたメモを再び握りしめ、「かしこまりました」と答えた。
それらの手配を終えると、メグは駆け出したい気持ちを抑え込み、足早に礼拝堂を目指した。
そうしてメグやイリスが動き出した頃、イリスが助けを求めた神官はヨンハンスとの面会にこぎ着けていた。彼が声をかけた神官見習いも、一番上等な客間の手配を終えていた。
アリーを助けようと様々な人が動く中、当事者である聖女たるユーリがこの件を知ったのは、彼らの中で一番最後であった。
「あの、ロバート様宛の、お届け物を預かってきました」
ロバートの執務室のドアがノックされたためユーリが応対に出ると、下働きの格好をした見知らぬ少女が息も荒いままそう告げてきた。
走ってくるほどの急ぎの用件なのかと思いつつ、ユーリは彼女が差し出したメモを受け取った。彼女のどこかすがるような目線を背に受けつつ、ユーリはロバートにメモを渡しに行った。
「ロバート様、こちらのメモが届きました。どうも急ぎの用件のようです」
ロバートは軽く頷くと、ユーリが差し出したメモを受け取り、サッと目を通した。メモを読む途中からロバートの眉間にぐっと皺が寄ったのを見て、ユーリはあまりいい知らせではないようだと思った。自分もすぐ動けるようにしておこうと頭の中でこの後の算段をしていると、ロバートから声がかかった。
「このメモを届けた人物はまだいますか?少し話を聞きたいのですが」
「はい、おります。こちらに呼びますのでお待ち下さい」
ユーリがさっきの少女を呼びに戻ると、彼女はすぐに応じてくれた。神官に呼ばれるなど緊張しないかなとユーリは心配に思ったが、当の彼女は別のことに気が取られているようで、そんな素振りは見せていなかった。
ユーリが連れてきた少女に、ロバートは端的に質問した。
「貴女は何かこのメモ以上の情報を知っていますか?」
少女は小さく息を吸ってから、はっきりとこう答えた。
「先ほど聖女様の侍女の方が、その騎士は濃緑のマントを身に着けているため、モングスト侯爵家の者だろうとおっしゃっておりました」
少女から急に飛び出した「聖女」「モングスト侯爵家」という単語に、ユーリは思わず彼女の方を見た。彼女の落ち着かない態度と、先ほど見たロバートの反応、そしてモングスト侯爵家という名が、ユーリに漠然とした不安な気持ちをもたらした。
今すぐに二人の間に割って入りたかったが、見習いのユーリにそんな振る舞いは許されなかった。ユーリは耐えるようにじっと、彼らの会話に耳を傾けた。
「他には何かありますか?」
「あのっ、このメモを届けるように私に頼んだメグさんも、アリーのいる礼拝堂に向かいました」
少女の言葉を聞いて、ユーリは今度こそ危うく声をあげそうになった。その焦りを隠さぬままロバートを見ると、彼は落ち着いた様子で少女にこう告げた。
「聞かせてくれてありがとうございました。後は私の方で対応します。貴女は持ち場に戻りなさい」
少女が出ていき、部屋にユーリとロバートの二人になると、ユーリは食いかかるかのようにロバートに詰め寄った。
「アリーとメグに、一体何があったんですか?」
ロバートは届けられたメモを見せながら、彼の予測をユーリに伝えた。
「アリーを助けるため、このメモをまとめた神官はヨンハンス司教を頼っていることでしょう。偶然にも今日の司教の予定はキャンセルになっていたはずです。あの方が出てくだされば、相手が侯爵令息でも押し返すことができるでしょう」
「でも、司教より先にメグがアリーのもとへ行くかもしれないじゃないですか!早く助けにいかないと!」
焦るユーリを、ロバートは静かに彼を窘めた。
「そうであっても貴方はそこに向かってはなりません。聖女様が部屋に不在だとバレないためにも、貴方は裏から部屋に戻り、そこに居てください」
「どうしてですか?『聖女』である俺なら、彼女たちを助けられるでしょう?彼女たちが大事じゃないんですか?」
今にも飛び出していきそうなユーリに、ロバートは静かに声をかけた。
「彼女たちは大事です。だからこそ、貴方は出てはなりません」
「だからこそ?どういう意味です?」
「もし聖女が現れてごらんなさい、アリーを脅した令息は、彼女たちを盾に取れば要求が通ると学びますよ。次はアリーを拐って、結婚しろとでも迫ってくるかもしれません。彼女たちを守るためにも、貴方は出てはならないのです」
そこまで考えられていなかったことと、何も動けない歯がゆさから、ユーリはぎゅっと唇を噛んだ。そんな彼に、ロバートはゆっくりと話しかけた。
「ここは侯爵邸ではありません。他人の目もありますし、何より大勢味方がいます。我々を信じてください、ユーリ様」
ユーリはロバートの言葉に、静かに頷いた。
「私は礼拝堂に向かいます。ユーリ様は自室にお戻りください。念のため、できる限りで構いませんので、聖女様の格好に着替えておいてください」
「分かりました。化粧まではできないけど、着替えてウィッグは被っておきます」
その言葉を聞いた後、ロバートは胸に手を当て、誓うようにユーリにこう告げた。
「聖女ユーリ様、必ずや貴方様の侍女を無事に部屋に戻らせます」
皆を信じる。そんな気持ちを込めて、ユーリもしっかりとロバートの目を見て答えた。
「頼みます、ロバートさん。アリーとメグのこと、よろしくお願いします」




