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聖女の孫娘 4

「全く。殿下、貴女の誕生日プレゼントを渡しに来たのに何の会話をされているんですか。話はもう一段落したでしょう?話題を変えませんか?」


フランチェスカ王女が落ち着き、俺との話がまとまったのを見計らって、アレックスがわざとらしく、そう会話に入ってきた。


「殿下が食べたいとおっしゃったので、殿下のお好きなベリーのケーキもうちの料理長に作らせてきたのですよ。新しい紅茶を淹れて、それを食べることにしませんか?うちの自慢の一品なので、ユーリ様もぜひ召し上がっていただきたいです」


先程のことでフランチェスカ王女も少し気落ちしているように見えたし、明るい話題に変えるのは俺も賛成だった。


「それは楽しみです。アレックス様、お願いしてもよろしいですか?」


「もちろんです。すぐに用意させます」


アレックスがそう言うと、彼の侍従が手配のために部屋を出ていった。フランチェスカ王女の侍女とメグたちがテーブルの上を片付ける微かな茶器の音がする中で、アレックスはフランチェスカ王女に向かって独白のようにこう言った。


「殿下が聖女と見なされる環境の中でどれだけの努力をしてきたかは、周囲の人間は皆知っております。私もお側で見てきました。そうして得たものは、祝福の魔法にも決して劣らぬものだと私は思います」


「アレックス……。そうね、貴方にも色々と迷惑をかけたし、支えてもらったわね」


「迷惑だなんてとんでもない。一緒に『ミラクル』を唱えるときのポーズを考えたりして、楽しかったですよ」


アレックスの言葉に、フランチェスカ王女は声を出して笑った。


「あははっ、いつの話をしているのよ。ああでも、そうね。聖女とその伴侶になれという圧力が掛けられていた私たちは、どこか似たような境遇だったのかもしれないわね。そんな貴方が側にいたから、私も前を向いていられたのかもしれないわ」


「私はそんな難しいことは考えていませんでしたよ。でも、聖女の伴侶になるためにと言われ、共にいた相手が殿下でよかったと思っています」


「止めてよ、そんな改めて」


少し困ったような顔をしたフランチェスカ王女に、アレックスは俺に向けて過剰な演技をするときのような、似非爽やかな笑顔を向けた。


「本当ですよ。一緒にポーズを考えた他に、ディラン殿下の初恋のお相手を探ったり、義父上の仕事場に忍び込んだり、色んなことをしたじゃないですか。そんな型破りなことは、殿下とでなければできなかったでしょう」


「アレックス!ユーリ様もいらっしゃるのに、そんな昔の話はやめてちょうだい!」


全くもうと言うフランチェスカ王女は、口調こそ怒ったようなものであったが、その瞳は穏やかな色をたたえていた。アレックスもあんな軽口を叩きつつも、フランチェスカ王女に向ける表情は優しげに見えた。


「お二人は仲がいいんですね」


思わず俺がそう呟くと、ただ付き合いが長いだけですよと二人は声を揃えて答えた。



そんな話をしている間にケーキの準備が終わったようで、アレックスの侍従がワゴンを押して部屋に戻ってきた。公爵家の料理長ご自慢のケーキと聞いて、ゴージャスなデコレーションケーキのようなものをイメージしていたが、俺の目の前に出されたのは生クリームも乗っていない素朴なケーキだった。


「シンプルなケーキでしょう?元はアレックスの母親が得意としていたレシピなんですよ。料理長が作るケーキはもちろんですけど、彼女の作るものもまた美味しいんですよ」


好物のケーキを前に、頬を緩ませながらフランチェスカ王女はそう言った。そんな王女様オススメのケーキを一口食べると、木苺のような甘酸っぱさとバターの風味が優しく口の中に広がった。


「とても美味しいです」


俺が素直にそう伝えると、フランチェスカ王女は嬉しそうに笑った。


「そうでしょう?ユーリ様にも気に入ってもらえてよかったわ」



美味しいケーキで場の空気も変わったこともあってか、アレックスやフランチェスカ王女も肩の力が抜けたようになり、そこからは穏やかな歓談が続いた。ディラン王子の恋路が実りそうだという話や、王都のオススメスポットの話など、話題が尽きることはなかった。


フランチェスカ王女に『ミラクル』の話をしてしまったときはどうなることかと思ったが、会話は弾み、気づけばあっという間に城から帰る時間となった。


帰りの挨拶をする中で、フランチェスカ王女は俺にこう声をかけてきた。


「今日は素敵なプレゼントをありがとうございました。ネックレス、大切にいたしますね」


「気に入ってもらえたなら何よりです」


そう答えてから、俺はそのネックレスの結晶には魔法を発動するための魔力がもうないことを思い出した。ストレートにそのことを伝えるのはまずいかと思ったので、言葉を選んでフランチェスカ王女にこう伝えた。


「その、ネックレスを使うための調整が必要でしたら、いつでもお声がけくださいね」


表現が遠回しだったかと思ったが、フランチェスカ王女には言いたいことが伝わったようだった。


「今のところは、このままでいいと私は思っております。それに、もしまたこれを使いたくなったら、今度は時間がかかっても自分で少しずつ使えるようにしたいと思います。憧れを実現するなら、自分の力でやってみるべきでしょうし」


フランチェスカ王女にも光属性の素養はあると聞いている。彼女がそう決めたのなら、これ以上は俺が口出しをすることではないだろう。


「ユーリ様、帰りの準備が整いました」


アレックスにそう声をかけられ、俺は彼と共にフランチェスカ王女に深いお辞儀をしてから、サンルームを辞した。




帰りも馬車に乗るまでキラキラ王子様なアレックスが、甘ったるい程のエスコートをしてくれた。いつもなら不器用なりにそれに合わせるのだが、今日はフランチェスカ王女とのことを考えていたので、どこか上の空で対応してしまった。


「異世界から来られたユーリ様からすれば理解に苦しむところもあるかもしれません。しかし、それほどにこの世界にとって聖女様という存在は重きを置かれるものなのです」


馬車の中でもぼんやりしていると、俺の心中を見透かしたかのように、アレックスがそう声をかけてきた。この世界に来てから、メグといい、フランチェスカ王女といい、目の前のアレックスといい、聖女により人生を変えられた人を見てきた。それなのに、当の本人である俺は、それほど聖女が重要であることを未だ自覚できずにいた。どう返していいかうまく言葉が出なかった俺に、アレックスはこう続けた。


「ユーリ様がこの考えに合わせる必要はございません。役割だけで言えば、聖女様とは守護結晶をその力で満たすお方。そのお役目をユーリ様は十分果たしてくださっておりますので」


アレックスの言わんとすることは分かるが、飲み込めるが消化しきれないような気持ちだった。そのため、歯切れの悪い言葉しか出てこなかった。


「それは、そうなんですけど」


煮え切らない俺に、アレックスは静かにこう言った。


「ユーリ様は今のままでいてくださっていいと思います。聖女様に対する認識についても、あまり難しく考えられる必要はありませんよ。聖女様は偉いので、基本何者にも縛られないし、多少のワガママも許される。それぐらいの認識でもよろしいかと思いますよ」


アレックスの言うとおりで、考えたところで違う環境で生まれ育った人の価値観を完全に理解するのは難しかった。無理に合わせるより、分からないと割りきり、俺は俺の分かる範囲で動くしかないと割りきって考える方がいいのかもしれなかった。


「ありがとうございます、アレックス様。そう考えるようにしたいと思います。しかし、改めてですが、聖女というのはすごい存在なのですね」


「そうですね。聞いたところによると、余程のことをしない限り、罪にも問われないそうですよ」


まるで地外法権だ。ますますとんでもない話だった。


俺は女装姿であることもあり、人目を避けるためにも余計なことには手出しせず、聖女の役目だけをさっさと終わらせようと思ってきた。深い考えがあったものではなかったが、どうもそれが俺にとっての最適解に思えてきた。


「罪に問われない立場とか、私にとっては想像もつかないものです。私は私にできることをやっていこうと思います」


「ユーリ様は権力などに興味を持っていらっしゃいませんし、それがよろしいのではと思います。もしこの世界や聖女へ対する考えのことで分からないことがあれば、私やフランチェスカ殿下にご相談ください。何でもお答えいたします」


「ありがとうございます。そのときは頼らせていただきます」



特に何も変えないという結論を出したはずなのに、色々考えたせいかずしりと疲れがのし掛かってきた。会話が途絶えた静けさの中、俺はしばらくその重さに引きずられるように視線を下げていた。

しばらくそうしていたのだが、目の前に座るアレックスが動いたと思ったら、落とした視線の先にすっと小さな箱が差し出された。


思わず視線を上げてアレックスを見ると、彼は持っていた箱を俺の手に乗せ、こう言った。


「ユーリ様のお気持ちを変えられるようなものではないのですが、よければこれを受け取ってもらえませんか?」


理由もなく人から物を贈られるのは慣れていないので、俺は一瞬受け取るかを迷った。しかし、受け取る受け取らないの問答をする気力ももう残っていなかったので、俺はありがとうございますと言って、言われるがままにその箱を受け取った。

アレックスに促され箱を開けると、そこには淡いブルーの結晶が三つ並んだピンのようなものが入っていた。


「氷の魔法と相性がよい青色の結晶を用いたピンブローチです。結晶には魔法を組み込んでおります。全て『アイス』の魔法を入れておりますが、真ん中の結晶は必要な魔力を込めると魔法が発動するようにしております。『アイス』の魔法の感覚を掴む練習にご活用いただけます」


「魔法の練習ができるのですね。ありがとうございます」


「そして、両端の結晶は魔力の乱れを感知すると、持ち主の魔力を使って魔法が発動するようにしております。こちらはいざというときのためのお守りになればと思っております」


「お守り、ということは、魔力が乱れるときは危険なときなのですか?」


魔力や魔法について色々習ってきたが、どういうときに魔力が乱れるのかという話は聞いたことがなかった。


「はい。激しい痛みを感じると、無意識のうちに身を守るように、魔力がその場所に集まることが知られております。この結晶は万が一ユーリ様がお怪我などをされたときに、集まった魔力でその部分を庇うように氷が出るように作っております」


魔法を発動させる条件は色々複雑にもできると聞いていたが、こういう使い方があるとは俺は思ってもいなかった。思わずしげしげと見つめていると、俺はあることに気が付いた。


「この結晶、アレックス様のピアスと同じものですか?」


まさかお揃いなのかと思いながらそう尋ねると、アレックスはにこりと笑みを返してきた。


「よくお気づきですね。この結晶をあしらったピアスは魔法の補助のため私が常に着けているものです。そのピンブローチを見る人が見れば、私がユーリ様に贈ったものだと気づくでしょうね」


護身用のような話をしていたが、結局は共謀作戦のためか。そう思っていると、そんな俺に対してアレックスはこう釘を刺してきた。


「ユーリ様がこの世界における聖女の価値を無理にご理解される必要はございません。しかし、それに見合った身を守る手段はお持ちになるべきだと思います。どうかその一助として、これをお持ちいただければと思います」


そう言うアレックスの目は真剣なもので、彼は本気で俺の身を案じてくれているようだった。共謀のためだろうと勝手に決めつけたことを、俺は心の中で反省した。


「分かりました。ありがたく使わせていただきます」


モングスト侯爵家でメグのいた部屋に飛び込んだことや、街に出掛けた日に物盗りに近づいたことなど、確かに俺は勝手に動くことがあった。重要な聖女である自覚が薄いので、身を守るものは持っておいた方がいいのだろう。


そう納得して、俺はアレックスからの贈り物を受け取った。

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